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 琥珀の腕力ならいけるはず……という私の予測通り、無事男性二人を乗せた荷車は軽快に動いていた。

 あれからすぐベンゾさんも目を覚まして、二人の怪我のちゃんとした手当てのために、彼らが出発してきた街に戻る事になった。

 ベンゾさんは頭を打ったので、荷車の中で安静に。ゾッコさんも横になって、怪我をした脚を心臓より高い位置に上げてもらっている。

 そして私と、腰が抜けてただけで怪我のなかった槍使いの少年……ペントさんは荷車に乗らず歩いていて、私は琥珀の負担を少しでも減らすために、荷車の後ろから押している。


「それにしても、リアナさんは当然として、琥珀ちゃんもすごいなぁ! この荷車を引けるくらい力が強いなんて、ボーン・カウ並みだろ? さすが金級冒険者だなぁ」

「むふー」

「それと比べて、護衛のくせに足滑らせて頭打って気を失ってたなんてなぁ。面目ねぇ。親父さんにも大怪我させちまうし……」

「そんな事言うなよ、ベンゾ。お前さんもわしも死なずに済んだ、良かったじゃないか」

「親父さん……」


 あれから血が止まって落ち着いたゾッコさんと、目を覚ましたベンゾさんに「命の恩人だ!」と大変持ち上げられてしまい、琥珀が張り切ってぐんぐん荷車を引っ張っているので今の所あまり力は必要なさそうだが。

 あまりの興奮ぶりに、ゾッコさんの傷からまた出血してしまうのでは、と心配してしまうほどだった。


「俺も情けねぇが……ペント! お前が残っていながらなんて事だ。ファングの十頭くらい、追い払うだけならお前でも出来ただろうが!」

「だ、だって俺……父ちゃんが倒れて動かなくなって、頭が真っ白になっちまって……」


 ゾッコさんは農園を経営している地主さんで、ベンゾさんはその農園の私兵。ペントさんはベンゾさんの息子さんで十三歳、今日が護衛デビュー初日だったらしい。なんとも運が悪い。


「ベンゾさん、誰でも始めからは上手く出来ないですよ。私も至らぬところばかりだと叱られてましたから。それに頼りにしていた師であるお父様が目の前で倒れたなら、慌ててしまって当然です」

「リ、リアナさん……!」


 思わずフォローする言葉をかけると、よほど参っていたのかペントさんは涙目になっていた。

 私も多分、目の前でお父様やウィルフレッドお兄様が気を失うような事があったら「私よりはるかに強い方達なのに」と気持ちがくじけて、動揺して実力が出せないと思うし。その気持ちは想像できる。


「へへ……まぁ、金級を持ってるような冒険者様がそう言うなら……ペント、でもお前は鍛え直しだからな!」

「ひぇええっ」


 でも実際、追い払うだけならちゃんと対応すれば出来たのではないかな。しかし、大怪我をしてる人がいて、荷車の車輪も壊れて、修理が出来る知識と技術を持ったベンゾさんは失神中、荷車を引いていたボーン・カウも逃げてしまっていたので、やはり私達が駆けつけられて良かった。

 ペントさんを元気づけるために口にした自分の話。私は始めての実戦の時どころか、それからもずっと叱られ続けてて、一回も認めてもらえた事が無かった……という事は黙っておいた。



「リアナさん……本当に、助かりました! 貴女の手当てが完璧だったおかげで、傷が変にくっついてしまう事も無く、こうしてすぐに治療する事が出来て……わしらの命の恩人です……!」

「いえいえ。私は応急処置をしただけですよ」


 ゾッコさん達を連れて、魔物の襲撃場所から戻ってササリ街の診療所に怪我人二人を送り届けた私達は、さっきまでこの街の巡察隊の人達に囲まれて、ゾッコさん達がアイエン・ファングに街道で襲われた件について報告をしていた。街道に魔物が出ると言うのは普通ではない。

 原因として、近頃森の浅部に強い魔物が出ていて縄張りが狂っていた事、荷車の中に街で買ったと思わしき毛皮が積んであったが、処理が甘くて皮に残った肉が腐臭を発していたのでその臭いに釣られて森から出てきてしまったのではと推測も話した。

 魔物は皆そうだが、ファング種は鼻がとても良いからね。


 その巡察隊の人達にも、こういう事があったので救援に向かって、こうしました、と事実を話しているだけなのに「あの群れると相当手強いアイエン・ファング十頭を苦も無く倒すとは……!」「いやそもそも、アビサル・ベアを倒せる冒険者さんだなんて」と散々診療所の外の往来で騒がれてしまって……褒め言葉で今頭が破裂しそうなので、勘弁していただきたい。

 琥珀がこの体躯で荷車に男性二人を乗せて軽々引きながら街まで現れたせいで群衆がずっとついて来るし……それでまた「そうなのじゃ、すごいだろう!」なんて反応するので、余計に場が盛り上がってしまって、落ち着かせるのにとても苦労したのだ。


「その応急処置ってやつが大事だったって、治癒術師の先生が言ってたじゃないですか! おかげでわしの脚がほら! 言ってた通り、縫ってからポーション使ったらキレイに治りましたよ! 血を止めてなかったら街に着くまでに死んでたし、下手な手当てをされてたら半月は歩けなかっただろうって……ほんとに、ほんとにリアナさんはわしらの恩人で……!」


 まぁ、それはそうだったろうな。ポーションは体が持っている自然治癒力を無理矢理使うような形で傷を塞ぐので、続けて同じ場所に使うと極端に効きが悪くなる。

 血管を縫ってないままポーションをかけてたら、後で縫い直すために同じところを切り開く必要があるのだが、その切り開いた傷にポーションを使ってもすぐには治らなかっただろう。適切な手当てをして診療所に運べて本当に良かった。

