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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第二章  歩み往く先に有る夢現
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   16話


 曹操軍により、要である物質集積拠点を失った事で黄巾党の動きは鈍った。

しかしだ、それは少し前の状況に後退したに過ぎず、致命傷には至らない。

だが、今にも洛陽へと迫る勢いだった事を考えれば、一時的とは言え、その脚を鈍らせる事が出来た。

その功績は大きい。


ただ、曹操は州牧だ。

兌州内でなら自軍を自由に活動させられるが、他では活動自体が困難。

何故なら、他の州牧達から“侵略”を懸念される為。

実際には、侵略など出来る訳が無いのだが。

疑心暗鬼に為った保守的な連中からすれば曹操の言で自分達は容易く“黒”へと落とされてしまう可能性を払拭出来無い訳で。

その為、民が犠牲に為って黄巾党が力を取り戻しても決して曹操だけには助けを求めはしなかった。


その煽りを受けたのは中央──所謂、官軍である。

一見すれば活躍の絶好機と言えるだろうが、兵士達は劣勢である現実を黄巾党に再び突き付けられた。

このままでは再び黄巾党が洛陽に迫る可能性が高いと考えるが、そう簡単に事は解決はしない。

考えている間にも黄巾党は勢力を取り戻し、更に増し巨大化していった。

だが、曹操は動かせない。

曹操の気性を知るが故に、彼等は曹操を遠ざけた。

その曹操を頼る事は自害に等しい事だからだ。


其処で十常侍の一人であり筆頭格である張譲は一つの書状を認め、使者を出す。

それは董卓という太守への助力を要請する物。

以前から手中に入れる隙を窺っていた有力な勢力。

出来れば、まだ時期尚早で動乱後が望ましかったが、背に腹は代えられない。


董卓は張譲の書状を受け、洛陽へと入る。

そして何進を大将軍とした大討伐軍を編成し、董卓の手勢も一角に加わる。

皇帝は各地の黄巾党討伐を何進に命じた。

それは曹操の下へと軍令が届いてから二ヶ月後の事。

どう判断するのかは、何を基準に置くかで異なる為、意見は様々だろう。


ただ、結果だけを見るなら劣勢だった戦況は董卓軍の加入により一転する。

特に、呂布という唯一人で黄巾党約三万を壊滅させた存在は大きかった。

黄巾党は慎重に為らざるを得なくなり、動きは鈍る。


しかし、それは結果として膠着状態へと為った。

客観的に見れば官軍の活躍による勝利にも思える。

だが、実際には大軍の為に維持費が馬鹿に為らない。

早期決着を想定していた為じり貧となるのは官軍。

無ければ奪う黄巾党と違い官軍は“略奪”は不可能。

その為、官軍の主力である董卓軍は“体裁上の理由”により官軍を離脱させられ拠点へと戻る事になる。


それが意図してだったのか偶然だったのか。

それは定かではないが。

官軍の“存在理由”により黄巾党に追い詰められる。

それは、董卓軍の加入から僅か一ヶ月後の事。

戦況は再び揺れ動く。




黄巾党は暴徒の集まりだ。

しかし、馬鹿ではない。

指揮官が居れば尚更だ。

自分達の重要拠点を落とし圧倒している曹操軍に対し態々仕掛けはしない。

“州牧は州の中でだけ”と理解している者が一人でも居れば考え付く事。

「兌州には手を出すな」と一言で問題は片付く。

態々死地に赴かなくても、漢王朝という国は広大。

他に幾らでも“遣り易い”場所は有るのだから。


そして、曹操の事を中央の連中が煙たがっている事を一人が知っているだけで、“曹操軍を封殺出来る”と考え付く事も、である。

事実、曹操軍は例の拠点を落としてから一ヶ月後には暇に為っていた。

いや、哨戒任務は有るが。

兌州内は黄巾党との騒乱が嘘の様に平和を取り戻し、着々と復興、各地の整備や防衛・警備の強化が進み、別の国の様である。


仕方が無い事ではある。

ただ、何も出来無いまま、大人しくしてはいない。

曹操を筆頭に先を見据えて牙を磨ぎ、注意を怠らず、“その時”に備える。

その中核を担っているのが他ならぬ圭森隊である。

三〜五人で組んで居れば、隠密行動や情報収集は最も得意とする任務である。

彼等は各地に扮装して潜り込んで活躍している。

時には官軍や黄巾党にさえ潜り込んでいた程だ。


そんな圭森隊の情報を元に曹操達は先を読む。

董卓軍の活躍は驚きだが、それ故に膠着するだろうと容易く読み切れた。

曹操は自分が何進であれば“手加減”は間違わない。

それが判らないから何進は無能さを露呈させた。

そう評価している。



「──という事です」


「そう…まあ、そう簡単に連中も動かないわよね」


「“囁き”ますか?」


「………いえ、待つわ

下手に誘導しては隊の者を危険に晒すだけだもの

動きが有るまでは現状維持だけで構わないわ」


「畏まりました」


「桂花、何か有る?」


「いえ、此方等も問題無く…順調過ぎる位です」


「良い事なのだけれどね」


「危機感に欠ける、という状態は脆い物ですから」


「回朋の言う通りね…

まあ、結果的に州内に居た賊徒は粗方駆逐出来たし、州内の整備も順調…

良しとしなければね」


「…それでは、孟徳様

模擬戦でも遣りますか?」


「おおっ!、名案だなっ!

華琳様、遣りましょう!」


「そうね…兵の実戦感覚が薄れるのは困るし…

ええ、いいでしょう」


「よし!、回朋!、お前に前回の借りを返すぞ!」


「…え?、え〜と…」


「…姉者、回朋は隊の者が殆んど不在だと忘れたか?

