11話
圭森が卑弥呼達を訪ねてから二週間が経った。
“空蝉”に関しては手掛かり一つ掴めないままで、不気味な程、それらしい動きを見せてはいない。
例の死骸の件に関しても同様に不明なままである。
それでも、一応は施政者としての立場にある圭森は空蝉ばかりに気を取られてはいられない。
勿論、空蝉自体は最大の脅威には違い無いのだが。
領民からすれば、身近な問題も世界の存亡も大して違いは無い、というのが正直な所である。
だから、遣るべき仕事は少なくはない。
そんな曹操の統治下での主だった動きなのだが。
先ず、馬騰の臣従を隠しておく理由が無くなった為公的に発表し、各敵勢力地に圭森隊が流布した。
それに伴い、馬超達が合流、董卓達と再会した際の賈駆は無事を目の当たりにして感涙していた。
距離を置き、自分を見詰め直せた事も有ったからか賈駆は以前よりも落ち着きを持っていた。
ただ、陳宮の話に関しては複雑な顔を見せた。
少なからず、そういう事態に繋がった自身の過失を悔いているからに他ならないからだ。
次に孫策により捕獲された袁術・張勲の処遇だが、袁術は孫尚香付きの侍女という立場となった。
北郷の侍女にするには年齢的に幼いという事に加え袁紹と違い、矯正すれば伸びる可能性が有る為。
その為にも、張勲や袁紹からは引き離すべきだった事から孫尚香の侍女と為った。
侍女というよりは、友人に近い主従関係の様だが、それはそれで構わないと曹操達は思っている。
張勲は北郷専属の文官として配属された。
侍女として遊ばせるには有能、しかし、一定以上の権限を与えると面倒、という評価から、北郷の下で“遣い潰す”感じで教育する事で決定した。
要するに、袁術に関わらせたり、余計な真似をする暇を与えない様に扱き使い、その間に袁術を教育し張勲から悪影響を受けない様にしようという事。
北郷の侍女である袁紹とは接点が有っても、袁紹は張勲の言葉を鵜呑みにはしないだろうから、特には心配してはいなかったりする。
…まあ、多少は影響が出るだろうが。
元々、文官系の部下の居ない北郷にとっては張勲は“便利な秘書”という位置付けである為、曹操達の狙い通りに忙しい日々を送っている。
そういった訳で、“原作キャラ”という意味でなら陳宮と南蛮勢を除き、曹操の下に揃ったと言える。
その内、曹操・孫権・黄忠・馬超・夏侯淵・関羽が圭森を夫とし、劉備・李典・于禁・陸遜・夏侯惇・雀三姉妹が北郷と愛を育んでいる。
現状、圭森か北郷の何方等かに対して明確な好意を懐く女性陣は数名認定されてはいる。
ただ、状況的に一歩踏み込んだ関係に成る、という事には躊躇してしまうのが実際の所である。
──とは言え、恋する乙女には関係無いだろう。
遠慮や配慮をしていては後悔するかもしれない。
そういう戦乱の世に舞う、美花の如き乙女には。
「──これは…初めて見る物ですね…
並びからして調味料ですか?」
「おっ、兄ちゃん、興味が有るかい?
其奴は西方から仕入れた品でな、“春馬仁根”って漢方薬としても使える逸品だ
栽培は出来無いらしくて天然物のみ、しかも滅多に見付けられない上、これだけの大きさの物は十年に一本出るかって物よ!」
「…その割りには随分と値段が安いのでは?
明らかに内容と不釣り合いですが?」
「そうっ、其処なんだよ!、兄ちゃんっ!
実はなぁ…仕入れたは良かったんが、其奴は処理が異常に難しいらしくてなぁ…
買い手が一向に見付かんねぇんだよ…
その結果が仕入れ値の十分の一まで下げたが…
この有り様よ、誰も買ってくれねぇんだ…」
「それは仕方が無いのでは?
