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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第二章  歩み往く先に有る夢現
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   8話


 盗賊の追跡から始まった曹操軍の遠征は賊徒討伐と燐接する郡の太守の失脚で一先ず終了するに至る。

圭森・典韋にも盗品関連の確認は行われたが、収穫は“既に逃げた後でしょう”という結論だけだった。

──とは言え、曹操自身は遠征の成果としては十分に満足していた。

馬鹿で暗愚な太守のお陰で新たな領地を得られたし、北郷に荀彧・許緒・典韋、何より圭森を得た事。

勿論、欲張れば盗賊を討ち盗まれた書を奪還出来れば文句無しだったが。

欲張り過ぎて自滅するより十分とすべき所。

引き際を見極めるたから、その判断を下した。

それだけの話なのだが。

人間とは欲深い者。

自制心を働かせられる事が曹操が優れている証だ。


そんな曹操軍は強行軍なら日付が変わる前には拠点の陳留に着ける場所に居た。

そんな事はしないが。

無理はしない以上、今日の移動は終了であり、夜営の為の陣を構築していた。

新入りとなる圭森達も当然参加しているのだが。

典韋と許緒は夏侯惇に付き力仕事で活躍中である。

そして圭森は上司と為った夏侯淵に付いていた。



「……あの、妙才様?

アレは、何でしょうか?」


「ん?、ああ、アレか…

回朋は管輅の予言について聞いた事は有るか?」


「はい、“天の御遣い”が現れるという物ですね?

…まさか、アレが?」


「そうだ、まあ、一概には信じ難いとは思うがな」



 「いえ、知ってますから大丈夫です」なんて思わず言ってしまいそうになるが其処は堪えて飲み込む。

何も知らない体で、不審な物を見る様に若干の警戒を滲ませながら見詰める。


ただ輜重隊の隅に簀巻きで放り込まれている姿からは神々しさは感じない。

寧ろ、部隊内で規律を破り罰せられている様だ。



「簀巻きにされているのは何故なのでしょうか?」


「意識が無いからだな

まあ、意識が有っても馬に乗れないそうだから結局は似た様な扱いだろうがな」


「…そうですか」



其処は“この外史(世界)”でも一緒な設定か。

ルート的な違いだけでなく彼自身の設定自体が微妙に違うのだろうな。

その辺は追及したら駄目なグレーゾーンだろうが。



「まあ、アレは気にするな

それよりも糧食等の物資の確認を済ませよう」


「はい」



態々起こして絡む事も無い以上は放置しておく。

特に必要性は感じないし。

今は違う方が問題だ。

原作の魏ルートでは荀彧の献策により糧食は削減され遠征最終日は陳留到着まで食事は抜きになる。

その要因が許緒の摂取量。

削減してはいても、十分な余裕は見ていた筈。

加えて「討伐戦での被害が少なかったから」と荀彧は言い訳をしていた筈。


個人的な事を言えば、何故曹操は荀彧の発言に対して咎めなかったのか。

「兵は駒ではない」と一言荀彧を諭して欲しかった。

まあ、ある意味では兵達は“消耗品”扱いなのだから社会意識の問題だが。


個人的には一日抜く位なら問題無いが、それは自分が“特に何もしない”なら。

賊徒との戦闘等の可能性が完全に無くならない限りは戦える状態で備えるべき。

だからこそ、糧食の確認を遣る事で指摘する。

そういう狙いが有る。



「……あの、失礼ですが、コレで全部でしょうか?」


「ああ、コレで全部だ

何か問題が有ったか?」


「妙才様、確か“季衣”と皆様が出逢ったのは今日の事でしたよね?」


「ああ、村に行く前だ」


「…それでは、当然ですが一度も彼女と一緒に食事をされてはいませんね?」


「そうだな、途中で食事を取る事も無かったからな

…季衣に何か問題が?」


「“流琉”から聞いている話ですが、身体に見合わぬ大食いだそうです

村人からも聞きました」


「………それ程なのか…」


「少なくとも彼女が村から離れて三日が経ちます

その間の事は判りませんが必要最低限の量しか食べず賊徒に対する怒気に因って空腹感が麻痺していたなら一番の問題が解決した今、どうなるでしょうか?」


「…………」



夏侯淵の顔が渋くなる。

姉とは違い、これだけ判り易く話せば想像出来る。

それが何を意味するかも。

彼女ならば察する筈だ。


因みに、流琉達とは道中で真名を交換している。

当初は出来る限り目立たず後々活躍して、という様な事の運び方を考えていたが不可能に為ったので真名も尤もらしい理由を付けて、断る事も出来たがしないと決めて交換する事にした。

