出せない許可
「やっぱり、ミエルさんも事後報告で知ったんですね」
「そうなのです。トネロが勝手に琥珀ちゃんに約束を取り付けてしまったようで申し訳ありません」
「いえいえ、正式な依頼になってなかったので大丈夫ですよ」
ほとんど冒険者の経験がない子で琥珀の仕事ぶりを見てしまったら、卒業予定の子達が冒険者に対して楽観的なイメージを持ちかねない。そう私が心配した事はミエルさんも同じように考えていた。
「琥珀ちゃんの持つ金級冒険者の評価は本人の才能ですから。あの子達が見て真似でもしたらと思うと怖くて」
「たしかに、普通の人が学んで取り入れられる事は無いでしょうね……」
琥珀はとても強い。勘も良い。単純な戦闘では琥珀に勝てる人はこの街にいないだろう。でも逆に言うと琥珀くらいの隔絶した実力が無いと、同じ事が出来ない。種族的な優れた嗅覚と魔力察知をかけあわせた魔力の追跡など、感覚的にやっている高等技術が琥珀は多すぎる。
採取素材の見分け方や、魔物の解体は最近は上手くなってきたけど、人に教えられるレベルでは無いし。教えられることがない上に、悪影響がありそう……となると琥珀の師匠としても許可は出来なかった。
「リアナさんは何事にもとても慎重で、どんな依頼にも気を抜かないですよね。人工魔石で忙しくなければ是非その冒険者としての姿勢を学べるように指導をお願いしたいくらいなんですけど」
「そうですね、慎重な方が冒険者は長続きしますからね」
孤児院の子供達への指導、だと冒険者ギルドを通して奉仕任務にしてもらえれば、正式に受けようと思った受ける道はあった。奉仕任務は誰かがやらないといけない仕事だが通常の依頼では応募が見込めないものが設定される。例えばリンデメンだと下水道のネズミ退治が常設の奉仕任務にされていたっけ。
今回の場合は、子供達三人の引率と指導、街の近くとはいえもしもの場合には護衛も。金級冒険者に正規に依頼を出してしまったらそこそこの大金がかかる内容だ。身寄りのない子供の就業支援は大事な事である故に、孤児院では相場の報酬が用意出来ないので申請すれば奉仕任務に適用出来たと思う。
しかし奉仕任務では冒険者ギルドからの評価が上乗せされるが、どんな理由があっても受けた後反故にしてしまうと通常の任務よりも大きなペナルティが発生してしまうが。私がここまで忙しくなければ、お世話になってるミエルさんの頼みなので受けたかったのだけど。
「でも良かった、今年は冒険者になる子が少なくて」
ミエルさんのその言葉に、深い愛情を感じてしまう。危険が多い職業だからなるべくなら街の中で働ける職業に就いて欲しいといつも口癖のように言うのを知っているから。
冒険者になった卒業生が、こうして指導に来る事は毎年の事だが、いつもなら冒険者希望の子供が倍以上になるらしい。
琥珀を預けるために行った教材の寄付で他の子達の学習が進み、人工魔石製造のために依頼した下請け作業の報酬でこの施設の経営が楽になった事。そして人工魔石のお陰で街に好景気が訪れ、就職先が増えたおかげだとミエルさんにお礼を言われた。
本当はその三人にも危険のない職業を選んで欲しいが、この子達は昔から冒険者になって活躍するのに憧れているので、意見を変えさせるのは無理だったのだそうだ。
それでも、例年は「他に働き口がないから」と消極的に冒険者になる事を選ばざるを得ない子もどうしてもいた。そういった子達が学を身に着けて、自分がなりたい職業に就けるのだと思うととても嬉しい。
それが、私がした事のおかげだなんて言われると余計に。もちろん、全部真に受けてはいないけど、少しは役に立てたのだと思うと誇らしくなる。
「リアナ、ミエルとの話は終わったのか?」
「終わったよ。琥珀も、一緒に森に行けないってお話しできた?」
