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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第一章  血と泥に塗れど芽吹く
3/100

   3話


 静かに、ゆっくりと。

深呼吸をした後、漸く話す覚悟を決めた孫権が真剣な眼差しで圭森を見詰める。

その雰囲気に知らず知らず緊張感を高めていた圭森も思わず息を飲んでしまう。

「一体何が遭ったのか…」という困惑が一目で判る程両者の緊張感は高まる。

しかし、その割りに現実は微妙だったりするのだが。

当事者達が理解しないまま話は進んで行く。



「…私が川原にて、お前を見付けた際、お前は何故か何一つ身に付けてはいない状態だった…」


「……………………は?」



断腸の思いで事実を告げる孫権に対し、圭森は状況を上手く把握出来無いのか、間の抜けた声を漏らす。

だが、有る意味では圭森の反応は正しくも有る。

「あれだけ溜めに溜めて、肝心の内容は…それ?」と言いたくなるだろう。

しかし、この圭森は多少は空気を読む事が出来た。

そして孫権の言いたい事と逡巡と葛藤の理由が何か、察する事が出来た。



「…あーと…その、何だ…

…何か、すみません…」


「ああ、いや、お前が謝る必要は無い、これはその、私の問題であって、お前が意図して遣った事ではないだろうし、お前は被害者に為るのだからな、そうだ、お前は何も悪い事は無い」



圭森が察した事を察して、孫権は恥ずかしさのあまり早口に為ってしまう。

だが、言っている事は実に正しいと言える。

より正解に言うのであれば何方等も悪くはない。

何方等も被害者である。

しかし、そんな事は頭では理解していても、どうにか“落とし所”を見付けねば納得出来無いのが人だ。

それを理解しているが故に圭森は孫権を立てる意味で自らが悪者と為った。

その事を理解出来無い程、孫権は自分勝手ではない。

寧ろ、生来の生真面目さが故に罪悪感を懐く。

そして──思考を乱す。



「…その…私も男性の物を見たのは初めてだし、直に触る事なんて無かったから動揺してしまっただけで、何か害が有ったという様な事は無いの…強いて挙げる事が有るとすれば、男性の物は…その…だ、誰しもがあんな感じなの?──って忘れてっ!、今言った事は無しよっ?!、無しねっ?!、御願いだから今のは綺麗に忘れ去って頂戴っっ!!!!」