──と言うか、その辺りを知らずに仕入れる事自体賭けに走り過ぎでしょう」
「ぐっ…兄ちゃん、言うねぇ…その通りだけどな
乾燥させてるから日保ちはするんだが…
それでも永久って訳じゃないからなぁ…
この値段でも売れないよりは増しなんだよ」
息抜きを兼ねて普段行かない街の一角に足を運び様子を見ていた時、偶々目に付いた露店商。
その中に、一つだけ化粧箱に収められた特別扱いの乾燥させた人参の様な物を見付けて話し掛けた。
最近は彼方此方から商品が入って来ている為、少し出掛けていないだけで品揃えが変わっているという事は珍しくはなかったりする。
流通網の拡大・活性化は良い事なのだが、新商品や珍品ばかりではなく、以前から有る商品も大切にし扱って行って貰いたいと思う。
それは兎も角として、やはり初めて聞く物だ。
漢方薬としても用いられるのなら華佗程ではないが詳しいという自負が有るが…知らないな。
偽物……の可能性は低いか。
そういう物自体は本当に有るから仕入れたんだ。
──となると、余程効果が曖昧な漢方薬なのか。
或いは、「西方から…」という話だから、此方では単純に認知度が低い“知る人ぞ知る”物なのか。
そんな所が妥当だろうか。
「──あっ、兄様っ!」
「見回り──ではないですね、買い物ですか?」
声を掛けられて振り向けば流琉が居た。
俺を見付けて駆け寄って来る姿は癒される。
仕事中かと思ったが、服装を見て今日が非番だった事を思い出した。
原作とは違い、服装は固定ではない。
いや、当たり前なんだけどな。
「はいっ、偶には足を運ばないと最近は商品内容の入れ替わりが早いので…
兄様も御買い物ですか?」
「ええ、貴女と同じですよ
偶には足を運んで見ないと判りませんからね」
「そうですよね……あれ?、それって何ですか?」
「おうっ、其奴はな、珍しい春馬仁根っ──」
「──ぅええぇっ!?、ほほ本物なんですかっ?!」
「──っぉ、おぉっ…ほ、本物だとも!」
「くくっ、下さいっ!、買いますっ!」
「本当か嬢ちゃんっ?!──って、いや、ただ此奴は扱いが難しいんで、買っても──」
「──大丈夫ですっ!
死んだ村の大婆様から習っていますからっ!
だからっ、私に売って下さいっっ!!」
露店商に掴み掛かる勢いで購入を宣言する流琉。
その興奮の度合いは知り合ってから今日までの中で一番だと言い切れる程のハイテンション振り。
珍しい物では有るんだろうが……漢方薬だぞ?。
…………はっ!?、ま、まさか……背が伸びるとか、胸が大きくなる系の奴か?、奴なのか、流琉っ?!。
「──有難ぇ…嬢ちゃんは大恩人だっ!
そんな嬢ちゃんに見せたい物が有るんだが…」
売れ残り必至と思われていた商品が売れた事に対しマジ泣きしていた露店商の男は涙を拭うと切り替え即座に商人の顔へと変わった。
利害に敏感な商人らしい嗅覚に内心で苦笑する。
ただ、流琉をカモろうとするなら容赦はしない。
俺の目の前で悪徳商売は遣らせはせぬ。
そんな心持ちで二人の様子を窺っていると、後ろの竹籠から麻袋を取り出す男。
それを流琉に手渡し、流琉が開いて中を見る。
「──っ、これって“森妖月亀”ですか?!」
「やっぱりか…嬢ちゃん、只者じゃないな?
