19話
曹操が黄巾党を討伐して豫州を平定した事は各地に大きな波紋を広げた。
当然と言えば当然なのだが保身を第一としていた者は尻に火が点いた状態に。
勢いを取り戻しつつあった黄巾党は嘗て一度味わった敗北を思い出し。
民衆の声に気圧される形で朝廷は軍令を発した。
「これも狙い通り?」
馬を並べる圭森に、曹操は揶揄う様に訊ねる。
実際、その気はある。
「治める領地を越えてでも迅速に黄巾党を討伐せよ」という旨の軍令は“相手を選んで”届けられた。
その数は二十三。
だが、実際に兵を率いての遠征に乗り出せたのは半数以下だったりする。
大半は自衛で精一杯。
戦功は欲しいが、留守にし自らの領地を失った場合、功罪相殺により地位を失う可能性は高いだろう。
抑、黄巾党の本隊を相手に出来る戦力は無い。
だから、「誰でもいいから早く黄巾党を潰してくれ」というのが殆んどの本音。
欲を出す余裕すら無い。
それはつまり、この舞台に上がる役者は“最初から”決まっていた事になる。
無駄に軍令を出した理由は配慮ではなく“既成事実”を明確にしておく為。
「何故、誰彼には出して、自分には出さない!」等の言い掛かりを付ける連中を黙らせるのが目的。
政治とは“事前”が全てと言っても過言ではない。
それを見透かしていた上で圭森は仕掛けている。
その事を曹操は敢えて口に出して確かめている。
圭森の反応を判っていて、話を聞く者に“本当”だと誤認させる為に。
「狙いと言えば狙いですが元々朝廷の宦官達は後退は出来無い状態でしたので…
遅かれ早かれ同じ結果には為っていたでしょう
ただ、例の董卓軍は本拠の関係も有り間に合いません
参戦出来るのは有力所では四つといった所かと…」
「袁紹──は動けないわね
冀州の事だけれど黄巾党に構っては要られないし…
公孫賛・袁術麾下の孫策・それに劉備の義勇軍…
最後に何進大将軍様ね」
皮肉る様に、曹操は何進を“様付け”して呼ぶ。
しかし、圭森が考えている様に一応は有力勢力。
数だけならば最大だ。
董卓軍が参戦していたなら曹操軍とて簡単には戦功を得られないだろう。
この場合の戦功は黄巾党の首魁たる張角の首級。
それを得る事である。
実際、戦力的に考えるなら董卓軍が不在なら曹操軍の優位は殆んど揺るがない。
それに加えて、北郷という原作上の“呼び水”が居る以上は劉備の可能性ですら無いに等しいと言える。
これがゲームならば。
圭森は楽観視はしない事を常々念頭に置いている。
ネガティブな訳ではない。
ただ、僅かな気の緩みから犠牲を生む事を知るが故。
万民を救う気など無い。
英雄ではないのだから。
だから、自らの描く未来の実現の為に。
彼は静かに打ち進める。
袁紹は地団駄を踏みながらキーキーと喚き散らして、悔しがっていた。
頭では理解している。
冀州州牧の地位を手に入れ漢王朝十三州の中でも最も肥沃な領土を持つ事から、“王朝の穀蔵”と呼ばれる冀州を実質的に支配する。
その重要は判っている。
ただ、我慢は出来無い。
その一方、動けない袁紹を嘲笑う様に袁術──実際は張勲なのだが、戦功の為に孫策に遠征を命じ、自分は領地に出た賊徒退治という名目で“仮病”を使う様に軍令に応じた形だけして、孫策を働かせ“美味しい”所だけを頂く算段。
その振れの無さは見事だと圭森が感心する程だ。
そんな袁術──張勲の意を理解しながらも従う事しか出来無い孫策達が不満等を募らせているだろう事にも張勲は愉悦している。
公孫賛は黄巾党の被害自体小さかったという事も有り参戦して来ている。
元々の悩みの種は賊徒で、其方等は客将の趙雲や以前客将をしていた劉備一行の活躍も有り、解決済み。
「運が良ければ…」という淡い期待を懐いているのが彼女の実際の所。
主力の趙雲が「そろそろ、此処を御暇しますかな…」と考えているとは思ってもいないのだろうが。
彼女自身、“ずっと自分の元に居てくれる”だなんて最初から考えていない。
