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「ただいま戻ったのじゃ~」
「あら、お早いお戻りですね」
「近場で金級冒険者が受ける依頼に、ちょうどいいのが無くて……」
「なるほど、そういう事ですか」
たしかにあれから買い物は行ったけど、まだおやつの時間をちょっと超えたくらいだもんね。
予定していたよりも早い時間に帰宅したのを疑問に思っているようだったアンナにそう答える。
「それでね、そろそろ琥珀も泊りがけが必要な依頼も出来そうだから、色々教えようと思って」
「泊りがけと言うと……何処まで行かれるのですか?」
冒険者ギルドから持ち帰った書面板を開いて、アンナに見せるようにテーブルの上に広げる。その隣に、リンデメン近郊の地図を置いた。琥珀も一緒に覗き込んで、一緒に依頼で行く先の地理を復習する。
「受けようと思ってるのはこの依頼で、ここから乗合の魔導車で朝出て夕方に着くくらい離れてるゴーニュ村ね。泊りがけと言っても野営じゃなくて……ほとんどが移動時間になるかな。一泊で帰って来られる距離だし」
横から琥珀が、ゴーニュ村近辺の魔物の情報と、依頼書に記されている内容を得意満面で説明している。さっき市場で買い物をしながら私が教えた事そのままだったが、人に教えられるくらい理解したという事なので、しっかり覚えられた……という事でいいだろう。
アンナもそれが分かってるからか微笑ましそうに、うんうんと頷きながら聞いてくれている。
「あ……それでね、アンナ……ちょっと冒険者ギルドで面倒な事になりかけたから、アンナにも伝えておきたくて……」
「え? また何かあったんですか?!」
アンナの返事に「また、だなんてそんなにいつもトラブルにあってるかな?」と思いかけたのだが、よく考えると「いや、たしかに結構な頻度で何かしら起きてるか」と思い直して反論をやめた。
でも……半分くらいは私が関わったせいで介入する事になった事達だけど、今回のは完全に向こうから声をかけてきたので私のせいでは無いし……。なんて、誰も聞いてないのに内心言い訳をしながらアンナに一部始終を説明する。
「まぁ! なんて失礼な人でしょう。私、顔は分かりますよ、リンデメンに来る時に一緒だったパーティーの魔法使いですよね。リアナ様にまで失礼な態度を取るなんて」
そうか、フレドさんに頼んでアンナを連れてきてもらう時に一緒に依頼を受けてた人達だから、アンナは一応知ってるのか。
「でもアンナ。私に『まで』、ってどういう事……?」
「道中……あの時はまだ言葉はほとんど分からなかったのですが、私も彼女に嫌われてたんですよ」
「ええ?! どうして」
「多分私が、あの移動中フレドさんを占有してたからですかね。言葉が通じるのがフレドさんしかいなかったので」
たったそれだけの事で……というか、仕方ないと思うんだけど。恋愛が絡むとたったそれだけの事で、嫌いだって分かるような態度を何もしてない人に向けてしまうんだ。怖いな。
「それにしてもフレドさんも罪作りですね。望みが無いならキッパリ断って諦めさせる方が優しいと思いますが」
「えっと、…………私が知ってる限りはいつも、フレドさんは十分はっきり断ってたと思うけど……」
「あら、リアナ様。フレドさんを庇うなんて」
「か、庇ってないもん」
いいえ評価が甘すぎます、そんな事ないとアンナと二人でもちゃもちゃしていた所に、「ただいま~」と渦中の人の声が聞こえて「ぴゃっ」と飛び上がってしまった。
「あれ、今こっちの部屋から小動物の鳴き声みたいな音が聞こえたような……」
「フレド! よく帰ったのじゃ。ちょうど良い、お主に話しておかなければならない事が出来てな」
「おお、なんだなんだ」
本日のおやつを食べ終わった琥珀が、部屋に入って来たばかりのフレドさんを手のひらでぐいぐい押して廊下へ押し出そうとしている。
琥珀が話題を変えたお陰で私の変な悲鳴について深く聞かれずに済んだのは良かったけど、まさか……今日冒険者ギルドで起きた事を伝えるつもりでは?!
