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良い変化

 

 正直、琥珀の友達にわざと酷い事を言った自覚はあるので、「すぐ誤解を解かないと琥珀に嫌われちゃうかも」なんて焦っていたのだが……説明する前に気付くと思ってなかったので、驚いてしまったのだ。


「リアナ、ずっと手が震えておったから……」


 琥珀とつないでいた手を、上から私より小さい手のひらが握る。両手で手を包まれる格好になった私は、「だから気が付いたのか」と納得していた。

 虚勢を張っていたけど、私は怒鳴られて内心随分怯えていたみたいだ。


 琥珀は会話も全部聞こえていたらしい。

 当然か……森の中で、かなり離れた所にいた子供の小さな悲鳴が聞こえて、助けに駆けつけられるくらいなのだから。孤児院の敷地内の院長室から、私達のやり取りは十分聞こえていたのだろう。


「……琥珀、昨日話したでしょ? 実力に見合わない冒険者ランクになったら、あの子達が危ないんだよ」

「でも。あいつらも多少の危険は分かっとると言ってたぞ。マルウサギとは相性が悪いだけで他は鉄級になれる実力があるし、それに無理はしないって……」


 多分、そう言って説得されたんだろうな。でも危険でいけない事だ、とぼんやり知ってはいただけで彼らは十分に理解してなかった。

 だって、ディロヘラジカの具体的な危険について説明したら、明らかにうろたえていたから。名前を出して、自分達に起こり得る「危険」についてリアルに想像した所に、ミエルさんの説教を聞いたから……あの様子なら立ち止まってくれると思うけど。


「今回のは本当の『悪い人』じゃなかったけど。ダメって言われている事を琥珀にさせようとする人がいたら、ちゃんと相談してね。今回みたいに」

「琥珀は……また失敗しちゃったんじゃな。……また誰かの助けになって、喜んでくれるかなって思っただけだったんじゃ……」

「琥珀……」


 手をつないだまま、琥珀がうつむく。

 頼られて、力になってあげたいと思った……その思い自体はとても良い事なのだけどね。


「リアナが、あんな風に……あいつらのために、悪者になってまで止めなきゃいけないような、いけない事だなんて……思ってなかったのじゃぁ……」


 琥珀は私の手を両手で掴んだまま、ポロポロ泣き出してしまった。

 ああ……良かれと思ってやろうとした事だったので、余計にショックだったのだろうな。


「琥珀が愚かものだったから、リアナが嫌な思いをしてまであやつらを叱る事になって……うう……」

「ちが……違うよ、琥珀」


 琥珀が初めて泣いた事に、私は動揺していた。

 私は……家族との話し合いの時とか。感情が昂るとどうしても涙が滲んでしまったりで琥珀に泣き顔を見せた事はあるけど。

 琥珀が私の前で涙を流すのは初めてで。何かしないと、と変に焦って「違うよ」なんて口走っていた。ダメだ。こんな、気休めの言葉じゃなくて。

 

「琥珀、私はね。琥珀が『助けてあげたい』って思って自分から手を貸せるようになれたの、すごく嬉しいよ」

「ゔぅ~~……」

「それに、嫌な思いは……わざとだし。全然、たいした事ないよ。大きな声にびっくりしたからドキドキしてただけ。私はね……琥珀。琥珀のお友達があのまま人の力を借りてランクを上げた先で、怪我をしたりするのを防げたから。良かったなって思ってるよ。話を持ち掛けられたのが琥珀だったから、こうして私に……仲間に相談してくれる琥珀だったから。あの人達が危ない事をするのを防げたでしょ?」


 琥珀、自分の失敗をこうして泣くほど反省するようになったなんて、成長したなぁと感じてしまう。


「う……ごべんなざいぃ……」

「あぁ、鼻水出てる……ハンカチは?」

「忘れたのじゃ……」

「もう」


 成長したな、と思っていたところにこれだ。私は琥珀に自分のハンカチを渡して顔を拭かせてから、予定のない冒険者ギルドに向かう事にした。


「リアナ、ギルドに何をしに行くのじゃ?」

「トネロさん達、どうやって冒険者ランクが上げられるか……実際悩んでるみたいだったでしょう。ズルして手を借りるんじゃなくて、本当に技術が身に付けられるようにしたいと思って」