二人共、良い娘だ。

拒絶する様な真似は此方も心が痛んでしまうからな。



「妙才様、今回の糧食等の指示は荀彧様なのでは?」


「…何故そう思う?」


「曹操様は賭けをされても無茶は為さいません

聞いた賊徒討伐の御話でも準備は怠らない方であり、何より“運任せ”にはせず出来る事は遣る御方です

糧食が不足するなら兵数を減らされるでしょう

また兵数を減らす事が後々危ぶまれるなら糧食が十分確保出来るまで動かれない事でしょう

感情や勢い等に任せ、徒に兵や糧食を失う様な真似は為さいません

ですから、曹操様の指示の可能性は消え、軍師である荀彧様となる訳です

加えて、荀彧様は曹操様に御仕えして日が浅く、己の価値を示そうと利を追い、軍師の基本である“最悪を想定して備える”べき所を蔑ろにされています

曹操様が意図的に試そうと為さっての事かは定かでは有りませんが…

御二人も…いえ、妙才様も季衣の事は想定外な筈

ただ、本来であれば古参で曹操様の片腕でもある以上妙才様が間を取る提案をし備えるべきだった、と…

そう私としては思います」



説教臭く為ってしまったが言わずには居られない。

兵は駒ではない、人だ。




 陽が落ち、篝火が焚かれ闇夜を照らす中、食事中の筈なのに一ヶ所以外が妙に静かに為っていた。

だが、それも仕方が無い。

多分、それが初見であれば大抵の者が唖然とする。



「──おかわりっ!」


「は、はいっ!」



空に為った皿を給仕の者に手渡すと、目の前に有った大盛りの皿を手にする。

そして勢いを落とす事無く再び匙を動かし始め、口に盛られた料理を運ぶ。

否、無限かと思わせる黒い洞穴に向かって掬い上げて流し込むかの様に。

許緒の口に料理が消える。

その様子には曹操でさえも反応出来無いでいる。



「おおっ、良い食べっぷりではないかっ!

ならばっ!、私も負けてはおられんなっ!

此方もおかわりだっ!」


「は、はいぃっ!」


「──おかわりーっ!」


「──はひぃっ!?」



許緒に張り合う夏侯惇だが許緒の勢いは衰えない。

それ所か加速しているかの様にさえ思えてしまう。

だから、給仕の者が思わず悲鳴を上げたのは、決して可笑しな事ではない。

畏怖とは、そういう物だ。



「…はぁ…あの娘達は…

食欲が失せるわ…」


「……………」



飽きる曹操と絶句しながら冷や汗を流す荀彧。

その様子を姉が食べ過ぎで腹痛を起こさないかと心配している夏侯淵が窺う。

唯一許緒を止められそうな典韋は圭森と食事しながら楽しそうに料理関係の話に花を咲かせていた。


夜が更け──朝が来る。


曹操の天幕を朝一で訪れた荀彧は頭を下げていた。

不機嫌な曹操に対して。

早朝だからという事は無く昨夜の食事で糧食が尽き、陳留に帰るまでは食事自体不可能となった為だ。

天幕には夏侯淵も居る。

…夏侯惇?、まだ大人しく夢の中に居てくれている。



「……桂花?」


「──っ!?、ももも申し訳御座いません!

ですが、季衣の事は完全に想定外ですし、賊徒討伐も順調過ぎて被害も少なく、予想していたより──」


「──黙りなさい」


「──ひぃっ!?」


「被害が少なかったから?

巫山戯ているのかしら?

兵は駒ではなく人よ?

そして、私の民なの

それを…無事だったから?