いや、詮索は無粋だったな…
嬢ちゃんの言う通りだ
ただ、見ての通り傷物でな
正直、売り物には為らねぇんだよ」
「これは丸々一匹を使うのが正式ですからね…
こんな風に砕けてると御店は出せませんから」
「ああ、だから買い手が付かねぇんだ
ただ、使えねぇって訳じゃねぇ…
其処でだ、安くしとくから買ってくれねぇか?」
「……因みに、御幾ら位ですか?」
一見すると流琉が騙されいる様にも見えてしまうが商品自体は本物なのは確かだろう。
流琉が直に確かめているんだからな。
そして流琉の力量を見抜いた男の商人としての眼、何気に侮れないと思わされる。
まあ、値段交渉自体も相場っぽい感じだ。
ただ、「ぅぅ~…手持ちがぁ…」と呟く流琉の姿に見ていて和んでしまうのは、本人には内緒だ。
圭森は左手を典韋の頭に置くと軽く撫でる。
見上げる典韋に笑い掛け、右手を懐に入れて自分の財布を取り出した。
「二つで、春馬仁根の仕入れ値で貰いましょう
貴男にも“良い勉強”になったでしょう?」
「ハハハ…ああ、商人として学ばさせて貰ったよ
…けど、良いのかい?、此方としては有難いが…」
「価値は定かでは有りませんけど、この娘が珍しく欲しがっていますからね
偶には我が儘の一つも言って貰いたいですから」
「…に、兄様っ…」
「ははっ、成る程ねぇ、んじゃあ、有難く」
圭森は男に代金を支払い、典韋は商品を受け取り、その場を後にして並んで歩き出す。
申し訳無さそうにする典韋に「料理に使う様なら、是非共食べさせて下さいね」と圭森は言う。
その言葉に典韋は顔を赤くしながら頷いた。
それから雑談を交わしながら二人で街を歩いて回り他にも買い物をして、居城へと戻ってくる。
部屋に戻る為に別れる──其処で、圭森は典韋から「あ、あの、兄様…今夜一緒に居て貰えますか?」という鈍感だと勘違いしそうな告白を受けた。
典韋の気持ちには薄々気付いていた為、圭森からの返事は当然ながら了承。
ただ、典韋は夫婦の寝所ではなく自分の部屋の方に来て欲しいと頼んだ。
断る理由も無いし、圭森も配慮して頷いた。
その後、各々に曹操達に話を通してから、夜へ。
典韋が曹操達から「頑張りなさいね」と激励された事を圭森が知る事は、先ず無いだろうが。
圭森は約束通りに典韋の部屋を訪れていた。
──とは言え、通常の場合よりは随分と早い時刻。
何しろ、まだ夕餉を済ませていないのだから。
それは典韋が用意するからに他ならない。
「──ん、美味いな…
材料の見た目からだと薬膳っぽい物かと思ったが、あっさりとしながらも旨味は強く、だが残らない…
例の稀少な材料が必要というのが惜しいな…
…栽培出来るか研究してみる価値は有るか?…」
「兄様、商魂が声に出てますよ?」
「おっと…悪いな、つい…これも職業病かもな」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
談笑しながら典韋と夕餉を楽しみ、済ませる。
圭森にとっては素直に楽しい一時だと言えた。
曹操以降の面々とは夜に寝所で会い、そのままに。
そういう流ればかりだった事も有るからか、圭森も現状に新鮮さを感じていた。
同時に「もしかしたら今日は、このままかな?」と淡い期待を懐いていたりもする。
圭森も男なので嫌いではないのだが、女性陣の方が恋愛感情を募らせていて、という状況に対し圭森は急展開での流れが全て。
だから、孫権との関係の様に、ゆっくりと育んで、それから、という感じを求めていたりもする。
勿論、皆とは順序が逆な気がしながらも、しっかり関係を深め育んではいるのだが。
それはそれ、これはこれ、という事である。
「…………?──っ!?」
片付けをしている流琉の後ろ姿を「やはり流琉は良い奥さんになるよなぁ…」と思いながら見ていた時に身体に違和感を感じ、視線を卓の下に落とす。
其処で自分の身体の異常に気付いて固まった。
状況を理解出来ず、気の緩みも有った為だが。
それは料理人の前で自ら俎に乗った様なもの。
「──ちゃんと効いてるみたいですね、兄様」
「──っ、流琉な──ルっ、流琉っ?!」
流琉の声を我に返り、弾かれる様に顔を上げると、視線の先には衣服を半脱ぎ状態にし明らかに期待し誘っている流琉の姿が有った。
軽いパニックを起こした為、声が上擦ってしまう。
だが、それ以上に蕩ける様な恍惚とした潤んだ瞳、熟し始めた様な艶やかな赤、見た目の幼さに対して女としては確かな魅力を持つ流琉。
「…あ、ヤバい」と諦念を懐いた時には椅子に座る俺の傍に来ていた流琉に両手で頭を固定されていて抵抗する間も無く唇を奪われていた。
いや、それは勿論、抵抗も拒絶もしませんけど。
「……んっ……すみません、兄様…
…私、皆さんみたいに自信が無くて…
…だから、少しだけ盛っちゃいました…」
「……という事は、昼間の二つは…」
「…はい、男性の強精に物凄く効く物です…」
「…………因みに、全部使ったのか?」
そう訊ねると流琉は視線を逸らした。
…ああ、これは他の者の手にも渡ったな、確実に。