軍師として参戦する場合、前回と同じでは意味が無いだろうから、姉者と組んで遣る可能性が高いぞ?」


「何だとーっ!?」





州の領境を以て、内外では空気が全く違っている。

それは仕方が無い。

様々な思惑が折り重なり、入り混じった結果が現状の歪な状況を作っている。

それを崩す為には、誰かが動くしかない。

しかし、その為には大きな犠牲を伴う事は確か。

だから、動かない。


そういう状況だから時間は有効に使いたい。

そんな訳で催されるのが、曹操軍の模擬戦である。

少し前、黄巾党が利用し、曹操の名を大きく世の中に広めた一戦の有った場所。

其処で三軍が対峙する。

軍将に夏侯惇・典韋を置き軍師に圭森の青軍。

軍将に夏侯淵・楽進を置き軍師に荀彧の紅軍。

軍将に許緒・李典・于禁、軍師に北郷の白軍。

各軍千人を“新兵”を率い行われる模擬戦。

審判を務める曹操の合図で打ち鳴らされる銅鑼。

一斉に三軍が動き出す。



「ふふっ、どんな可能性を見せてくれるのかしらね」



出来る事なら参加したいが立場を理解している曹操は簡易設営の展望所にて戦を観戦しながら呟く。


今回、圭森は軍師に専念し直接攻撃は禁止されている事も有り、絶対視されてはいなかった。

ただ、あの夏侯惇を如何に制御するのか。

その手腕に注目されている事は間違い無かった。


一方で、軍師という立場の北郷にも注目は集まる。

戦力的な理由で唯一軍将が三人配置されているのだが彼が如何に活かすか。

その先の可能性を見る為に曹操達が意図的に配置した事を彼は知らない。


また、参加している兵達が全て新兵である事も意図的だったりする。

曹操軍の正規兵は今までの実戦も含め精強である。

しかし、その数は当然だが何万という規模ではない。

だから、常に新しい兵士は必要とされている。

今回は“模擬戦の公平さを保つ為に新兵のみ”という表向きの理由を示しながら実際は少しでも新兵に対し実戦の緊張感を味あわせて備える為だったりする。


利用出来るなら利用する。

今の限れた時間だからこそ特別な緊張感も生まれる。

軍将・軍師・新兵は勿論、見ている曹操や護衛達。

参加していない各軍将達の部隊の者達。

関わる者全てに何かしらの“糧”を与える為に。

企画者達は苦悩していたが今は解放された事も有って鬱憤の捌け口とばかりに、模擬戦に集中している。


尚、基本的には前回同様の条件だが、先に勝利軍には褒美が出る旨と、戦全体の最優秀賞と健闘賞が有ると通達されている。

因って、士気は高かった。




白熱した模擬戦の結果は、青軍の勝利で終わった。


その流れはというと。

開始直後、真っ先に青軍が紅軍に仕掛けた。

それは意外でも有った。

何しろ先頭を突っ切るのは夏侯惇であり“あの圭森が匙を投げた”と思える程。


それだけに一番焦ったのは紅軍の軍師の荀彧。

圭森のらしくない攻め手に思考は混乱を強いられた。

ただ、前回と同様であれば立て直せただろう。

しかし、今回は三つ巴。

“一番弱い軍”と自他共に認識していた北郷の白軍は紅軍を挟撃する位置を取り襲い掛かった。


慌て、北郷を罵倒する荀彧だったが、そう為ったのは彼女の普段の言動が故に。

北郷は同じ様に組むのなら自分にも普通に接している圭森を選んだだけ。

ただそれだけだった。


だが、それが全て。

圭森は夏侯淵・楽進の事を理解しているからこそ先に潰したかった。

