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遠くを見ていたい



「リオ君はどこに行く予定なんだい?」

「師匠が半年ぐらいで戻ってくるって言って留守にしてるから、旅行がてら里帰りでもしようかなって思ってます」


 おごってもらってしまった夕食の後、私の作った魔道具が余っていたら買い取りたいと提案されて、現金に不安のあった私はそれを丁度いいと受け入れた。

 コーネリアお姉様や私の持っている特許が関わるような、私の正体につながる可能性のある技術は使っていないものだけなので「港町までの交通・宿泊費の足しになればいいな」と思っていたのだが思ったより高く買い取っていただけてびっくりしてしまった。


 宝石やアクセサリーは貨幣単位の変わる国外に出てから換金したかったのでとてもありがたい。

 足がつかないように量産品や裸石にしているが、それでも国外に出てからの方が安心だもの。


 宿は節約しなくてもよさそうだと考えていたところで不意にそんなことを聞かれて、しかし前もって設定を考えていた私はよどみなく答えた。

 腕のいい錬金術師は国に依頼されて仕事をすることも多い。仕事内容は家族にも守秘義務が発動して言えないため、私は何も聞かされていない程度の見習い錬金術師らしい反応をした。

 錬金術師について詳しい人なら察して師匠について深くは聞いてこないし、知らない人からは余裕のある工房だなくらいにしか思わない話し方で。そこそこ儲かっているトノスさんなら前者だろうが。


 どのルートでどの国に行くのか聞かれて、「シェルパートに向かおうと思ってて」と答えておいた。こちらの事情を探っている気配は無かったけど、何のつもりだろう。

 まだ変装を疑われている様子もないし、性別を偽っているのもバレていない。はず。


「シェルパート……なら港街のケルドゥ経由かな」

「多分そうなると思います」


 シェルパートは有名な観光地もあるので、ここが母国ではなく通り道だと後からだって言える。海路のハブ国でもあるので都合がいい。この国から行くにはケルドゥ港が一番近いが、旅行を兼ねて遠回りする事にすれば別方向にも行ける。全部計算の上で、真実も嘘も話さないように、しかし後で矛盾が起きないように考えながら「見習い錬金術師リオ」として話す。


「ケルドゥなら俺の次の出店地と同じ方向にあるから、乗せてってやろうか?」

「ええ? そんな、悪いですよ」

「悪いもんか。質の良いポーションに魔道具をお得に仕入れさせてもらっちまったから、このくらいはさせてくれ。まぁ将来確実に有名になる錬金術師に恩を売りたいってのが一番なんだが」


 思いもよらないその言葉に、私は家の捜索の目を眩ませられる同行者を手に入れるメリットと天秤にかけてリスクを考えた。一緒に過ごす時間が増えるほど隠し事がバレる危険は高まる。しかし偶然出会って私がたまたま話しかけた人だ。商会の登記を思い出す限りは完全にまっとうな商売をしていて、中古だが魔導車を所有し拡張庫も備え付けているあたり資金に困ってもいない。

 フレドはこの国内規格の銀級のギルドタグを持っているのを確認している、こちらも誘拐や人身売買などの犯罪に加担する理由がない。平凡な錬金術師見習いの少年をどうこうして得られる利益なんてたかが知れてる。それに真向から戦って勝つのはともかく逃げるだけなら確実にできる。

 ケルドゥに着くまでは、魔導車なら車中泊が必要になるほど離れた街はないから就寝中にこの二人を警戒する必要もない。

 私はなんとか一瞬でそこまで考えると、「互いに利のある提案をしてもらって喜ぶ少年」ぽい無邪気な笑みを向けた。


「いいんですか? 僕はすごくありがたいですけど」

「リオ君はあれほど腕のいい錬金術師なら魔法もかなり使えるだろうが、出来るなら同行者がいた方が面倒にならないと俺も思うよ。一人旅ができる実力があるって推量できずに絡んでくるのもいるだろうし」

「腕がいいだなんて、そんな。お世辞でも嬉しいです」


 フレドさんが独り言として小さくつぶやいた声が「世辞じゃないんだよなぁ」と聞こえたような気がしたが、聞き間違いだろう。錬金術の初級の教本にも載っている事を全て忠実に守って作っているだけで、私は何も素晴らしい技術を使って作っているわけではないもの。


 よく考えると、何故こんな提案をしてくれたのか何となく推測できた。きっとトノスさんは私が思ってるよりすごく優しい人なんだろう。子供と言っていい年齢の少年が一人で長距離を移動するのを心配して好意で提案してくれたのだ。お世辞まで言って。

