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「ッ、?! …………え……ク、クロヴィス……か?」

「そう、僕だよ! 兄さん、久しぶり……ずっと会いたかった……!!」


 勢いが有り余っていたのか、バーンと抱き着かれたままフレドさん達はくるくると何度か回転した。

 呆気にとられたフレドさんは、二周ほどくるくるしたところで「ハッ!」とした顔をして相手の名前を叫ぶ。隣の部屋にいたのは聖銀級(ミスリル)の冒険者のはずで……それが、フレドさんの弟さん?! 私も頭にも処理しきれない情報がドドッと一気に入ってきてしまって、まともに反応できずに二人を眺めているだけになっていた。


「五年ぶりだね! 兄さん、……あれ、何だか痩せた……?」

「違う違う、クロヴィスがでかくなっただけだってば」


 えーと……この人がフレドさんの弟さんという事は……竜に乗ってた聖銀級の冒険者さんで……隣の部屋に泊まるから……。

 そうすると……私達が部屋を移る必要がなくなるのか。

 ……はっ、現実逃避していた。今考えるのは絶対そこではない。


「あ! 君が手紙にあったリアナ君だね。初めまして、僕はクロヴィス」

「は……初めまして。えっと……既にご存じのようですが、フレドさんと冒険者としてパーティーを組ませていただいているリアナです」

「え? え?」


 彼はそう言うと、フレドさんに抱き着いたまま私に手を伸ばして、握手を求めてくる。自分の背中越しに自己紹介を始めた私達にフレドさんは大層混乱していた。当然、私も混乱しているが。この状態で会話が始まるとは……。


「実はちょうど、このホテルを通じて兄さん達に晩餐のお誘いをしようと思ってたんだ。でも、その前にこうして顔を合わせるなんて神のお導きかな」

「へ? ああ……そうだな……クロヴィスが今日着くなんて知らなかったし……」

「兄さんもここで暮らしてるの?」

「いや、俺は普通の一般冒険者だから……街にアパートを借りてるけど」

「兄さんはそこに住んでるんだね。僕も見に行っていい?」


 フレドさんは呆然とした様子で、矢継ぎ早に色々聞かれるがままに答えていた。多分まだ起きてる事を理解しきってないんだろう。

 私は第三者であったため、何とかこの予想外の出来事を受け止めて、二人の会話から事情を察していく事が出来た。ホテル経由で連絡してくださる予定だったようだが、偶然こうして顔を合わせてしまったのなら流石に「じゃあ夕飯の時にまたお会いしましょう」と分かれるのは難しい。


「ええと……クロヴィス様」

「クロヴィスでいいよ」

「……クロヴィスさん。ここは他に一般客がいないとはいえ従業員は通りますし、お部屋の中で話した方が良いかと思います」

「それもそうだね。ありがとう、兄さんと五年ぶりに会えたと思ったら、感動が抑えきれなくて」


 フレドさんの三つ下だっけ。年上の男性なのに、久々に会ったお兄さんにはしゃいだ事を自覚してちょっと照れる顔は少し子供っぽさを感じた。そのくらい大事な家族なんだな。

 とりあえず、二人でする話もあるだろう。私はその間に、アンナとエディさんに事情を説明して……そう思っていたのだが。

 ……どういう事やら、気が付いたらクロヴィスさんと一緒にこちらの部屋でお茶を飲む事になってしまっていたのだ。



「おぬしが竜に乗って来たってほんとか?」

「本当だよ。後で琥珀君に見せてあげるよ。ねぇ、兄さんにも会ってもらいたいな。僕の相棒なんだ」

「お、おう。そうだな……クロヴィスの相棒か。えーと、その竜の名前は?」

「ベルンディアムート、兄さんはベルンでいいよ」


 エディさんがびっくりしてアンナが慌てる一幕の後、改めて自己紹介を終えた私達はお茶を飲みながらテーブルを囲んでいた。クロヴィスさんを前にさすがに席に着くのは憚られたようでエディさんはフレドさんの後ろに控えて、アンナもそれに付き合ってか私の後ろに立っている。

 遠慮のない態度にちょっとハラハラするが、クロヴィスさんは気にしてないし、今は琥珀のおかげでぎこちない兄弟の会話がスムーズに進んでいるのでありがたい存在だ。私に的確な会話のサポートは難しいし。

 

「相当大きい竜なんだって? 今はそのベルンは街の外に待たせてるのか」

「いいや、ベルンは妖精種の竜だから。僕を乗せて王都からここまで乗せて疲れたって、部屋で寝てるんだ」


 手振りで示すのを見るに、本来は成猫くらいの大きさらしい。精霊には決まった大きさは持たないと知識で知ってはいたが、あの大きさと猫くらいのサイズを自由に変えられるというのは改めて聞くと驚きだ。