つい、圭森を擁護する様に自分にも非が有るのだと、そう言っている内に何故か口を滑らせてしまい本心が漏れてしまった孫権。

まあ、本心と言っても単に孫権も“気になる年頃”で仕方が無いのだが。

孫権自身の性格上、それを口にする事自体が禁忌的な位置付けに有る事が災いし完全に取り乱す。

圭森に“無かった事に”と要求する孫権は必死過ぎて──自身が無意識に秘密にしたいが為に圭森に対して詰め寄り非常に近い距離で話している事に気付かず、見詰めている。

当の圭森もまた、あまりの孫権の動揺振りに動揺し、受け身に為ってしまうのは仕方が無いのだろう。


誰も悪くはない。

ただ遣らかしただけだ。





「────っ!?」



 自分の失言に動揺して、彼に詰め寄っていた状況に漸く気付いて、離れる。

気付くに至った要因は彼の困惑する眼差しだった。

それが近過ぎたから。

偶々、彼の吐息が頬を撫で髪を揺らしたから。

其れ等が無ければ、自分は気付かなかっただろう。

動揺し過ぎていて。


羞恥心に身悶えしてしまう反応を全力で抑え込む。

同時に一連の事を意識から追い出そうとする──が、逆に意識してしまう。

思い浮かぶのは、先程まで見詰めていた彼の眼差し。

菫色の宝玉の様な瞳。

美しく輝く様で有りながら全てを呑み込む深淵の闇を覗くかの様に深く。

思わず魅入ってしまう。

出来るなら、何時まででもずっと静かに見ていたい…──と思ってしまう思考を強引に意思力で握り潰す。


心の中で、顔を紅潮させた私(赤鬼)が肩を揺らして、息を荒気させながら両手で頭を抱えて吼えている。

そんな情景が思い浮かぶ。

何とも言えない姿だ。



「……えーと、大丈夫?」


「っ!?、ええ、大丈夫よ」



彼に声を掛けられた事で、漸く我に返る。

今更、取り繕う様な真似は自分的に好ましくはない。

いえ、出来るのであれば、取り繕いたいけれど。

それこそ滑稽でしょうから潔く諦めて、落ち着く為に深呼吸して間を置く。



「済まない、取り乱した」


「大丈夫、気にしてないよ

それより、俺は何も付けず川の中に居たのか…」


「…覚えは無いんだな?」


「…正直な話、自分に何が起きたのか判らない…

気付いたら此処に居たって状況だからな〜…」



そう言って溜め息を吐き、項垂れている圭森を見ると酒に酔っての事故や自殺の可能性は完全に消える。

また賊徒に襲われたという可能性も考え難いだろう。

…考えられるのは酔わせて眠った後、身ぐるみ剥ぎ、態々、川まで運んだという事になるのだけれど。

そんな面倒な真似を、一体何の為に遣るのか。


せめて、犯人に心当たりが有るのなら良いのだが。

彼の様子を見る限り、特に理由は思い当たらない様に思えてしまう。


──と、考えていた時だ。

彼の御腹が鳴った。

どうやら、身体は元気──



「──っ!?」



「御腹が空いた〜」と言う鳴き声に同意する様に私の御腹が鳴った。

いえ、確かに私も忙しくて食事を摂ってはいないけど何も今此処で鳴らなくても──という思考を押し退け現状を打開しに掛かる。



「な、何か持ってくる様に言っておくわ!

続きは明日、改めて聞きに来させて貰うわね!

それじゃあ、失礼するわ、御休みなさい!」


「あ、うん、御休みなさい

…孫権、本当に有難う」


「──っ…」



 逃げる様にして背を向け扉を開けた孫権に、圭森は改めて感謝を告げる。

既に扉を潜っている為に、どうするか悩むよりも先に振り返ると、孫権は自然な笑顔を浮かべた。




孫権が退室をしてから暫し経つと二人の女性によって料理が運ばれて来た。

品数や量が多いという様な理由ではない。

況してや、圭森が重要人物という訳でもない。

単純に、夜は足元が暗くて見辛くなる為、どうしても照明役が必要に為る。

ただそれだけの話だ。


圭森は運ばれて来た料理を確かめる様に一口。

その後は焦らず、味わって完食して、空に為った器を御盆に乗せて、室内に有る卓の上へと置いた。

回収は「夜も遅い為、明日夜が明けてからします」と言われている為だ。

これも気配りなのだろう。


そんな感じで腹を満たし、寝台へと圭森は寝転ぶ。

両手を組んで頭を乗せると天井を仰ぎ、自然と大きな溜め息を吐いた。



「……どうなってんだ?、これ、夢じゃないよな…」



 目が覚めたら、見知らぬ天井が映っていた。

それだけでも十分に自分の見ている物を疑うのに。

自分に声を掛けてきたのが物凄い美少女だった。

しかも、その美少女に俺は見覚えが有った。

直ぐには思い出せなかった事は仕方が無い。

何しろ彼女の姿を見るのは六年振りなんだ。

そう為るのは当然だろう。

その上、彼女は“現実には存在しない”のだ。

故に現実として受け入れる事は簡単ではない。


彼女──孫権だと名乗った美少女を俺は知ってる。

“ゲームのキャラクター”として、ではあるが。

名前・容姿・声色・口調・反応に印象…と、かなりの一致が有る以上、本物だと思うしかなかった。

夢とは違い感触が有るし、良い匂いもした。

用意された料理にしても、味が薄めでは有ったが特に気になる程不味くはなく、腹を満たしてくれた。

…完食してから文句を言う真似はしませんが。



「………有りの侭に現状を受け入れると…アレか?