だから、何かしら?」


「〜〜〜〜〜っ」



静かに、しかし、猛烈に。

曹操の怒気が高まった。




当然と言えば当然の事だ。

だが、原作の魏ルートでは其処までではなかった。

チクッ…と刺す程度。

しかし、今の曹操は違う。

自分達の見通しの甘さから一つの村が犠牲になり消え去っていたかもしれない。

その事実に対する自身への怒りを強く懐いていた。

だからこそ、先程の荀彧の発言は赦せなかった。

自分の、曹孟徳の軍師たる人物が口にしてならない。

そういう発言だった為に。



「華琳様」


「何かしら、秋蘭?」


「糧食の件ですが、今朝の食事は用意して有ります

勿論、兵の分も全て」


「……………………ぇ?」


「……どういう事?」



今にも泣き出しそうな──否、既に目尻に涙を浮かべ気絶しそうな荀彧。

その怒気を緩めた曹操が、夏侯淵を見た。



「実は昨日、回朋と物資の確認をした際に指摘が有り私が許可し、回朋が流琉と兵士十人を連れ近くの山に調達に行っています

御報告をしなかった理由は華琳様が仰有った通り…

桂花への苦言の為です」



そう言って夏侯淵は回朋の昨日の発言を伝えた。

それを聞いた曹操の怒気は鎮まり、愉快そうに笑顔を浮かべる様になる。

荀彧は言い訳の出来無い程完璧な指摘に俯く。

だが、軍師としての矜持が回朋の指摘を受け入れさせ猛省していた。

胸中の罵詈雑言は別で。



「──で、その回朋は?」


「はい、流琉や食事係りの者達と料理中です」


「あら、料理も出来たの」


「中心は流琉の様ですが

回朋の話では流琉の腕前は非常に高いそうです」


「それは楽しみだわ」



談笑している空気に紛れ、荀彧は再び矛先が向かない様に沈黙を貫く。

悔しいが、下手に何かしら言ってしまうと折角の得た機会が無くなってしまう。

それだけは避けたかった。



「何か褒美が必要ね」


「その事ですが、回朋から“功罪相殺”という形にて決着して頂きたいと…」



確かに糧食の調達は功績。

しかし、上司の夏侯淵には説明し許可を得ていても、主君に無断で行動した事は紛れも無く軍規違反。

それを赦せば組織の規律に影響する為、不可避。

だから功罪を相殺し、表に出す事は止めて欲しい。




そういう意図が窺えた為、曹操は小さく声を漏らす。

彼女にしては珍しい事。

それだけに夏侯淵は内心で驚いていた。



「そう、なら今回は回朋の意思を尊重しましょう

桂花、表沙汰には為らない以上は貴女の失態も公には罰しはしないわ

けれど、私の軍師となるのであれば自らの過ちを改め成長を成果で示しなさい」


「は、はいっ!」


「それから、回朋に対して感謝するかは貴女次第よ

ただ、私から言うとすれば話す時間を設けてみるのも貴女の糧に為るわよ?

回朋は私よりも広い視野と柔軟且つ客観的な思考力を持っているから、軍師たる貴女も学ぶ事も多いわ

“下らない自尊心”よりも“謙虚な向上心”…

その意味、解るわね?」


「………はい…」


「それなら良いわ

私から言う事は無いわ」


「…失礼致します」



 天幕を出た桂花を見送り秋蘭へと顔を向ける。

私の視線を受け、意図する所を読み取ると苦笑した。

事の片棒を担がされている割りに落ち着いているのは本来は回朋が全ての責任を被る予定だったから。

恐らく、「許可した」のは事実でも、それは言わない約束だったのでしょう。

桂花は勿論だけど、これは私や秋蘭の失態でも有る。

それを諭す為の一手。

だから、その罪に関しては回朋は何も言わない。

飽く迄も、自分の事だけ。

一見すれば私に委ねる様に思える態度も、その実態は「非道に堕ちますか?」と脅しているのも同然。

本当に、愉快な男だわ。



「手に余りそうかしら?」


「自分よりも優れた部下、というのは初めてですが…

不思議と姉者に譲ろうとは思えませんね」


「春蘭の下には回朋の方が行きたがらないわね」


「ええ、そう思います」



そう言って二人で笑う。

桂花の男嫌いは会った時に回朋も理解したでしょう。

その上で、男の自分に対し“借りを作らせる”という強引な方法での荒療治。

それは桂花の軍師としての才器を回朋が高く評価し、買っている証拠。

私や秋蘭にとっても色々と学ぶ事が有り刺激になる。

稀有な良縁に恵まれたわ。




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