7話
趙雲の臣従の意志を得た後、公孫賛に仕えている家臣達に簡単に事情を話し、同意を得た。
その後、公孫賛の統治が良かった為、文武官数人を呼び寄せ既存の公孫賛の家臣達と合わせて幽州を、冀州は荀彧・夏侯惇・孫策に任せ任せて、圭森達は趙雲を伴って司隷へと移動。
并州進軍に備えていた。
冀州の統治開始から僅か二週間の事である。
他所では先ず出来無い事を理解してはいるのだが、更に上を望んでしまうのは向上心故の事。
それを他者に強要してしまわない様に自制するのが実は大変だったりする。
特に軍師陣は顕著に出易かったりするので。
それは兎も角として。
今は遊んで居られる暇は無い。
「幽州を獲っても目立った動き無し、ね…
不気味と思えば不気味だけれど…
その程度の能力、という見方も出来るわね
その辺りの事を貴男は、どう考えているの?」
「“空蝉”は極端に効率を重視した思考によって、宿主の願望を叶える為に行動を選択する傾向が強いのだと個人的には考えています
そうだとすれば、空蝉自身に氣関係で圧倒的な能力が有るとは考え難いと言えます」
「…成る程ね、そう考えれば不自然ではないわね」
「……ただ…」
「…何か気になる事が有るのかしら?」
「はい、空蝉というのは、謂わば優秀な軍師です
恐らく、世の軍師達と比べても頭抜けています
ですが、効率重視に傾倒し過ぎて破綻していたり、宿主の能力不足で本来の性能を発揮し切れていないという可能性が高いと思います
しかし、効率だけで物事を判断し実行出来るという異常さは恐怖に値します
…ただ、それだけでは封印される程の理由としては弱い様に思うのですが…
勿論、寄生・憑依する性質と、消滅させられないというだけでも十分な脅威、封印に値しますが…」
「……そうね、それだけ、と言うのは浅慮ね…」
待機拠点とする砦の一室で圭森は曹操を始めとする并州戦に参加する面々と集まっていた。
并州戦には軍師として周瑜・鳳統、軍将として楽進・夏侯淵・関羽・馬超。
其処に趙雲を加えた面子が参加予定である。
そんな中で、公孫賛と空蝉に付いての考察を行い、圭森は卑弥呼達からも聞かされてはいない可能性を曹操達に話してみていた。
卑弥呼達が意図的に隠した可能性は低いだろう。
圭森は自分自身の存在と同様に、この世界の空蝉も“外れてしまった”のではないか、と考えた。
だから、卑弥呼達にも予想出来無かった部分が有る可能性は十分に考えられる事だと言える。
「…これは飽く迄も可能性の話なのですが…
もしも、人と同じ様に、空蝉が“学習し成長する”としたら…どうでしょうか?」
「…っ……まさか……いえ、そうね…有り得るわ
けれど、それならば封印されていても同じ筈よ
“太平要術の書”という形で自由には行動出来無い状態にはあれど、学習する事は出来る筈だわ」
「其処は封印を施した者が空蝉を利用しようとした結果ではないでしょうか…
憑依され自我を奪われなければ、空蝉の能力自体は非常に利用価値の高い物です
封印に“成長の抑制”と使用者への精神干渉禁止を組み込んでいたとすれば…
とても、都合の良い道具だとは思いませんか?」
「…………確かに、そうかもしれないわね」
圭森と曹操の会話を聞く他の面々は、口を挟みこそしてはいないが、十分過ぎる程に驚いている。
中でも、圭森の指摘した部分、“成長の抑制”には人間の傲慢さと強欲さを感じずには居られない。
自分の手に負えなくなる成長はさせたくはないが、学習はさせる事で更に優秀にはしたい。
圭森の言う様に、“都合の良い道具”として。
──とは言え、曹操達には人工知能の知識は無い。
その為、“人工生命体”に対する価値観が無いので圭森の懐く嫌悪感や憎悪とは異なっている。
圭森自身、その辺りを理解している為、同じ感覚を曹操達に求める事はせず、線を引いている。
「……回朋、貴男が想定する最悪は何?」
「……一番は此処で空蝉を逃してしまう事です
自身の存在を脅かす者が居る事を知れば、慎重さを身に付けるでしょうし、明確に有害無害を判別する事が出来無いなら、全ての人間を敵と見なす可能性も十分に有り得る事です
そうなれば、空蝉は人間を滅ぼすか、支配する事を第一とする可能性が高いと思います」
圭森の言葉に曹操達は静かに息を飲んだ。
効率重視の空蝉が、人間の滅亡や支配を目論めば、人間の起こす戦争など生温いと呼べる事だろう。
何故ならば、其処には満足や油断等の感情や我欲が混じる余地が存在しないのだから。
