14話
切り替える様に、曹操は一息吐いてから、夏侯淵と一緒に居る三人の女性達に視線を向けた。
「それで、彼女達は?」
「はい、街の防衛に際して助力をしてくれた義勇軍を代表する者達です」
「が、楽進と申します」
「ウチは李典や」
「于禁なのー」
簡単な自己紹介から経緯を楽進が代表して説明。
夏侯淵達も義勇軍も互いに居なければ厳しかった。
その事実に曹操は彼女達へ素直に感謝を述べた。
その後、許緒・典韋が来て夏侯淵からは三人を麾下に迎える提案をされた曹操は三人の意思を確認した所で少し考えて北郷を見た。
「三人は貴男に預けるわ
貴女達は別段の指示が無い限りは彼に従う様に」
「なっ!?」
「驚く事ではないでしょう
貴男の立場上、直の部下を持つ事は仕事の上でも色々意味が有る筈よ」
「それは…そうだけど…
まだ今は自分の事だけでも一杯一杯なんだ…
指導する余裕無いけど?」
「安心なさい、今の貴男に指導まで期待しないわ
ただ、部下が兵卒だけだと後々今回の三人の様な者が部下に為った場合、今より余裕が有る分大変よ?
それでも良いのなら今回は見送ってあげるけど?」
「…頑張らせて頂きます」
「ええ、しっかりね」
「……あの、曹操様」
「何かしら?」
「もし、叶うのでしたら…
私は圭森様の下に配属して頂きたいのですが…」
「回朋の?」
「はい、私は氣を扱えます
また近接戦闘が主体です
圭森様の、その部隊の戦を目の当たりにしたからこそ圭森様の下で学びたいと…
自分を磨き直したいと…
そう強く思います」
楽進の真摯な眼差しを受け曹操は静かに考える。
圭森隊(彼処)は特殊だ。
だから人材は親衛隊以上に稀少だったりする。
そういった意味で言えば、楽進の存在は大きい。
彼女が副将として育てば、圭森を自由に動かせる。
或いは、第二の圭森隊すら増設出来るだろう。
まあ、後者は現実的に見て無いに等しいのだが。
「…いいでしょう
但し、それは回朋が貴女の入隊を許可した場合よ
それから、話を回せるのは貴女だけに為るわ
二人は私から見ても回朋の基準は満たせないでしょう
だから離れる事に為るわ
それでも構わない?」
「はい、構いません
曹操様に御仕えする以上は敵には成りませんので」
豪胆、と言うべきのか。
楽進の真っ直ぐな眼差しを見詰めながら曹操は自然と口元を緩めていた。
滅多に居ない稀有な才器。
それが圭森という最高位の匠の元で磨かれる。
未来に思い浮かべるだけで楽しみで仕方が無い。
「ふふっ、その通りね
でも、判断は回朋次第よ
回朋の部隊の事に私は一切口を挟まないわ
許可が出なければ…」
「はい、その時は曹操様の御指示に従います」
「それで、当の回朋は?」
楽進の事も含め、功労者の圭森の姿を探す曹操。
以前ならば兎も角、現状は暫定的でも自身の軍師。
自分の立場を理解している圭森が姿を見せていない。
その状況に不安を懐く。
「…それが、今は街の宿を借り横に為っております」
「…まさか、回朋が?」
「いえ、無事です
ただ、負傷者の治癒に氣を使い果たしてしまった様で昏倒してしまいまして…」
「…はぁ…驚かさないで」
夏侯淵の言い淀んだ反応に曹操は動揺していた。
それだけ既に圭森の存在は大きく成っている。
今、圭森を欠いてしまえば自分の志道に大きな支障を来す事になる。
そう理解しているから。
だから、無事である事実に曹操は安堵した。
「何だ、軟弱な奴め!」
「そう言うな、姉者
回朋の治療の御陰で兵にも死者が出なかったのだ
回朋が居なければ五十名は死んでいただろう…
重傷者は少なくなかった」
「む…」
「それにな、個人的な話に為ってしまうが、圭森隊の到着を知る直前、私は死に掛けていた
運良く致命傷は避けれても乱戦の中だ、結果は同じ…
それを回朋に救われた
回朋の一撃が届かなければ私は間違い無く屍と為って再会していただろう
だから、命の恩人でもある回朋の事を悪く言うのなら姉者とて赦さん」
「いや、そういうつもりで言ったのではなくてだな…
その、私はただ、何だ…」
「ああ、判っている
姉者なりの愚痴だろう?
