モノクロームの世界で
「眠れないの?」
「うん 眠るの苦手になった そのまま…闇に囚われそうで怖い」
「…大丈夫 手 握っててあげる 一人にしないよ」
煙突から煙があがるのを、ただ、眺めていた。
太陽が傾きはじめ、風の冷たさが秋の終りを告げている。
闇が広がりはじめ、一つの小さな星だけが光っている。
―――――もうすぐ冬がくるよ。イチ、見てる?
空に向かって問いかける。返事はかえってこない。
「夏夜さん」
呼ばれて振り返ると、そこには喪服を着たイチの母、二美さんが立っていた。
「今日はありがとね 今日だけじゃないわね いままでありがとう」
「いいえ…私はなにも」
二美さんは悲しそうに静かに微笑んでいる。
「今日 まだ時間あるかしら?よかったらイチの部屋…見ていってあげて?遺品…何かあれば持っていってあげて」
フフッと二美さんが笑う。
軽く頭を下げ、二美さんの足元をぼんやりと見た。
火葬場からイチの家まで車で四十分。イチのお父さんが運転する車に乗りながら、後部座席でただぼんやりと空を眺めていた。まだ五時前なのに空はもう暗い。
――――――本当に、もう、秋は終わったんだ…
目を伏せる。眠りたいわけではない。けれど、車内では誰も話さない。私も、二美さんも、おじさんも。誰もが言葉を忘れたように押し黙っている。四〇分の時間がやけに長く感じる。いや。長いのか、短いのか、時間の間隔がよく分からない。黙っていたいわけではないが、何を話せばいいのか分からない。
今まで、人とどう話していたのだろう?
どうやってコミュニケーションをととっていたのだろう?
四〇分という時間を、私はどうやって過ごしていたのだろう?
窓から見える景色は、太陽が沈んだせいか、色がない。
家もビルも、全てが暗い。
世界はこんなにも色がなかったのだろうか?
今、わたしの目に映る景色は、前からこんな色をしていたのだろうか?
すべてがモノクロームの世界。すべては黒と白と灰色でできている。
時折、明るさを求める街のネオンが目に入る。
眩しくなって、また、目を閉じる。
「夕ご飯できたら呼ぶわね それまで好きに部屋 見ていて」
「はい ありがとうございます」
二美さんはそう言うとキッチンへ入って行った。おじさんは奥の部屋へ先に行ってしまった。私は階段を上がって、二階のイチの部屋へ向かった。久しぶりのイチの家。何も変わらない。イチがいないこと以外。
そう…何も。悲しいほどに。
扉を開けると、やはり何も変わらないイチの部屋があった。
机も、テレビも、オーディオも、本棚も、ベッドも。すべては変わらずにそこにある。
机の上に無造作に置かれた数学の教科書、床に積まれたままの週刊雑誌、脱いだままのジーンズ、そして、ベッドの枕元に置かれた写真たて。
ベッドに座り、写真を手に取る。そこには無邪気に笑うイチと私がいた。
何も知らずに、春の暖かな太陽の下で、幸せそうに笑っている。
それほど前のことではないのに、もう、ずっと昔のことに思える。
「イチ…」