勿論、空蝉に感情や心が芽生えれば違うのだが。
曹操達には、そういった可能性は想像出来無い。
それ故に、単純な空蝉の脅威を感じる。
「……そうだとすれば、この空蝉との戦いで絶対に作ってはならない状況は乱戦になるわね」
「はい、紛れて逃げられる事も警戒すべきですが、一番は宿主を変えられる事です
初期段階では“誰に憑いたか”の特定が困難な為、逃がしてしまう可能性が高くなりますので…
可能な限り、公孫賛殿とは一対一での対峙が出来る状況が望ましいですね」
細かい部分は基本的に臨機応変に現場の判断に委ね必要最低限の連携のみで動く事が多い曹操軍。
それは既存戦術を通用しなくさせるには効果的だが実用化するには非常に難しい事。
それを二年と掛からず軍の主力全体が行えるのは、圭森の指導が有ったからに他ならない。
だから、それを知らない趙雲だけは曹操達の話には付いて行けなくなってしまう。
ただ、自分が立っている場所よりも、随分と高みに曹操達が居る事だけは理解出来た。
だが、悔しいと思うと同時に、楽しみにも思う。
何しろ、その一員として自分も迎えられたのだ。
翌朝、周瑜・夏侯淵・関羽が先陣として出発。
曹操達は本隊として間を開けて出発した。
目指す先は公孫賛の居る壷関城。
袁紹の時と同様、曹操は敢えて使者を出す事無く、進軍を開始している。
それは公孫賛──空蝉に明確に“敵”と認識させ、ある程度、動きを誘導する為だったりする。
勿論、公孫賛の持つ情報・認識の何方等でも曹操が袁紹に勝っている事は言うまでも無い。
当然ながら、対応は変わってくる。
「やはり、効率重視、という訳か…」
「我等を侮っているという訳ではないのだろうが…
あまり気分の良い物ではないな…」
「明らかに使い捨てなのが見え見えだからな…」
周瑜達、先陣隊の前には地形を活かす様に急造りの防柵や板壁が乱立している。
其処に身を潜める様に待ち構えているのは約二万の動揺を隠せず、それでも死地に立っている兵達。
彼等の様子を遠目に見ながら周瑜達は哀れむ。
元々、公孫賛の家臣の質は良いが頭抜けた人材には恵まれていなかった為、将師の力量は低い。
だからこそ、趙雲や劉備達は歓迎されたのだから。
その状況で趙雲を含む主力は幽州を任されていて、并州側は人材不足なのは致し方無いのだが。
曹操軍と正面に戦える指揮官は居ないのだから今の彼等の状況というのは仕方が無いだろう。
そんな状況になったのは指示に因る物なのだが。
「…こうなると公孫賛が憑かれた時期が微妙だな
趙雲達に幽州の事を任せ先ずは自分が先に入って、というのは理解は出来るが…」
「…家臣を連れなさ過ぎか?」
「いや、可笑しくはない
黄巾の乱の直後ならば有り得無い事だろうが…
段珪事件前から并州は落ち着いているからな
変な野心を懐く輩も并州には少なかった筈だ
それは月達の努力に因る所が大きいと言えるがな」
「…成る程、だから公孫賛殿も単身でも并州の者を安心して登用し、統治を進められると考えた訳か」
「そういう事だ」
関羽の言葉を肯定した周瑜は隊に指示を出す。
公孫賛や彼等は被害者という立場だろう。
しかし、だからと言って此方等の兵を危険に晒して彼等を助けるというのは矛盾している話だ。
兵は駒ではなく、民である。
その生命を預かる身である周瑜達の役目というのは一人でも多くの敵を倒し勝利に繋げる事ではなく、一人でも多くの兵を生きて連れ帰るという事。
これは圭森の戦場での指揮官としての理念だったが今では曹操軍の理念として定着している。
だから、周瑜達は刃を向ける敵に躊躇はしない。
悲哀・憐憫の感情は有れど、それを挟む事は誰かの犠牲を生む可能性を孕むのだから。
それは嘗て、圭森が、孫権が、呂蒙が、黄忠が懐き決して忘れる事の無い一人の犠牲に起因する戒め。
その死が、今は多くの生命を守る礎と成っている。
その事を涙ながらに誇りに思うと語ってくれるのが残された家族である事こそ。
圭森達にとって、最高の賛辞だと言える。
公孫賛軍二万を容易く平らげた曹操軍。
その勢いのまま進軍し、五千、一万、四千、三千と破竹の勢いで公孫賛軍を撃破して行く。
袁紹軍の勢いも悪くは無かっただろうが、曹操軍の勢いは文字通りに別格だった。
初戦から僅かに一週間で公孫賛の居る壷関城にまで到達して見せたのだから。
客観的に見ても「凄まじい」としか言えない程だ。
「──ほっ、報告致しますっ!
