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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第一章  血と泥に塗れど芽吹く
8/100

   8話


 “桂木 晶”という男は特筆する人物ではない。

祖父母・両親に兄が二人の七人家族の極普通の家庭に生まれた末っ子。

三兄弟だが上の兄と十歳、下の兄と八歳違う事も有り自由に育てられた。

甘やかされているよりも、我が儘を含めて比較的自由だったという事。

決して過保護だったという訳ではない。


そんな彼の経歴も普通。

そこそこの高校・大学へと進学し、無事に卒業。

それなりの企業に就職し、平々凡々な人生を送る。

何処にでも居る一般人。

それが当時の彼だった。


ただ、極普通の人生を送る人物ではあるが能力的にも平凡かと言えば、違った。

五歳の時、母の付き合いで水泳を始め、粗同じ時期に上の兄に付き合い剣道を、下の兄に付き合って空手を始める事になる。

また、祖父母の趣味により将棋と囲碁を嗜む。

加えて父の影響でギター・ドラム・ピアノを覚える。

十歳の頃には何れも止め、絵画とサッカーをしており中学に上がると演劇部に。

また、友人との付き合いで機械弄りに少々填まる。

高校では体育にて柔道を、部活は幽霊部員として籍を置くだけだった園芸部。

しかし、気付けはガッツリ填まっていたりもした。

大学ではアルバイト漬け。

但し、「これも社会勉強」と称して大半は三ヶ月程で辞めてしまっている。

尚、サークルはクイズ研。


主だった経歴を挙げると、この様な感じになる。

ただ、細かく言うのならば短期の経歴は倍以上。

“飽き性”と捉えられても全く可笑しくはない。

そういう側面も確かに彼は持ち合わせている。

しかし、その能力は決して凡庸ではなかった。

何をしても飲み込みが良く大抵は全国レベルになる。

勿論、一口に全国レベルと言ってもピンキリだが。

日本一には届きはしないが全国大会で中位辺りになら問題無く届く程度。

頭抜けてはいないが決して平凡ではなかった。

それは勉強等でも同様。


俗に言う、器用貧乏。

それが彼の性質だった。


そんな性質だからなのか。

彼は基本的に、何か一つに一生懸命になるという事が殆んど無かった。

しかし、誤解をしない様に一言添えるならば、決して不真面目という事は無い。

遣っている時は真面目だし努力もしている。

真剣に取り組んでいる。

ただ、「何時かは世界で」みたいな高い目標を持った強い志の懐くまでには彼は至らない、というだけ。

つまり、器用過ぎるが故に“潰しが利き過ぎた”のが彼の平凡な人生の原因。


もし、彼が何か一つに対し人生を賭して打ち込めば、間違い無く世界のトップで活躍出来ただろう。

それ程に彼のポテンシャルは高かったのだ。

就職をして社会人と為り、軈て運動不足と健康状態を気にして始めたのがキックボクシングだった。

「後、少し早ければ…」とトレーナーに言われた程に惜しまれる人材だった。


そんな彼に足りない物。

それは、偏に情熱である。




そんな彼は客観的に見れば優秀だと言えた。

努力をしない訳ではないが器用な為、要領良く熟し、周囲よりも上達する期間や成果が出るまでが早い。

故に、“大して苦労もせず大体の事が出来る”という受け取られ方をされる。

その結果、時に“天才だ”とも言われてしまう。


当然ながら、本人にすれば「いや、本物の天才って、こんな物じゃないよ?」と言いたくなるだろう。

ただ、そういう評価自体は直接彼の耳には届かない。

何故なら、優秀の域からは基本的に抜け出さない為。

その一歩先へと至る為には彼には情熱が欠けていた。

だから彼は天才には至れず非凡ながら凡人の中に然も当たり前の様に埋もれる。

尤も、この様な境遇自体は然程珍しくはない。

有り触れた話である。


それでも、身内から評価が無い訳ではない。

昔から、兄達からは揃って「お前は凄いな」と言われ誉められてはいた。