心配させたられたから」
「そうだ──いや、違う!
今のは違うからな!」
「何が違うだ?」
「私が回朋を心配しているという事はっ…」
「ほぅ…姉者は回朋の事を心配しているのか」
「いや、さっきお前が…」
「私は誰とは言っていない筈なのだが…なぁ?」
「しゅ、秋蘭っ!?」
騒がしくなった夏侯姉妹の遣り取りを他所に、曹操は今回の状況を整理する。
“圭森が居たから”全てが最小限の被害で済んだ。
逆に言えば、圭森が不在、或いは間に合わなかったら自分は何を失ったのか。
民や街、兵だけではない。
最愛の従姉である夏侯淵を彼女の言葉通りに失った。
その可能性を想像する。
“その時、果たして自分は耐えられるのか?”と自問自答してみる。
答えは──否だった。
恐らくは、双子の姉である夏侯惇も同じだろう。
凄まじい悲哀に、憤怒に、憎悪に身を委ねて。
黄巾党を根絶やしにする。
そう言い切れる。
許緒・典韋を失った場合も近いだろうが、感情的には自制出来無くはない。
“仕方の無い犠牲”だと。
自分に言い聞かせる事は、出来無くはない。
それ程に違うのだから。
そういった意味でも圭森の功績は別格と言えた。
ただ、そういう理由により圭森の功績を称えてしまう事は組織上、芳しくない。
そして、それを圭森自身が理解をしているだろう事を曹操は確信している。
圭森とは、そういう男だ。
その深奥は未だ読めないが敵意や悪意は無い。
(…いい加減、放置しては置けなくなったわね…)
曹操は圭森とは袂を開いて話をする必要を感じた。
離反されては困るが、一度じっくりと話す必要は有るという事だけは確か。
それ故に曹操は決意する。
何をしてでも圭森を自身の手元に置き続ける事を。
「失礼致します」
「何だっ?!」
「当たるな、姉者
済まんな、少し揶揄った為気が立っていてな…
赦して遣ってくれ」
「ああいえ、大丈夫です
私、元は夏侯惇隊ですから慣れていますので」
平然と言う女兵士の言葉に一同は夏侯惇を見た。
「慣れてるって…」という白い目だが、半分は諦めも混じっているのは確か。
曹操と夏侯淵は軽い頭痛に頭を押さえたくなった。
「貴女、回朋の所ね?」
「はい、回朋様の御指示で待機・追跡していた者が、黄巾党の“物質集積拠点”を突き止めました」
『────っ!!!!!!!!!!』
淡々と話しながら齎された特大の情報に全員が驚く。
それは北郷に対しての発言以上は少なかった為存在が薄れていた荀彧もだ。
「順に説明して頂戴」
「はい、回朋様は黄巾党の行動の発展として集合する可能性を兼ねてより見越し準備されていました
大軍を維持する為に糧食を始めとする物質は不可欠、略奪だけでは賄えない以上集積拠点を持つだろうと
州内は勿論、近隣の各所に存在する破棄された砦等の情報に目を通されており、今回の件で直ぐに候補地を三ヶ所に絞られました
そして、少数にて敗走して戻る黄巾党を密かに追跡し特定する為に予想進路上に予め待機させていました
その一つが当たりました」
「成る程…“最悪を想定し備えていた”訳ね…
私達に言わなかったのは、黄巾党に悟られない為…
そういう事ね?」
「はい」
「…そうか、だから回朋は態々「追撃はするな!」と大声で指示したのか
敵味方に“戦いは終了”と印象付ける為に」
「敗走する敵数も意図的に調整していたのよね?」
「“逃げ足”が鈍る状況は考える暇を与えますので
無駄は極力削ぎます」
恐ろしい事を笑顔で平然と言ってのける辺り、圭森の指導の徹底振りが判る。
それだけに黄巾党に対する憐れみが滲むが、それ自体自業自得だろう。
「回朋が陣の設営を済ませ本隊は待機させていたのも直ぐに動く為ね?」
「敗走した一団に隊の者が数名紛れ込んでいます
