表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第一章  血と泥に塗れど芽吹く
7/100

   7話


 東屋に正座する青年と、それを見下ろす様に立った美女が二人きりで居る。

もしも、その様子を端から観ている者が有るのならば恐らくは、こう思う筈だ。

「浮気でもしたか?」と。

つまり、ある程度の親密な関係性を持っている男女の喧嘩に類似した感じ。

それが今の二人の間に有る雰囲気だったりする。

そういった意味では圭森の感じ取った孫権の雰囲気は間違いではなかった。

当事者達の間に其処までの意識は無かったとしても。

主従関係や、友人・知人の間柄には見えない。

そういう距離感が今の二人の間には生じている。


勿論、それは二人に関して“何も知らない”者が見た場合の客観的な印象の話。

圭森が孫権によって屋敷に運び込まれた事を知る者は少なからず驚くだろう。

それは孫権の置かれている立場や状況も有る訳だが、何よりも孫権自身の性格上簡単には気を許さない事を孫権の周囲に居る者ならば理解しているからだ。


ただ、誤解され勝ちだが、人見知りという事ではなく単純に警戒心が──いや、用心深いと言うべきか。

簡単には懐に入れない。

それには彼女の母・孫堅の死も関係しているのだが、生来の気質が大きい。

母親似の愛嬌の良さは──砕けた言い方をするのなら“人懐っこさ”は彼女より姉妹に色濃く出ていた。

自由奔放で、天真爛漫で、お転婆娘な姿は亡き先代の若き日を知る者からすれば「血は争えないな」と思う位だったりする。

しかし、次女である孫権は容姿こそ一番母親似だが、性格的には真逆だった。

──否、亡き孫堅の名誉の為にも言うが決して孫堅は不真面目ではなかった。

決して、己の片腕で親友に「面倒だから」という事で仕事を丸投げにして逃げる真似はしなかった。

其処は、似てはいない。


孫権に対しての印象が悪いという事は無い。

姉・孫策に比べると彼女の性格的に近寄り難く厳しい印象は有るが悪感情を懐く民は先ず居ない。

但し、“真っ当な民なら”という前提での話だが。


当然ながら、悪人に対する慈悲など持ってはいない。

だから、そういう者からは嫌悪・憎悪されているが。

実際には、姉・孫策の方が彼女よりも苛烈である。

先ずは厳しい口調であれど諭そうとする孫権と違い、孫策は“悪・即・斬”だ。

ある意味、“面倒”を嫌う彼女らしい考え方だが。

その分、敵も出来易い。

尤も、そんな事を気にする質でもないのだが。


──とまあ、その様な訳で孫権の自他共に懐く印象は基本的に“堅物”である。

だからこそ、今の状況には驚いてしまうだろう。


ただ、現実には今の二人の様子を見ている者は無く、二人だけの世界である。

それ故に当事者達が自らの違いに気付きはしない。

互いが互いに対して懐く、芽生えたばかりの想いに。

二人の間に有る雰囲気に。


育まれ、蕾に至るか。

咲くか、枯れるか。

それは孰れ二人が導き出す未来(答え)次第。




 倒れそうになった圭森が落ち着き、安堵する中。

静かに彼を見守っていると彼は右手を動かしながら、笑みを浮かべた。

“何か”を思い出しながら確かめるかの様に。

その様子を見て、反射的に思い浮かんだ情景。

それに対する羞恥心から、彼に対して怒鳴った。

両腕で彼の右手に触られた自分の“胸”を庇って。


流石に今回は言い訳をし、慌て出した圭森。

しかし、直ぐに覚悟を決め地面に正座して瞑目する。

その潔さに私も冷静に為り彼の言葉が脳裏に甦る。

「自分に出来る事」。

それを確かめたかったから私との手合わせを望んだ。

それが確かめられたから、彼は嬉しさと安心した事で笑みを浮かべていた。

其処に他意は無かった。


そう、完全に私の勘違い。

勿論、女としては可笑しな反応ではないのよ。

まだ、そういう事が有ったばかりで、誤解してしまう様な行動をされてしまうと思考よりも感情が先に立ち決め付けてしまう。