しかし、結局は一つの事に一生懸命に為るという事が出来無い“半端者”なんだという自覚が有るが為に、彼から見たなら兄達の方が眩しく思えていた。

だから逆に彼は兄達の事を尊敬していたりする。

勿論、両親や祖父母も。


熱中する事が無い、という訳ではないのだが。

要は、一つの事を追求する様な情熱には至らない。

だから、本人は“填まる”という言い方をする。

それは言い換えれば「軈て飽きる(抜ける)事に為る」という意味でも有る。


故に、彼は一生懸命な者に強く惹かれる傾向が有る。

過去、七人の女性と交際の経験が有るのだが。

唯一の共通点が、それだ。

それ意外には無い。

内二人は外国籍の女性。

因みに、交際期間が最長の女性とは合計で七年。

二度別れ、二度寄りを戻し三度目の別れに至った。

その女性が唯一、結婚まで彼が考えた女性でもある。

だが、其処に至らなかった理由は情熱の欠如だろう。

相手が情熱的だからこそ、感情の温度差が有り過ぎて駄目に為ってしまう。

それが彼だったのだから。


さて、それでは、今の彼は一体どうなのだろうか。

如何に若返っていようとも中身は同じである。

名乗る姓名が違おうとも。

容姿に変化が有ろうとも。

彼は彼でしかない。


ただ、環境が違う。

価値観が違う。

常識や道徳観が違う。

人々の生活が違う。

社会が、日常が、違う。


そんな中に突如放り出され持ち前の器用さで順応し、生きる為に必死になる。

彼は今、充実していた。

本人は自覚してはいないが“示された路を進む”より“自ら路を切り開く”事を要求される状況に置かれ、彼は初めて“活きる”。

彼は平々凡々な人生を望む平凡な思考をしているが、その本質は開拓者。

逆境に置かれる事により、才器は初めて輝きを放つ。

自ら輝く力を持ちながら、自ら輝く事は叶わない。

時代が、社会が、日常が、彼を閉じ込める牢獄。

其処から解き放たれた今、彼は真に歩み始める。




 私が圭森を侍従に迎えて今日で十日が経つ。

最初こそ、着なれない服に違和感を感じていたらしく時折、落ち着かない様子を見せてはいたが。

それも三日を過ぎた辺りで見られなくなった。

圭森を見付けて連れ帰った翌日、彼が言っていた様に意外と図太いのでしょう。

同時に、順応力が高い事を知る事が出来た。


彼自身が言っていた通り、色々と知らなかった。

普段着を含め、日常生活に必要な品を買い揃える為に彼を連れて街に出掛けた。

その際、彼は一般的な品の値段や相場を知らないし、お金の価値や種類も殆んど理解していなかった。

まるで初めて家の外に出た稚児の様に思えた程だ。


それなのに彼は当然の様に文字の読み書きは出来るし計算等も普通に熟す。

武に関しては私自身、彼と毎日手合わせをしている為一番判っている事。

総合的に評価すると、彼は“歪”だと言える。


勿論、彼の人柄に関しては私は問題無いと思う。

素直に信頼出来る人だわ。

…その、誠実な人だし。

あまり思い出したくはない事なのだけど…五日前。

その日の手合わせの最中、彼を真似て体術を取り入れ違う戦い方をしてみた。

それ自体は悪くなかった。

まだ形としては荒いけど、“真っ直ぐ過ぎる”私にはそういう複合型の戦い方は読まれ易いという弱点を、上手く補ってくれる方法に為るだろうと思う。

「孫権は直感任せの咄嗟の対応より、普段から練習し身に付ける方が向いているだろうから複合型でも形に出来れば大丈夫だろう」と彼も言っていた。

……ええ、それに関しては良かったのよ、ええ。


ただね、それを遣った際、私は普段よく着ている形の服装だった事を忘れていて──全力で脚を振り抜いた訳なのよね…。

つまり…そういう事よ。

…その…下着が…ね…。

彼も、視線を逸らしながら指摘してくれたのだけど、恥ずかしさは変わらない。

当然、彼に非は無い。

私の思い付きで試してみた結果なのだから。

流石に「見ないで!」とは手合わせ中なので言えず、私は服を抑えながら地面に座り込み、黙って彼の事を見ているしか出来無かった事は忘れてしまいたい。


二度目、三度目にも為ると彼を責められない。

寧ろ、自分の迂闊さに頭が痛くなってくるわ。

勿論、その日は二度と脚を振るう事は無かった。