「琥珀、帰って来たばかりのフレドさん達にワガママ言わないの」
「でもこれはとってもとっても大事な話なのじゃ!」
「大事って……フレドさんに何話すつもりなの?」
「い、いや、これはリアナに関係ない話だから、リアナが聞いても何の意味も無いし、フレドにだけ内緒で話すのじゃ。フレド、エディにも内緒じゃぞ」
もしかしなくても、これはそうだろうな。聞いても意味のない私に関係ない話だと言いつつ、フレドさんにだけ内緒で話すという設定がちぐはぐだ。
でも琥珀に好き勝手話をさせる訳にはいかない。さっきだってアンナに「ミセルって女、口では笑いながら目をこーんな吊り上げて、リアナの事を睨んでおったんじゃぞ。般若面そっくりじゃ」なんて盛りに盛った話をしてたんだから、何を言われるか。
あまりに変な事を言われると困るのだけど。
「フレド、部屋の外に出るのじゃ!」
「あー……、大事な話なら聞いておこうか。エディもちょっと待ってて、すぐ戻る」
「二人とも待っ……」
待って、話すなら書斎使って、椅子もあるし。とかけようとした言葉は途中でドアに遮られてしまった。あそこなら何を話すか把握出来るから、変な事話さないように見張りたかったのだが。
しかたない、すぐ戻ると言ってたし、ホテルの廊下で話してると思うんだけど……。後でこっそりフレドさんに何を話してたか聞こう。
「リアナさん、どうされますか? 私が同席してきましょうか」
「うーん……フレドさんは何話したか、後で教えてくれるとは思うので……必要ならそこで私が正しい情報を伝えます」
「でもフレドさんは琥珀ちゃんに結構甘いから、かなり控えめに報告すると思いますよ」
「さすがアンナさん、フレド様のお人柄を踏まえた的確な意見ですね。ちなみに私もそう思います」
「はは……」
二人の、フレドさんの評価に苦笑いが浮かんでしまう。
「ちなみに、琥珀さんは何をフレドさんに話そうとしてるんですか?」
「ああ、それがですね……今日冒険者ギルドに行ったんですけど、そこで……」
私はエディさんの疑問に、フレドさんにどうやら片思いをしているらしい、というミセルさんの説明をしてから話をする。ちょいちょいアンナから「逆恨みでリアナ様を敵視している迷惑な人
」「諦めが悪い上に失礼ですよね」なんてヤジが入る。もう。
「あぁ、またフレド様に好意を向ける女性が問題を起こしてるんですか……」
エディさんの感想は驚くでも心配するでもなく、「またか」という諦めに似た表情を浮かべた。ただそれだけ。
「またとは、頻繁にあったんですか? エディさんのご存じだった頃の、フレドさんの地元でも」
「そうですね、よくありましたよ。本当に驚くくらいに、沢山」
「ふむふむ、例えば?」
アンナはささっとお茶を用意すると、エディさんに席を薦めて完全に「話を聞くモード」になっていた。一拍遅れて、わくわくした顔のアンナが何を聞き出そうとしてるのか理解した私はハッとして、慌てて止める。
「ちょっとアンナ、本人がいない所で過去の話を聞き出すなんて……」
「まあ確かに、琥珀ちゃんの話もすぐ終わるでしょうし、聞くのはまたゆっくり時間が取れるタイミングにした方が良いですね……」
「いやそうじゃなくて、」
「リアナ様。本人はいつも大層お困りでしたけど、自慢話にしか聞こえませんからフレド様はこの件について弱音を全然吐かないのです。無理に笑い話に昇華しようとしているのが痛ましくて……良かったら『こんな大変な思いをしていた』と共有してあげてくださいませんか」
そ、そんな事言われたら頷きたくなるし……そもそも、「私の知らないフレドさんの話」なんて聞きたいに決まってるのに……!
「う……、知りたいですけど、私、フレドさんに『エディさんに聞いても良いか』って確認してから……にします!」
「おや、残念ですね」
「じゃあ私もその時リアナ様と一緒に聞かせてもらいますね」
「それでは、私も聞きごたえのあるエピソードを厳選しておきましょう」
誘惑を振り切って、なんとか断る。
しかし厳選するほどあるのか……と、エディさんの言葉から、過去のフレドさんの大変さがほんの少し見えて、それだけでちょっとたじろいでしまった。