3話
人を見れば街が判るし、街を見れば領主が判るし、領主を見れば国が判る。
それは国の中心に近い程に顕著に表れる事だろう。
如何に人口が多かろうとも人々の繋がりが希薄ならば犯罪は増加し易く、治安は悪化し易く、身近な危険は確実に忍び寄る。
逆に地方の田舎等は大きく二種類に分かれる。
閉鎖的で余所者には厳しく排他的だが犯罪率は低い。
ただ人口は増え難い。
移住者は勿論、来訪者にも親切な場所は人口の増加は期待出来るが、火種を内に抱え込み易くも有る。
つまり国造り、街造りとは“人造り”である。
しかし、現実には至難。
人間が人間として在る限り完全な平等・絶対の平和は実現する事は無いだろう。
けれど、機械の様に為れば人間である意味は無くなり人間が存在する必要は全く無くなってしまう。
良くも悪くも未完成な故の可能性こそが人間の価値。
その真価を引き出せるのも人間だけだからこそ人々は自らを律する事が肝心。
街に、国に、社会に問題が有るのならば、先ずは己を省みて正して行こう。
それが本当の第一歩。
「…規模が段違いだな…」
華佗と別れ、目的地である洛陽に到着した圭森。
その視界に映る光景を前に思わず溢した一言。
だが、それも当然だろう。
現在、最も栄えているのが他ならぬ洛陽なのだから。
歴史的に言えば今の時期の荊州も漢王朝内では上位の州に確実に入るのだが。
それでも比較に為らない。
人の数が、活気が、欲望が別格の大渦と為っている。
其処に居るだけで当てられ呑まれてしまう狂気に似た熱気の様に、この洛陽には魔性の誘惑が漂う。
「……アメリカンドリームみたいな物か…」
場所や時代、世界ですら違っていたとしても人々が懐く最も単純な“一攫千金”だけは変わらない。
そういう事なんだろう。
だとすれば、この洛陽にも華やかな勝者達(表の顔)が存在する以上、その一方で夢敗れた敗者達(裏の顔)も存在しているのだろう。
人々の欲望を喰らって栄え肥大化した巨都。
その礎となった多くの欲は生命を代償に潰えた。
身に余る欲望を懐き遣って来た魔窟。
甘く、優雅で、豪華絢爛な僅か一握りの成功者の物語に。
人々は酔いしれて。
気付いた時には既に破滅。
繁栄し、人口が増える程に都市というのは人々を試し篩に掛けてゆく。
だからこそ、成功者は僅か一握りなのだから。
誰でも夢を懐く自由が有り誰にでも可能性は有る。
けれど、本当に夢を掴める成功者は砂漠の中の一粒の砂金と同じ。
埋もれる事無く輝きを放ち世に自らを示した者だけ。
長生きしたいのなら無謀な欲望は追わない事。
夢は夢の中でのみ楽しみ、現実を堅実に生きる事。
才器(自分)を見失った者に未来は決して微笑まない。
世界は優しくなんてない。
何処までも過酷なだけ。
先ず空きっ腹を満たす為に適当な店を探して歩く。
高級店っぽい所に入れば、間違いないかもしれないが懐事情は芳しくない。
…いや、一回の贅沢位なら出来無い訳ではない。
蓮華が持たせてくれた額は過保護だと言えるから。
勿論、とても有難い事だがそれに甘えてしまう様では何の為に蓮華の傍を離れて此処に居るのか。
その意味が無くなる…様な気がするから遣らない。
何より、庶民の金銭感覚を身に付けなくては。
怪しまれるだけだからな。
街の様子を見ながら散策し良い匂いをさせている店にホイホイされる様に入る。
きっと、輸入業をする彼も似た様な気分なのかも。
「よ・う・こ・そぉ〜ん、いらっしゃいませぇ〜♪」
──閉店バタンッ!。
反射的に扉を閉め、高速で離脱する事を決めた。
「ブルルルゥァアアッ!!、おいゴラァ、ちょおぉっと待てやあぁああーーっ!!」
「──ひいぃっ!?、御願い殺さないでっ!?」
「────あらぁん?」
飛び出してきた筋肉達磨は目の前に居た背格好の近い無辜の青年の頭を右の掌で鷲掴みにして引き寄せると強引に振り向かせ、顔面を蒼白にし震え怯える青年の様子から人違いだった事に気付いて手を離した。