 たしかに、実家の追手ばかりを考えて、未成年の一人旅に目を付ける悪人もいるであろうことをあまり意識していなかった。

 ポーションも魔道具もこちらの想定より高く買い取っていただいて感謝しかない。ありがたく、今は頼らせていただこう。家族の追跡がなくなったと確信出来たらお礼をしないと。


 その日はもう寝る前提で三人共それぞれ部屋に戻ったが、仮眠をしていた私は眠気が遠かったので、早朝に行おうかと考えていた物を作ってからベッドに横になった。




 翌日、まだこの街で商談が残っているトノスさんは商工会に向かい、フレドさんも昨日手入れに預けたと言う武器を受け取りがてら別行動になる。出発は明日になるが、魔導車での移動になったと考えるとむしろ余裕が出来た。

 それに、急いで離れようとしないほうが実家の目に留まりにくくなるかもしれない。どう考えても公爵家の通信よりも速く遠くに行けるわけはないから、見つからない事の方が大事だ。


 乗せてもらうお礼があれだけじゃさすがに悪いから、移動中に魔道具を作って贈ろうかな。そう考えた私は必要な材料を買い求めた後冒険者ギルドに向かった。

 こちらは自分の足跡を誤魔化す工作のためだ。


「では、こちらの遺品と遺髪をお祖母様の故郷の森に埋めて欲しいと」

「はい。もう親類は向こうに残っていないから預ける先もいないので」


 こういった依頼は慣れっこなのだろう、ギルドの受付は私の提示する条件を書き留めていく。実際足を運ぶ余裕も時間もない市民がそちらに行く商人や冒険者に荷物を託すのはよくある。行き先が同じ人に依頼してついでに持って行ってもらう形だ。配達として頼むとまた料金が変わる。

 冒険者に頼む方が割高だけど、ギルドが仲介になってくれるだけ、特に私が依頼するような今回のような話では安心だ。これはお金だけ受け取ってその辺に捨てられたら困るもの。


 冒険者登録する時はともかく、この内容では依頼者の身元照会などは行われないのは承知済み。討伐依頼などは、わざと下方修正した脅威度を伝えて報酬を値切ろうとする悪い人もいるのでそうはいかないけど。

 私は切り落とした自分の銀髪で作った白髪の束と、わざと骨董品に見えるような加工を施した新品の魔道具の指輪を箱に収めて預けた。発動するのは明後日から。私の髪の毛を媒介にして、まるで「私が移動した先々で魔法を使ったような」痕跡をこれは残してくれる。

 質の悪い安物の宝石に見せかけて取り付けてある魔石の内蔵魔力が尽きればそれもなくなるが、「リリアーヌ」に該当する少女の目撃証言が無いためそれまでに十分目をかわせるだろう。


 ここロイタールから見てケルドゥとはほぼ反対方向にある田舎町を指定して、私は依頼報酬と手数料を支払ってギルドを後にした。



 翌日ロイタールを出発した私は、車の荷台で揺られながら家出してから初めて我が身を振り返っていた。偶然の出会いから同行者を得たことで、港に着くまではほぼ実家に捕まる心配がないと安堵したのも大きい。


 発作的に飛び出してきてしまって、何てことをしてしまったんだと押しつぶされそうな気持はある。今からでも戻って関係各所に頭を下げるべきなんだろう。仕事で関わった人たちにも大変な迷惑をかけている。そう理性では分かっているが、どうしてもあそこに帰りたくなかった。


 でも、何より一番の心残りはアンナの事だ。アンナの仕事は私の世話に終始していたので、わたしが居なくなって彼女の扱いが悪くなっていないかそれだけが心配だった。

 いや、心配ではない。アジェット家の人にはさすがに私の失踪について侍女のアンナに責を負わせるような八つ当たりをしないだろうが、居心地の悪い思いをしているのは確実だ。


 それに、何故かアンナは同僚から敵意を向けられていたのも気がかりの原因だ。アンナは「私の実家が男爵家だから、公爵家のお方の専属侍女になるには不足だと思われるのは仕方ないですよ」なんて言ってたけど。

