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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第一章  血と泥に塗れど芽吹く
4/100

   4話


 懊悩する人々が居れば、変わらぬ人々も有り、時に二日酔い(置き土産)に唸り苦しむ者も居る。

ただ、どんな人が居ても、絶望も希望も、善も悪も、吉凶ですら関係無く。

非情なまでに平等である。

しかし、それこそが平等の本来の性質でもある。

良くも悪くも評価もされず全てが“等価値”である。

それが平等なのだから。


そんな平等な世界の事象、迎える朝は誰に対してでも変わらない物である。

しかし、「それは違う」と言う者も居るだろう。

当然の事だが、違うのだ。

どう感じるのか。

ただそれが違うというだけでしかない。

ただただ、時は等しく流れ夜明けを迎える。

幾星霜、繰り返されてきた普遍的な情景の一つ。

それは決して変わらぬ物。

ある種の不変である。


そんなこんなで朝は来る。

「時間が欲しい」と嘆けど時の流れは変わらない。

望む望まぬに限らず。

時は流れ、夜は明ける。

そして、人は遣るべき事を遣らなくて為らない。

一時的に足を止めようとも歩みを止める事は簡単には出来無いもの。

それは社会の中に在る故の逃れられぬ責務である。

好む好まざるに関係無く、人は何かしらの役を担う。



「身体の調子はどうだ?、昨夜は眠れたか?」


「ああ、しっかりとな

特に問題は感じてないよ

自分が自分で思ってたより全然図太い神経だった事に起きてから気付いた位だ」


「ふふっ…成る程な

それならば安心だな」



圭森の部屋を訪れた孫権は侍女の用意した茶杯を手に一口のんでから、見知らぬ場所に連れて来られている彼を気遣って訊ねた。

それに苦笑しながら答えた圭森の様子を見て、彼女は無意識に素顔を見せた。

勿論、一瞬の事だが。

しかし、男という生き物は意外と女性の仕草に敏感に反応するものでもある。

現に、圭森は孫権が僅かに垣間見せた微笑(素顔)に、小さく胸を高鳴らせた。



「さて、早速だが、昨日の続きをさせて貰う」



そう言って孫権は緊張した面持ちで圭森と向き合う。

彼女の生真面目さ(性格)も有る訳だが──それ以上に圭森を前にすると必然的に思い出し彼の事を男として意識してしまう為、強引に自分を誤魔化しているのが彼女の実情だったりする。

