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悪縁を断つ


 さて、リアナちゃんに聞かせたくない話で俺にだけ内緒で話す事と言うと……。

 俺はいくつか当たりを付けた。魔石事業をまるごと売却する事になった話か? この国の王都から錬金術師として勧誘された話は断ったけどまだ諦めてないらしいし……それとも前みたいにリアナちゃんが男にナンパされて、本人はまた危機を理解しておらず、琥珀がこうして俺にこっそり情報共有しに来た……とかかな。


「それで琥珀、俺だけにする内緒の話……って何?」

「待て、リアナがこちらに聞き耳を立ててないか調べてからじゃ」


 俺を先導して、ホテルの廊下の行き止まりに辿り着く。部屋から誰か出てきても、階段から誰か昇って来ても話の内容を聞かれる前に気付けるポジションだ。

 本当に内密にしたい話なら下のレストランの個室……という手もあるけど、まぁそこまではしなくても良いだろう。すぐ戻るよって言ったし。

 頭の上の狐耳をピコピコと動かした琥珀は、目を閉じて真剣な顔をしたかと思うと「こっちの盗み聞きをするような魔法は使われておらんようじゃな」と瞼を開いた。


「リアナちゃんは内緒って言った話をこっそり聞こうとするような人じゃないだろ?」

「念のためじゃ! まったく、誰のためにこうして琥珀が用心してやってると思ってるんじゃ」


 そう言って、プリプリ怒った琥珀が話し出した内容を聞いて、その場に這いつくばって頭を下げたくなる思いだった。

 俺だわ。俺のせいで起きたトラブルだったわ。何が「リアナちゃんがまたナンパされたのかも……」だ違うんだよな。どのツラ下げてそんなのんきな事考えてるんだよ俺は。


「ごっ……ごめん……ほんと……俺のせいで……」

「な、なんじゃ急に顔色がおかしいぞまぁ、あれじゃ。あまり気に病むでない。フレドも女に付きまとわれて迷惑がってるのは知っておるからな」


 見当違いの心配した上に原因が自分だったと知って罪悪感で死にそうになってる俺に琥珀が優しい言葉をかけてくれたのだが、それがまた情けなくなる。


「琥珀、ごめんな。俺の厄介ごとにリアナちゃんと琥珀を巻き込んで」

「いつもは琥珀が起こした問題をリアナやフレドが助けてくれるからな。お相子じゃ」


 頼もしくもそんな事が言えるようになった琥珀に感動してしまう。あの温泉街で出会った時から、よく成長したものだ。


「それにしても……パーティーを解散させてリアナちゃんごと仲間にしようとしてるのか」


 名前を書いて提出すればパーティーに加入出来てしまう、という状態の加入申請書を用意出来てたという事は、リアナちゃんと琥珀と俺をパーティーに加えるって話自体は他のメンバーも承知してる。じゃないとそんなもの用意出来ないからね。

 あのパーティーの中でミセルさん、「みんなに可愛がられてる末っ子」ポジションで、幼馴染だけで構成された他のメンバーはそもそも反対しなかっただろうけど。

 断るのは当然として……でも二人が金級冒険者って知られちゃうのはなぁ。それは避けたいんだよね。

 リアナちゃんが目立ちたがらないからってだけじゃなくて。琥珀とリアナちゃんが「金級冒険者」と知れ渡るのは、面倒が山ほど起きる未来しか見えない。


 金級冒険者だから、と言えば明らかに実力の合わない「モンドの水」のパーティー勧誘を断る事は簡単だ。来年銀級に上がれるかも、と言っていたから黒鉄級か。金と黒鉄ではランクが離れすぎてる。

 俺は銀級、で向こうはリアナちゃんと琥珀の事を自分達より下のランクの冒険者だと思ってる、黒鉄級のパーティーに加えるには問題無いと思ったんだろうな。その通りだったらね。当然、もしそうだったとしても承諾しない話だけど……。

 このランク差だと、向こうがリアナちゃん達の本当の冒険者ランクを知ったら、「そうと知らなかったとはいえなんて身の程知らずな話を持ち掛けてしまったのか」とシオシオに恥じ入って撤回して終わる案件ではある。


 でも、それではリアナちゃんと琥珀の日常が失われてしまう。俺が、ちゃんとミセルさんが諦めるくらいきちんとお断りしてなかったせいで……。

 俺は再度罪悪感に襲われながら琥珀の話した内容を頭の中で整理していった。

 なるほど。だから琥珀はリアナちゃんには内緒で俺にこの話を伝えたんだな。たしかに、リアナちゃんは「たいした事じゃないんですけどね?」って方向で修飾された話しかしなかっただろうからな。


「なるほど、それで、俺にしっかりお断りして来いって言う事か」

「いや、違うぞ?」


 え、違うの?