 それにしても、「命の恩人」は大げさすぎるので本当に止めて欲しいんだけど……「なんて謙虚な人なんだ!」って余計に感謝が大げさになりかけてしまい、私は諦めてちょっと恥ずかしくなりながら受け入れている。


「本当にありがたい事でした。ぜひお礼を……」

「ああ、それでしたら……今日の事は報告をしておくので、冒険者ギルドから連絡が入ったら内容を確認の上で緊急依頼として報酬をお支払いください」

「ええ、何ですかそれは?」


 ああ、やっぱり知らないのか。私は冒険者ギルドの「緊急依頼」について説明をした。今回みたいに助けるために冒険者が自ら動いた場合に、それが緊急に必要だったと認められれば後から依頼として承認されるシステムの事だ。

 でも、その場で助けた相手からお礼をもらって終わり……とする冒険者が多いのは知っている。冒険者以外だと余計に知らないだろう。でも私は制度がそうなってるなら守らないと気が済まない性質なので。

 でもこれは冒険者ギルドを挟む事で、「そっちが勝手にやった事だ」と善意に漬け込んで報酬を払い渋る人を防いだりする力もある。

 ゾッコさんはそんな事はしないのは分かるけど、逆に「命の恩人だから」と過剰な報酬を渡されてしまいそうな気配がするので……冒険者ギルドを挟めば適正な金額を計算して請求してくれるだろう。


「そんな、命の恩人様ですから……そうだ、報酬とは別に! 今夜は家に来てください。こう見えてもわしのやってる農園は結構繁盛してましてね、是非! 御馳走をたんと用意して宴を開きますのでお招きさせてください! 丁度ね、うちの息子も冒険者をやってまして、良かったら会ってくれませんか」

「おお、親父さん、それはいいですね!」


 全然良くない。私は面倒な話の気配を察して、冷や汗が出た。「御馳走じゃと?!」なんて目を輝かせている琥珀の背中をつついて、「ダメ」という意思表示をしておく。


「あの! 私達は、明日まで依頼の期限内なので、さすがにそれを置いて宴に招かれるわけにはいかなくて……」

「でもリアナさん、依頼の魔物は倒したんでしょう?」


 う、と詰まりそうになった私は必死で頭を働かせる。


「い、一応一頭は……けど、他にいないかも調べる必要があるんです! もしまだ他のアビサル・ベアが残っていたら、それこそ人命に関わりますから……!」

「ふむ、それでは依頼が終わってから、是非宴にお越しを」

「えっとそれが……ごめんなさい、予定が詰まっていて……年内はちょっと。この辺りは拠点地から泊りがけじゃないと来られないので」

「そうかの。残念だ」

「しょうがないですよ、親父さん。金級冒険者さんだもんな、あちこち引っ張りだこなんですよ」


 上手くかわした私は、内心ほっと胸を撫でおろしていた。実際予定が詰まってるのも本当だし……。


「それでは、コルトーゾ農園の方で仕事をする時は是非うちに泊まってくださいね。宴の準備をして待ってますから」

「いえ、あの……そうですね。機会があれば」

「そうだ、冒険者やってるうちのせがれと末っ子なんですが。リアナさんと同じく普段はリンデメンにいるんですよ」

「そうなんですか、偶然ですね」

「ミゲルとミセルって名前で、幼馴染連中とパーティー組んでるんですが。わしの恩人だとよく言い聞かせておきますんで、何かあったら遠慮なく使ってやってください」

「……いえいえ、お気持ちだけで。それでは私達は、明日の依頼に備えて、確保してある宿で体を休めに戻りたいと思います」


 聞き覚えのある名前が出てきて、私は更にどっと背中に冷や汗をかいた。琥珀は「どこかで聞いた名前じゃの」なんて言っているが……。このゾッコさんがミセルさん達のお父様だったなんて、世間は狭いものだ。

 でも本当に良かった、家に呼ばれて宴、なんて事にならなくて。気まずいなんて騒ぎではない。でも……命の恩人だ、と私を持ち上げすぎのゾッコさん。ミセルさん達が実家に帰った時に、お父様の口から私の話と、自分達より下だと勘違いしてた私の本当の冒険者ランクを聞いてしまう事になるのか。……すごく憂鬱だ。どんな反応をするのかとか考えたくない。

 でもあの場で、名乗らず介入するわけにいかなかったし……仕方ない事だった。帰ったら三人に相談しないとだな……。


「リアナさん!」


 心は痛むがいつまでもお礼を言おうとするゾッコさんを遮って、琥珀の手を引いて立ち去ろうとした所に、ペントさんから声がかかった。

 何かまだ用事があるのかな、と立ち止まって振り向く。


「あの……リアナさん」

「はい、何か言い忘れでも……?」

「リアナさん……俺、いつか貴女みたいな強くて素敵な冒険者になります! なので……なので、その時は、いえ……その時になったら言わせてください!」

「は、はぁ……? えっと、褒めていただいてありがとうございます……その、頑張ってください……?」


 謎の声掛けをされた私は、内心首をかしげながら今度こそ、その場を離れた。


「リアナ……フレドが罪作りだと言うが、お主もなかなかのもんじゃぞ」

「何の事?」


 今日は初日で依頼も片付いたし、人命救助もしたし。自己評価の低い私でも大活躍だったなと思っていたのだが、何の罪を犯したのだろう。本気で分からなかった私は聞き返したのだが、琥珀から答えを聞けることは無かった。


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