 彼らは冒険者ランクを上げたいと思ってる。彼らなりに頑張ってるのに、目に見える形で成長が実感出来なくて焦ってしまったと思うのだけど。でも琥珀に聞いた限り、自己流の鍛錬をしたり、魔物とひたすら戦っているようだが、このままそれらを続けても多分解決はしないだろうなと思う。

 それで、「冒険者ギルドで初心者講習ってあるけど、銅級や鉄級の研修ってそういえば無いな」と思ったのだ。解体や、採取素材の取り扱い方とか、冒険者ギルドの職員や面倒見のいいベテラン冒険者が教えてくれる事もあるけど、学校みたいに希望者が揃って聞けるものではないし。

 尋ねる相手もある程度選ぶ必要があるし、初心者を脱した後誰かに教えてもらうのは難しいのだ。なので、人に話しかけるのが苦手な私みたいな人とかはきついと思う。

 そこで、「初心者を抜けた低ランク向けの研修を行えたら色々解決するのでは」と思いついたのだ。初心者以外への教育、絶対に効果があると思う。一番命を落としやすいのが、「ちょっと慣れてきた頃の駆け出し冒険者」だと統計で見た事がある。

 冒険者ギルドへの貢献になるような依頼だという事になれば、手間はかかるけど大金は発生しないと思う。「この研修が根付いて低ランクの冒険者の質が向上すれば、依頼達成率が改善される」……とリンデメンの冒険者ギルドに提案として持ち込みたい。

 冒険者ギルドのギルドマスターのサジェさん……じゃなくて、今回の話は副ギルドマスターのラスターノさんの方が分かってくれそうだから、ラスターノさんに話してみよう。

 これは、低ランク冒険者が主に持ち込む、人工魔石の原料の「クズ魔石」の買い取り依頼をしている私にも利益があるから……と依頼する事も出来るし。よし。


 私は、これから冒険者ギルドで何をするつもりなのか琥珀に説明した。


「それで、まず最初に……試験的に研修を受けさせるのに、あのトネロさん達のパーティーを推薦するつもりなの」

「なるほど。それをトネロ達に教えてやって、間違ってたと分からせるんじゃな」

「ううん、私が関わってるのは内緒にするよ。知ったら意地になって受けないかもしれないから」

「でもあいつら……リアナが親切で止めてやっとるのに、ケチみたいに言いおって……あいつらの事を思ってリアナが叱った上に、こうして助けてまでやってるのも知らせて謝らせないと気が済まんのじゃ」


 私は別にいいんだけどなぁ。琥珀が仲良くしてた人達が怪我せず、ちゃんと技術を身に付けて正規の手段で昇級出来たらそれで……。

 でも、琥珀はそれで納得しなさそうだ。「やっぱりあいつら連れてくるじゃ」と息巻き始めてしまった。ちょっと、どうにか落ち着かせないと。


「琥珀、いいってば」

「だって」

「いいの。……えっと、……本当のヒーローはね、本人に向かって……こんな事してやったぞとか言わないものだから。ね?」

「!!」


 私が関わってたって後から知るのはいい。でもわざわざこれを本人達に伝えるなんて、ちょっと恥ずかしすぎて私が死んでしまう。

 ほんの少し言い逃れする気持ちがあった私だが、琥珀はこの説明に思ったよりも納得してくれたみたいで安心した。良かった、私の武勇伝扱いして声高く冒険者ギルドの中で話し出すような事にはならなそうで。前にちょっと……あったからな……似たような事が。

 褒めてくれるのは嬉しいんだけどね。


 冒険者ギルドへのこの件での提案も歓迎された。トネロさん達のパーティーの問題もこれが実現したら解決するだろう、と一段落。

 琥珀がうっかり冒険者としてのマナー違反をしそうになったが、成長も感じられた一件だった。アンナとフレドさん、あとエディさんにも夕飯の時に説明して、この話はここで終わったのだが。

 この件がきっかけになって、琥珀にとある「大きな変化」が起こる事になるのを、まだこの時の私は知らなかった。

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