“職務に徹する”事により余計な事を考えない様に。

それは、公私を分ける事が下手な者の常套手段。

“その場凌ぎの逃げ方”・“問題の先伸ばし”等とも言えるのだが。

それなりに効果は有る。

但し、詰めが甘いと結局は襤褸が出てしまうが。

それは“御約束(御愛嬌)”なのかもしれない。

遣ってしまった本人には、消し去ってしまいと思える失態だったとしてもだ。


ただ、時として、其処から始まる事も有るのも事実。

森羅万象、人意を介さず、奇を以て、機を生ず。

天地開闢より変わる事無く人は常に強いられる。

“選択”という意思を。

“道”という意志を。

終わる事無く、今も。




 昨夜、圭森の部屋を出て食事等を済ませてから私は部屋に戻ってから彼の事を考えていた。

いや、別に変な事ではなく彼の今後に関してだ。


昨日の時点で圭森に害意や悪意が無い事は判った。

身元や経歴といった部分は不明では有るが不審な点は窺えなかった。

少ない情報の中、彼自身の人間性は信頼出来る。

そう私は感じ取った。

だから、私の中では圭森を保護する事は決まった。

勿論、彼の意思を確かめた上での話では有るが。

予め、私自身の判断を決め臨むべきだと思ったから、そうしているだけだ。

其処に他意は無い。


そして、改めて圭森に対し色々と質問をしてみた。

先ずは年齢。

見た目には十代後半辺りの印象なのだが雰囲気的には二十代半ばに感じた。

実際には十七歳だそうだ。

意外にも年下だった。

…何と無く、気になった為「私は幾つに見える?」と逆に訊いてみた。

圭森は此方を見詰めながら少し考えて、「同い年から二十一歳の間って所かな」と冷静に言った。

その様子に内心、驚く。

歳を言うと私は十九歳だ。

彼の見立ては正しい。

だが、それ以上に状況的に私(相手)の機嫌を損ねない様に振る舞うであろう所で彼は物怖じせず自分自身の意見を口にした。

普通は出来無い事だ。

余程の馬鹿か世間知らず、或いは危機感の無い輩辺りでもない限りはな。

それだけに興味が出る。

彼の事を知りたい、と。


次に出身地に関してだが、此処で問題が起きた。

私は慌てない様に努めつつ彼の話に耳を傾けた。

それは昨夜の事だった。

自身の置かれた状況が全く理解出来ず、思い出そうと色々と考えてはみたのだが自身の事の大部分が綺麗に抜け落ちているという事に気付いたのだという事だ。

所謂、“記憶喪失”だ。

正直、そう為った者に私は初めて逢う為、事の真偽を確かめる術は無い。


ただ、普通に考えて怪しむべきなのだとは思う。

まるで、“不都合だから”忘れているかの様な印象を懐かない訳ではないから。

しかし、私は圭森の言葉を信じる事にした。

それは根拠の無い信頼。

その理由が彼の眼差しには邪心が無いから。

私的な感覚で、曖昧な物。

だが、それで構わない。

少なくとも、それで万が一裏切られたのだとすれば、それは己の未熟さが故。

何でもかんでも疑い過ぎて誰も信頼出来無く為る様な人間には為りたくはない。

だから、私は彼を信じる。

他の誰でもない。

そう私自身が決めたから。



「…本当に良いのか?

