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ちょっと話を、と言うミセルさんが笑顔なのが怖い。前回、そんな笑顔を浮かべるような内容なんて話してないから余計に。
「あの、フレドさんを引き抜きたいというお話なら、前にお伝えしたように本人と直接話してください……!」
絶対、聞いたらもっと面倒くさい話になると分かっているので、私は先手を打った。打とうとした。
そう言い捨てて冒険者ギルドの中から出ようとしたのだが、出入り口との最短距離をふさぐように立っていた彼女の横を通る時に、手首を掴んで止められてしまった。
「これを渡したかったの。今日ギルドに伝言頼む所だったので、ちょうど良かったわ。はい、これ」
「え? これ……パーティー解散届……?」
「あ。勘違いしないで。ちゃんと下の書類も見て欲しいの。そう、『パーティー加入申請』の紙もあるでしょ? うちが書くところは全部記入してもらってあるから。あとはリアナさん達がパーティー解散して、うちに加入すればいいだけ」
「……はぁ……?」
ミセルさんの話す内容は、情報として頭には入って来るけど、何で今こんな話をされているのかよく分からない。
「ええと……なぜ私達がパーティーを解散してそちらに加入するという話になってるのかちょっとよく分からないんですけど……」
「フレド君、リアナさん達の面倒見るためにパーティー組んでるんでしょ? ……でも、私達のパーティーに入れば、フレド君も銀級冒険者として定期的に仕事が出来るし、フレド君の代わりに私達のパーティーが先輩としてサポートしてあげられるから」
……いや、やっぱり話を聞いても、それでなぜ私達がパーティーを解散して入り直すのが「良い話」なのか全く理解できなかった。
サポート……うーん、冒険者としてって事だよね……? フレドさん以外から「冒険者としての常識的なふるまい」を教わる……確かに必要だったなとは思うけど、それについてはもう遅過ぎる気がする。このお誘い受けるのが銀級に上がる前なら、考えてたかも……。女性もいるパーティーだし。
いや、この人達があの時フレドさんと一緒に国境を越える任務を受けてたんだから、時間的に無理か。
「本当は、琥珀ちゃんみたいな年齢の子を冒険者として働かせるのは反対なんだけどね。このくらいの年の子って、親や大人が守ってあげるべき存在なのに……」
……いや、タイミングが合ってたとしてもお願いはしなかったかもしれないな。
憐れみを浮かべて琥珀を見た彼女に、そう思った。
「……でも、冒険者ランクが違うから、私と琥珀が受けた依頼に一緒に来られないですよね?」
「まぁそれは、指導って事で私達も合わせてあげるから」
「いえ、それは」
「大丈夫! 後輩のフォローは得意なの」
何だろう、話が噛み合わないな。
私はこの会話の違和感の原因に気付けないのがどうにも気になった。でもとりあえずそこを置いておいて、話を切り上げて立ち去ろうとしても言葉を遮られて上手く断れない。
どうしても、質問形式で言葉をかけられるとついその質問に答えてしまって、自分が言いたい事を言うタイミングが掴めない。ダメだ、ちゃんと意思主張をしないと。
そう考えると、私が家や学園の狭い交友関係の中で経験してきた「会話」は、誰かが喋り終わってから次の人が喋るものしか無かったんだな。こうして言葉の途中でポンポン応酬がある事自体に慣れてなくて、聞くだけというか、防戦一方になってしまう。
「その書類、絶対フレド君に見せてね? 隠して捨てたりしたら分かるから」
「……」
「約束して? ね?」
「い……っ」
笑顔のまま、ミセルさんは掴んでいた私の手首に力を込めて、ツキりと痛みが走った。
思わず痛い、と口に出しそうになった瞬間、私の斜め後ろでずっと毛を逆立てていた琥珀が飛び出していきそうになる。
ダメ、と声をかけるまでもなく、琥珀はすぐに足を止めたが一瞬ひやりとしてしまった。
殺気を出した琥珀に驚いて掴まれていた私の手は離されたけど、見るとくっきりと爪の痕が残っている。
