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春空に笑い、夏空に泣いて。

「クラス、離れちゃったね 残念。」

「まぁ 隣やからいーやん」

ピンクに色づいた桜は、今が見ごろと言わんばかりに満開に咲き誇っている。

学校へ続く坂道は見事な桜並木。

自転車を押しながら歩くイチの隣。

これからもずっと、イチの隣にいられると思っていた。ずっと一緒。

根拠はなく、無邪気に信じて疑わなかった。



「そういえば イチ 進路 どうするの?決めた?」

私たちの通っている高校は、県内で二番目くらいに進学率のいい学校だった。

当然、多くの生徒は高二の夏ごろまでに進路を決めていた。わたしも家から一番近い国立大学の文学部を第一志望に決めていた。

イチはというと、二年進学時の文理選択で、数学が嫌いだから、という理由で文系クラスを選択していた。 

「あー…うん。」

素っ気なく返事をするイチ。そっぽを向いて、頭をかいている。

「え?なに?どこ?気になる!」

「なーーいしょっ」

「なにそれ!教えてくれてもいーじゃん」

「…」

一瞬口を開き、何かを言いかけた。が、すぐに口を閉じてしまった。

「また今度、教えるから。」

そう言って、わたしの頭を軽くたたいた後、イチはもう進路の話に触れなかった。

わたしは内心、面白くなかったが、一週間後、このときのイチの態度の意味を知った。



「悪いな 白木 このプリント朝のホームルームで配ってくれ」

「はーい これ何ですか?アンケート調査?」

朝の職員室。今日は日直で教室の鍵を開けなければいけないから、いつもより三〇分も早く家を出た。

職員室には、わたしのクラスの担任はまだ姿がなく、数人の先生がコーヒーを飲んでいた。


「そういや白木 よかったな 鷺沼の進路決まって 先生も安心したよ」

わたしとイチは、とくに隠れて付き合っていたわけではないので、だいたいの生徒が付き合っていることを知っていたし、先生たちも、わたしたちの関係を知っていた。

「はい ありがとうございます」

本当はまだ知らないけど、なんとなく知らないとは言いたくなかったから、先生に話を合わせた。

キーボックスから教室の鍵を取り、閉めた。

「あいつはやればできるのに 本当にやる気がないからな 困ったやつだ」

イチは普通に賢い。というか要領がいい。寝ていてもなぜかテストは解けている。


「しかし あいつが教師になりたいとはな あんな授業中寝てばっかのやつが ま よかったな がんばって二人で受かるといいな そしたら来年の春からも一緒にいられるしな」

そう言って、先生は空になったコーヒーを注ぎに行ってしまった。


 わたしはすぐに職員室を出た。そして教室の鍵を開け、げた箱へ向かった。

ぽつぽつと生徒が登校してくる。イチはいつも遅刻ぎりぎりに登校してくるが、今日はわたしが日直だから、いつもよりは早く来てくれるはずだ。

 五分、待つか待たないかぐらいに自転車に乗りながら眠そうに登校してくるイチの姿が見えた。

わたしはげた箱で靴を履きかえ、自転車置き場へと向かった。


「イチ!」


自転車の鍵をかけながら、いきなり呼ばれたイチは驚いてわたしを見た。

「なに?どうしたん?おはよー」

驚きながら、しかし、声の主がわたしだと気づいて笑顔でこちらを見た。

イチは笑うと小さなこどもみたい。わたしはこの笑顔が何よりもすきだった。

「ふふ 青島先生から聞いちゃったーイチの進路。」

わたしはいたずらっ子のように笑いながら、後ろで手を組みながらイチに近づいた。

「そんなにわたしと一緒にいたかったのー鷺沼くん」

イチは一瞬目を大きく開けたかと思うと、小さな声でやられた、とつぶやき、手で顔を覆った。

「まじ 青センのやつ…勘弁してくれよなー」

頭をかきながら、わたしを見て、イチは恥ずかしそうだった。

わたしはそんなイチがかわいくて、おもしろくて、嬉しくて、笑った。



その日の帰り、日誌を書き終わるのをイチは一緒に待っていてくれた。

日誌を提出して、いつものように並んで帰る。

夕暮れの桜並木の道には、他の生徒はなく、わたし達二人の貸し切り状態だった。


春――――二人で笑い合う未来を願った。来年の今頃も手をつないで、桜の下を歩けるように。



 高校三年生は忙しい。進路希望提出のための個人面談、それが終わったかと思うとすぐに体育祭の準備だ。

わたしはクラブに所属していなかったが、イチはサッカー部に所属していたため、高校最後の大会に向けての練習もあった。そして、休日は補講と模試がある。


「なかなか遊びに行けないね」

その日は嫌なほど暑く、キレイな青空と白い大きな入道雲が、青と白のコントラストを描いていた。

わたしがもらした一言は、イチを困らせた。

サッカーの大会を間近に控え、練習も追い込みに入っている。

別にイチを責めるつもりで言ったわけではなかった。

しかし、受験勉強と部活をしなければならないこの状況で、精神的ストレスのたまっていたイチには、わたしの一言は無責任すぎた。


「しかたないやん わがまま言うなって」

「別にわがままで言ったわけじゃないよ!たんに思ったこと言っただけ」

イチに言い方に少しムッとしたわたしは、つい口調が強くなってしまった。

それがさらに、イチをイラつかせる原因になった。



『一度くらいケンカはしておいた方がいい。長く付き合いたいのなら。』


そんな言葉を聞いたことがある。しかし、やはりケンカに楽しいことなど一つもない。

この些細なきっかけで始まったケンカとも言えないような言い合いは、この後二週間ほど“口をきかない”という形で続いた。


今思うと、本当にくだらないことが、あの頃はすごく大きなことに思えた。

それが大人になった、ということなのかもしれないけれど、あの時の純粋な自分を、少しうらやましく思う。


ケンカ中にイチの試合は行われた。

真夏の炎天下。すっきりと晴れ渡った青空から、太陽は容赦なく、選手を照らした。


向日葵が空を見上げる。

イチに気づかれないようにこっそりと、わたしは応援していた。

向日葵が太陽を追いかけるように。


夏――――はじめてのケンカ。隣に君がいることは特別なことなんだと認識した。


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