ミハイルの魔族化
「んで?あいつが勉強すれば解決する訳じゃねぇんだろ?」
ローウェンが宰相の元へと部屋を出た後、ミハイルが怠そうに言った。国政の勉強を始めてから今日で2週間が経つ。その間、俺はローウェンを介して何人かと顔馴染みになったけど、ミハイルは相変わらずほとんど部屋から出ない。出るときも魔法で透明になったり目的地に瞬間移動したりで、俺たち以外と話してる様子はない。見られて引き剥がされるのを回避するためだろう。
「そりゃ、宰相がローウェンとミハイルの仲を取り持つわけないからな」
「むしろ国のためにローウェンを縛り付けるなら、俺みたいな魔族擬きがいなくなった方がローウェンの支持率は上がるだろーな」
「ミハイルって意外と頭良いよね」
「で?ローウェンのために早めに消えろってか?」
「前言撤回する。ミハイルは馬鹿だ」
「んだとコラ」
確かにローウェンが王位を継承するためにはミハイルがいない方がいい。でもそれじゃあダメだ。今はまだふたりは共依存状態にある。あまり態度に出ないから本人は気付いてないみたいだが、特にローウェンの方がミハイルに依存してるように見える。それなのにふたりが離れたらそれこそローウェンは闇落ちするじゃないか。
というか、ミハイルはローウェンが闇落ちした原因を聞いて、毎日一緒に暮らしてて、それなのにローウェンからめちゃくちゃ好かれてるって自覚がないのか。あと、そもそもローウェンからは王になりたいという野心を感じない。頑張るのはミハイルが傍にいても文句を言われないほどの『国益』になるためだろう。鈍いふたりだ。やれやれ、と俺は溜め息を吐いた。
「ミハイルが一般的な魔族みたいに人を攻撃する奴じゃないってわかってもらわないと、結局いつかどこかで排除されると思う」
「そうは言っても俺は魔族にしか見えねぇから、王宮にいる奴に会ったら問答無用で討伐対象だろ……。チッ、昔はここまでじゃなかったんだけどな」
「え?小さいときからそうだったんじゃないのか?」
忌々しげに舌打ちしたミハイルの呟きに驚いた。てっきり俺は生まれつき魔族っぽい見た目なのかと思ってたが、どうやらそれは違うらしい。ミハイルが首を振って否定した。
「髪と目の色は生まれつきだけどよ。耳も歯も別に尖ってなかったぜ?少しずつ尖ってきて、気付いたらこうだった。切ったり刺したり血を見たり、そういうのも暗殺やらされるようになってから段々好きになったな」
「てことは、何かしらの原因があって魔族になりつつある途中ってことかもな」
「だとしたらこのまま変化を止められっかな。完全に魔族になる前に」
「原因にもよるだろうけど可能性はあるな。何か魔族化し始めたきっかけはないのか?変なもの食ったとか」
ミハイルがナイフを床で独楽みたいに回して遊びながら言った。人間が魔族になるのはゲームの中のローウェンで知ってる。ローウェンの場合は失意と後悔と孤独感の中で、囁きに導かれて闇の珠を飲み込んだからだったはず。ミハイルも何かを取り込んだんだろうか。
自分の尖った耳の先端を触りながら、哀しげに目を臥せた。人の手を刺して笑うような奴だけど、魔族になるのは嫌なんだな。取り込んだものをどう取り出すのかはわからないけど、原因がわかれば対処できるかも知れない。
「きっかけはわかんねーけど、ローウェンに雇われてからは変化してねぇ気がする」
「マジか!ローウェンに会う前と後で違うことは!?」
「あー?」
食いついた俺に促されて、ミハイルがめんどくさそうな顔をした。でも大概何かを考えているときはそんな顔をしてるので、ミハイルは考えるときはめんどくさそうな顔になるんだろう。変な表情筋だ。数秒止まっていたミハイルが、何かに思い当たって声を洩らした。
「あ、そういやここに来てから闇魔法使ってねぇな。お前を縛ったアレ以外はまったく。飯はローウェンが用意してくれっから狩りも行ってねぇし」
「透明になったり瞬間移動したりしてるけど……」
「あれは無属性魔法だ」
「まさか、闇魔法を使うと魔族になる?」
そんなことあり得るのか。俺たちの心の声が一致した。でも魔族の魔法は闇魔法だし、大外れでもない気がしていた。確かめるために闇魔法を使うのは危険だろう。既にほぼ魔族に見えるミハイルがこれ以上変化した時、それは完全に魔族になる時かも知れない。俺たちは目線を合わせて頷いた。
「とりあえず、闇魔法の使用は今後一切禁止」
「だな」