曹操軍っ、凡そ一里まで接近っ!
そっ、その数っ、凡そ五万っ!」
「…………判った
出せる兵を全て出し、迎え撃て
城内の準備は出来ているな?」
「はっ、はいっ!……で、ですが、宜しいので?」
「構わん、全ては勝つ為だ」
「か、畏まりましたっ!
どうかっ、御武運をっ!!」
息を切らせて遣って来た兵の報告を冷静というより感情が抜け落ちた表情で聞き、指示を出す公孫賛。
その思考は曹操軍に対し兎に角勝つ事だけを考え、犠牲など考慮せずに実行していた。
本来の彼女であれば、曹操軍に称賛する所だろう。
「やっぱり、袁紹みたいな馬鹿とは違うな~」と。
間違い無く、現在大陸一の武力・軍事力を誇るのは曹操軍だと知っているのだから。
元々の兵数は一万程だったと聞いていた。
援軍が有ったとしても、五万以上の兵数を打付けて現状で五万以上を揃えてきた。
公孫賛軍の残りは約三千。
大して足止めにも為らないだろう。
だが、それでも構わない。
そう、本気で公孫賛は考えている。
全ては勝つ為で有り、今も尚、勝ちは揺るがない。
その自信を公孫賛は持っているのだから。
公孫賛は誰も居ない城内で、静かに北叟笑む。
「──最も効率の良い敵軍の倒し方、それは敵将や敵の主君を仕止める事、他は無視しても構わない…
ああ、その効率の良さには俺も個人的には賛成だ
無駄な犠牲を出さずに済むからな」
「──────っっ!!??」
誰も居ない筈の城内に響き渡った男の声。
虚を突かれた様に驚きながら振り返ると共に右手で腰に佩いた愛用の直剣を抜こうとしたが──右手が束を掴む事は無かった。
振り向いた勢いが何の衝撃も無く更に加速して行き視界の景色が水が流れて行く様に像を結ぶ事無く、平行感覚が失われた様に回転し──闇に染まった。
不意打ちする様に声を掛けて反応を誘った公孫賛の右手を引き取って投げ落とし、一撃で意識を狩って静かに佇んでいるのは圭森。
曹操達が態と目立って注意を引いていた裏で密かに壷関城へと単独で潜入していた。
そんな圭森だが、気絶した公孫賛の傍に方膝を付き様子を窺っていたが──唐突に舌打ちをする。
忌々し気に周囲を見回し、意識を集中させて探るが存在を掴む事は出来無かった。
無人の城内、その事実を前に深く溜め息を吐く。
「……はぁ~……手掛かりは公孫賛自身か…」
此処で愚痴っていても仕方が無い。
そう、自分に言い聞かせて切り替える。
冷たい床に寝転がった公孫賛を丁寧に抱き抱えると圭森は振り返る事無く城内を後にする。
無情に響き渡る圭森の足音が心情を物語っていた。
後々、圭森に抱き抱えられた公孫賛の姿に嫉妬した曹操達の御要望に応える圭森の姿と。
その事を趙雲から揶揄われ、真っ赤に為りながらも「何で意識無かったんだよっ、私ぃーっ?!」と結構本気で悔やむ公孫賛の姿が有るのだが。
それは些細な余談でしかない。
知る必要も語る必要も無い。