 他の専属侍女はいないし欲しくなかったので比べたことは無かったけど、申し分のない素晴らしい侍女なのになぜそんな意地悪を言う人がいるんだろう。

 ひとり劣った末っ子の専属侍女とはそんなに羨ましいものなのだろうか。私が家族から溺愛されていたなら「美味しい思いが出来そう」と思う人もいそうだがそうではないし。


 理由は分からないが、アンナの境遇が悪くなっていないか、それだけが私の懸念事項だった。


 心配をかけてごめんなさいって改めて手紙も出したいし、お詫びもしたいけど、そのせいでアンナが共犯だとか事情を知っていたと疑われてつらい思いをするかもしれないと考えると安易にそんな事は出来ない。

 それに、アンナと連絡を取るとしたら家族に察知される可能性が高い。落ち着いたら私が無事だと絶対に知らせたいけど、その手段については慎重に考える必要がある。


 一通り考え事も終わったところで、ゴトゴト荷台で揺られながら私はなんとも落ち着かない気持ちになっていた。運転席と助手席は二人でいっぱいで、ロイタールに向かうときみたいに短時間ならともかく詰めて座るには窮屈だからと。時間がかかるから着くまで寝てるか荷台で好きにして良いと言われたけど、どうするべきか一切思い浮かばなかった。


 何もせずに座っているのがひどく罪悪感を感じて、ソワソワしてしまう。どうしてこんな気持ちになるんだろうと考えつつ、私はひとつ気付いて呆然としてしまった。

 私、「ゆっくり目的なく過ごす」ってしたことがないんだわ。


 何かの合間に休憩をとることはあったけど、「休憩をとるべき時間が経ったから」「自分をリセットするため」ってその目的があって体と思考を休めるものしかしたことがない。

 教師役を家族が務める授業も、その与えられた課題もなく、そのための知識を詰め込む必要もなくなって手掛けていた事業も置いてきた私は、自分が暇つぶしに何をするべきかも思いつけなかった。


 ……私、今まで空いた時間は何をしていたっけ? 学園から帰ってきたら……家族の誰かから何かしらの教授を受けて。それが終わると……次の授業を考えて。入浴後は、課題をこなして関連論文を何本か読んだら一日が終わる。

 学園の休憩時間は社交に宛てていたけど、家族からの授業で与えられた課題に使いたいと思った事すらある。家族の目がある場所で最善のパフォーマンスをしようと気を張っている時よりかは余裕はあったがのんびりしていた事はない。

 学園が休日の日は関わっている事業についての仕事をこなして、絵を描いたりサロンに呼ばれて楽器を奏でたりする事もあったがそれも全部私にとって「仕事」だった。

 アンナとのおしゃべりは心の拠り所にはなっていたが、弱音を吐きがちな私をアンナが支えてくれてただけで、私がぼんやり想像するような「趣味の話をして楽しむ」とかとはまったく違う。


 たしかに嫌々やってたことはひとつもない。自ら望んで進んでしていたことばかりだ。でも「いつか家族から褒めてもらいたい」という目的があってやっていただけで、それが無くなった今は「好きだからやりたい」と思えることがひとつも無かった。



 心の底から「物語を作るのが好きだ」と公言するアルフォンスお兄様のデビュー作は九歳の時に書いた「アンジェの冒険」という児童書だった。それまでも頭の中で思い浮かべた物語を家族に話して聞かせたりしていたそうだが、当時幼児だった私は覚えていない。

 主人公アンジェはみんなから愛されてて、皆を愛してる素敵な女の子で、ワクワクする冒険をするが理不尽や不合理はなく全員が幸せに終わる優しい物語だった。

 そう言えば家族だけに話していた時は主人公の名前は違ったのよとお母様がいつか言っていた。

 それはからかっているような口ぶりで、「リリアーヌには絶対に教えるなよ」と言ってアルフォンスお兄様は怒っていたので、当時の記憶がない私に知る術はないが。


 アルフォンスお兄様が言っていた。きっとこの世が滅んで、何もなくなって誰も読んでくれる人がいなくなっても自分は物語を書くだろうって。

 自分の書く話が大好きだから。僕にとって創作とは呼吸であり、溢れてきてとどめられないものであり、どんな金銀財宝や名誉を与えると言われても物語を生み出す事は絶対にやめられない。そうせずにはいられないものなのだと。

 そう言ってたお兄様の目はキラキラしていて、何かに熱中している人の目ってこんなに輝くのかってとても素敵に感じたの。



 羨ましい。私にはそんな情熱はなくて、浅ましい理由しか持っていないのに気付いてしまった。

 




8歳のアルフォンス君が作った物語の主人公の名前は「リリ」で、出版する事になって変更しています

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