被害者意識が強いからこそ起きてしまう勘違い。


ただ、誤解されると同時に私(相手の女側)に不快感を感じさせる様な行動をした彼(男側)にも非は有る。

正当化するのなら「勝手に勘違いした其方が悪い」と主張する所でしょうけど、勘違いする様な軽率な事を遣ってしまったという点は事実として覆せない。

その辺りを理解した上で、尚も「自分は悪くない」と主張するのなら納得出来る説明が必要不可欠。

少なくとも、それは不可能でしょうけどね。


だからこそ、圭森は潔く、私に対し軽率な行動だった事を認めた訳よ。

その御陰で私も過剰に彼を怒ったりしなくて済む。

彼は“後始末(けじめ)”を付ける為に今は私の判断を待っているのだけど。

…正直、自分を叱りたい。

真面目な状況なのに、私の裡では悪戯心がはしゃぐ。

「遣っては駄目よっ!」と叱咤する私よりも、何故か「でも、どんな反応するか興味無いかしら?」と囁く姉の悪い笑みと重なる己の誘惑に逆らえず──つい、想像してしまう。

浮かんだ光景が可笑しくて緩む口元を右手で押さえ、漏れ出す声を堪える。


──とは言え、真剣な彼を揶揄う真似はしたくはない…………という事も無い。

いえ、駄目なのだけど。

でも、遣ってみたい。

そんな気持ちが膨れる。


ただ、姉の様に自分が笑う為だけに揶揄うというのは私としては賛成出来無い。

遣られた事が有るからこそ本当に腹が立つ事が判る。

だから、私も彼も、互いに“悪くない”様な。

そういう方法は無いか。

真剣に考えるけど、そんな都合の良過ぎる方法なんて何処を探しても有る訳無い──事も無かった。

いえ、有るには有るけど、それは色々と拙い。

揶揄うというだけの領分を軽々と逸脱する気がする。


ただ、それを遣った場合の彼の反応──慌て振りに、自然と浮かぶ笑顔。

とても心地好く感じる。

想像しているだけなのに、満たされる自分が居る。




しかし、最終的には自分の羞恥心の方が勝った。

その考えを振り払う様に、頭を振って切り替える。

落ち着く為に深呼吸をする──直前で、気付く。

今、圭森は瞑目している。

つまり視界が失われる分、耳や鼻等の感覚が通常より鋭敏になっているだろう。

それは圭森自身が意識的に遣っいる訳ではないのだが自然と意識が向く。

その状況は芳しくない。


深呼吸をする事自体は何も可笑しな事ではない。

圭森が瞑目し、その直後に遣っているならば、だが。

実際には先程の私の笑いを堪えていた様子を、圭森は感じ取っている筈。

その状況で深呼吸している事を悟られるというのは…何だか気恥ずかしい。

心を見透かされている様な擽ったい気分になるから。

だから、一つ咳払いをして強引に意識を逸らす。



「んんっ…気にしないで、とは言えないけど…その…私も勘違いしていたから、お互い様という事よ

だから、頭を上げて頂戴」


「本当に、済まなかった」



そう私が言うと静かに深く頭を下げ、もう一度真剣に謝ってから頭を上げる。

その姿は見る者に因っては「遣り過ぎでは?」と思うかもしれない。

ただ私個人の意見としては非常に好ましく思う。


こういう時には女性の方が被害者意識が強いが故に、折れるという事は難しい。

だから彼の様に男性が自ら泥を被ってくれて、尚且つ単に見せ掛けだけではなく真剣に受け止め、言動にて示してくれる事は嬉しい。

勿論、此処で調子に乗って無茶な要求をする女性には同性として呆れるが。

そんな事は、私はしない。


圭森に右手を差し伸べると立ち上がる様に促す。

同時に繋がれる掌。

握手し、“仲直り”をする意味も其処に含む。

その意図を圭森も察して、笑みを浮かべて右手を出し私の手を握った。


二人で長椅子に座り直し、揃って深呼吸する。

特に深い意味は無い。

ただ、続け様に色々遇って乱れていた思考や気持ちを落ち着かせる為の物。



「貴男の力量は判ったわ

それで、どうしたいの?

