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「琥珀を一時的にパーティーに入れる……それで、ランクを上げるのに何をさせるつもりなんですか?」
「危ない事なんてさせないって! その子にとってはほんとに簡単な事をやってもらうだけで……」
「内容の問題ではありません! 冒険者の階級を上げるために他人に頼るなんて、そんな事に絶対琥珀を協力させません」
「いやいやいや、鉄札になるのに必要な、マルウサギをちょっと探してもらうだけだって! 他の項目はもうクリアしてるんだよ。それに見つけてもらった後はちゃんと、自分達で仕留めるし。お願いだよ、鉄札になったら割の良い依頼がたくさん受けられる。そしたらここにももっと食いモン持ってこられる」
「何が理由でも許可出来ません」
「そんな事言わないで頼むよ! 迷惑はかけないから。ほんとに、全然見つからないんだよ。見つけてもすぐ逃げられちまうし……」
これは迷惑どうこうの問題ではない。
マルウサギは、この辺りだと草原の方か森の全域に分布してる、警戒心の強い、ウサギに似た魔物だ。魔物に分類されるが戦闘力はほとんどなく、魔術素材としての需要はないが食肉と毛皮として一定の需要がある。
耳がとても良くて危機察知能力が高く、敵を察するとマルウサギ達が長年かけて作った、地中に張り巡らされた巣穴を使ってあっという間に逃げてしまう。その逃げ足も早い。
確かに琥珀ならすぐ見つけられるし、地中のマルウサギ気配も追えるだろう。でも鉄札になる試験では、この警戒心が強くなかなか見つけられもしないマルウサギをどう見付けるか、どうやって仕留めるかを実力の判断材料にして、他いくつかの項目と合わせて昇級試験にしている。鉄札になれるくらいの冒険者なら、痕跡を辿ったり、罠を学んで仕掛けるとか、巣穴の出口を探したりが出来てないといけない。
警戒心の強い、しかし脅威にならないこの魔物で索敵の練習をさせて、動きが早くすぐ逃げるマルウサギを仕留める「鉄札に相応しい腕がある」と証明する、そのための項目だ。
琥珀が見つけてお膳立てしたら彼らの昇級試験にならない。
そのマルウサギを探し当てる術がまったく無いなら、鉄札はまだ早いというだけだ。
それに……実際この子達では、琥珀にマルウサギの場所を的確に教えてもらっても無理じゃないかなと思う。いざ仕留める……となっても、あのすばしこいマルウサギをちゃんと捉える攻撃が出来るのか。
仲間もこの人と同じくらいの実力だと考えると……ちょっと難しいんじゃないかな。
私はこのトネロという少年の居佇まいからは、そのように感じた。
「何を言われても、協力出来ません。それ、『寄生』ですよね? 昇級は自分達の実力で行うべきです」
「は? 何でだよ、別に禁止されてないだろ?!」
「そんな事言わないでリアナさん、お願いします!」
「トネロ兄さん、鉄札になれたら、今より割の良い依頼がたくさんあるんです」
禁止されていないからやってもいいだろう、と言われると困る。たしかに、実際禁止されていないのだ。強い人の手が手を貸して、結果冒険者ランクが上がる事、それ自体は。
何故かと言うと、珍しいが普通にある事だから。将来有望な、けど経験の浅い冒険者をパーティーやクランに勧誘して、冒険者としての技術や知識を教えながら育てる、とか。それと区別するのが難しいのもある。
あとこの手は……貴族が使うからな。貴族の他にも裕福な平民の家の人にもいるけど。軍に入る前に箔を付けたい貴族等が高ランクの冒険者に依頼を出して……というやつ。銀級に上がるには冒険者ギルドの指定する相手と対人の模擬戦闘が絶対に必要なので、この形で冒険者ランクを上げるには実質上限が存在するが。
大きな声では話題にされないが、私も聞いた事があるな。それも最近。よその領の貴族の息子が地元を避けて……ああもしかして、この話を聞いたからこんな事を言い出したのだろうか。
この方法を使って冒険者ランクを上げる事は「寄生」と呼ばれており、一般冒険者からはとても嫌われている。
ただ、良く思われておらず、やらないようにとアナウンスされているだけで規則で禁止されていないのだ。明確な罰則も無いけど、普通はこの抜け道は使われない。何と言うか、持ち掛けられた側の冒険者が断るからだ。今の私のように。
もし受けて、実力に見合わない冒険者ランクになったせいで問題が起きたら、冒険者ギルドが調べ上げてこの「寄生」に協力した冒険者にペナルティが発生する。かと言って、貴族等から依頼される時のように、その「起こるかもしれない」ペナルティを上回る報酬があるわけでもない。
この件で頼られるようなある程度ランクが上の冒険者だったら、当然断るよね。もちろん、本人達の身を案じての判断でもある。特に……ミセルさんが面倒を見ていた、この孤児院の卒業生にこんな危険な行為をさせるつもりはない。
この「危険な事」である「寄生」が貴族から依頼で成立してしまうのは……冒険者には貴族にあまり良い感情を持っていない人が多く、「貴族が本当の腕前以上の級で見栄張って死んだとしても本人の自業自得」くらいの消極的な悪意がうっすらあるから……だろう。
とにかく、こんな危険な事に手を貸すつもりはない。琥珀も協力させないし、この人達が他の冒険者を頼って……もしもそれが悪い人だったらと思うと、二度とこんな事を考えないようにしておきたい。
「……琥珀、院長室に行ってミセルさん呼んできてくれる?」
「わ、分かったのじゃ……」
「は?! 何だよ院長に言いつける気か?!」
