第1話 両頭蜈蜙
一人の可憐な少女……赤津 霞が召喚した巨大なムカデは、両端にある口についている巨大な牙をギチギチとすり合わせる。全長はおおよそ20メートルはあろうかという巨体で、森の木々をなぎ倒しながら召喚された。
そのムカデの名は霞が両頭蜈蜙と名付けているが、要するに2つの頭を持つムカデである。召喚されたムカデは片方の頭をすさまじい勢いで霞に近づけると、そのまま地面に頭をつけた。
「よしよし。じゃ、ちょっと乗るね」
ムカデの頭部には異様に大きな口があるばかりで、普通の女の子であれば近くで見ただけで失禁するレベルの恐怖を覚える。しかし霞は背伸びをして大きな口の上に手を置き撫でると、その手に力を加えてぴょんと飛び乗った。
ぐいっとムカデが頭を持ち上げると、地上から4メートルの高さまですぐに上昇する。そこで霞は改めてムカデの大きさに驚き、本来の姿はここまで大きくなったのかと認識した。
元々、この両頭蜈蜙はただのムカデである。数年前、旅行帰りの霞のカバンに入り込んでいたムカデを霞が黒魔術により改造したものであり、日頃から霞が餌を提供していたペットでもある。
霞の黒魔術により暴食の特性が与えられ、食べれば食べただけ大きくなるムカデは、小さくする魔術でも飼うのに限界のサイズを迎えたため、亜空間に押し込んでいた。
ムカデの頭に乗り、視野が広くなったことで霞の視界にはある生物が映る。
「虎だ!ダブちゃん倒して!」
黄色に黒の縦模様が入っている、巨大な牙を持つ虎のような生物。地球の虎とは姿も大きさも違う虎を見て、興奮した霞は両頭蜈蜙に倒すよう命令を出す。なお名付け親である霞は、長いからと途中から愛称としてダブちゃんを使うようになった。
もう片方の頭で木々をへし折り、主人を守るようにしてその虎と対峙するムカデ。一方の虎は、あまりに巨大なムカデを見て早々に逃げ出そうとした。異形の怪物を見た野生動物が逃げるのは至極当然のことであり、この虎は持ち前の素早さで逃げ出そうとしたが……。
霞を乗せていない方の頭にある大きな口で、虎の背に噛み付くムカデ。毒を流し込まれ、一瞬で動けなくなった虎は、そのまま丸呑みにされ、ムカデの養分となった。これによりまたムカデの全長は数センチ伸び、さらに大きくなる。
初めて地球の生物を使い魔化したムカデのダブちゃんの上に乗って、人がいそうな方向へ移動する。遠目に炎の灯りが見えるので、それを頼りに移動。もうすぐ、異世界人に会えるのかな。
後ろの方では、虎も丸呑みにしたもう一つの頭が動物や樹木を食べている。バキッ、メキッ、ゴシャアという音が聞こえるけど、骨ごと噛み砕いて食べているんじゃないかな。昔は小さなネズミやゴキブリを食べるのに結構な時間をかけていたけど、今では一瞬だね。
ムカデの頭は、結構乗り心地が良い。人語は使い魔にした時から理解できるようになっているので、いきなり人を襲うことはないし、異世界人との会合時も安心。そう思っていたのに……。
「魔物だあああ!」
「サンドワームか!?なんだこのデカさは!?」
「魔法小隊を呼べ!犠牲者が出るぞ!」
どうやら遠目に見えた炎は軍の集結地だったらしく、現場はなぜか混乱している。こんなに可愛い見た目なのに、魔物呼ばわりは酷いね。確かに図体は大きいけど、ちゃんと言うことを聞く大人しくて良い子なのに。
言葉が通じているのは、契約した悪魔の力のお蔭かな。英語のテストで良い点を取るために、とある悪魔には翻訳魔法を常時使ってもらっているんだよね。こちらからの言葉も自動的に翻訳してくれるし、悪魔の力は本当に凄い。
「私は魔物使いですー!この子はペットなので攻撃しないでくださいー!」
「なっ、女の子が乗っているぞ!」
「魔族か!?帝国の手先か!?」
「長弓隊、揃いました」
「よし、総員あの頭を狙え!」
ぶわーと降って来る弓矢。飛び交う怒声。中には火の玉を出して攻撃してくる人もいるし、すごく怖い。そして私に矢が当たると思った瞬間、契約していた下級悪魔がぶわーと出て来る。あ、待って。誤解が加速する。
「わー!待って待って!」
身長50センチから60センチで小さな羽を持つ悪魔達は、槍を持って兵隊さん達に突撃を開始する。そして自分は、何匹の悪魔と契約したんだってぐらい、大量の悪魔が兵隊さん達に襲い掛かった。
……今は下級悪魔達だけで月に1mlの血液は消費されているから、単純計算で10億匹ぐらい?冷静になって考えたら、そのぐらいだよね?契約した悪魔達が同じ悪魔達に私との契約の話を持ち掛けるようになってから爆発的に数は増えたけど、下級悪魔って10億匹もいるの!?
大量の悪魔に襲われ、撤退を決断した隊長格らしき存在は、私を見てこう言った。
「魔王だ……魔王が前線に出たぞぉぉおお!」
あ、これあかんやつ。私知ってる。早急にどうにかしないと、私の指名手配書とか出そう。