私の私兵扱いで良いのなら直ぐに手配するわよ?」



彼なら侍従という立場より数は少ないけど、私の私兵扱いの方が動き易い筈。

力量は一兵卒よりも確実に上だから、下手に其方等に入ると混乱の元になる。

だから私兵の方が良い。

そう私は考えた。



「…いや、出来る事なら、孫権の侍従の方が良い」



しかし、彼から返ってきた答えは違っていた。




軽い驚きの中、それを彼に見せない様にして訊く。



「…理由を聞かせて」


「一応、自分の意識通りに身体が動く──つまりは、自衛手段は有ると判った

自分と孫権だけなら…多分ギリギリ大丈夫だと思う

だけど、軍隊──部隊での行動となると今の俺じゃあ足手纏いに為る

それは力量・経験の不足は勿論だけど、現状での俺は圧倒的に色々な知識が──情報が足りていない

だから、先ずは孫権の側で色々と学びたいと思う

そう遣って少しずつ自分に出来る事を増やしたいし、得手不得手も把握したい」



自分の右手を見詰めながら圭森は真剣な眼差しのまま私の問いに答えた。

それを聞き、納得する。

確かに彼の力量は高い。

だが、言い換えれば現状はそれだけでしかない。

その立場・役職に限らず、集団で行動するとなったら今の彼では先ず間違い無く周囲との間に齟齬が生じる可能性が高い。

それを懸念して、彼は先ず知る事を第一にした。

その姿勢に素直に感心し、同時に胸を打たれる。



(…少しずつ自分に出来る事を増やしたい、ね…)



その一言が私の胸に深く、真っ直ぐに、突き刺さる。

……いいえ、沁みてゆくと言うべきでしょう。


ずっと、幼い頃から有った胸の、心奥の“棘(傷)”。

ジクジクと、癒える事無く膿み続けていた其れが。

今、抜けて、塞がった。

そんな気持ちになる。


スッ…胸がすくのと違う。

胸が軽く為る様でもあり、胸を突かれた様でもあり、胸の痞えが下りた感じで、胸を撫で下ろす様でもある不思議な感覚。

何れもが似ているのだけど何れもが的確ではない。

ただ、はっきり言えるのは「それで良かったのね」と晴れやかな気持ちで笑顔を浮かべられるという事。



「それが貴男の望みなら、私は構わないわ」


「有難う、孫権」


「でも、私の侍従な以上、頑張って貰うわよ?」


「…御手柔らかに、頼む」


「善処してあげるわ」



「遣るからには厳しく」と言外に含めれば、彼は少し驚きながらも苦笑。

そんな雰囲気が心地好く、私は自然と笑っている。




 最終的な両者の合意にて方針が決まった後は色々と必要な事が待っていた。

先ず、屋敷内に住み込む為主だった人物に挨拶。

次に部屋の移動。

これは客人から孫権直属の家臣扱いに変わった為。

特に荷物も無い為、作業は侍女達に委ねられた。

そして何よりも重要となる衣服の準備である。

何しろ圭森には服が無い。

下着も含めて、何もだ。

その為、孫権に連れられて街に出て買い揃える事に。

それは所謂、デートだが…真面目な孫権にも、色々と一杯一杯な圭森には気付く余裕は無かった。

…終わってからは別だが。


そんなこんなで日は暮れ、自室で各々に身悶え終えて圭森は寝台に寝転がって、天井を仰いでいた。

静かに天に伸ばす右腕。

それを見詰め、呟く。



「……明らかに全盛期より身体能力が高いよなぁ…」



 自身の全盛期は一般的な男性と同様に二十代後半。

ただ、その当時の自分より今の方が確実に上だ。

元の34歳の肉体に比べる事は馬鹿馬鹿しいが嘗ての17歳の肉体よりも格段に能力は向上している。

まるで、これまでの能力を集約し、この新しい肉体に宿した様な感じだ。

単純に若返ったのではないという事は理解した。

しかし、それが何を意味し何を齎すのか。

正直に言って解らない。



(……不安しかないな…)



明るい未来が見えない。

ただ、孫権との関係自体は予想よりも良好だろう。

それが唯一の救いだ。

寧ろ、「あれ?、孫権ってチョロインだっけ?」等と思って心配してしまった。

何しろ、基本的に男口調な孫権が俺と話している時は素の女の子なのだから。

ゲームではなく現実だから“何気無い事”でも彼女の好感度(心)に影響するのは理解出来るけど。

勘違いしてしまいそうで、少し怖く為った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