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「琥珀はリアナちゃん達と待ってれば良かったのに……」
「え~? フレドが一人で対峙して、言いくるめられたりしないか心配してやっとるんじゃないか」
いや、絶対野次馬的な目的で見に来てるでしょ……と、視界の斜め下で二本の尻尾を楽し気にぱたぱた揺らす琥珀を見ながらそう思った。
今日は珍しく琥珀と二人だ。予定外の琥珀連れだが、本来の目的通り、ミエルさんへの忠告をするつもりだ。書面を返すという名目で冒険者ギルドに呼び出しちゃってるし。琥珀が自分も行くと言って聞かなかったのだ。こっそり置いて来ようと思って、実際置いてきたはずなのだがついてきてしまったのだ。俺の実力では琥珀の追跡をかわせないんだよな。
それに、言いくるめられないか見張る……そう言われるとちょっと反論しづらい。今まで散々事なかれに流されてきてるし。
「しょうがない、隅で大人しくしててくれよ」
「当然じゃ、良い子にしておいてやろう」
「はいはい」
あんまり信用出来ない感じの琥珀の宣言を軽く流して、考え事をしながら歩く。先導する琥珀の尻尾を視界の中にぼんやりとらえながら決戦の場(冒険者ギルド)へと足を踏み入れた。
「あ! フレド君、待ってたんだよ!」
よし、と気合を入れて中に入った途端、向こうから声をかけられた。先に話しておいた通り、琥珀は俺からちょっと離れた所で立ち止まった。
想定はしていたけど、後ろにはミエルさんの兄であるミゲルさんもいた。……まぁ、身内が目撃者になってくれてた方が、話が通りやすいか。後から同じ話をしに行かなくて済むし。
「渡してた書類、持ってきてくれたよね? 嬉しい、最初の依頼何処にする? フレド君銀級だし、あ、でも連携の確認も兼ねて最初は簡単めの依頼にした方がいいかな」
「違う、返しに来たんだよ。はい、これ」
腕を組まれそうになったのをさっと避けて、リアナちゃんが渡されたという書類を、預かった時のまま何も記入せずに突き返す。
俺は一瞬、彼女の後ろに立っているミゲルに睨むような視線を向けた。気まずそうに目を逸らすのを見て、「なら本当の事伝えておけば良かったのに」とため息が出そうになった。
こうして勧誘されてお断りするのは今までよくある事だけど、俺に対しておかしい執着する人からの好意はいつも対応に苦労する。特に、いきなりバッサリ拒絶すると過激な行動を取られる事が多い。
なので今回も「この話は断る予定だけど、」と前置きをした上で、「モンドの水」の拠点になってるミゲルの家に連絡をしたのだが。
……自分の口で、悪いニュースを溺愛してる妹に伝えるのが嫌だから、言わなかったんだろうな、これ。
ちなみに、最初「もう一回条件とか話し合おう」と言われたけどすり合わせる要素が皆無な上に、向こうの自宅の夕食に招かれて囲まれて説得されそうだったので、冒険者ギルドの喫茶スペースを指定させてもらった。
ちょっと騒がしくなるかもしれない、とサジェさんには了承を得ている。飲食店の個室とかが使えたらいいんだけど……、衆人環視の中じゃないと暴走する人がたまにいるからなぁ。
まぁ、周りに他人の目が合っても暴走する人はするけど。「付き合ってくれないなら死ぬ」って刃物を持ち出された時は怖かったな。
おっと、過去の失敗談を思い出している場合ではない。
「まず、結論から言うけど、俺が『モンドの水』に入る事は無いんで。これは返しておきます。ミゲルさんにも言っといたんだけどなぁ」
わざと視界を遮るように出されたそれを、一瞬「何が起こったのか分からない」と呆けた顔で見つめたミエルさんは、その表情のまま目の前に突き出された書類からゆっくり視線をずらして俺を見上げた。
「……どうして?」
「それ、説明する義務、俺にあるかな?」
意識して、不機嫌に見えるような無表情を作って見下ろす。
前回は「下手に出て、波風立てずに断る」って選択が上手くいかなかったので、今度はこっちのパターンで。毎回手探りだな。
でもひねてしまった自覚はある。「好きになってくれたのはありがとう」とかは嘘でも口に出来ないし。
「フレドっ……!」
「だってそうだろ? クロンヘイムの任務の時から、勧誘はずっと断ってたのに」
妹を傷付けられたと怒ったミゲルさんが俺に咎めるような視線を向ける。でも傷付けないような言葉を選んで断ってるうちに引っ込めなかったんだから、しょうがないでしょ。
