プロローグ いたって普通の異世界転移
「すいません、黒魔術の本はどこに置いてありますか?」
「ええっ?えっと……こちらになります」
「ここにあるのですべてですか?」
「は、はい。ここに置いてある分だけです」
「……ちっ、ほとんど持っているわね」
中二病。それは全国の少年少女が罹る心の病。
私の場合、それは5年前の小学6年生、12歳の頃に訪れた。謎の万能感、自身が特別な存在であるという思い込みから、少々痛い言動を繰り返したのだ。
それからしばらくは周囲から生暖かい視線を貰うことになったのだが、転機は1年後。中学1年生の時だった。中学に上がって自室を貰い、その自室の中で買った黒魔術の本に書いてある悪魔召喚を試していたところ……
チョークで描いた魔法陣が紅く光り、その中央には醜い顔をした黒い生命体が存在していた。身長は50センチ程度で、明らかにこの世の生命体ではない存在が宙に浮いていたのだ。
早速私は定期的に血液を提供する代わりに使役するという条件で、その悪魔と契約を結ぶ。私が作った契約書には、毎月1plの血液を提供するって書いたけど、向こうはplが何のことかよく分からずに契約したみたい。流石は下級悪魔だ。ピコリットルって単位ぐらい、小学生でも知ってると思う。
悪魔と契約した私は、魔力を感じられるようになった。悪魔と契約したら、魔力が増えるとのことだったので、同様の手順を踏んで大量の下級悪魔と契約を結ぶ。中学2年生になるころには、実際に火の玉を出す魔法を使えるぐらいの魔力を持つようになった。その頃は、まだ火の玉一発で魔力が尽きるような魔力量だったけど。
それでも中二病全盛期にそんな魔法を使えるようになったのだから、もう大変だ。友人や親に見せたくなる欲を、抑えるのはとても大変だった。もしあの時に見せびらかしていたら、私の人生も大きく変わっていたのかな。
魔力を持つと、自然と魔力を帯びたもの、というものが分かるようになる。魔力をわずかでも持つ料理人が丹精込めて作った料理には魔力が込められていて美味しいし、黒魔術の本も、魔力を帯びているのと魔力を帯びていない本がある。魔力を帯びている方は3割本物だけど、魔力を帯びてない方は10割嘘っぱちだ。
そして高校に上がってからも魔人や悪魔、ちょっと気持ち悪い蟲やその他様々な生物と契約を続けていた私は、今日も黒魔術の本を求め遠方の書店にやって来た。しかし残念なことに、この店にある当たり本のほとんどは持っているようだった。……印刷された本でも魔力を帯びている=凄い術者が書いた本と認識しているけど、魔力を帯びていない本は本当に外れしかない。
「ん、これ……」
もう帰ろうかと思った時、魔力を帯びた一冊の本が目に留まった。たしか、これはまだ持っていないはず。題名は『異世界目録』という、ちょっと分厚い本だ。お値段3000円。普通の本より少し高いけど、本物なら安い。
早速家に帰って、1ページ目の黒魔術を行使する。内容は、異世界へ行くというもの。こりゃ試すしかないでしょ。せっかく悪魔達といっぱい契約したのに、闇火焔砲や滅炎灼砲を撃てるようになったのに、現代社会では何の役にも立ちはしないからね。
よく知らないけど最近は異世界に行って無双することが人気らしいし、同志も異世界に召喚されるのを心待ちにしていた。だが、私は思う。召喚されるのを待つよりも、自分から行った方が早いと。
とりあえず灰が大量に必要らしいので、火鉢用にあった灰をたくさん部屋に撒く。その上から血で魔法陣を描く必要があるので、契約している悪魔達に献血を願ってバケツ一杯分の血を確保。本を見ながら正確に魔法陣を書き写し、最後に清らかな水(蒸留水)を各所に配置して準備完了。
いざ魔力を流そうとしたところで、不安になってきたので念のために上級魔人を呼び出し「これ行ったらすぐ死ぬような世界につながってないよね?」と聞いたら「姫様なら大丈夫です」との返答があった。それを聞いた私は、安心して魔法陣を起動。この異世界目録には地球への帰り方とか書いてないかもしれないけど、世界を渡る方法を理解したからいつか帰れるでしょ。
そう思っていたら異世界目録が私の腕の中から飛び出し、勝手にペラペラとページが捲れる。やがて中央辺りで止まり、魔法陣が強い光を発光した後、私の周囲は真っ白に染まった。
そして次の瞬間には、森の中に居た。異世界転移成功だね。もしここが異世界じゃないとしても、テレポートの類として重宝出来そう。ただ問題は、あの黒魔術の本である異世界目録が私の手元にないこと。日本に帰るのは、当分先になりそうかな。
きょろきょろと周囲を見渡しても、森しか存在しない。一応、背負ったカバンには食料や着替えがある程度入っているけど……3日分しか入っていないし、それまでに街か村に辿り着かないと。いやまあカロリーメイトと水なら大量に亜空間に入っているから、食料の心配はしなくても良いんだけど。
私は魔法陣を魔力で描く。準備が整ったら即座に魔法陣を起動させ、両端に大きな口があるムカデみたいな蟲を召喚した。