謝る筋肉達磨を他所に彼は半泣き状態で転びながらも懸命に足を前に出し必死に生き延び様と逃げたした。
その反応が正しいと思う。
「眼が澄んでいる」なんてズレた感想を言った華佗が可笑しいんだと思う。
普通の感性なら先ず最初に懐くのは恐怖なのだから。
まあ、それは兎も角として三十六計逃げるに如かず。
触らぬ“漢女”に祟り無しでしょうから。
上手い事、伏せたカードが働いてくれたのだから。
態々自爆する事は無い。
急がず、慌てず、焦らず、周囲に溶け込む様に心掛け人波に流される様にして、その場を離れて行く。
折角の良さそうな店だが、関わりたくはない。
何か、色んな意味で苦労が纏わり付きそうだから。
あまりにも濃すぎる存在感故に一発で食われる。
芸人さんだったら一番嫌な相手じゃないだろうか。
出落ちで終わらず、兎も角荒らしに荒らしてくれる。
きっと台風よりも強烈で、竜巻よりも苛烈な災害。
(…にしても、今の時点でアレが此処に居るって事は一応は“外史”なんだな…
いや、アレが居なくたって外史なんだろうけど…)
原作から何処まで乖離し、何処に向かうのか。
それは判らなくなった。
少なくとも、自分の知識は宛にし過ぎるのは危険だと改めて知れたのは僥倖。
元々、信用し過ぎない様に気を付けていたつもりだが無意識に前提条件に置いた思考をしている事も有ると洛陽までの道中で感じた。
──とは言え、この時期にアレが居る事にも何かしら意味は有るのだろうが。
そして、恐らくは此処にも現れる可能性は高い。
それが何時・何処なのかは判らないけれど。
──そう思っていた自分に喝を入れて遣りたい。
漸く店を決めて食べ始めた所で聞こえてきた会話。
それは管輅という占い師の“予言”に関する内容。
そう、原作でも有る話だ。
“天の御遣い”の出現。
それを予期させる予兆。
ある意味では原作の開始が迫っているという証。
(話を聞いてた限りだと、まだ広く知られてはいないという印象が強いな…
なら、今暫くの猶予は有る──いや、違うな…
この外史が原作のルートと同じとは限らない以上は都合の良い考え方は止めるべきだろう…)
ただ、一つの目安になる事だけは間違い無い。
天の御遣いが存在するなら少なくとも予言が一定以上浸透してからだからだ。
それは原作──ゲーム上の諸事情故の都合な訳だが、何も判らない天の御遣いを異世界へと放り込む以上は最低限の下準備は必須。
そうでなければスタートと同時に死亡する様な物。
だから、受け入れる準備が整うまでは出現しない。
逆に言えば、出現する時を大雑把にだが予測する事が出来るという事になる。
(この予言が世に何れ位の早さで広まるのかは流石に判らないが、まだ洛陽でも囁かれ始めた程度…
だとすれば、一ヶ月程度は猶予は有ると言えるか…)
勿論、絶対ではない。
もしかしたら、この外史は“ハードモード”って事も十分に考えられる。
そうなると出現する時期が早まる可能性は有り得る。
──とは言え、現状で彼是考えていても実際に起きて初めて判る事でもある。
何も想定・準備をしないで居る事はしないにしても、捕らわれては為らない。
それはそれ、これはこれ。
無関係ではないが、現状は別の問題なのだから。
(…氣の使い方が飛躍的に上がる事は無いらしいから出来れば時間が欲しい…
大局の流れは変わらない事だとしても、細かい部分は外史毎に違う…
その細部の違いに備えて、手札を増やして置きたい)
想定外が起きる事は怖い。
しかし、それは絶対に回避出来る訳ではない。
寧ろ、ゲームとは違う以上絶対に起こり得る事だ。
黄範さんの死の様に。
本の僅かな油断が招くのは消えない後悔だから。
だから、そういった思いを二度としたくないのなら、対処出来る様に準備をする意外に出来る事は無い。
