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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第一章  血と泥に塗れど芽吹く
21/100

   21話


 深い夜が薄れ、空で踊る星が眠りに就こうとする頃世界は起き地平の彼方から色付き始めてゆく。

そんな中、闇に紛れ山中を移動する一団の姿が有る。

森に溶け込む様に茶と黒を基調とした装束に身を包み姿勢を低くし、出来る限り音を立てない様にして。

慎重に進んでいる。


──と、先頭を進む一人が右手を頭の高さに上げる。

次の瞬間、背後に連なって進んでいた者達が足を止め息を潜めながら伏せた。


風鳴り、戯れる草木の声、鳥達の目覚めの唄。

静寂は旭光と共に終わり、生命の讃歌が響く。


そんな中で、先頭の人物は静かに頭を上げて、草木の隙間から前方を窺った。

木々が生い茂る森林の中、明らかに人工物だと言える建物が視界に映った。

製材されている物ではなく木を伐り倒し、枝を落とし皮を剥いだだけの丸太。

それを囲う様に打ち付けて造っただけの簡素な物。

山小屋よりも雑な造りだが場合に因っては捨てる以上丁寧には造る事は無い。

そういう物だったりする。

賊徒の拠点とは。


成人男性の平均的な背丈を上回る高さの壁の内側には見張り台の様な物が有り、其処に人影が見えた。

その人数は三人。

他は見えないが、狙うには十分な位置だと言える。


それを確信すると背後へと振り返り、待機する仲間に頷いて見せる。

その合図で腰に下げている皮袋を開き、両手で中から一羽の鳥を取り出した。

羽を、足を、嘴を縛る紐を解くと、その鳥を頭上へと放り投げ、素早く伏せる。


自由に為った鳥は羽撃き、迷う事無く飛び去った。

それが“合図”だった。


その鳥は名前を“南蛮黄鳩(きばと)”と言い、漢王朝南西部に広く生息する野鳥であり、珍しくはない。

名前の通り羽毛が黄色く、益州・荊州では家庭料理に用いられる程である。

この鳥、実は鳩には珍しく夜行性で面白い習性が有り日中は巣で寝て過ごす。

その為、夜が明ける頃には群れで飛び去る光景を見る事が出来たりする。

単体で飛ぶ事も多々有り、中には大分日が上ってから巣に帰る個体も居る。

別名は“朝帰り鳩”。


この習性を上手く利用して合図を送った。

相手に見られても、それを怪しむ事は無い。

何しろ、普段から見掛ける有り触れた光景だから。

ただ、自軍だけは自分達の配置場所を知っている故に合図として成立する。

“慣れ”を利用した巧妙な手段だと言えた。


そして、その合図に応えて三羽の南蛮黄鳩が本隊から空へと放たれた。



「──作戦、開始です」



その声に既に準備を整えて弓矢を構えていた者達が、草木の間から賊徒の拠点に向けて一斉に射ち放つ。

狙うは見張り台。

其処に矢は襲い掛かると、油断していたのだろう賊徒三人を容易く仕留めた。

二人は見張り台の中に倒れ一人は地面へと落下した。

山間に響く鈍い音。

そして、僅かに間を置いて賊徒の拠点は喧騒を帯び、街の通りの様に動き出す。




敵襲に気付いた賊徒達。

その様子を静かに見ながら自身の予想した通りの反応を見て口角を上げる。

それは無意識に出た高揚感──否、充実感だろう。


圭森にとって困難な状況は“自分を試せる好機”だ。

成否(結果)は重要なのだが彼にとっては経緯と内容が何よりも問われる。

自分に出来る事。

自分の現時点の力量。

自分の考えが通じるのか。

自分に何が足りないのか。

それらを把握する機会こそ圭森には必要だった。

孫権との鍛練や日々の仕事自体も有意義では有る。

