世界は艶やかに。
セミの鳴く声がきこえる7月、わたしとイチは高校二年生で同じクラスの隣の席だった猛暑が予想される夏を目前に控え、長い休みを前に、そわそわしながらみんな、授業を受けていた。来週から期末テストが始まる。
「…つまり この公式をあてはめるわけだ わかるかー?次の問題を…鷺沼―?鷺沼壱?」
「…あのーえっと…先生 鷺沼くん 寝てます」
先生が何度呼んでも、イチは起きなかった。
「またか ったく しょうがないやつだなー来週から試験期間だってのに」
先生がイチを起こしにこようとした瞬間、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
「ったく しょうがないな 白木 おまえから後で注意しといてくれ では授業はこれまで 今日は特に連絡事項はないから ホームルームもないそうだ 気をつけて帰れよ」
先生が教室を出たあと、次々とみんな帰って行った。
「鷺沼くん 鷺沼くん」
イチは全く起きる気配がない。この蒸し暑い中、よくこんなにもすやすやと気持ち良さそうに眠れるものだな、と変に感心してしまった。
「あれー?夏夜帰んないの?」
「うん もうちょっと残ってくー先帰ってて」
誰もいなくなった教室で、私は一人、持っていた雑誌を読んだり、英語の課題を解いたりしながら時間を潰していた。
放課後の教室、グラウンドからは野球部が練習しているのか、金属バットの音がきこえる。
風が少し出てきたのか、窓のカーテンが揺れる。
ブラスバンドの練習音が、風にのって、微かに流れてくる。
この二年棟には誰もいないのか、私が雑誌をめくる音が、やけに大きくきこえる。
「…し…らき?」
「ん?あ。おきたー?」
ようやく、イチが寝ぼけながら目を覚ました。
「え?なに?え?どうして?」
起きたのはいいが、まだ状況がはっきりと飲み込めていないようで、誰もいなくなった教室を見回しながら、一人で焦っていた。
太陽は傾き、オレンジ色に教室を染め始めている。
ブラスバンドの音はきこえなくなっていた。
「もう放課後だよ 鷺沼くん寝すぎ。どんだけ起こしても起きないんだもん」
フフッとわたしが笑う。
私の説明を聞いて、ようやく状況を理解したようだ。
野球部のグラウンド整備の音が聞こえる。
「あーそっか ごめん 待っててくれたん?先帰ってよかったのに」
照れて笑いながら、しかし、申し訳なさそうに頭をかきながらイチはわたしを見た。
私は読んでいた雑誌と英語の教科書をカバンにしまった。
「んーでもさ 起きたとき一人じゃさみしいでしょ?あと先生が注意しとけってさ」
笑いながら席を立った。
「じゃ、また明日ねーばいばい。」
「…あ!待って白木!」
教室を出ようとした瞬間、いきなりイチが立ちあがって叫んだ。
「一緒に帰ろう 送ってく」
思えば、これが始まり。
照れて頭をかくイチの顔は窓からさす西日がきつくて見えなかった。
オレンジ色の夕日が、わたしの顔を照らしていた。
「え?」
「だから、俺と付き合いませんか?」
銀杏が黄金色に、紅葉は赤く色づいた秋の公園、空はどこまでも高く、青く澄んでいた。
「…はい。」
わたしの顔も赤く色づきながら、二人で顔を見合せて笑った。
秋―――初めて手を繋ぎながら、学校からの帰り道、照れくさくて、何度も顔を見合せてうれしくて笑いあった。
「安物だけど そのうちちゃんとしたのあげるから」
「ありがとう 大事にする」
クリスマスには指輪をもらった。
街のイルミネーションは赤や黄色やピンク、青に緑。キラキラして、とてもキレイで。
幻想的な夢の世界。
その中をイチに貰った指輪をはめて、手を繋いで歩けることを、すごく幸せに感じた。
冷たい手をイチが握って、温めてくれる。
白い息をはきながら、二人で並んで座る。満天の星空。
冬―――初めてのキス。ぎこちなかったけど、これ以上ないくらい幸せだった。この幸せが続くことを、星に願った。