そして、その日の内に店に行って鍛練用・普段着用に襦袴を数枚用意した。

…過去は消せないけれど。




 孫権の侍従と為ってから十日が過ぎた。

その間、毎日手合わせし、竹簡に目を通して書き記す孫権の手伝いをしながら、色々な事を学んだ。

孫権からすれば怪しい事は多々有っただろうけど特に訊いてくる事は無かった。

助かるには助かるのだが、やはり罪悪感が凄い。

…罪悪感と言うと…まあ、何と言うべきなのか。

「二度有る事は…」と言う事は不謹慎かもしれないが他には何とも言えない。

…出来れば、記憶の中から消してしまうべきなんだが俺も男だから…ねぇ…。

忘れなれない訳です。

ええ、何と言うか、彼女は色々と隙だらけですね。

いや、冗談じゃなくて。

幾ら露出の高い孫呉陣営の御姫様とは言え、俺の知る彼女は凄く真面目で防御力トップクラスなのだが。

……うん、凄い紙装甲。

いや、その下の戦闘力ならトップクラスだが。



(いやいやいや、違う違うそうじゃないからっ!)



色々と刺激的な記憶が甦り掛けたので頭を振り必死に脳裏から追い出す。

若い肉体が持て余している生命の本能が騒ぐが何とか気合いで抑え込む。

…鍛練で発散しないと他に手段は無いからな。



(ゲーム(原作)内だと特に描写もされてないけど…

思春期の男子には世知辛い時代なのは確かだよな…)



一応、そういう設定だから相手が居れば問題無い様な気はするんだけど。

現実的には、そう簡単にはそういう関係には為らないだろうからな。

そういう意味だと、実際は“天の御遣い”の効果って有るんだろうね。

だから、孫策の考え方って一番上手い“使い方”なのかもしれないな。



(…男としては、役得的な気がしないでもないけど…

現実的には円満且つ平和なハーレム展開ってのは先ず有り得ないよな〜…)



“一日だけなら”と条件が付くなら有りだけど。

それが毎日となると…ね。

いや、憧れる気持ちは無い訳じゃないけど。

…俺も男なんだからね。


だけど、その立場に自分が立ちたいとは思わない。

少なくとも、この世界では困難&死亡フラグが満載なハードモードな人生が約束されているのだから。




 一日、一日、また一日。

時は流れ、その中で日々を積み重ねてゆく。

無慈悲なまでに淡々と。

違う事無く、平等に。

絶え間無く、果てを刻み、過ぎ去って行く。

未だ来ない先を目指して、ただただ此の現に在る。

其処に人の意思が介在する余地は微塵も無い。

けれど、その中で人が自ら意志を以て歩み出すなら、大きく意味を異にする。

しかしだ、その意味を人が知る必要は無い。

その意志の下、積み重ねる事が出来るのならば。

それで構わないのだから。


穏やかながらも短く。

充実しながらも早く。

濃密に満ちながら。

実りを育みながら。

人樹(とき)”は移ろう。


圭森は孫権の側で少しずつ確実に歩みを進める。

持ち前の器用さと順応力で生きてゆく為に必要となる事を身に付けながら。

長き種子の眠りを終えて、漸く、春を迎える。


孫権もまた、圭森に刺激を受けて変わり始める。

長く彷徨い続けていた深い暗闇の中から抜け出して、その先へと歩み始める。

伸び行く先を見失っていた枝葉は陽射しを見付けて。

迷いの霧を貫いて。


それは歯車の様な物。

一つでは空回りし続ける、無意味なだけの廻り。

けれど、二つが出逢う事で歯車は確と噛み合う。

そして、運命という物語を動かし始める。


だが、その事は人の身では理解し得ないだろう。

それを理解するのは物語が紡がれた果て。

人が“振り返る”時。

其処に至るまでは。

それは知る必要など無い。

ただ己が身に宿す、確かな意志さえ有るならば。

人は紡ぐ事が出来るのだ。


圭森と孫権もまた、同じ。

己が意志を見失わぬ限り、その歩みを止めぬ限り。

時の流れと同様に。

進む道は途切れはしない。

遥かな果てへと続く。

その不確かな輝きの中を。

意志という灯りが導く。




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