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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第二章  歩み往く先に有る夢現
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   21話


 曹操が皇帝に謁見をするよりも少しだけ早く。

遠征を終え、荊州に戻った孫策は“引っ越し準備”を周瑜な任せると真っ直ぐに袁術の屋敷へと遣って来て難無く謁見を果たす。

普通の謁見だったのならば張勲がのらりくらりと躱し焦らしながら時間を稼ぎ、狙いを探る事だろう。


しかし、これまでの孫策は“仕事は必ず遣ってきた”事も有るし、その報告等も欠かしてはいない。

何故なら、それは袁術──張勲に対し、付け入る隙を与えるのも同じだから。

その為、そういう隙を一切見せない様に努めていた。

勿論、張勲も理解していて隙を窺ってはいるが。

当然ながら見せはしない。

互いに判っている。


その上、張勲は孫策達には“頼るべき相手が居ない”事も理解している。

孫策達は有能だ。

麾下に加わるのなら誰しも欲しがるだろう。

だが、実際には逆だ。

誰も欲しがらない。

“紅虎”の遺児が従うとは誰も考えてはいない。

懐に入れれば食い破られて自分が屍を晒す事に為る。

そういう存在だと孫策達は考えられている。

だから袁術の下にも孫策は客将という立場でいる。

その関係に忠誠は無い。

事実、孫策は袁術を主とは一度も思ってはいない。

自分達が力を蓄え、機会が訪れるまでの間の宿り木。

用済みに為れば食い殺し、巣立つだけだと。


そんな関係だからこそ。

張勲は孫策を縛り付けられ利用出来る事を確信して、孫策も従うしかないのだと一切疑ってもいない。

それが、致命的となる。



「──という訳よ」


「そうか、残念なのじゃ

期待しておったのじゃが…

のぅ?、七乃?」


「はい、お嬢様、残念無念がっかりがっくりですねー

期待外れ過ぎですねー」



此処ぞとばかりに二人して孫策を馬鹿にする。

「戦功が全く無かったって訳じゃないでしょ?」等と口にしても言い訳。

「大体、貴女達は遠征すら遣ってないじゃないの」と言いたいが言っても無駄。

孫策は悔し気に睨む。



「……そうね、言い訳すら出来無いわ

素晴らしい貴女に私なんて相応しくないわよね?」


「うむ、そうじゃな

妾には相応しくないのぅ」


「──ぇ?」


「なら、私達は貴女の下を“御暇”させて貰うわね」


「うむ、判ったのじゃ

さっさと行くがよい」


「〜〜〜〜〜〜〜っ!!??」



下手に出る孫策との会話の意味を疑いもせず、袁術はふんぞり返って言う。

言ってしまった。

その瞬間、張勲の顔からは血の気が引いていった。



「それじゃ、さよなら」



袁術に一礼し、張勲にだけニヤッ…と嗤い掛けると、小さく口を動かす。

「会わないと良いわね?」と無言の宣戦布告。


引き留める為には今よりも権力を与える事が必要。

何故なら、袁術から孫策を“切った”のだから。

それが出来無い事を張勲は誰よりも理解している。




周瑜の読み通り。

御馬鹿な袁術を上手く乗せ言質を取って遣った。

その瞬間の張勲の表情には長年遣られて溜まっていた鬱憤が幾らか晴れる思い。

流石に綺麗さっぱりにとは行かないのだが。

取り敢えず、思惑通りには袁術と関係を切れた。

張勲に打つ手は無い。


そして“先行した”穏達が既に移住を開始している。

“江東”に向かって。


 何故、江東なのか。

何処の誰かも判らない。

けれど、私の望みを知る。

それなら、向かう場所など一つしかない。

江東に向かう事で袁術達の目も欺けるでしょう。

それが冥琳による意趣返し込みの一手だったりする。



「──約束通りね」



