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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第三章 伸ばした掌が掴むもの
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   10話


 慣れ親しんだ景色とは違う、見慣れない天井。

気を抜けば焦点が合わず、ボヤけてしまう。

激しい睡魔と倦怠感に抗いながら、意識を保つ。

気を抜けば、あっと言う間に意識を奪われる。

そう確信出来る状態で、何とか声を絞り出す。



「……華佗…馬騰殿は?…」


「大丈夫だ、完璧に病魔は滅した

後は、しっかりと療養すれば元気になる」


「……そうか…有難うな…」


「礼を言うのは俺の方だ、圭森

お前の協力が無ければ馬騰を救う事は出来無かった

お前が居てくれたからだ、有難う」



「俺が生きているのは華佗が助けてくれたからだ」と出そうになった言葉を飲み込む。

言い返し続ければ切りが無い話だからな。

まあ、御互いに感謝している事が伝われば十分。

変に意固地にはならない様に引き際は見極める。


安堵と共に一息吐いて目蓋を閉じる。

眠る訳ではなく、治療を回想する為だ。

緩慢な思考の時は行動を伴わせて促す。


まあ、俺が治療した訳ではない。

俺の役割は簡単に言えば予備供給機。

馬騰の不足する氣を補いつつ、華佗にも供給する。

言葉にすれば、それだけなんだが、これが至難。

我ながら、よく頑張ったと言いたい。

嗚呼、華琳と蓮華の温もりが恋しい。



(…やれやれ、本当に末恐ろしい才能だな…)



 馬騰の治療を終え、気を失った圭森。

翌朝、様子を見に来た所で目覚めた訳だが。

正直に言って驚くしかなかった。

氣の総量は自分の知る限り大陸一だと言える。

しかし、それ以上に驚愕させられたのが回復力だ。

死亡と紙一重の枯渇ギリギリまで消耗していながら翌朝に目覚めるというのは自分には先ず不可能。

今は亡き師や、代々の華佗でも不可能だろう。

それ程に、圭森の回復力は驚異的だった。


そして、もう一つの彼の天賦の才能。

それは氣の純化精度と同調技術だ。

氣の同調は我が五斗米道の業の基本中の基本。

その適性の高さは彼に指導した時に感じていた。

──とは言え、本来は何年もの時を費やす事により研き上げていく物だ。

自分の様に師を持ち、指導を受け続けても約五年の歳月を費やして身に付けた。

そんな師の居ない圭森が此処まで成長しているのは絶ゆ間ぬ日々の努力と、強い想いから。

そして、幾度も無茶を繰り返した結果だろう。

本来であれば、説教をし諭すべき事なのだが。

結果として、それが一人の命を救った訳だ。

……いや、そうではないな。

恐らく、圭森は今日までにも多くの者を救った。

それこそ、己が命を削る様に愚直なまでに。

その一念が短期間で技術を研き上げたのだろうな。

改めて、大した男だと思う。


ただ、それは可能性として十分に有り得る事。

決して可笑しいとは思わない。

だが、圭森の氣の純化精度だけは別物だ。

はっきり言って嫉妬を禁じ得ない才能だ。

氣というのは生命の個体毎に固有の物だ。

どんな存在でも似ている事は有れど同一ではない。

だから、治療時には氣の同調技術が必要不可欠。

その際、自分の氣を如何に限り無く純化出来るか。

それは代々の華佗が研鑽を繋ぎ続ける命題だ。

それを圭森は独自に略完成させている。

恐らく、もう数年──いや、日々の努力を絶やさず続けたなら二年と掛からずに完全な純化が出来る。

そう、確信させる程に圭森の精度は群を抜く。


“天賦の才能”だと言えば、その通りだろう。

ただ、その性質を危うく感じてもいる。

純化の精度は“自己の虚無化”の精度とも言える。

技術という意味では物凄い事なのは間違い無い。

だが、そのままでは圭森が消えてしまうのでは。

そんな不安が胸中に渦巻いてしまう。



「……なあ、圭森?