「琥珀があの女を懲らしめてやるのに、フレドはそこに立ってて欲しいのじゃ。立っておるだけでいい」

「どういう事だ?」

「琥珀はな、あの女の弱味を見たんじゃ」


 どういう事だ、と首をひねったまま琥珀を見下ろしていると、ことさら神妙な顔になった琥珀が声を潜めて続きを話しだす。


「実は……冒険者ギルドで、ミセルって女にあんまりにも腹が立って、気が付いたらその女に対して変化の術を使って脅かしてやりそうになってたんじゃが……」

「え?! ギルドのど真ん中で?」

「も、もちろん、使っておらんぞ! リアナやアンナと、この力は隠すと約束したからの」


 一瞬びっくりしかけたけど、リアナちゃんも琥珀が何かした、とか言ってなかったなと思い返して自分を落ち着かせる。よく考えれば大丈夫って分かる事なんだけど、あんな人目のあるところで琥珀があの力を使ったのか? とつい焦ってしまった。

 なるほど、琥珀が内緒にしたかったのは「約束した変化の術を外で使いそうになった」からかな。


「変化の術って、何に変身しようとしたんだ?」

「あの女の、一番恐ろしいものに化けて、懲らしめてやろうと思って……思っただけじゃぞ?」

「それは分かったって。琥珀はリアナちゃんとアンナさんとした約束を破らなかったんだもんな」

「うむ」


 琥珀は恭しく頷くと、説明を続ける。


「琥珀をただの子供と思い込んで侮ったのは、腹は立ったけどまぁ良い。琥珀は懐が広いので、見る目のない愚か者を許してやった。けど……リアナが。その紙をフレドに渡せと言われて。『勝手に捨てたら分かる』と罪人扱いした上に、あの女、リアナの腕に爪を立てて怪我をさせたのじゃ」

「な……!!」


 その話を聞いて、俺もカッと頭に血が上りそうになった。思わず話を遮って、この点について詳しい話を聞きそうになるがぐっとこらえる。……まず、話を最後まで聞かないと。


「怒りが頭の天辺を抜けそうになって……『この女を一番懲らしめられる方法で仕置きしてやりたい』と思ったんじゃ。ひっぱたくとかじゃこいつにはあまり効果が無い、そう思って、琥珀の勘にピンときたのが『この女が恐ろしいと思うものを化かして見せて、懲らしめてやる』じゃ」


 うーん、翻訳すると「物理よりも効く仕返しがしたかった」って感じかな。報復は褒められた事ではないが、思いとどまったから未遂だし……。

 琥珀が言うには、ミセルさんが「心の底から怖いもの」が三つ見えたらしい。

 一つ目は、依頼に失敗して兄を含めた仲間も自分も全員死んでしまう光景。たしかに、冒険者なら誰でも無意識に怖いと思ってるものだろう。

 二つ目が、数えきれないくらいのチャバネカブリに襲われる事。これは……俺も泣いて許しを請うくらい嫌だな。


「そして三つ目が、フレド、お主に『ウザイから付きまとうの止めろ』とか、そんな事を言われる事らしい」

「え、えぇ……」

「それでな! 琥珀の変化の術で作った偽物のフレドで、あの女の心の中にあった、一番怖がってる言葉でケチョンケチョンにフってやろうと思っての」


 琥珀の「内緒」の全貌はこうだ。瞳の色が再現できないから、本物の俺に被せるように「ミセルさんの怖がる俺」に見える術を目から下にかける。その琥珀が術で見せた俺の偽物が喋った言葉を、俺が否定しなければ「俺が言った事になる」……変化の術の存在すら気取られない、そのつじつま合わせするって事を含めた内緒話だった。

 にんまり笑った琥珀の瞳孔は、糸のように細くなっていた。見ての通り、こうして企み事をするのが楽しくてたまらないのだろう。


「それはたしかに効果あるかもしれないけど……却下だ」

「何でじゃ?! この方法なら琥珀のこの、素晴らしい変化の術の存在はバレないぞ」

「ダメだよ。約束しただろ? 人前で使わないって」


 一応、「その変化の術を使わないとならないような身の危険が迫らない限りは」と約束してあるけど……琥珀が戦って切り抜けられないような身の危険は多分起こらないだろうな。


「ぬう……あ、そうだ! 良い事を考えたぞ。琥珀がそのミセルって女の前で話をしてやればいいのじゃ! 『あんたに付きまとわれて迷惑してるってフレドが言ってたぞ』って。これなら変化の術を使わなくても出来るぞ!」

「それもダメ」

「何でじゃ?! リアナの事を怪我させたあの女に腹は立たないのか」


 リアナちゃんが大好きな琥珀は納得がいってないのだろう。本人が怒ってない分、これでもかってくらい怒ってるなぁ。


「当然、腹は立ってるけど……」

「ならどうしてじゃ!」

「腹が立ってる半分くらいは、自分に対してかな。事なかれ主義でいた方が楽だったから……色々妥協してきたせいで、こうして問題が起きて、リアナちゃんや琥珀に迷惑をかけちゃってる」


 やったのは彼女だけど、原因は俺だ。

 母親と似たタイプの女性が怖くて、事を荒立てずにこの場を収めようってつい思ってしまう……なんて言い訳にしかならない。


「その落とし前を、代わりに言ってもらうとか、流石にカッコ悪すぎだろ。だから、自分で言うよ」


 琥珀は納得してくれたみたいで、解決については俺に任せると言ってくれた。


「でも琥珀、何を見せて怖がらせようってちゃんと選べたのは偉いよ。人が死ぬ所とか、虫に襲われる光景は流石に勘弁してあげたんだろ?」


 俺は話の流れを思い出して、琥珀の成長を感慨深く思いながらそう口にした。


「いや、違うぞ。チャバネカブリなんて琥珀も大っ嫌いじゃから変化の術で自分も見たくないし、仲間や自分が死ぬのは、後からすぐ本当に起きた事じゃないって気付いて終わりじゃろ? あいつが怖がってるものの中で、本当に起きた事に出来るのがこれだけじゃったからな」

「……そうか」


 でも琥珀らしいな、と苦笑しながら思った。

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