そして、あの時と同じ様に唐突に背後に現れる。

振り向く事もせず、近くの茶屋へと入ると少し遅れて背中合わせに席に座る。

本当に隙が無いと思う。

それだけに、あの超堅物の妹が信頼するのだと。

自然と納得も出来た。


 待ち望んでいた瞬間。

しかし、驚きはしない。

何時、何処で。

そんな約束はしていない。

だが、孫策は真名を預けた男が現れるだろう頃合いを何と無く予測していた。



「それで?」


「揚州に入ったら豫州へ

其処で顔合わせを」


「判ったわ」



たったそれだけの会話。

だが、それで今は十分。

今は上手く運んではいるが事が成った訳ではない。

慎重に慎重を重ねて。


背後の気配が消え、孫策は伸びをしながら僅かに顔を後ろに向けるが、其処には誰も居なかった。

いや、正確には自分の知る真っ黒な姿や怪しい人物は見当たらないだけで。

普通に茶屋は賑わう。

だが、店に入ったばかりで出て行った人物が居たとは思えない店内の様子。

まるで、“その存在自体に気付いていない”様に。

人々に変化は無かった。



(……蓮華、貴女の彼氏、生きてる人なのよね?)



此処には居ない妹に向けて孫策は心の中で訊ねる。

亡霊を相手にしている様な不気味さを残して去ったら薄ら寒くなるのも可笑しな事ではないだろう。

似た様な事が出来る人物が身内に二人は居るのだが。

それはそれ、違うのだ。


そんな違う不安を忘れる為孫策は頼んだ御茶と甘味に意識を傾けて味わう。

切り替えないと不安を拭う事が出来そうにないから。

ただ、本当は酒を飲みたい気分ではあるが、飲んだら周瑜に怒られるのは明白。

だから飲みはしない。

同時に、それは彼女なりの“願掛け”だったりする。

全てが無事に成った時は、思いっ切り飲む。

それまでは禁酒すると。

誰に言うでもなく。

言われた訳でもなく。

彼女自身で決めていた。

……鼻腔を擽る匂いに心は誘惑されそうだが。




孫策から指示を聞いた時、周瑜は概ね確信した。

話の相手は曹操だと。

勿論、その男がではない。

その男の“主”がだ。

今、自分達が豫州へと入る事が出来る時点で、それを可能に出来る者は限られ、自分達を抱え込めるだけの器が有るのは一人。

曹操以外に居ない。



(……曹操の下に、か…)



周瑜個人としては少し複雑だったりもする。

幼馴染みであり、親友で、“主従”でもある孫策。

彼女の才器が曹操に劣ると周瑜は思ってはいない。

寧ろ、後の乱世という舞台でならば、彼女は曹操とも遜色無く渡り合える。

そう確信している。

その才器を発揮させる事が自分の天命なのだと。

そう周瑜は考えている。


だからこそ、曹操に仕えるという事に抵抗は有る。

勿論、曹操の使者で孫権の想い人だろう人物の言葉は間違いではない。

「犠牲を覚悟してでも…」とは自分は言えない。

そういう意味では、今回の話は決して悪くはない。

独立に拘るよりも、曹操に仕える方が犠牲が少なくて悲願に手が届く。

頭では理解している。

ただ、心は複雑だ。

それは、どうしようもない事なのだろう。

そう周瑜も判っている。


軍師という観点で言えば、今の自分は失格だ。

個人の感情を交える事など有っては為らない。

判断が、思考が、偏るし、曇ってしまうから。

だから軍師は理論的に事を理解し組み立てる。

決して孫策達の様に“勘”任せにはしない。

間違いという訳ではないが軍師は遣るべきではない。

そういった事は孫策の様に才器有る者だけで十分。

だから感情は別物。



(…だが、恐らくは…)



周瑜は懐から紙を取り出し静かに見詰める。

閉じられたままの文。

それは華佗から受け取った自分の病を依頼した人物が認めた文であり、あれからずっと“御守り”代わりに持ち続けている。

その依頼者が孫権の想い人なのだろうと考える。

そう考えると孫家の未来は明るいと言える。



(…信じられる、か…)