その後人工魔石について委託してる作業について話をした後、院長室から出てきた私を待っていたらしい琥珀が声をかけてきた。珍しく、何か心配事があるような困り顔をしている。
「……なぁ、リアナ、琥珀も森についてってやるの、本当にダメなのかの? ほんとのほんとにダメか?」
「琥珀。昨日話したでしょ? 初めて街の外に出る子の前で、いつも琥珀がしてるみたいに簡単に森を進んだり魔物を倒したりする所を見せるのは良くないって」
昨日は、友達になった子達が将来油断して怪我したりするのは嫌だ、と納得してくれたのに。視線を感じて庭の方を見ると、私と同い年くらいの男の人が一人と、冒険者志望だとミエルさんが言っていた男の子三人が離れた所から見ていた。何か言われてまた琥珀の中で意見が変わってしまったらしい。
うーん……改めて本人達が見てる前で、「実力が離れすぎてて琥珀がついていくメリットがない」って話をするのはちょっとはばかられるな。
それに、身内……施設の卒業生というトネロさん本人が手を貸すという形ならともかく、金級冒険者の琥珀が冒険者ギルドを挟まず頼まれて無償で仕事を受けていたら少々問題になってしまうというのもある。内容的に目こぼしはしてもらえるだろうけど……。
この事も昨日話したんだけど……ここは覚えてなさそうだな。
「琥珀も、お友達の力になってあげたいのは分かるけど。戦闘に入ると周りが見えなくなっちゃいがちなのと、私やフレドさん以外の人の指示もちゃんと聞けるようにならないと、他の人と一緒に街の外に行くのは危ないからダメって言ったよね?」
「なら……リアナは忙しいから、フレドにも頼むのじゃ! 一緒になら琥珀もトッド達についてってもいいじゃろう」
「そういう問題じゃなくて、あの子達には危険と緊張感を学ぶ目的が……ねぇ琥珀、どうしてそんなに一緒に行きたいの? トッド君達に何か言われたの?」
琥珀は目を泳がせて頭の上の狐耳を伏せた。やっぱり何か心変わりの原因が彼らにあるんだな、と確信したところでバタバタバタッと走り寄る足音が聞こえてくる。離れた所から様子を窺っていた四人だな、と見なくても分かった。
「あの……俺、トネロって言います! ここの卒業生で、赤札の冒険者やってて」
「え、あ、はい。初めまして……こちらに弟子の琥珀がお世話になってる、冒険者のリアナです」
一瞬面食らってしまったが、自分も自己紹介をする。魔石の粉末については、人工魔石事業に誰がどう関わっているか広めたくない。ミエルさんは多分卒業生とは言えど深く話してないだろうから私も自分からは話さないでおこう。
どうしてわざわざ琥珀をそこまでして連れて行きたがるのだろう、と既に警戒していた私はかなり距離感を与える挨拶をしてしまった。でもこれは仕方ないと思う。
「お願いします、一回……いや少しの間でいいので! 琥珀さんを俺達のパーティーに入れさせてください!」
「え?」
「琥珀さん本人からは良いって言ってもらってるんですけど、アンタの許しが無いとダメだって……頼みます、どうしても……俺達、今すぐランクを上げたいんです!」
「お願いします!」
「リアナさんお願いします! トネロ兄ちゃんを助けてください!」
一緒にいた、この孤児院の子供達も揃って頭を下げる。
その様子で理解した。冒険者志望の子達を引率する役を望んでいたんじゃないって。本当の目的は、こちらか。
厄介な事になりそうだ、と私の隣で狐耳を伏せたままの琥珀を見下ろす。何がどういけないのかちゃんと分かってはいなさそうだが、私の態度からまずい事をしたようだ、と察しはしたみたいだ。
さて琥珀に何がどういけないのか教えつつ、しっかりこの話をお断りしないと。私は内心ため息をつきながら、四人と向かい合った。