まあ、独りで生きていくか死を選ぶのなら別だが。
俺は生きる為に足掻く。
蓮華との未来の為に。
運命に抗う為に。
戦う事を選んだのだから。
夜の帳が降りれば、街は深い眠りへと沈む。
電気という技術を得る前の世界では、そうなる事こそ常識だった。
しかし、電気の出現により世界は一変した。
曾ての夜が夜でなくなり、新たな世界の一つと為る。
人々の欲望が灯火となりて闇で誘う眠らぬ世界へ。
だが、それは電気の出現の以前にも存在はしていた。
ただ、それはある意味では最上級の贅沢とも言えた。
その為、庶民の手が届きはしなかったというだけで。
それは確かに存在した。
そして、この洛陽もまた、その一つである。
洛陽の一部の大通りは夜に抗う様に明々と照らされ、行き交う人々の姿が有る。
しかし、其処に有る人々は身形が整った者か鎧姿の者ばかりであった。
それも当然と言えば当然。
夜の街は贅沢者の為に。
その為、犯罪も増える。
だから、夜間の警備態勢は昼間以上に厳重になる。
獲物(被害者)が権力・財力・身分が高くなるから。
そんな連中を護る為だけに夜間警備は行われている。
正に無駄な贅沢である。
けれど、そんな夜の街にて政治・経済を動かす者達が公然の秘密として密会し、世の中を動かしているのもまた事実でもある。
「……不夜城、か…」
安宿の木の窓を少し開けて夜景を見詰めて呟く圭森。
情報収集には打って付けの状況だが、その為の散財は後々に必ず響くだろう。
下手に聞き込み等をすれば顔を覚えられる事も有る。
だから夜は動かない。
夜の皇帝は如何な者か。
実際には皇帝が夜遊びするという事は無いだろう。
態々自分から危険な場所に飛び込みはしない。
自ら赴かず、宮中に召せば済む話なのだから。
ただ、歴史を知る圭森には同じ洛陽に在る筈の皇帝が今何を考えているのか。
世の中をどう思うのか。
何と無く聞いてみたくなり静かに皇居を見詰める。
決して、昼間の予期せぬエンカウントを忘れたくて現実逃避してはいない。
一人の人間として。
この地に生きる者として。
この国の未来を憂いて。
真剣に考えているだけだ。
洛陽の一角に有る長屋。
その室内では盞に灯る光に照らされた人影が揺れる。
一般的な造りの筈の部屋が窮屈に感じる程の巨体。
それが二つ、詰め込まれた引っ越しの荷物の様に中で存在感を放っている。
鼠一匹の気配もしないのは恐れて逃げたからだろう。
「やれやれ…今日の稼ぎは今一だったのぉ…
まだ降りて来ても居らんし儂はダーリンを探すか…」
「あらぁん?、抜け駆けは許さないわよぉん?」
「お主には“ご主人様”が居るのじゃろう?
だったら、一途に待て」
「それはそれよぉん
恋多き漢女心は揺れ動いて更に磨かれるのよぉん」
「むぅ…確かにのぉ…」
「それはそうと〜…今日、働いてる時可笑しな感じがしなかったぁん?」
「特に何も無かったが…
気になる事が有ったか?」
「ん〜…はっきりとは私も判らなかったけどぉん…
お店に入ろうとした御客に本の僅かだけど変な気配を感じのよねぇん…」
「…彼奴等の関係か?」
「そうじゃないわねぇん
悪意は感じなかったし…
もしかしたら私の気のせいかもしれないわぁん」
「…まあ、何にせよ、何れ動き出せば判る事か」
「そういう事ねぇん」
「ならば、儂はダーリンに逢いに行くかのぉ」
「一人だけ行かせるなんて有り得ないわよぉん?」
『…………』
立ち上がった一人の左腕をもう一人の右手が掴む。
その瞬間、まるで膜放電が起きたかの様にバチバチと何かが奔り、弾ける。
無言のまま睨み合う二人。
打付かり合う闘気。
ガタガタッ…ギシギシッ…ゴゴゴゴッ…と悲鳴を上げ軋む長屋の事など気にする様子も無いままに。
翌日、「昨日地震が…」と近所の奥様方が井戸端会議をする事に為るのだが。
震源地(当事者達)は知らぬ存ぜぬで噂は消え去る。
別の話題によって。




