宰相と接触
こんばんは、ユタです。『勇気あるもの』というゲームに転生して2週間が経ちました。ローウェンを幸せにすると宣言してから、まずは今のローウェンたちを見ないといけないと、俺はローウェンについて回った。
朝起きて狩りをして3人分の1日の食料を確保、朝御飯を作って食べ、騎士団に混ざって剣術を研く。昼御飯を作って食べたら書庫で本を読み漁り、晩御飯を作って食べる。勉強して風呂に入ってミハイルとじゃれあって眠る。これがローウェンの日常だ。
一緒に見て回った結果、ローウェンは意外と愛されてるのではないか、というのが俺の見解。もちろん設定通り、そこに親からの愛は含まれていなかったが。
愛されてるのは王宮で働いてる人から。執事たち、書庫管長、それに騎士団。ローウェンにどこかしらで接してる人からは愛されてるように見える。ただまぁ、彼らの雇い主はローウェンではなく、父親である国王。いくら心配していてもローウェンにはあまり協力できないようで、親のせいで自分が愛されるという概念がないローウェンには伝わってない。
そこで、だ。一応国王が雇い主でありながら「国王ではなく国に仕えてる」と言われてるらしい宰相に白羽の矢を立てた。国王はほとんどの仕事を宰相に任せており、今のこの国が回っているのは宰相のおかげと言っても過言ではない、らしい。書庫管長が教えてくれた。
その宰相に今から俺たちは会いに行く。話は書庫管長から通っているらしい。指定時刻は21時。9時から仕事して21時にまだ仕事場にいるってまぁまぁの社畜なのでは。重厚感のある木の扉をノックすると、中から落ち着いた声で「どうぞ」と返ってきた。ローウェンが中に入ると、こげ茶色の髪をきっちりセットした、優しそうなおじさんがいた。僅かに息を飲んだのは、魔物の俺を連れているからか。
「っ……お初にお目にかかります、ローウェン第1王子。私、宰相を務めさせていただいております。ジュヴァン・ベロワ・サイモフと申します」
「ローウェン・トロイツ・バーン・シュトレインだ。このような非常識な時間の訪問で申し訳ない」
「いえ、指定したのはこちらですから」
「毎日この時間まで仕事を?」
「ええ。何分仕事が多いもので」
「王の分まで仕事をしていると聞いた。王族を代表して謝罪する。申し訳ない。そして、この国が回っているのは貴方のおかげだ。感謝する」
王族であるローウェンに対して仕事量が多い原因を言うことはなかったが、困ったような笑顔にはうっすらと疲れが見えた。ローウェンが抵抗なく頭を下げると、ジュヴァンは驚きに目を見張って数秒固まった。
「そんな、……王族が簡単に頭を下げてはいけませんよ」
「必要な謝罪と正当な評価だ。間違っているとは思わない。私は人として正しくありたい」
「まともな王族がいるとは……あ、いえ、申し訳ありません。失言でした。恐縮です、王子」
「気にするな。私が聞いても他の王族の耳に入ることはない」
思わずこぼれた言葉にジュヴァンが青ざめるが、ローウェンはまったく気にした様子がなく。まるで興味がないという様子に、ジュヴァンはほっとしつつも苦笑した。口が固いという意味ではないと察したのだろう。
「それで、私に頼みがあると聞きましたが」
「ああ。国政を学びたい。教えてくれるか?」
「あまり優秀に育てると王に謀反を疑われそうですね」
「だが国のためにはなる」
「仰る通り。お請けしましょう。21時からでよければいつでもいらしてください」
「助かる」
ジュヴァンが笑顔で礼をすると、ローウェンがほっと安心したのがわかった。「良かったな」と俺がローウェンの頭を撫でていると、ジュヴァンからの視線が刺さった。
「ところで、その水色の綿毛はいったい?」
「ペットであり協力者でもある。エンジェルヘアーは元々何もしない魔物だし、まぁ気にするな」
「左様ですか。しかし魔物が人間に協力するとは……契約したのですか?」
「「契約?」」
自分達には無かった発想に、ローウェンと俺は首をかしげた。そんなものは設定集にも出てこなかった。
「ええ。魔物と契約する方法があると聞いたことがあります。契約すればほとんど人を襲わず、契約者に協力するのだと。さらにその魔物が召喚された者である場合、魔力を消費せずに常に顕現させておけると」
「え、いま魔力消費してるのか」
「召喚したのですか!?闇魔法ですよ!!?」
思わず俺がこぼした言葉にジュヴァンが驚いた。闇魔法は素質のある者が心に闇を抱えると使えるようになる魔法で、素質ある者自体が非常に少ないため、ほとんど使用者が存在しない魔法だ。驚いてローウェンに詰め寄るジュヴァンに、俺たちは首を振る。
「召喚したのは私の友人だ。私は闇魔法は使えない」
「左様ですか。安心しました。精霊王が闇魔法を使うなど、末恐ろしいですからね」
「違いない」
あからさまに胸を撫で下ろすジュヴァンに、ローウェンが愉快そうに口角を上げた。
「では今日は約束を取り付けに来ただけだから」
「おや、寂しいですね。ああ、少々お待ちを」
帰ろうとする俺たちを引き留めたジュヴァンが、何かを思い付いて本棚に向かった。そして数秒考えた後、1冊の本を取り出してローウェンに差し出した。
「これを読んでからお越しください。わからない点があっても構いません。解説させていただきます。3日後くらいでしょうか」
「明日来る」
「お待ちしております」
国政に関する本なのだろうそれを受け取り、ローウェンが強気に出る。子供に3日で読めと言うジュヴァンも鬼だが、対抗するローウェンもおかしい。ちなみに俺はこの世界の文字が読めないので戦力外である。スタッフめ、細かいところまで手が込んでやがる。
王に見つかったらクビもあり得るはずのジュヴァンだが、退室するローウェンを見る目は輝いており、期待できる王族の登場にわくわくしているように見えた。