…俺って、“異世界転生”したって事なのか?」



それ意外に説明が出来無い状況なのは間違い無い。

そう為ったと確信している訳ではないが、そうとしか説明出来無いから。

だから、そうだと考える。

兎に角、何かしらの結論を出してからでないと、前に進む事が出来そうに無い。

それに納得するか、否かは今は本当に別問題。

後回しにしてしまう。


一応、リアル過ぎるだけの夢という可能性も有るので頬等を抓ったりしてみて、夢かどうかを確かめる。

……まあ、痛いだけだったという結果なんだけど。


現代とは違い、照明器具も未発達な為に薄暗い天井を見詰めながら再び溜め息を吐いてしまう。




“桂木 (あきら)”。

それが俺の本当の名前だ。

“圭森”という姓名は当然偽名という事に為る。

だが、咄嗟に出た思い付きという訳ではない。

実は、この“圭森”という姓名は俺が昔、書いていた二次創作品のオリ主の姓名として使っていた物。

何の二次創作品かは、今更言う必要も無いだろう。

因みに、魏ルート物だ。


“桂木”から発想した安直過ぎるネーミング。

序でに言うなら、ちゃんと字と真名も有った。

字は回朋、真名は晶。

そう、自己投影物な訳だ。

内容的には単純に主人公の入れ替わり物で原作沿いの御都合主義満載。

しかも、エタった。

頭の中では、一応はラストまで出来ていたんだけど。

イメージが先行し過ぎて、書く技量と意欲が枯渇。

仕事の忙しさも有り本当に遣る気が萎えてしまった。

ただ、当時は填まってたし大好きだったのは確か。

尚、俺は華琳党だった。


だから、数年振りでも結構早く思い出し、勘繰られる事が少なくなる様に孫権の質問に答えられたと思う。

あの状況でなら、十分だと個人的には思える。

…まあ、後からは幾らでも“こうすれば…”が出ると思うんだけどな。

人間誰しも、完璧な最善を選べはしないんだから。


──で、肝心の現状把握。

取り敢えず、此処が自分の知っている“世界”なら、多少の仮説は立てられる。

先ずは、孫権が居る時点で呉陣営スタートだな。

ただ、原作のルート内かは判らないし、決め付けると危険だと思う。

何しろ“想定外”が起こる可能性が高いんだから。


次に、今の時期だ。

孫権が一人だけで居た事を考えると──原作開始の前である可能性が高い。

もし、孫家が合流済みなら此処には孫策・周瑜の姿が有った筈だからな。

それに、“天の御遣い”と俺を孫権は結び付ける様な様子は窺えなかった事から例の噂話──管輅の占いが広まってもいない可能性も高いと思う。

…まあ、俺は素っ裸だったみたいだから、追い剥ぎに遭った被害者だと見られる可能性は高いから仕方無い事なんだろうけどな。

正直、反応に困るよ。




ただ、孫権の性格としては俺を“天の御遣い”として利用しようとする可能性は低いとは思う。

飽く迄も、俺個人の印象に因るものだから、絶対とは言えないんだけどな。


仮に、“天の御遣い”だと考えられたとしても俺には証明する術が無い。

何しろ素っ裸だった訳で。

唯一の方法は、“未来”を予見して当てる事かな。

ただそれも必ず当たるとは限らないだろうから上手く遣らないと駄目だろう。

態々、自分から危険に飛び込む真似はしないけど。



(…それでも、この状況は芳しくはないよな〜…)



寝てしまい、目が覚めたら“見慣れた日常”の世界に戻っている。

そんな都合の良い可能性が無いとは言わないけど。

期待するのは駄目だろう。

──となると、必要なのは如何に生きていくのか。

当面の問題は、この一点に為るだろう。



(…多分だけど…孫権なら力に為ってくれる筈だ

だから、俺に何が出来て、どう生きていくか…

それを最低限必要な範囲で具体的に考えないとな…)



これが夢ではないのなら。

“自分が主人公”だなんて考えは捨ててしまう。

勿論、誰かに委ねて生きるという意味ではない。

変な使命感や正義感を捨て泥臭くても、足掻き続け、生きてゆく為に。

変な拘りや先入観を捨てるという意味だ。



(まだ情報が少ない…

兎に角、明日の孫権からの質問への対応策と、此方が欲しい情報を引き出す為にどうするべきか…

それを考える事だよな…)



 彼は“桂木 晶”改め、自ら“圭森”だという事を意識し、自己暗示を掛ける様に徹底する。

彼にとって幸いだった事は昔の事だとは言え、圭森は“もう一人の自分”だったという事だろう。

注意は必要だが、演技する必要は無いのだから。

襤褸は出難いだろう。

気を抜かない限りは。




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