だが、実戦でしか培われず得られない事も有る。

それが今、目の前に有る。

圭森は戦闘狂ではないし、好んで戦争をしたいなんて思ってはいない。

だからこそ、稀少な機会を逃すつもりはないのだ。


まあ、それは圭森の個人的事情であり、それを前提に行動してはいない。

少なくとも戦闘する以上は犠牲が出る事は覚悟の上。

その上での作戦の提案だ。


それは兎も角として。

圭森の作戦は上手く運び、賊徒達は混乱を来す。



「──総員、構え…」



静かに指示を出した圭森の声に応え、両側に待機する兵達が弓矢を構える。

第一撃となる右部隊の射撃に始まり、左部隊が僅かに間を置いて第二撃。

再び右部隊、また左部隊と一定間隔ではなく、相手の様子を見ての各自の判断で間を置いて第三・第四撃。

そして本隊となる圭森達が第五撃を準備している。


頭の高さに上げられていた右手が降り下ろされると、兵達は一斉に矢を放つ。

左右から射撃をされていた賊徒達の背後からの一撃。

その一撃を受けて賊徒達は拠点から一斉に逃げ出す。

それに合わせて、移動して待ち構えた左右両部隊から挟撃する様な一斉射撃。

賊徒達は散る事は出来ずに行列を為す様に誘導され、山を下る事を強いられる。


山を“下に居て見下ろす”という真似は出来無い。

だから、見張り台は高く、下を見下ろす様に設ける。

其処に意識の死角が有り、圭森は利用した。

第一撃で敵襲を認識させ、第二撃で複数の位置からの射撃であるという事を教え第三・第四撃で拠点が包囲されていると錯覚させる。

そして、第五撃で背後から追い打ちを掛け、拠点内が安全ではない事を教えて、拠点外へと脱出させる。

その後は上手く射撃しつつ野戦の予定地まで誘導。

それが圭森の作戦。


作戦の肝は上を取る事。

防壁を兼ねる壁際に居れば矢は当たらない。

だが、左右両側から射撃を受けた場合には逃げる所は限られてくる。

其処に拠点の背後から射撃する事で拠点に留まる事が危険だと理解させる。

“三方を囲まれ出入口から脱出をする事が罠なのだと判っていても他に選択肢が無い以上、射殺されるのを待つよりは増しだ”と。

そう敵の頭目が考える事は昨日の一件で想像し易い。

攻城戦と違い、賊徒達には拠点と心中するつもりなど無いのだから。




圭森が孫権・黄忠に作戦を説明した際、二人に対して一つ頼んだ事が有る。

それは“自軍の中で信頼し弓術の腕前が高い精鋭”を貸して貰うという事。

作戦は少数精鋭が前提。

大部隊は使えない。

左右各二十人、本隊十人、圭森を加え、計五十一人。

それが今回の誘導部隊。

黄忠の方は信頼が重要で、弓術の技量に関しては特に心配していなかった。

孫権の方は黄蓋の部隊出身という者が居る事を圭森は予め知っていた。

だから少数精鋭で遣れると確信していた。


本隊が少ないのは位置的に賊徒の脱出後の誘導に参加する事が難しい為。

その分、接近戦でも戦える面子を重視し、拠点制圧を任せていたりする。

尚、左右各部隊の編成は、両軍の混成ではなく各々が担う形を取っている。

右が孫権軍、左が黄忠軍、本隊は逆に同数の混成。


そして、圭森は本隊を離れ単身山を駆け下りていた。

圭森にとって賊徒討伐より孫権・黄忠の暗殺阻止こそ大本命なのだから。

悠長に誘導に参加している時間は無かった。

ただ、その誘導先は圭森が意図的に時間を稼げる様に考えて指定してある。

孫権達には「気付かれずに待ち伏せし、包囲し易い」という説明をしてある為、一切疑ってはいない。

だからバレる心配は無い。



(…此処までは上手く運ぶ事が出来てる…

後は呂蒙と合流して刺客の特定が出来ているか…

それが一番の問題だな…)



