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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第三章 伸ばした掌が掴むもの
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   15話


 夕食を済ませ、五胡の動きを探りながら追跡。

捕捉していた五人は移動後、駐屯地の様な場所へ。

其処には百人程の五胡の部隊が有った。


当初、馬超は圭森に仕掛ける事を提案した。

領境付近に民を脅かす外敵が居れば排除する。

それは当然と言えば当然の意見だろう。

しかし、圭森は事の切っ掛けとなった二十人の事を指摘して馬超を宥めた。

目の前の脅威を無視する事は出来無い。

それは圭森とて同じ思いだ。

だが、一時の感情に流されて大局を見失えば更なる脅威を見逃してしまう可能性も十分に考えられる。

だからこそ、それを見極める為に圭森は堪える。

只目の前の獲物に襲い掛かるのは三流の狩り。

一流の狩りとは必殺の瞬間を逃さずに仕留める物。

その為には耐え堪え待つ事も必要だと言える。


駐屯地を視界に入れられる木々の中の岩肌。

其処に空いた小さな洞穴に身を潜める二人。

普通であれば見付かる可能性が有る場所だろう。

しかし、幸か不幸か、日没に合わせる様にして雨が降り始め、次第に空を厚い雲が覆っていった。

大雨とまでは行かず、風も殆んど無い。

そういう意味では圭森達に味方する雨だろう。


五胡の部隊にも移動する様子は無く、雨を凌ぐ為の準備を整え、変わらず其処に居る。

見張る側としては有難いと言えるのだが。

それと共に動きの無さが不気味でもあった。



「……なぁ、晶、お前はどう思ってるんだ?

連中の狙いは何だと思う?」


「……可能性としては二つだな

一つは手近な町を襲い略奪を計画している事…

もう一つは──西涼の要である馬一族への攻撃

この二つが可能性としては高いと思っている」


「やっぱ、そうかぁ…」



馬超の質問に圭森は遠慮の無い口調で答える。

馬超が望んだ事であり、馬超自身も圭森との距離が近付いた感じがして嬉しく思っている。


ただ、それは心の距離の話。

身体は、これ以上無い位に密着していたりする。

だが、それは当然の事だったりする。

洞穴は入り口は五歳程の子供が膝を抱えて座る位の大きさで、その奥は胃袋の様に広くなっている。

ただ、広いと行っても大人二人が入れば狭い。

当然、密着するのは仕方の無い事だろう。

しかし、二人の場合、身体を冷やさない為にという理由も有るし、眠っている間に何かが有った場合に直ぐに反応出来る様にという意図が有っての事。

決して、不純な動機からではない。


……ただまあ、洞穴の奥の壁に背を預ける形で座る圭森の足の間に、圭森に背を預けて座っている馬超。

互いにを“保温材”として機能させる為には隙間は出来る限り少ない方が良い。

だから、圭森は馬超を抱き締め、馬超も遠慮せずに圭森に身体を預け寄せている。



(……これって…あ、アレだなんだよな?…)