昨日討伐した連中の衣装を利用していますので他から怪しまれる可能性は低く、複数が合流した大軍ならば見分けは付きません
拠点に潜入し、捕虜が居た場合には内部で籠城しつつ守りに専念し、居なければ紛れて脱出する予定です
籠城するなら内から門扉を開ける役も担います」
「…“舞台は整っている”という訳ね、全く…
それで、回朋は拠点攻めに関しては何て?」
「はい、「後は荀彧様に任せれば大丈夫」と…」
「──だそうよ、桂花?」
「…癪ですが、任されたら遣るしか有りませんので」
「ふふっ、ええそうね」
不機嫌そうな荀彧の返事に曹操は笑みを浮かべる。
敵に回せば恐ろしいけれど見方ならば頼もしい。
そんな圭森が、全てを任せ「大丈夫」と言ったのだ。
個人的な仲は兎も角として圭森と荀彧が互いに認め、信頼し合っているのだと。
それを目の当たりに出来たというだけでも今回の件は大きな転機になる。
そう曹操は確信する。
「其処まで読んでいたのに彼奴は氣を使い果たすのはどうなのだ?」
「…あの、元譲様、如何に読み、備えられましても、氣は溜め置くという真似は出来ませんので…
流石に、それは無理です」
「むっ…そ、そうだな…」
「春蘭、それは証よ」
「…証、ですか?」
「ええ、そうよ
回朋が氣を使い果たして、自分が離脱する事になったとしても──私達に後事を委ねられる
そう信頼している証…
不安なら、せめて私の傍に控える位はする筈よ
調整すれば、治療の具合は落ちてしまうでしょうけど命に別状が無い程度に留め備えられる筈だもの
それをしないで、重傷者の治療に全力を注いだ
あの慎重な回朋がね
だからこそよ、信頼以外の何物でもないわ」
圭森であれば、士気向上に利用するであろう状況を。
曹操も理解して使う。
「全ては後の為に」と。
二人の心が重なり合う。
圭森隊と北郷を代行指揮官という形を取り疲弊の濃い防衛戦部隊の一部を残して民への物質の配給と、街の警護を任せ、曹操の率いる本隊は黄巾党の拠点へ。
陣の撤収作業等も無かった事も有り、早くも万全にて到着する事が出来た。
時間との勝負だった訳だが曹操軍が勝った。
圭森と圭森隊の事前準備が有ればこそだが、当人達は裏方に回っていた。
だが、誰も不満に思う事は全く無かった。
寧ろ、倒れた圭森の安全を第一に考えられる状況故に嬉々としていた位だ。
経験を積ませる為、今回は本隊に同行した楽進達。
自分の隊を率いる夏侯淵。
補佐に回る許緒と典韋。
連戦では有ったが、曹操の一言が火を点けていた為、凡そ一万五千対七千という兵数差でありながら、敵を圧倒してみせた。
圭森隊が捕虜となっていた約七十名の女子供を保護し内外に意識を分断していた事も要因の一つでは有るが差し引いてみても曹操軍の勢いは凄まじかった。
結果としては原作の流れと殆んど変わらなかった。
違いとしては大きく四つ。
先ずは楽進の所属。
次に北郷の活躍の有無。
更に許緒の旗の御褒美。
最後に──敵数の誤差。
中でも最後の点は無視する事は出来無い事だった。
(…俺が動いた反動か?)
曹操達が拠点を落とし終え街まで戻って来た時には、圭森は目を覚ましていた。
ただ、異常な倦怠感により普段の彼からは想像し難いぼー…とした様子は色々と見る者を刺激した。
圭森隊の一部には彼の姿を酒の肴にして楽しく酔って語り合った者も居たとか。
まあ、どうでもいいが。
陳留への帰路。
危ないからと夏侯淵の馬に一緒に乗る事になったが、圭森の意識は夏侯淵(美女)ではなく、聞いた報告へと傾いていた。
本調子ではないからこそ、思考の殆んどを傾けるのは仕方の無い事だった。
因みに、楽進の入隊は特に悩む事も無く認可した。
似て非なる結果(流れ)に、圭森は小さな不安を懐くが止まる気は無かった。
今更止まっても何の意味も持たないのだから。