“居てくれないかな?”と期待しているだけで。
大将軍の地位に有る何進は兎に角戦功を求めている。
妹の御陰で得た地位だが、楽勝だと思っていた相手に気付けば追い詰められて、後が無くなっている。
黄巾の乱を終息されたなら名目上は役目を全うしたと言う事は出来るだろう。
しかし、今後自分が実権を握る機会は来ないだろう。
その程度は理解している。
だからこそ、是が非でも、最大の戦功が欲しい。
その為になら何進は使える駒を惜しみはしない。
全ては己が野望の為に。
そして──義勇軍の劉備。
公孫賛から独立する際に、募った義勇兵、約五千。
“天の御遣い”抜きの上で蜀ルートと僅かに千人しか違わない数を集めた彼女の人徳──カリスマ性は正に驚異的だと言える。
もし、“大平要術の書”を手にしたのが張角ではなく劉備だったとしても結局は同じ様に為っただろう。
桃髪・巨乳・天然と何故かキャラ被りしているのだ。
何も可笑しくはない。
それは兎も角として。
劉備は足りない頭を懸命に使って悩ませている。
最初は順調だった自分達も気付けば兵が離れて行き、今では二千人を切った。
それでも維持に悩む。
兵は仙人ではない。
食わずには生きられない。
「…はあぁ〜……何処かに物凄〜い財宝とか埋まってないかな〜…」
「そんな物、有りません」
「だよね〜…」
原作でなら、行け行け!、押せ押せ!、状態の劉備達義勇軍なのだが。
現実は非情である。
抑、超御都合展開に過ぎる蜀ルートでさえ、曹操から援助を受けなくては色々と厳しい劉備軍である。
別ルートで活躍している事自体が不自然だろう。
求めてはならい事だが。
劉備軍が困窮しているのは兵数や物資を鹵獲していた黄巾党の減少も有ったが、最大の要因は二つ。
諸葛亮・鳳統の不在。
そして、関羽しか義勇軍の切り盛りが出来無い事。
劉備も無能ではない。
しかし、甘い、甘過ぎる。
張飛の御強請りに「も〜、仕方無いな〜、だけど今回だけなんだからね〜?」と言って応じてしまう様に。
兵が「もう少し食事の量を増やして頂けませんか?」等と訴えれば、劉備は考え──応じてしまう。
そんな事の結果、義勇軍の懐事情は壊滅的に。
結果、関羽が遣る訳だが…問題が一つ出て来る。
義勇軍で調練を施せるのは関羽しか居ない。
張飛?、天然野性幼女様に“教える”技量は無い。
当然ながら、兼任する事で何方等も中途半端になる。
ただ、此処で劉備や張飛が「自分が頑張って、負担を減らしてあげないと!」と遣る気を出す姿というのは想像するのは容易。
その結果、“惨事”となり関羽から「自分が遣る」と言い切られ、手出しを禁止されるだろう事までだ。
それは悪循環でしかない。
じわじわと確実に衰退する義勇軍だが、そんな状況を打開する起死回生の一手が降って涌いて来る。
袁紹からの仕官の話だ。
劉備ならば飛び付く。
張飛ならば直ぐに頷く。
だが、関羽は違う。
彼女は超頑固で、潔癖で、正義感が強く、盲目的だ。
劉備を主君とする彼女には袁紹などは名ばかりの屑。
仕える価値の無い塵。
生かしておく事でさえも、赦し難い存在の一つ。
そんな輩に仕える?。
有り得る訳が無かった。
洗脳するか、人質でも取り脅さない限りは不可能。
当然ながら、劉備に袁紹の悪評を伝えて断らせる。
諸葛亮達が居ないだけで、劉備軍は容易く衰退する。
そう読んでいたからこそ、圭森は諸葛亮達を探し出し動向を見極めて、意図的に会わない様に誘導した。
抑、天の御遣いを探しての行動なのは蜀ルートのみの御都合設定と展開。
他では語られてはいないが天の御遣いを探した様には先ず思えない。
寧ろ、蜀ルートより蜀勢は優秀な気がする位だ。
蜀ルート“堕天”説。
可能性は有り得るだろう。
冀州の一地方、小さな邑。
人口僅か二百人。
長閑で、のんびりとした、時間の流れが外部から切り離されたかの様に。
人々が穏やかに暮らす。
