第20話 アフターサービス
邪神が時間の逆行の呪術をかけていたっぽいので、それが無くなった今、ワタル君は死に戻りが出来なくなった。
「いやあ、めでたしめでたし。よかったね、ワタル君」
「いやよくねーよ!魔王倒さないとループは終わらないって、ちゃんと俺は説明受けてるんだよ!」
「ああ、魔王倒すために与えられた力だったんだ。でもまあ、魔王を倒す勇者が召喚されてるっぽいし大丈夫でしょ」
「え?勇者?」
ワタル君は、勇者の存在を知らなかったようなので教えてあげる。一応、セバスの読心が通じなかったってことは勇者は強い存在なんだよね。
「にしても邪神のストックが1億しかないって……せめて1那由他ぐらいはないと話にならないよ」
「そういうカスミは、どのぐらいストックあるんだよ。俺は知らないけど、あの邪神の攻撃で1回死んだんだろ?」
「んー、9999ふ……」
「ふ?ふ、不可思議か?」
「不可説不可説転」
「……何の単位だ、そりゃ」
命のストックというか、在庫はほぼ無限にある。例の時間が巻き戻る術の他、亜空間の中で目覚めるように設定したものや概念の中で復活するように設定したのもある。中二病全盛期の頃に神々との闘いを想定して色々と準備したからね。そして妄想の大半が実現するぐらい、私は天才だったからね。
「というかそんなに作るの大変じゃないのか……」
「べき乗で増えていくから作るのは楽だったよ。一時はグーゴルプレックスプレックスを目指してたし」
「……魔王ってお前なんじゃねえの?」
「失礼な。魔王はちゃんとイギリスっぽいところにいるようだよ」
この世界の地図を、ワタル君の脳内に押し付ける。この場所は、結構王都から南に行った場所だけど、まだバーテック王国領内だね。思っていたよりも広い国だし、魔王軍と戦っている傍らで隣国と戦争をする余力があるのは伊達じゃない。
「えっと、じゃあ邪神を呼び戻して何か加護でも貰っておく?」
「呼び出せるのか?」
「頑張ってみる。
んー、今日ニャルラトホテプを騙った邪神という条件で強制召喚出来るでしょ」
魔法陣を、落ちていた木の枝を使って書いていく。ワタル君が文字を見て何語だよと聞いてきたので、キリル文字だと答えてあげる。要するにロシア語だ。魔法は英語、魔術はロシア語。これ世界の常識。
「あの……なんで僕が召喚されているんでしょうか」
「あー。何で元の姿に戻ってるの。
まあとにかく、この子に加護か何か与えてね。500円あげるからさ」
「何故それで交渉が成立すると思ったの?馬鹿なの?」
無事邪神を召喚出来たので、ワタル君に死に戻り以外の恩恵を与えるよう指示。邪神はやれやれといった表情で断って来たので、殴る準備をする。
「断ったら一発殴るよ」
「ふん、非力な女の拳が通用するとでも思って……え、なにその魔力」
過去と未来の私から魔力を借りて、拳に込める。身体強化魔法と身体硬化魔法を同時に使い、最大出力で邪神を殴る。元々、時間の巻き戻しに巻き込んだ時点で一発殴ろうとは思っていたしね。
カスミの姿が消え、邪神はガードを固める。普通の人間の拳であれば、このガードの上からパンチしたところで、人間の拳の方が砕かれるだろう。しかしカスミの拳は身体硬化魔法により、超次元的な装甲を拳に纏っている。
時間の流れを引き延ばしたカスミは、文字通り一瞬で距離を詰めてガードの上から殴った。ズドンという大砲でも鳴らなさそうなほど大きな音を立てた後、邪神は後方へ吹き飛ぶ。ここで邪神は生まれて初めて痛みを感じると共に、死の恐怖と対面した。
「男女平等パンチ、じゃなくて全存在平等パンチよ。全存在が「めっちゃ痛い」と思うぐらいには手加減をしてあるわ」
「……ゴフッ」
吹き飛ばされた邪神は、再度カスミの魔法陣によって召喚される。召喚される度に馬鹿でかい魔力が消費されるはずだが、もはや邪神に突っ込む気力は残ってなかった。
「……恩恵なら、君が与える方が良いんじゃないかな」
「んー、邪神ならこう……ステータスを良い感じに底上げとか器用なこと出来そうじゃん」
「そんな便利屋みたいに思わないでくれ……。
ああそうだ、ここから南に行った国では異世界人が大好きなレベル制とステータスがあるよ」
邪神は強大で無慈悲で理不尽な暴力を受けても、自身の信義を貫き、結局力を授けるようなことはしなかった。しかし、情報は与えた。バーテック王国の南にある国では、冒険者として登録するとステータスカードが発行され、レベルアップをすることが出来るようになる。
そのことを聞いたワタルは行きたいと良い、カスミも興味を示した。一方の教えた側である邪神は、カスミを殺す計画を立てようとした瞬間、その思考をかき消されたことに恐怖を覚え、カスミの「もう帰っていいよ」の言葉と共に脱兎のごとく逃げ出す。
ワタルとカスミ、それとリアマリアの3人は、南の国境線へと向かって歩き出した。そして数歩進んだ時点で、歩くのに飽きたカスミはキルラルドの配下の飛竜を召喚し、空の旅に変更をする。南の王国、イスブルク王国に着くのはそれから1時間後のことだった。