これの決着は、俺が諦めて受け入れるか、俺が断り続けるか、しかない。受け入れるのはナシなので、結果こうなる訳だ。俺だって気は進まない。
彼らのパーティー『モンドの水』は地元出身で、ミゲルさんとミセルさんがリンデメン近くの豪農の次男と末っ子長女なので、有力者と繋がりがあるし、実際この年齢にしては実力もある方なのでちょっと名が通っている存在だった。
だから波風立てたくないなって断ってたんだけど、もうそんな事を言っていられなくなったので。ちゃんと遠ざけないと、またリアナちゃんが絡まれて怪我とかさせられてしまうかもしれない。
ミエルさんがいつまでたっても受け取ろうとしないので、書面は後ろのミゲルさんに押し付けた。
「何で……あのリアナって子とはパーティー組んでるのに……」
「だからそれ、俺が説明しなきゃいけない義務無いよね。納得するような理由を俺が答えないといけないの? それこそ何で?」
「……っ、!」
質問に質問で返されると腹が立つよね。知ってる。
「あとさぁ、こうして俺の都合構わず迫って来られるの、迷惑かな。仕事中とか避けられない時でも構わず色恋匂わされるの嫌いなんだよね、俺。だからそっちのパーティーに入るのは無理」
不機嫌な顔、を保ったままそう告げるとミエルさんは羞恥でカッと顔を赤くして、俯いた。
正直、クロンヘイムの任務の時はミエルさんと二人で組まされるとか、不必要に隣にされるとか、パーティーぐるみの後押しも露骨すぎてちょっと疲れたから。ミゲルさん達への忠告でもある。
「とにかく、俺もリアナちゃんも、そこの琥珀もそっちのパーティーには入らないんで。返すものは返したし、話はこれで終わりですね。これ以上しつこい勧誘するようだったら、ギルドに警告してもらうんで」
ほんとはもうギルドに報告はしてるけど。世間話くらいの感じで。まぁ、実際正式にギルド挟んで警告するほどの事にはならないと思う。
人目のあるところで、ここまではっきり断って、俺も嫌な奴だと思われたし、これ以上執着されないだろう。
ミゲルさんも俺を殴りたそうな目で見てるし、二度とパーティーには誘われないはずだ。めっちゃ嫌われたけどね。
「……フレド君、そんな事言う人だと思ってなかった……!」
「別に、最初からこんな人だよ。普段は楽だからヘラヘラしてるだけで」
「フレド、お前……ッ! ……これからコルトーゾの方の依頼受けられると思うなよ」
「うーん、俺も『モンドの水』の地元の依頼は受けないですよ、気まずいし」
そう言えば、そっちの地域は割の良い依頼多かったな。でもリアナちゃんと行動一緒にするようになってからは泊りがけの依頼受けてないから、そもそも半年以上そっちは行ってないし……影響ないかな。
いつもだったらそっちの方が楽だから自分を下げて辞退してたけど……そのうち活動拠点移るし、もういいか。
「じゃ、俺この後仕事なんで」
呼び止める前に、さっさと立ち去る事にした。
周りには、「痴話喧嘩か」なんて見物してた知り合いの冒険者がいたけど、俺の様子が普段と違うからか、話しかけてくる様子はなかった。
「おうフレド、お疲れ。あれじゃな。慣れない事言っておったけど、男前じゃったぞ」
「そうだよ。でもあんまりさっきみたいな真面目な顔してると、今よりもっとモテて困っちゃうからさ……」
「そんな事より。お主琥珀が教えてやった台詞を使わなかったではないか」
「え……あぁ、いや、そんなすぐバレる嘘つける訳ないでしょ……」
ボケたのに放置されるのって結構つらいものがあるよね。いや、一仕事終えた俺に労わりの言葉をかけてくれた琥珀にふざけて返事した俺が悪いのか。
「ぬ~……琥珀がせっかく一番効くやつを教えてやったのに……」
「いやいや、嘘つく方が面倒な事になるから」
嘘も方便だとは思うけど、その……「俺は今リアナちゃんと付き合ってて、ラブラブだから諦めて」とか……いくらなんでも。無理だって〜。
しかもこの場合、わざわざ嘘ついて、リアナちゃんにさらに敵意が向きかねないので絶対ダメ。メリットがない。
まぁそれだけじゃなくて……当然、好きな子の事で、そんな嘘をつきたくないってのもある。
ただそこを琥珀にそのまま説明するわけにはいかないので、「わざわざ大きい問題にしないの」と、一般常識の範囲で教育指導をするにとどめておいた。