「でも、びっくりしたよ……クロヴィスが冒険者をやってるなんて。エディは知ってた?」

「存じ上げませんでしたね……フレド様関連で個人的に連絡をいただく事はありましたけど、私は本来王宮の出入りもしない、フレド様の邸宅の管理人でしかないので」

「都合よく使える手駒が欲しかったんだ。偽名の自分自身を使ってる……クランのメンバーも僕の正体を知っているのは二人だけ。どちらも部下だ」

「手駒って、穏やかじゃない話か……?」

「違うよ。皇子って名目じゃ気軽に動けないから。それに兄さんの情報が集めやすいかなと思って……」


 公式訪問すると大げさになるし、取り繕われてないありのままの姿を見たい……という時などに「冒険者」という身分を利用していたらしい。でも聖銀級ともなると、皇子ほどじゃないけど行く先々で目立ってしまうので「お忍び」には向いていなさそうだ。「正体を隠す」はかなり機能してるけど……だってまさか、帝国の皇子様が実は聖銀級の冒険者でもあるなんて、言ったって信じてもらえないと思う。

 普段は竜騎士の着けてる色付きレンズの大きなゴーグルと帽子で髪と顔を隠しているそうなので、帝国の皇子の顔を知っていても分からないだろう。というか私も……式典の記事などで「ミドガラント帝国クロヴィス皇子」の顔は知っていたけど昼前のあの時は気付かなかったし。


「聖銀級って、相変わらずクロヴィスはすごいな……」

「僕は出来る事をやっただけだよ。運と天命に見出される事も多い。それに、兄さんだって」

「え、俺は何の変哲もない銀級冒険者だけど……」

「兄さんは、帝国のハルモニア派閥の者の目から逃れるためにあえて目立たないようにしていたんでしょう?」

「?!! ま、全く違うって……う、弟の期待が重い……! 俺は普通……よりは稼ぎが良いけど、何の裏も無いただの銀級冒険者だよ!」

「分かってる、そういう事にしてるんだね」

「全然分かってない……クロヴィス、昔からお前はそうだよな……」


 フレドさんの発言をクロヴィスさんは謙遜ととらえたみたいだ。でも実際フレドさんも、戦闘は当然魔術も一通り使えて、器用で色々出来るし……積極的に魔物を討伐するようなパーティーにいれば金級にはなれたと思うのだが。


「なぁリアナ……みすりる級……ってどんくらいすごいんじゃ?」

「ああ、クロヴィスさんの冒険者ランクね。私と琥珀が金でしょ? その次が白金、さらにその次が聖銀級だから、二つ上ね。ひとつの国に数人とかしかいない、とてもすごい人よ」

「強いのか?」

「それは……強いでしょうね」


 もちろん強いだろうけど……正確には、強いだけでなれる階級ではない。未踏破ダンジョンを制覇したとか、災害級の魔物を倒したとか、計りきれないすばらしい業績を残した冒険者に授けられるものだ。

 

「リアナよりも強いか?」

「それはそうよ」


 どのくらい強いか、は私もまだ知らないしどう答えようかふんわりしていたけど、こればかりははっきり断言できる。しかし琥珀のお気に召さなかったようで、不機嫌になってしまった。


「いや、そんなの手合わせしてみなければ分からんじゃろうが。やらんうちから向こうの方が強いなんて認めるもんじゃないぞ」

「もう、琥珀。無茶な事言わないで」


 それは無理な話だ。自分に教える立場の人が、他の人より弱いって認めづらい複雑な気持ちは分かるけど。


「へぇ。リアナ君はそんなに強いんだ?」

「強いぞ! まぁおぬしも強いかもしれんがリアナはな、冒険者だけじゃなく錬金術師としてもすごいのじゃぞ。人工魔石っていってな、大発明じゃと街中で売れてるんじゃ」

「ちょっと琥珀、変な自慢するのはやめてよ」


 フレドさんの弟さんだし話すのは良いけど、そんな言い方をされるとちょっと恥ずかしい。

 

「ああ、人工魔石! 僕が兄さんを見つけたのもそれについての記事だったな。あれ、とても画期的だね。クズ魔石から大きな等級の魔石を作るなんて」

「ふふん。そうじゃろ、リアナはすごいんじゃぞ。他にもな……」

「そ、そういえば! 手紙にも、研究に興味があるって書いてあったそうですね」


 琥珀の私自慢をさえぎるように口を挟む。ちょっと強引に話題を変えてしまった。

 しかし私の言葉に、クロヴィスさんは一瞬きょとんとした後「ああ、」と軽く頷いて見せた。


「そうだね、人工魔石の研究にも興味はある。けど僕が来た目的は、兄さんとリアナ君がやってる、兄さんの目の研究の方なんだ」

「俺の目の……?」

「そう。魔導士ゼオケルに、兄さんの目の中の……魔法陣のような紋様について問い合わせたでしょう? 兄さんの筆跡で宛名が書かれた封筒を研究室で見つけて、問い詰めたら教えてくれた」


 さらりと口にされた発言に、驚きが隠せない。よく筆跡だけで気付いたな……筆跡鑑定のような事も出来るのだろうか。エディさんが言っていた「強めのブラコン」という単語も頭をよぎる。


「目的って?」

「それがちょっと、手紙にも書けない事で。それがなければこんなに急に押しかける事にもならなかったんだけど、ごめんね兄さん」


 クロヴィスさんは笑顔のままだが、まとう空気の質が変わった。張り詰めたような緊張を感じる。私達は居佇まいを直して、クロヴィスさんが次に口にする言葉を待った。


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