馬超は自分の臀部に感じる硬さと熱さに、話でしか知らない“男の性”を思い浮かべ内心で狼狽える。

別に、嫌だという訳ではない。

寧ろ、馬超としては嬉しい事だったりする。

愛する圭森(おとこ)が自分を女として見てくれている。

それを、はっきりと感じられるのだから。


曹操からの返答が届いた後、圭森は馬超に曹操達と夫婦であり、子供が居る事は伝えた。

その上で、正式に婚約し、真名を交換している。

馬超にとっては驚きではあったが、納得も出来た。

圭森程の男が独り身という場合、余程に想い続ける相手が居るのではないか。

そう考えてしまうのは、可笑しな事ではない。

実際、黄忠達との関係を勘繰ったりもした。

だから、圭森の立場を聞いて納得が行った。


ただ、同時に不安も懐いていた。

そういう男ではないと解ってはいても“政略結婚”という言葉が脳裏を過ってしまう。

それは仕方が無い事だと言える。

そんな中、圭森が自分を女として求めてくれる。

それを実感出来て、馬超は安堵している。


馬超は女としての自信が無かった。

容姿が悪くはないのだとは判ってはいるが。

「黙っていれば…」と母や従妹に言われていれば、「どうせ、男みたいなアタシなんか…」と過小評価してしまうのは当然だと言えた。

馬騰達としては指摘して改善を促したいのだろうが結果としては馬超に「女としての魅力は無いな」と刷り込ませてしまった訳だ。

叱って伸ばすか、誉めて伸ばすか。

それは手段の良し悪しではなく、相手(ひと)を見て始めて意味が有る事だと言えると思う。


尤も、馬超の場合に関して言えば、結果的に圭森と一緒に成れるのだから問題は無いのだが。

ただ、こういう状況で“初めて”というのは抵抗が全く無いという訳ではない。

馬騰からは「彼は経験者だから任せて置きなさい」と言われているし、自分も同じ様に考えている。

だから、圭森に求められれば応じるつもりだ。

色々考えると訳が解らなくなりそうだから、馬超は早々に考える事を止めていた。

実に彼女らしい割り切り方である。



「…とは言え、町を襲うにしては少数だ

村邑が狙いなら可笑しくはないが…」


「…ああ、此処からは遠いからな…」



互いに気付きながらも先ずは必要な話を優先する。

圭森自身、内心では馬超が可愛くて仕方が無い。

「これは卑怯だ…」と白旗を振る位に。

孫権・曹操も可愛いのだが、二人は共に肉食だ。

馬超は食事こそ男勝りな肉食系だが、恋愛方面では完全に草食系だと言えた。

因みに、当然だが、黄忠も肉食である。

そんな恋愛事情だからこそ圭森は馬超に惹かれる。

尤も、普通の男だったなら我慢が出来無い状況でも自分を律し、御す圭森の精神力は凄いと言える。



「そう考えると馬一族狙いの可能性が高い…

そうなると、馬騰殿が病だという事を知っている

その可能性も十分に考えられるだろう」


「……内通者か?」


「いや、そうとは限らない

それを確かめる為に深入りしていた可能性は有る

少なくとも、此処に居る部隊は尖兵だろうな」


「…まあ、そうだよな

彼奴等だって馬鹿じゃないんだ

高々百人程度で攻め込む真似はしないよなぁ…」



そう言って納得する馬超。

普通に考えて、百人程度で馬一族に喧嘩を売る事は有り得ないと言える。

ただ、僅か二十四人で西涼を陥落させられるという自信を持っていた人物が傍に居る事は知らない。

勿論、それは全ての交渉材料(カード)が通じなかった場合の最悪最低としての手段としてだが。

何れにしても、知らなくてもいい事ではある。



「……“釣り出し”か…」


「それって、つまり…あの連中は最初っから捨て駒だったって事か…巫山戯やがって…」



言いながら嫌悪感を露にする馬超。

圭森にしても馬超の気持ちは理解出来る。

もし、自分達が考えている通りならば、五胡の方は犠牲を問わずに仕掛けて来ている事になる。

それは脅威だが、それ以上に命を使い潰す遣り方が馬超は気に入らないのだと。

勿論、その遣り方に賛同する気は無い。

ただ、弱者が強者を倒す為に手段を選べない事には否を唱える事は難しいと言えた。

甘ったれた理想論では勝ち残れない。

仮に理想を口にしても、その手段は結局は理想とは真逆だったりする。

そんな事は珍しくはないのだから。


それは兎も角として、今は現状が大事だ。

圭森は五胡の狙いが釣り出し──餌を使い、馬騰(えもの)を巣穴から引っ張り出すのが狙いなら。

今回の自分の判断は悪手だったと言える。

だが、仮に「此方が動かなければ、五胡は動かずに退いていたのか?」と訊かれれば、否だろう。

釣果の有無に関わらず、五胡は動く筈だ。

これは、決して探りではない。