お前は、その力を以て何を成すんだ?」



つい、心配になって訊いてしまった。

口に出してから、訊くべきではない事だと気付くが既に手遅れだった。

自分を殴り飛ばして遣りたくなる。

圭森は目蓋を開けると、右手をゆっくりと天井へと伸ばして、その掌を握り締める。



「…………俺には華佗の様な慈愛の精神は無い

ただ、愛する者達と共に笑顔で生きたいだけだ…

その為に、この力を使う…

それは活殺問わずにだ…」


「…お前は俺以上に深い覚悟を持っているんだな」


「……そうか?」


「ああ、だからこそ、安心したよ

お前は決して間違わない、とな」


「…………それは買い被り過ぎだな…」


「ははっ、なら、そういう事にしておこう」



一見して自己犠牲精神が強い様に思える圭森。

だが、しっかりとした芯が彼には在る。

自分を見失う事は無い。

自分を犠牲にする事は無い。

ただ、出来る可能性が有れば無茶を躊躇しない。

危なっかしくもあり、勇敢だとも言える。

成熟した思考と精神、無垢な感情と行動力。

老獪な翁と無邪気な童。

その二つが共存している様だと感じてしまう。

そんな真逆な性質を支えるのが、彼の強い想いだ。

彼が愛し、彼を愛する者が居る限り、大丈夫だ。

そう確信する事が出来て嬉しく思う。




 圭森の部屋で華佗と二人で話している頃。

馬騰の部屋に、馬騰の眠る寝台の傍に馬超が居た。

その目元は赤く腫れている。

泣き腫らしていた。



「……ったく、何なんだよ、本当に…」



 鼻を啜り鳴らしながら呟く様に愚痴る。

病だという事は知っていた。

だが、治療をしている筈の華佗から「手遅れだ」と言われるとは思わなかった。

信じたくなかったし、考えたくもなかった。

そんな放心と絶望の中、圭森から出た一言。

其処から次々と話は進み、そして──華佗の口から「もう大丈夫だ、完治した」と聞いた瞬間、思わず泣き出してしまった。

それも気を失うギリギリの状態だった圭森の胸で。

私が落ち着くまで笑顔を浮かべて抱き締めてくれて──退室してから倒れた事を後で聞かされた。

頭で、心で、申し訳無さ・恥ずかしさが渦巻く中、それを塗り潰す様に嬉しさが湧き上がってくる。

同時に、「彼を失ってしまったら…」と考えたら、胸が締め付けられて苦しくて──泣いていた。

母さんの時以上に、泣いてしまった。

だから、直ぐにでも圭森の様子を見に行きたいって思っているのに、何故か妙に恥ずかしくて行けずに母さんの部屋で愚痴っている。

……うん、客観的に考えたら酷い娘だよな。

けど、勝手に娘のけっけけ結婚相手を決めたんだし御互い様だよな、うんうん。


一つ、大きく深呼吸する。

そうして思考を切り替え、改めて考えてみる。

自分と圭森の結婚は確定したも同然だ。

馬家と一族の為であり、西涼の民の為でもある。

もし、客観的に同様の話を聞いたとしたら、自分は「まあ、そういう事も仕方無いよな」とか言う筈。

それ位に、ある意味では当たり前な話だ。

だから、「仕方無いよな…」と諦念を懐いた。


それが今は逆転してしまっている。

母を命懸けで助けられた大恩は勿論有るんだけど、それ以上に自分に向けられた優しさが嬉しい。

一言で言ってしまえば、“惚れている”んだろう。

初めての感覚だから正しいのかは解らないけど。

でも、間違い無いと思っている。

だから、圭森と一緒に成れる事は嬉しい。

それは嘘偽りの無い本心だ。


ただ、不安に思う事も有る。

圭森は優秀だし、格好良いし、優しいし、賢いし、はっきり言ってモテる気がする。

独身とは限らないし、もし仮に独身だったとしても恋人が居ないという気はしない。

そう考えたら、相手から憎まれるかもしれない。

圭森の手前、表には出さないとしても。

ギスギスした関係になる可能性は低くない筈。

“後から”という立場だから後ろめたさは有る。

けど、退く気も無いのも確かだ。

それに出来れば仲良くしたい。

だから、真っ向から打付かろうと思う。

自分が彼是上手く言えるとは思わないしな。

自分らしく、向き合おうと思う。



「……っし!、頑張るか!」



両手で頬を叩いて気合いを入れる。

ウジウジしているのは自分らしくない。

何より、彼是考える事自体、苦手なんだから。