「ちょっとそこ、強引な勧誘はギルド規則違反よ?!」
「っ……違います! 無理矢理なんかじゃ……と、とにかく、その書面ちゃんとフレド君に見せてね?!」
「えぇ……?」
私が「そのお話は本人にしてください!」と言って逃げるはずが、逆に「その書面必ず渡してね!」と逃げられてしまうとは。
私は、押し付けられた書面を片手に呆然と彼女の背中を見送ってしまった。……私ももっと自分の発言をきちんと押し通せるように強くならないと……。
「リアナちゃん、大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。声をかけていただいて……」
すわ喧嘩か、とカウンターの中から慌てて出てきたダーリヤさんも駆けつけて、最初の時みたいな騒ぎにはならずに済んだが、ちょっとした騒ぎになったので注目されてしまった。また上手くかわせなかったなぁ。
「何を渡されたかちょっと見せてもらえる? もちろん、あなた達が言いがかりを付けられた方だって分かっているけど」
「はい、もちろんです。けど……」
「そうね。さっき出たばかりであれだけど、もうちょっとあそこで話聞かせてもらってもいいかしら?」
人が少ない時間帯とはいえこんなに目立ってしまって、居心地の悪い思いをしているとダーリヤさんがさっき使っていた受付ブースにまた案内してくれた。自分の体で庇うようにして、私達を他の冒険者の視線から守るように。
それだけで随分気持ちが楽になった。
「あの子は……モンドの水の魔術師の子ね。強引な勧誘を後でギルドから注意しておくわ」
「でも私への勧誘と言うよりかは……」
「そうね。フレド君と親しくなりたいんだろうけど、なんか逆効果よねぇ」
冒険者ギルドではランクに関わらず、パーティーへの勧誘や加入で「強要」は禁止されている。強い人を誘ったり、強いパーティーに入れて欲しいと思う人は多いし……その辺りの交渉は冒険者間でかなり自由だけど、声をかけられた側が迷惑に感じたり、冒険者ギルド側が問題視したら罰則が与えられることもある。
今回は多分「注意」で終わるだろうけど、効果はあると思う。でも冒険者ギルド任せにしないで自分でも解決できるように動きたいな。次こそは……。
渡された書面をダーリヤさんに預けて、さっき言いつけ通り喧嘩を無暗に買わずにいた琥珀は褒めておこう。
「でもあの女、おかしな事言っとったな。自分達が教えてやるとか……琥珀達の方が強いのに何言ってるんじゃ」
「えーと……私達の冒険者ランクを知らないみたいでしたね」
「実際、知らないのだと思うわ」
「え、ほんとに知らないんですか?」
琥珀の直球な言葉を言い換えると、思ってもみなかった話が返ってきて素で驚いてしまった。でもそう考えると、あの噛み合わなかった内容がストンと納得できる。
「リアナちゃんはずっと目立ちたくないって言ってたから、それが分かってる私達も情報が広まるような事はしてないの。新しい金級冒険者が登録された事くらいは皆噂で聞いてるだろうけど、それがリアナちゃんだと知ってる人は少ないはずよ」
リンデメンの冒険者ギルドには、私と琥珀の事を言いふらす人ようなはいなかった訳か。確かに、あの表彰式のあった晩餐会でも、それまで私を男性だと思ってた人もいたくらいだし。
表彰されたあの記事が載るような新聞を購読してる冒険者も少ないし、そもそも写真も小さくて不鮮明だからそうと思って見ないと私達だと分からないかも。
高ランク冒険者や情報通には知っている人もいるみたいだけど、そういった人達ほど個人情報を広めるような事はしないから、そう考えると彼女が知らなかったのも妥当なのかも知れない。
「これからも、宣伝や売り込みはしないでなるべくひっそりやっていくので良いのよね?」
「うむ、真の英雄は力をひけらかさずに活躍するものじゃからな」
「あら、そうね。うふふ。たしかに英雄様は自慢話しないわね」
私が「それでお願いします」と言う前に琥珀が答えたのがあまりに可愛くて、でも笑ったら悪いなと思った私は琥珀に分からないように後ろで悶える羽目になったのだった。