そう圭森は確信を持つ。



「……明日の夜明けまで待っても動きが無ければ、俺達も馬騰殿達本隊に合流する

だが、それまでに連中が動けば──裏を突く」


「…………晶、悪い顔してるぞ?」


「そう言う翠も嗤っているが?」



互いに茶化す様に言い、笑みを浮かべ合う。

馬超にしてみれば“売られた喧嘩”を買わないのは怯えて逃げ出すのと同義。

だからこそ、遣り返して遣れる事が面白い。

単純に叩き潰すのではなく、嵌めようとする相手を逆に嵌め返して、という部分が自分に出来無い事で新鮮だったりするからだ。

…それと、不謹慎だが圭森の活躍も見られる。

そういう期待も密かに有ったりする。


圭森としては此処で五胡の一部を叩く事が出来れば将来的な危険の芽を摘む事にも繋がるからだ。

史実の五胡は匈奴・羯・鮮卑・柢・羌の漢族以外を指すのだが、原作では扱い方としては、五胡という一つの勢力として扱われている。

現実としては、羌族の大半が漢族と交わり馬一族、西涼の民の祖先と成っている。

匈奴は漢族に吸収され勢力的には滅亡し存在せず、鮮卑は漢王朝とは距離を置いている。

羌族の一部と羯・柢、更に南西部の異民族を纏めた一大勢力を五胡と称している。

数を削れる事も大きいが、それ以上に恐怖を与える事が出来るのは後々に意味が出る。

馬一族の治める西涼の安定の為にも不可欠。

そういう意味でも、此処で勝つ事は重要だ。



「そういう訳だから、今は休んでおけ」


「…アタシだけ寝るのは悪い気がするけど…

仕方が無いって言われると言い返せないからなぁ…

……けど、その……いいのか?…」



話を終え、いざという時に備えて休む様にと促した圭森に馬超は自分の御尻を押し付けて訊き返す。

馬超の言葉が意味する所を理解し、圭森は苦笑。

馬超を抱き締める腕に少しだけ強く力を込める。

言葉で伝える事も大切だとは思う。

ただ、それと同じ様に行動で示す事も大切だ。


身体を捩り、静かに目蓋を閉じる馬超。

顔は圭森を見上げている格好のまま。

応える様に圭森も馬超に顔を寄せ、唇を重ねる。

息苦しくならない程度の長さで、触れ合うだけ。

そっと離れた濡れた唇を、夜の空気が撫でる。

ひんやりとした感覚が、切なさを増加させる。

無意識に求める様に身体を動かし、今度は馬超から圭森の唇へと自らの唇を重ねる。

圭森は拒む事無く、馬超の動きを補助する様にして力加減と腕の位置を変える。

その結果、馬超を“お姫様抱っこ”する形になり、馬超は両腕を圭森の首へと回していた。

重ねるだけの口付けは、吐息と水音を交える。

経験も知識も無い馬超だが、何かに導かれる様に、圭森を強く求めていた。



「…ふっ、ぅんっ……ぢゅっ……ひァんっ……」



それは圭森も同じだった。

「キスまでなら許容範囲内」と決めた筈が、左手は馬超の背中を通り越して左丘に指を埋めていた。


驚きはしても拒まない馬超。

それよりも嬉しくて仕方が無かった。

圭森が妻子の有る身だと知った時、会った事の無い二人の女に不安になり──激しく嫉妬していた。

憎んだり、恨んだりはしない。

ただ、羨ましかった。

自分が女に生まれてきた事が幸せだと。

そう思えるのは圭森に出逢えたから。

だから、自分よりも先に出逢った二人が羨ましく、同時に胸が苦しくて切なかった。

そんな想いが、雪が溶ける様に薄れてゆく。

蕾が開く様に、歓喜が広がり、咲いてゆく。


圭森に触れる事、触れられる事、場所は関係無く、その全てが嬉しくて仕方が無い。

幼い頃、熱に魘された記憶が甦る。

しかし、似ている様で、全く違っている。

炎天下で、喉が渇いているみたいに。

ただただ圭森が恋しくて、欲しくて、求める。


それでも、夢から醒める様に終わりは訪れる。



「────ぁ……」



小さく溢れた声は今にも泣き出しそうで。

自分が言った筈なのに、物凄く恥ずかしくて。

顔を隠す様に圭森の胸に抱き付いてしまう馬超。


その馬超の頭を優しく撫でながら圭森は抱き寄せ、外套で二人の身体を包み込む。

馬超の耳許に「おやすみ、翠」と囁きを落とす。

普段なら心臓が跳ね上がりそうなのに安心し、急に眠気が襲ってきた馬超は抵抗せずに意識を沈める。

圭森が氣を使った訳ではない。

単純に日中の慣れない行動と緊張から来る疲労。

そして、キスとは言え、圭森に女として受け入れて貰えた事による安堵から。

馬超は寝息を立て始めていた。


そんな馬超を見詰めながら、圭森は自らの裡で戦う理性と本能の行方を他人事の様に傍観する。

夜を染める雨音に、欲を洗い流しながら。




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