次の目標探し
「フレド、今日こそ! 今日こそ琥珀が完璧な変化の術を見せてやるのじゃ!!」
「え、またぁ? もういいんじゃないかな……十分だって。俺前髪長いから、覗き込むみたいに目を合わせないと色なんて分からないよ」
「いいや、ならん!」
「分かった分かった。リアナちゃんの許可は?」
「昼ご飯の時間までなら良いと言われてるぞ」
「なら俺は良いよ」
あの日尻尾が一本増えた日から琥珀は、変化の術の練習をするようになった。 耳と瞳の変身が出来なくて琥珀的にとても悔しかったらしい。今までこういった事は練習なんてしなくても感覚的に出来てしまっていたからこそ、自分に納得がいかないのだろう。
勉強にも同じくらい負けん気を出してくれたらいいんだけど……とりあえずの目標は、依頼書を間違えずに読んで、報酬の計算が出来るようになって欲しい。
その変化の術の練習だが、権力者や犯罪者に目を付けられそうな力だからこそ、何が出来て何が出来ないのかはしっかりと習熟しておく必要がある、と考えた。行動を共にする私達も知っておくべきだし、把握する目的で練習を許可している。「未知の技術なので私も興味津々」というのもちょっとはあるけど……。もちろん、条件を付けて、それを全て満たす時だけ練習できる……という形でだが。
外から見えない部屋の中で、姿を変える本人に許可を取って、服で隠れる部分の体には触れない、私がいる時だけ、という約束だ。
琥珀の「変化の術」の練習中は他の人に見られたりしないように、部屋に近付く従業員などの存在も私が警戒している。
「ぐぬぬぬ……! ダメなのじゃ、どうやっても、フレドの目と同じ色にならん! 何度やっても緑色になってしまうのじゃ」
その琥珀はというと、未だに「フレドさんへの変身」を習得できずにヤキモキしているようだった。狐耳を消して姿を変えられるようになったけど、本当にそれだけが出来ないでいる。
お手上げポーズを取った琥珀が鏡をテーブルに置いて、ソファにぐでっと横になった。今はフレドさんの体なので、足がソファからはみ出ている。そこに、いつものように「ひじ掛けは脚を乗せる所じゃないでしょ」と注意して座り直させた。
何回も見てるので、「フレドさんの姿をした琥珀」には私も平常心で接する事が出来るようになっている。
「不思議だなぁ。何で目だけ同じにならないんだろう。それに俺以外の他の人には琥珀、完璧に変身できるのに」
「それが琥珀も不思議なのじゃ」
そう。その日たまたま指先を紙で切った私の傷まで再現出来ていた。もちろん、怪我をしていない日の「変化の術」では傷なんてなかったのに。
変化の術でなる事が出来ない姿、というのがあるのは聞いた。実在する神様にはなれないのだそうだ。あと神の加護を得ている存在にも。
でも、フレドさんは普通の人間なのになぁ。それも「目の色だけ」なんて不思議だ。
「フレド、お主ほんとの目の色は実は緑色なのではないか? いや、間違いない。フレドの目は緑色じゃ。なんか変なものでも食って色が変わったんじゃろ」
あまりに納得がいかないのか、琥珀がとんでもない事を言い出した。
「え~? そんなバカな……」
「いやいや琥珀さん。生まれた時……は同い年の私も記憶はありませんが、生まれてから目の色が変わった話は聞いておりませんし、それに物心ついた時からずっとこの色の瞳でしたよ」
でもあまりに自信満々で琥珀が言い出すものだから、二人とも苦笑していた。
「でも、琥珀の変化の術はもう完璧なはずなのじゃ! こうなれば後は、フレドのその目の色の方が間違ってる……これしか有り得ん!」
「はいはい、琥珀ちゃん。そろそろ元の姿に戻りましょうね。お昼ご飯の時間ですから」
アンナに促されて、琥珀が変化の術を解く。
練習する琥珀の横で書類仕事をしていた私も、アンナのその声を聞いてペンを置いた。
でも「フレドさんの目は本当は緑色」って推理は面白いなぁ。琥珀じゃないと出てこない発想だと思う。
でも例えば病気とか、何かの理由で目の色が変わったのかも……いや、でも私の指の怪我まで再現した琥珀の「変化の術」だから……現在の、「目の色が濃い緋色をしたフレドさん」にならないとおかしい。やっぱり謎だ。
「リアナ、昼飯の後は冒険者ギルドじゃぞ! 久々に琥珀と依頼を受けるんじゃからな!」
「大丈夫、ちゃんと覚えてるよ」
最近は人工魔石の工房については製法と工房ごと売却する方向で進んでおり、私がいなくても、依然とほぼ同じ程度の生産量が確保できるようになっている。
今人工魔石を作っている方法では、「原料の魔石をどれだけ小さく粉砕出来たか」「人工魔石を固める時に流した魔力がどれだけ均一で乱れが無かったか」で品質を高められるが限界が存在する。
錬金術師の教本にある「この魔導回路図の起動に必要な魔力を計算せよ。なお回路に魔力抵抗は無いものとする」のような、魔力抵抗が無い物質で人工魔石が作れたら話は別だけど……そんなものは実在しない。
なので現実的には、十五等級が作れてせいぜい、というものだがそれでも需要は多い。この大きさの魔石が採れるような魔物を倒せる冒険者はそこそこ限られるし、そもそもその魔物だって、潤沢にいる訳では無いから。
私が予想していたよりかなり売れてるな、とは思うけど。正直、ほんと……こんなに大きな市場になると思ってなかったな。
このままここで「人工魔石の開発者の錬金術師」として生きていく方が確実なのだろう。現に、今でも十分すぎる収入がある。でも私は「もっと他の事もしてみたい」と思ったのだ。
けれど、「人工魔石」に興味がなくなった訳ではない。今より大きい等級の人工魔石を作るために、色々試したいと考えてたりもする。けどそれには設備が足りないものが多く、後回しにしてしまっているが。小規模では上手くいったから、これを大きな規模で出来たら現在の人工魔石に何となく存在してる天井は無くなると思うんだけど。
もちろん資金はあるから設備は用意しようと思ったら用意出来るけど、この街でこれ以上腰を据えて仕事を作る気にならなくて……「いつかやりたいな」という頭の中のリストに記すのみになってしまっているが。
他の事をしてみたい、と思いつつじゃあ具体的に何をしたいのか、と言うと相変わらず具体的なものは浮かばないのだが。まぁいいか、アンナもフレドさんも言っていたもの。これからそれを探せばいい、って。