2度も!あんな思いして、たまるかよッ!!
ほんの数分前には、何の変哲も無いただの広間だったそこは、今や地獄と化していた。
護衛の1人がハイド・ストーカーによってぐちゃぐちゃに潰されて辺り一面に、血肉が飛び散っている。
「くっ……何故ここにハイド・ストーカーが!?」
「うぅぅぅぅ……」
「ラスト様、エルフィ様!ここは私が時間を出来る限り稼ぎます!早くお逃げください!」
なんでなんだ……
僕は、どうすればいいんだよ……
(決まってんだろ?お前は、もう後悔したくないんだろうが。)
(だったら、2度もあんな思いしてたまるかよッ! って、そう言って!立ち上がってみろや!)
そうだ……
僕は、あの時に逃げた。
逃げてしまったんだ。
もう、逃げたくない。
逃げて後悔するのは、もう嫌だ。
<[想望]を獲得しました>
今、僕に出来る最善を尽くす。
ラスト、力を貸してくれ。
(いいんだな?もう、後戻り出来ねーぞ?)
ふっ、後戻り出来ない?
逃げれないなんて最高じゃないか!
今の僕は、天月日陰だ。
この体の持ち主ラスト・ラベルクとは別人。
ラストの体に僕が入り込んで、憑依している感じになっている。
ラストが持っていたスキルは、加護を残して全て消えていた。
それは何処へいったか。
答えはーーラストの人格が所持している、だ。
ならば、僕とラストが融合すればいい。
僕は、天月日陰じゃ無くなる。
ラストも、ラスト・ラベルクじゃ無くなってしまう。
下手したら消滅するかもしれないけど、ラストが持つあのスキルがなければ、この作戦は絶対に成功しない。
じゃあ、頼んだぞ。
(任せろ、相棒)
お前は、クズだと思っていたけど、なかなかいいやつじゃないか。
(お前がやってきてから、ようやく分かったんだよ。俺が今までしでかしてきたことの大きさをな。)
まぁ、上手くいけば別れることも無いわけだし、気楽にやろうか。
ラストと僕が混じってく。
かなり不快な感じだ。
魂が合体しようとしているから、なのかな。
じゃあ僕は、時間稼ぎと行こうか。
「おい!そこの変態ストーカー!ここに人がいるぞッ!」
「ッ!?ラスト様何を!」
「僕が、時間稼ぎをする。クズ1人がいなくなるぐらい、世界に何の影響も与えないさ。」
「いけません!早く逃げてください!」
「なぁ、たまにはさぁ。婚約者に格好いいとこ見させてくれよ」
天才、発動。
ふぅー。
詐欺の効果であの時よりはマシになってる。
さぁ、時間稼ぎの時間だ。
護衛が吹っ飛ばされる。
奴がこっちへ走って向かって来る。
3m近くある巨体がこっちへ走ってきてるんだ。
これで怖がらない10歳児なんてーー僕ぐらいだろうな。
一回でも、ミスったら死。
参ったな……
さっきから汗が止まらないや。
ハイド・ストーカーの丸太のような腕が迫って来る。
いくら天才を使って周囲が遅く感じるとは言ってもだ。
あいつの敏捷は僕の1000倍ある。
天才でどれほど埋まったか分からないが、やってやる!
横に飛んでパンチを避ける。
ギリギリで避ける事が出来たが、パンチによって発生した風圧で僕は吹き飛ばされる。
「風圧で吹っ飛ぶとか……嘘でしょ?」
唖然とする僕を嘲笑うかのように、奴は再度殴りかかってくる。
今度はかなり余裕を持って避け、右手に持つ剣ですれ違い様に太腿を狙う。
それでも、浅い傷が出来るだけ。
どんだけ硬い皮膚してるんだ!
ちらっと護衛を確認するが、まだ伸びている。
早く復活してエルフィを連れて行ってくれよ?
ハイド・ストーカーの右腕が薙ぎ払われる。
全力でバックステップし、距離を取る。
「どうした?変態。当たってないぞ?」
僕の言っていることを理解しているか分からないけど、煽られているということは分かっているようだ。
今度は足で踏み潰そうとしてきた。
冷静さを欠いているのだろう。
単調な動きばかりで読みやすい。
それで戦いやすいかって言われたら、能力値が違い過ぎるから、noって答えるだろうけどね。
念の為やや離れ気味で、避けて、奴に斬りかかろうとする。
が、そこには既にいなかった。
まさか!
急いでエルフィの方を向く。
そこで僕の目に映ったのは、涙を流して座り込んでいるエルフィと、エルフィに走って向かっているハイド・ストーカーだった。
「ふざけんなよ!」
急いで走り始める。
しかし、敏捷が違いすぎるせいで、追い付くどころか更に距離は開いていく。
もっと……僕に、力を寄越せ!
速く……速く走れ!
欲しい……力が欲しいッッ!!
<[待望]を獲得しました>
(おい!ようやくだ!もう終わる!)
きた! 頼む。
もう、これしか無いんだ。
<[天才]と[集中]が統合されます>
<[極限]を獲得しました>
「ああぁぁぁぁあああ!!」
限界を振り絞れ!
例え、この体が壊れようとも!
ここで救えず、後悔し続けるよりは!
圧倒的にマシだァッ!
「エルフィィィィ!!」
ギリギリ、ハイド・ストーカーを追い抜き、エルフィの腕を掴んで、ぶん投げる。
その一瞬、視線が交差した。
その瞳は、僕に心を伝えてくる。
(何で、助けたんですか)
と、そう思ってるんだろう。
そんな理由は1つだけだ。
僕が、助けたいから助けたんだ。
後悔しなければ、それでいいさ。
助けれて……良かった。
僕は、ハイド・ストーカーのパンチをモロに食らって吹っ飛ばされた。
グルグル回る真っ赤な視界の中で、護衛の姿を確認する。
何で、まだ寝てんだあいつは……
あぁ……死にたく、ない。
(おい、日陰。最後の作戦をやれ)
ラストか……
だけど、僕はもう死ぬ。
あんなまともに食らって耐えれるはずがない。
(平気だ。不屈ってスキルがある。それで耐えれる)
はははっ……
まだ、終わらないんだな?
終わる訳には……いかねぇよな!
次の瞬間、僕は壁に衝突する。
だけど、耐えた。
まだ、終わってない!
意識が朦朧とするなか、僕はポケットから切り札を取り出した。
これは運だ。
上手くいけば、僕も助かるし、エルフィも助かる。
でも、失敗すれば、僕は間違いなく死ぬ。
最悪、エルフィさえ助けれればそれでいいけど。
出来ることなら……まだ生きてぇよ!
「クソ変態野郎が……人間舐めんなよ!」
今度は僕の方からハイド・ストーカーに向かっていく。
大人すらも掴み、そのまま握り潰せそうな程巨大な腕が目の前に迫って来る。
避けれない。
でも、避けなくていい。
ハイド・ストーカーの手が僕を掴む。
そして僕はーー奥の手を使う。
《蒼き石よ、望む場所へと運べ!!》
何処でもいい!
こいつを、こいつを何とか出来る場所なら、何処でもいい!
僕の体からミシミシと音が鳴る。
ちょっとづつ、握り潰されていっている。
あぁ、これで僕の役目も終わりか。
後は、神様にでも願おうかな……
「なーーあーーーーーをーせーー!」
何か聞こえるけど……もう、分かんないや。
僕の体とハイド・ストーカーの体が蒼く輝き、そしてーーその場所から消えた。