だったら、兎に角、行動有るのみだ。

取り敢えず──蒲公英の奴を捕まえてからだな!。



「…………やれやれ、我が娘ながら鈍いわね…」



 部屋から馬超が出て行き、十分に足音が遠退いた事を確信して、馬騰は目蓋を開き、嘆息した。

実は、馬超が泣いている間に意識は戻っていた。

母として泣いている娘に声を掛けたかった。

しかし、娘が彼の名を口にした事で止めた。

別に自分を心配し無事を喜び泣いていたのではない事を不満に思って、ではない。

見た目だけで全く色気が無かった愚娘が泣きながら圭森(おとこ)の名を口にしているのだ。

女として、その成長を妨げる訳にはいかない。

だから、寝た振りを続けていた。

途中、病から解放された身体が回復する為の催促を訴え掛けたが、気合いで抑え込んだ。

……まあ、恥ずかしという気持ちも有ったが。

折角の揶揄い話が──いや、娘の成長の瞬間を邪魔したくはなかったから。

尤も、寝た振りに気付かない娘には頭が痛い所だが少々間抜けで御馬鹿な位が圭森の様な男には受けが良いのかもしれない。

そう考えれば、幾らか気は楽になる。



「………圭回朋、ね…」



天井を見詰めながら、彼の名を口にする。

別に娘の様に懸想している訳ではない。

確かに彼は魅力的だとは思うが、自分は既に本気の恋愛をするつもりはない。

間違い無く、亡き夫が最後だ。

まあ、身体だけの関係なら、有りかもしれないが。

流石に娘達に刺されそうなので止めておく。


それはそれとしてだ。

正直、今の状況を面白いと思ってしまう。

もし、彼が居なければ、私は曹操に降る事は絶対にしなかっただろう。

或いは、彼が私の前に現れていなければ、だ。

勿論、曹操が彼との関係を伝えてきた事も大きいが結果を左右する程ではなかった。

真っ向から私と対峙し、説き伏せて見せたのだ。

そう、間違い無く、自分は彼に屈した。

結果的に、それが全てだと言える。


その上で、他の事が絡んでくる。

娘を娶って貰う以上、彼は私の義息となる。

そして、その彼と伴侶である曹操は謂わば義娘。

彼という存在一つで、無用な争いは回避された上、私達は手を取り合い、結われてる事になった。

本当に面白い話だと言える。

まさか、この歳で子供が一気に増えようとは。

正直な話、考えてもいなかった事でもある。

何しろ、生きている間に孫の顔を拝めるとは微塵も思ってはいなかったのだから。

だが、そんな諦念でさえ彼に覆された。

成る程、あの黄忠()が惚れ込む訳だわ。



「……ふふっ、貴男、陛下…

どうやら、まだ暫くは会えない様ですね…」



まだ陛下は存命ではあるが。

その生命の灯火(とき)は尽き掛けている。

病ではない以上、華佗や圭森でも打つ手は無い。

だから自分も後を追う形になると思っていた。

それが、こうして生きている。

ならば、自分には遣るべき事が有る。


彼女達であれば、大丈夫だとは思う。

けれど、それは絶対ではない。

だからこそ、自分が生きている間に示す。

漢王朝が衰退し、滅亡へと至った原因を。

馬一族の、西涼の民の新たな未来(みち)を。



「……全く…年寄りは労うべきでしょうに…」



そう愚痴る様に言いながらも、自然と口許は緩む。

五十年近く生きてきた。

それでも、今程に心が躍る感覚は記憶に無い。

幼少期の無垢だった童心とは似て非なる物。

海千山千の老獪な妖怪達を相手にした事とも違う。

何方等でもなく、何方等でもあり、全く異なる。

文字通り、未知への挑戦。


その“愉しみ”を自分にくれた圭森に感謝する。

死んでしまっていたら味わえなかった事。

彼が命懸けで繋いでくれた、生命の灯火(とき)

それを決して無意にはしないと誓う。


ただ、出来れば早く孫を抱かせて欲しい。

別に十年位なら、娘が長として務めが出来無くても一向に構わないので、娘と共に一人とは言わずに、沢山励んで貰いたい。

何なら、蒲公英も娶ってくれても構わない。

形式上は姪では有るが、実質的には娘も同然。

その子供は自分にとっては孫も同然なのだから。


目蓋を閉じ、心地好い気怠さの中、未来(ゆめ)を懐く。




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