荀彧が冷静に指揮を取れば三軍中最も手強く、最後に直接対決と為れば勝てると思えなかった。

だから真っ先に潰す。

白軍が挟撃し易い様に軍を動かしていたが、夏侯惇を先頭に置く事で注意を引き真意を巧みに隠した。


そして態と途中で夏侯惇を大将(自分)の護衛役として下げさせた。

代わりに典韋を前線に送り紅軍を撃破、白軍との直接対決へと持っていった。


典韋と許緒では武は拮抗、しかし指揮は典韋に軍配が上がっていた。

それでも李典・于禁を要す白軍は確実に押し始める。

その緊迫した状況で圭森は夏侯惇を白軍の北郷(大将)に向かって解き放つ。

限界まで引き絞られた弦が押し出すかの様に。

我慢に我慢を重ね、鬱憤も苛立ちも多々溜まっていた夏侯惇(矢)は白軍を貫き、北郷(標的)を射抜いた。


最優秀賞は典韋。

絶対に自分だと思っていた夏侯惇は曹操に強請る様に抗議の声を上げたが曹操は「春蘭、貴女なら北郷位は簡単に討ち取れるわね?、それに戦功という意味なら指揮をした回朋に有るわ、でも一番の要は流琉よ」と言って諌めた。

事実、圭森も典韋こそ一番相応しいと肯定した。


健闘賞には北郷。

期待以上に動けていた事を曹操以外も概ね認めた。

一部、不満そうだったが。

模擬戦は無事に終わった。




灯りの消えた部屋の中。

軋む寝台、擦れ鳴る布音、肉突の打音、糸引く水音、乱奏する息声。



「ふっ、んんっ、ぁあっ、もっ、晶っ、ん゛んっ!」


「ぅっ、くっ、華琳っ!」



闇の中、俯せの曹操の上に覆い被さる様にして圭森は昂る熱を注ぎ渡す。

その熱を受け迎える曹操は余韻の中、幸福を甘受し、抱かれる温もりに沈む。


何時からか、曹操の左耳に付けられているのは藍色の片翼の耳飾り。

それに付いて、態々曹操に問う者は居ない。

あの夏侯惇でさえも。

…まあ、彼女は単に曹操に似合うから気にしていないというだけなのだが。

気付く者は気付く。


それは男から女に贈られた誓いの証たる対を耳飾り。

片方は男の右耳に在るが、人目に触れる事は稀。

そして、もう一つの緋色の片翼の耳飾りが男の左耳で揺れている。

それを知る者は贈った男と“後から”贈られた女。

今は、二人だけである。


もしも、それを見たなら、まるで、二人の女性に耳を引っ張られて追及を受ける男の様に見えるだろう。

ただ、その様に見えるのは心に疚しさが有るからかもしれないが。


あの朝を境に二人の関係は確かに変わった。

それは良い意味で御互いに遠慮を無くしていた。

曹操は圭森に対して自然と寄り掛かれている。

圭森という大樹は簡単には揺るがないから。

一方の圭森は利用している後ろめたさが消えた事で、曹操に積極的に意見をする事が出来る様に為った。

離れている孫権への想いは変わらないが、曹操の事も本気で愛している。


ただ二人は組織への影響を考慮して今も公的な場では以前同様に字で呼び合う。

そして、曹操は圭森以外に閨に彼女達を招き続ける。

聡い者は察してはいるが、それはそれである。

心中は複雑でも。


けれど、そんな公私を分け秘密にしているという事が曹操と圭森の想いを意外に盛り上げてもいる。

それは所謂“秘密の関係”“二人だけの秘密”という背徳感を伴うが故に。

秘密の逢瀬の時、気持ちも裸になり求め合う。

ただただ、御互いを。




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