願いを聞いてあげたい、と言っていた琥珀だが、私が怒っている上に「あ、やっぱりまずい事だったんだな」と察したようで、狐耳をぺたんと寝かせておずおずと後ずさった。足音が院長室の方に向かったのを確認してから顔を上げる。
「言いつけられたら困る事をしてるって自覚はあるんだ?」
「なっ……」
「だって『寄生』しようとしたなんて、他の冒険者に知られたら嫌な顔されちゃうもんね」
だから琥珀に声をかけたのだろう。実力はあるけど言いくるめられそうな琥珀を。
言い当てられて図星を突かれたトッドは、顔を赤くして唇を噛んだ。
「……あんたなんかに分からねぇよ! 錬金術も出来て、ガッポリ稼いでて、俺みたいに金の苦労した事無いような奴に!」
「それは、たしかに……無いけど……」
実際それは事実だったので、思わずひるんでしまった。いやいや、ここで引っ込む訳にはいかない。
「ならこのぐらいしてくれてもいいだろ!」
「そうね。あなた達が鉄級に上がるお手伝いなんて、言う通り、私や琥珀にとっては簡単な事だけど」
「だったら!」
「ねえ、どうして『寄生』がダメなのか分かる?」
「へ?」
私の問答に、トネロを含めた四人はポカンとした顔を見せた。予想外の事を聞かれたからだろう。
「そりゃあ……ズルだから……」
「違う。それでランクだけ上げた人が、死んでしまうから」
「は? そんな……俺達は鉄級になっても死ぬような危ない依頼は……」
「例えば。鉄級になって受けられる『割の良い依頼』だけど……急いでたみたいだし、この時期だけの……針晶水仙の球根採取とか? 当たり?」
「な……知ってるなら、分かるだろ? あれがどんなに稼げる依頼か……森の中で誰でも分かるようなあの花を見つけて、掘り返して根っこごと持ってくれば……一個でも、俺達の今までの一日の稼ぎになるんだよ」
やっぱりか。私は自分の推理が当たって、ここで彼らを止められる事に安堵した。
たしかに針晶水仙は、どういう花かさえ知っていればすぐ見つけられるし、この時期は鉄級の上の黒鉄級の冒険者さえも針晶水仙の球根採取をするくらいには割が良い依頼だ。
たまに森の浅い位置に針晶水仙がぽつんと咲いている事もあるので、鉄級に満たない冒険者がたまに球根を持ち込むことはあるけど。この依頼は鉄級からしか受けられないようになっている。
「針晶水仙の生えてる所は、ディロヘラジカもいるのに?」
「え?」
目論見通り、勢いが止まった。
本当は、「生息地が重なってるので、いる事もある」くらいだが、ここはあえて不安を煽る言い方をしておく。
「マルウサギを仕留められる術を持った冒険者なら、ディロヘラジカと出会う前に迂回したり、安全に逃げたり出来るだろうけど。マルウサギすら倒せないのに、出来るの?」
「それは……でも」
「見つけさえすれば誰でも採って来られるようなものが高ランク限定依頼になってたら、『その付近に強い魔物がいる』って考えられないと」
トネロやその仲間達は「鉄級になれさえすれば今より割の良い依頼を受けられて、悩みが全部解決するのに」と思ってるようだが、それは違う。逆だ。鉄級になれる実力があるからこそ、危険な魔物も生息する森の中から針晶水仙を採って来る依頼を「割が良い」と言えるようになってるのに。
だからこの間違いは絶対にここで正さないとならない。
「だからあなた達、マルウサギも倒せないんだよ」
「う、うるせぇ!!」
わざと、見下した表情を作って、嫌な言葉を選ぶ。
弟分たちの前でバカにされたトネロは、私の言葉に激昂した。そこに丁度ミエルさんがやってきて、今にも飛びかかりそうだったトッドを制止する。
……人を怒らせて、怒鳴られた。自分でやった事で予測していたとはいえ、私の心臓はバクバクしっぱなしだった。ビクリ、と怯えを出しそうになる自分を奥に押し込める。今の私は、「嫌味でムカツク高ランク冒険者」じゃないといけない。
呆れました、という演技をしながら、ミセルさんにもきっちり、トネロ達がしようとしていた危険行為を伝える。
私がわざとキツイ言葉を使って彼らがやろうとしていた事を非難しているのに気付いたようで、ミエルさんは私に申し訳ない、とトネロの頭を掴んで謝罪させた。
……うん、大丈夫。これで、ミセルさんがしっかり説得してくれるだろう。卒業生が冒険者になる事が多いから、ミセルさんはこれがどんなに危険な行為か知ってるから。
……どうせ、初対面の人で、これから関わる事も無いだろう。私がこうして嫌われ役になれば、身内のミエルさんが丁寧に説く正論がスムーズに聞けるはず。
「私……ミセルさんとのお話も終わってますし、帰りますね」
「ああ、リアナさん。本当に……ありがとうございました。お世話になってるのにご迷惑もおかけして、申し訳ありません」
「いいえ。ミセルさんや、他の子達にはいつも私の方こそ助けていただいてますから。じゃあ琥珀、帰るよ」
私はオロオロしている琥珀の手を取って、歩き出した。
トネロと、他の冒険者志望の子達が何か言いたそうに琥珀を見ているのに気付いていたけど、無視して敷地を出る。
私の態度に戸惑っていた琥珀だが、手を繋いでからは大人しくついてきてくれている。良かった。目の前で琥珀の友達をわざと傷付けたから、反抗されるかも、なんて思ってたから。
「……リアナ、琥珀があいつらに頼まれて助けてやりたいって思ったの……そんなにダメな事だったのか? リアナがこうして……悪者にならなきゃいけないくらいダメな事だったか?」
琥珀のその言葉に私は結構驚いて、思わず立ち止まっていた。