そんな邑でさえも黄巾党は躊躇無く蹂躙する。
官吏達には見向きもされず“存在する事さえ知らず”消えた事さえ知られない。
有り触れた、小さな悲劇。
彼方此方で、毎日の様に。
何処にでも、起きている。
「あ、あの、助けて頂いて有難う御座いましゅ!」
「有難う御座いましゅ…」
頭を下げ感謝を口にして、同じ様に噛む二人。
この邑に滞在し、黄巾党の脅威から身を遠ざけていた諸葛亮と鳳統である。
二人の対面に佇みながら、視線を左脇へと移動させて「…この娘達が?」と疑う様な眼差しで訊ねる曹操に「そうだ、間違い無い」と圭森は小さく頷く。
二人だけの確認作業。
「貴女達が指揮をしていた御陰で多くの者が助かった
感謝するのは此方よ」
「……いいえ、曹操さんが来られなければ、そう長く持ちませんでした…
私達は…自分なら何とか…出来ると思ってました…」
「…でも…無理でした…」
「如何に武や智に長けても人一人に出来る事なんて、限られているものよ
だからこそ、善くも悪くも何かを成そうと考える者は権力や地位を望む…
“身の丈”に合わない者は破滅するだけよ」
曹操の言葉に二人は俯く。
苛めている訳ではない。
だが、元々ドSである為に二人の“苛めてオーラ”を前にして喉が鳴り掛ける。
愛する男の目の前。
其処で醜態を晒す様な事は流石に遣りたくはない。
必死に曹操は堪える。
だが、脳裏には閨で囀ずり悶えている二人の姿が。
「もし、晶と一緒に…」と色々と突き抜けてしまった想像に心が揺れる。
しかし、其処は気合い。
女としての見栄と誇り。
己を御して見せる。
「けれど、貴女達は生きて可能性を繋いだわ
さて、貴女達は何を望む?
己の才能を試す事?
更なる成長?
乱れる世の平定?
それとも──“新時代”を担う一柱と成る事?」
『────っ!!!!』
弾かれる様に曹操の言葉に二人は顔を上げる。
安い理想ではない。
覚悟有る高き志。
もう言葉は要らなかった。
于禁を隊長とし、邑の者を兌州へと移動させる部隊を編成し、送り出した。
州境まで行けば、その先は警備部隊でも十分。
圭森が築き、北郷が継いで確実に進歩させている。
その成果が出ている。
于禁も後を引き継いだら、再び合流する予定。
無駄無く、詰めてゆく。
「郭嘉・程昱に諸葛亮達…
よくもまあ、これだけ才能有る者達を見付けるわね
確か、司馬徽も貴男が自ら口説きに行ったのよね?」
「司馬徽殿は後進の育成、という事のみですが…
彼女の様に経験豊富な方が教鞭を取って下さるのなら後の人材も期待出来ます
口説いた、というのは少々語弊が有りますかと…」
「“女として”ではなく、“人として”口説いた事は間違い無いでしょう?」
「………そうですね」
“女として”嫉妬していた曹操は圭森を苛めて多少は気持ちを晴らす。
遠征中、二人の時間を作るという事は難しい。
不可能ではないが。
それは色々と拙い。
だから、こういう形でしか曹操も圭森に甘える機会が無かったりする。
圭森も理解しているが故に遣り合いながら受け止め、曹操に応えている。
それは兎も角として。
圭森の暗躍は諸葛亮達だけではない。
まだ加入が先の筈の郭嘉・程昱を探し出し、つい先日曹操の麾下に迎えた。
また、水鏡の名で知られる司馬徽も加えている。
彼女は歳は四十代後半だが能力は問題無い。
軍師ではなく、育成部門の責任者として招いている。
指導出来る人材は意外にも稀少だったりする。
「華琳様、諸葛亮達は?」
「そうね…郭嘉は春蘭に、程昱は秋蘭に付けたし…
諸葛亮は季衣、鳳統は流琉という事で行きましょう」
「判りました」
訊ねた荀彧は曹操の指示に一礼すると天幕を出る。
残るは曹操と圭森のみ。
まだ、夕餉には早い。
視線を交えると言葉は無く二人は身を寄せると静かに唇を重ね合う。
それ位しか出来無い。
それだけでも十分。
それ以上は止まれない事を互いに理解しているから。
暫し、愛を紡ぐ。