 此方等の──黄忠を狙う刺客の特定は大丈夫だ。

近衛衆が処理してくれる。

だが、黄忠軍の中に紛れた蓮華を狙う刺客には迂闊に手を出す事は出来無い。

本来なら乱戦に持ち込めば殺り易い状況に為る。

それが出来無く為った以上蓮華の暗殺方法は二つ。

戦闘に紛れる形での狙撃か──堂々と近付いて、か。

狙撃する場合、その姿勢が他の兵とは異なる筈。

蓮華を狙うからな。

だから、狙撃する場合には対応は近衛衆に任せる。

暗殺者(本職)を相手に俺が気付かれずに接近する事は先ず無理だろうから。


俺の役目は“居ない”事を利用して自軍に紛れ込み、接近してからの暗殺阻止と狙撃に対する楯役だ。

──とは言え、前回と違い戦闘による喧騒の中だ。

音で気付く事は厳しい。

だから位置取りが鍵だ。

蓮華達には近付き過ぎず、しかし二人に近付く人物の姿や様子を把握出来る様に絶妙な位置に控える事。

何気に難しい事だが蓮華を殺させる訳にはいかない。

後で怒られるだろうけど、危険は承知の上だ。




 晶の提案した作戦自体は理解出来るし、十分成果を期待出来るでしょう。

それなのに、何故か何処か腑に落ちない。

モヤモヤとした感覚が胸に渦巻いている。



「…大丈夫ですか?」


「──っ、ああ、大丈夫だ

回朋なら遣ってくれる」


「…孫権殿は圭森殿の事を信頼されているのですね

まるで、夫婦の様に」


「──なぁっ!?」



反射的に黄忠の言葉に対し反応してしまった。

嫌がった訳ではない。

心の裡を“見透かされた”恥ずかしさから。

そして、反応してしまった瞬間に“遣ってしまった”事を黄忠の笑顔を見た事で嫌でも理解してしまう。

私は「嵌められたっ!!」と叫びたくなる衝動を抑え、誤魔化す様に咳払いをして黄忠から視線を逸らす。

揶揄われたくはないし。



「まあ、信頼しているのは間違い無いな

私にとっての回朋は単なる侍従や側近ではなく、一番近くに居る好敵手だ」


「…好敵手、ですか?」


「ああ、そうだ

彼奴は私を“孫家の姫君”という見方をしない

だから礼節は必要最低限で遠慮せず指摘もする

そういう者が家臣に居ないという訳ではないが、中々元々有る主従関係を越えて意見する者は居ない…

だから、私には彼奴の様に忌憚無く意見をくれる者が必要だったりする

同時に、切磋琢磨も出来る相手でも有るからな

少なくとも世の夫婦の様に甘い関係ではないな」



──と、誤魔化す。

“もし、晶に聞かれたら、傷付けてしまうのでは?”なんて思いはしない。

晶だったら、察してくれるでしょうから。

…まあ、それが逆だったら私は泣きながら走り去り、変な意地を張って晶の事を避けてしまうのかも。

…………そんな自分の姿を容易く想像出来てしまって軽く落ち込んでしまう。

何だかんだ言っても、私が晶に甘えている部分は否定出来無いでしょうね。

偉そうに「好敵手だ」とか言った自分を殴りたい。


でも、全くの嘘ではない。

少なくとも、世間一般的な夫婦の関係とは違う。

私達なりの、私達だけの、私達の在り方だもの。

誰かの模倣ではないわ。




 孫権殿の様子を見ていて“緊張を和らげる”という意味での心配をしてみたら思わぬ反応が返ったので、つい、揶揄ってしまった。

悪意も他意も無い。

ただ昨日の様子からしても二人は“とても親しい”と察する事が出来ていた。

だから、“夫婦の様に”と言ってみたのだけれど。



(…“世の夫婦の様に甘い関係ではない”ですか…

中々言えませんね…)



孫権殿の言葉から嘘偽りを感じる事は有りません。

尤も、「夫婦ではない」と否定はしていませんから。

“そういう”関係の可能性は十分に考えられます。


ただ、そんな二人の関係を羨ましく思います。

私自身、既婚者の身ですが同時に未亡人でも有る為、単純に戦に身を置く二人を心配してもいます。

私の夫は戦死でしたから。

勿論、二人が同じ様に為るという訳では有りませんが悲哀と苦悩を知るからこそ心配してしまいます。

私の場合、夫の忘れ形見と言える娘が居ますから。

喪失感に苛まれはしても、自分を見失う事は無かったというのは大きいですね。

……子供が居ても、将来に不安を覚えて、或いは愛が深過ぎるが故に子供を見て失った痛みを思い出すから心を病む者も居ますので。

安易に「子供が居れば…」と言う事は出来ません。


…まあ、それは兎も角。

どうやら、圭森殿の作戦は上手く行った様です。

賊徒の一団が追われた事で遣ってくる予定の方向から野鳥が飛び立っています。

追い立てられ、必死に走る賊徒に驚いての事。


孫権殿も気付いた様で私の方に振り向かれました。

互いに頷き合い、自軍へと支持を飛ばします。

賊徒が相手とは言え、侮る事は出来ません。

“窮鼠猫を噛む”です。

本の小さな油断が招くのは後悔ですからね。

失って気付く事が無い様に気を引き締めて臨みます。




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