自分で言うのも何だけど、怪し過ぎると思うぞ?」


「普通は“自分を怪しめ”なんて言わないからな

まあ、騙されていたなら、それはその時の事だ」


「…そういう物か?」


「そういう物だ」



自分よりも私の事を考えて心配してくれている。

そんな人物に騙されるなら仕方が無い。

だから私は迷いはしない。

この決断の果てが如何なる未来だとしても。




 それは昨夜、色々と後の考えていた時の事だった。

可能な限り“元の自分”に関する情報は秘匿する事は大前提だった。

“天の御遣い”になんて、俺は為りたくはない。

だから何も可笑しな事では無かったんだが。

ふと、開示しても大丈夫な情報を考えた時だった。

本来、“34歳”の筈が、何故か“17歳”だと俺の頭は認識している。

いや、確かに“圭森は”、そういう設定だった。

だがそれは設定上の話。

現実では有り得ない事だ。


しかし、俺の意識は確かに“自分は今、17歳だ”と強く主張している。

正直、頭が可笑しく為った様にしか感じなかった。


だが、それは長くは続かず唐突に終わりを迎えた。

それは、認識の齟齬という状況に頭を抱えた時だ。

右側側頭部に触れた右手に“有るべき筈の感触”が、全く感じられなかった。

本来ならば其処には大きな瘤の様な痼が有る。

“四年前”、転倒した際に裂傷を負い、縫い合わせた事で出来た傷痕だ。

それが、無くなっている。

その事実に気付いた瞬間、俺は自分の身体を調べた。

「もう誰も来ないだろう」だなんて冷静に考えている余裕は無かった為、本当に誰も来ない状況だった事に後から心底安堵したが。


そんな事は兎も角として。

着ていた見覚えの無い服を四苦八苦しながら脱ぎ捨て素っ裸に為って確かめた。

それはもう、確認が可能な範囲の自分の全てを。

その結果から言うとだ。

今の俺の身体は、明らかに若返っている様だ。

いや、正確には違うな。

“34歳からは若返った”身体なのは間違い無い。

しかし、この身体が本当に“桂木 晶”が若返った物なのかは判らない。

何故なら、“17歳の頃の自分の身体”なんて普通は覚えてはいない。

身長・体重・体型・傷痕・病気の有無、この辺りなら何と無くなら思い出せないという事は無い。

だが、一時的にした髪型や日焼けの有無等、そういう細かい情報は写真等の映像情報でも無いと無理だ。

殆んど意識しないから。


ただ、他人の事なら意外と覚えていたりはする。

仲の良かった友人だとか、妙に目立っていた人物。

後は……まあ、あれだ。

当時の、彼女の事とかね。

うん、あれだね、自分でも意外な位、思い出せる。

もしも今、成長した彼女と姿を見比べられるとしたら結構違っている点を挙げる事が出来ると思うよ。

本人は嫌がるだろうけど。




そういう事ではなくて。

いや、そういう事だけど。

そんな感じで、自分よりも他者の方に意識が行くのが普通なんだって事。

だから、“17歳の頃”の自分の身体なんて、かなり曖昧だったりする。


勿論、今の俺の身体が実は“全くの別人”に為ってるとしたら判り易い。

髪・瞳・肌の色とかね。

ただ、生憎と今の俺が確認出来る範疇では難しい。


現状で確認出来た部分は、髪の色は日本人らしい黒。

但し、元の俺より長い。

元々は短髪だったが、今は肩甲骨の半ばに届く。

17歳の頃に伸ばしていたという記憶も無い。

あと、弱天パの癖っ毛が、何故か、サラストに。

──あ、俺、禿たり薄い事とかは無かったから。

だから、特に髪に思う事は無かったです。


肌の色は日本人の、幾らか日焼けをした感じ。

決して、貂蝉・卑弥呼とは違いますから。

呉の平均よりも薄い位。

それ位な感じですから。

あと、傷は見える限りでは見当たらない。

これは孫権も言っていたし目立つ物は無いんだろう。


身長は……飽く迄も現状の俺の感覚・認識で言うと、185〜190cm辺り。

17歳の頃よりは高いけど元の姿とは大差無い。

……今考えると、その俺を一人で運べる孫権の膂力は改めて凄いって思う。

そんな孫権が、武将的には中位に位置するんだから、怖い世界だって思うよ。

因みに、その孫権は恐らく160cm位かな。

想像していたよりは低い、というのが今の印象。


体重は判らないが、体型は元よりは痩せている。

17歳の頃よりは増しだが服を着ると実際よりも線が細く見える気がする。

それが良いのか、悪いのか俺には判断が出来無いが。

まあ、特に気になる様な事ではないのは間違い無い。


──で、男としては、最も気になる点なんだが。

少なくとも、見覚えの有る相棒の様には思う。

いやまあ、そのね、流石に“真の姿”を軽々しく曝すという訳にもいかないので飽く迄も通常形態の姿は、なんだけどね。

何故か、安心している俺は間違っていないと思う。

変わってたら怖いって。




──とまあ、そんな感じで昨夜は色んな意味で疲れた結果、グッスリと眠れたのでしょうね、きっと。


取り敢えずは、今の自分が“十七歳だ”という事実を受け入れたら、可笑しいと感じていた違和感は綺麗に消えてしまった。

その事を追及すると色々と混乱しそうなんで考えず、“そういうもの”なんだと気にしない事にした。


運ばれてきた朝食を頂き、ゆっくりとしていたら扉の向こうから声を掛けられ、孫権を迎え入れた。

昨日に続き、質問をされ、それに俺は答える。

都合の良い“記憶喪失”を装う事には罪悪感が無い訳ではないが、仕方が無いと割り切る事にする。

そういった症状のケースも実際には有るらしいし。

全くの嘘でもないし。

だって、ほら、少なくとも“この世界の認識上では”俺自身何処から来たのかは判らないし、生まれ育った場所等の事を“どの様に”言えばいいか判らない。

だから、判らない。

……うん、屁理屈だね。


だけど、それ以外の事には正直に答えた。

それ位しか、今の俺に示す事が出来る誠意は無い。


そんな感じでの遣り取りを終えると、孫権からは俺を保護する旨を伝えられた。

孫権の性格や善意を利用し保護して貰おうとしていた身としては胸が痛んだ。

勿論、嬉しいのは確かだ。

生きていく術の無い俺には孫権が一番の可能性。

その孫権に手を差し伸べて貰えているのだから。

それでも、騙して突け込む事に抵抗感が強かった様で俺は孫権に確認していた。

そう言う俺の態度を見て、孫権は恐らく「自分の事を心配してくれている」等と思ったんだろうな。

……マジで、心が痛い。


ただ、そんな孫権の言葉が男前過ぎて、惚れてしまいそうになりました。

いや、本当に男女だけど、立場的には真逆ですよね。

これ、乙女ゲーでも十分に通用する気がします。




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