その文を思い出し、自然と笑みが浮かぶ。

“貴女は孫家の未来に必要不可欠な方です。

だから生きて下さい。

そして、“御転婆な虎”の手綱を握っていて下さい。

切に、御願い致します。”という物だった。

その意図を理解してしまい疑念は容易く消えた。

“あの馬鹿”の面倒を見る事は悩ましくは有るが。

それを理解出来るのだから信頼出来てしまう。

どんな麗句よりもだ。




孫策が袁術の下を去る事は袁術側が対処するより早く内外に広まった。

それも経緯を強調した上で袁術側が容易には手出しは出来無い様に。

当然ながら、圭森隊による情報の操作と拡散であり、全て予定通りの結果。

袁紹並みに悔しがる張勲の姿に監視役がハイタッチし笑っていたのは余談だ。


総数三千人を越える孫家の大移住団御一行が予定通り揚州へと入り、その進路を豫州へと変えて五日目。

一行の視界に翻る旗。

刻まれるは“曹”の一字。

そして、二百名程だろう。

兵士達が整列している。


自然と生まれる緊張感から進行を止めた一行。

その中から、愛馬を降りて孫策が歩み出て止まる。

それに応える様に対峙する部隊からも一人が進み出て孫策の前に佇む。



「初めまして、孫策

“若き虎”の姫君

私は兌州・豫州を統治する曹孟徳よ、宜しくね」


「初めまして、曹操

私は孫家の当主・孫伯符、話題の“蒼天の覇王”様に御会い出来て光栄だわ」



互いに感じ取る才器。

バチバチッと視線が火花を散らす様に打付かり合い、闘気が攻めぎ合う。

一目見ただけで判る。

孰れ“同じ舞台”に立てる時代に選ばれし英傑だと。

それだけに、残念に思う。

運命が違えば、戦場に立ち対峙していただろう光景を脳裏に思い浮かべながら。

“選んだ未来”の為に。

未練は此処で捨て去る。



「此処に居る、という事は決断しているのよね?」


「ええ、勿論よ」



必要以上に時間を掛けても意味は無いと判断した為、曹操は話を進めた。

それに対し、孫策も余計な事は口にはせず、曹操へとはっきりと答えた。

そして、曹操の前で孫策は跪き、抱拳礼を取る。

そんな孫策に続き、背後に並ぶ孫家の一行が同じ様に抱拳礼を取った。



「今、この時より、我等の心命を貴女に託します

剣となり万難を排します

楯となり万難を凌ぎます

民が、子孫が、笑い合って生きられる未来の為に」


『曹旗の下、勝利と繁栄をっっっっっ!!!!!!!!!!!!』



一糸乱れぬ宣誓。

全ての者ではないだろうが覚悟は十分に伝わる。

違う筈の道が重なる。

似て非なる志が繋がる。

新たなる歴史の始端を。




曹操への臣従を決めた後、帯同していた兵士達により孫策一行は各々移住先へと分かれて案内される。


“黄巾の乱”により豫州は大きな被害を出した。

それは領人口にも言える。

其処で兌州からの移住や、孫家一行の非戦闘員である家族を定住させる事により復興の一助とする。

孫策達を取ると提案をした圭森の策の一部でもある。

実際問題、減少した人口の回復は年単位の課題。

それを最も手早く解決する方法が、民の移住。

──とは言え、その移住を簡単には出来無い。

法的な問題ではない。

道中の安全や移住後の生活保証だったりである。

それを解決出来るからこそ圭森は実行に移した。

ただ、現状では可能だが、次に同じ手は使えない。

しかし、それで構わない。

無傷に等しい兌州。

他より早く復興する豫州。

この二つを手中にする事で物質の自給自足率を大幅に伸ばす事が出来るから。

そういう意味でも、曹操は黄巾の乱の勝者と言える。


逆に、黄巾の乱の敗者は…恐らくは、袁術だろう。

主力の孫策達を失った上、彼女達を支持していた民の不安や不信感というのは、確実に高まっている。

黄巾の乱という“一揆”の側面を持った騒乱の直後。

当然ながら、袁術は民への慰撫や援助を行い、自分の支持を集める必要が出る。

その為には贅沢は出来ず、かと言って、我が儘放題の袁術が納得する訳も無く。

張勲を筆頭に、袁術家臣は頭を悩ませる事となる。

資金は無限ではない。

故に苦辛して捻出するしか方法は無いのだが。


袁術は理解していない。

ただ、我が儘を言うだけで何も理解していない。

その状況は袁術の家臣団に亀裂を生じさせるには十分だったりする。

今は表面化していなくても一度出来た亀裂は隠す事は出来ても、直せない。

時は戻らないのだから。


後々、舞台に上がるだろう有力な勢力。

それを自滅させる為に。

圭森は小さくも大きな罅を確かに刻み込んだ。

それが未知と為る流れに、どう影響するのか。

誰にも解らない。




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