16話
“夢”とは何だろうか。
眠りの中の幻想か、意識が思い描く架空か、目標等の現実的な願望か。
それは定かではない。
人各々、その時々、状況で違ってくるだろう。
しかし、何れであろうとも夢を懐かない者は居ない。
夢を懐かぬは死者だけ。
小さく漏れる吐息の音を切っ掛けにして広がりゆく己が意識と感覚。
肺に溜まっていた熱が息に混じって吐き出される。
その熱を鬱陶しく感じて、倦怠感を感じながら身体を捻り、寝返りを打つ。
──前に違和感に気付く。
布団の中に“自分以外の”体温が有る事に。
危機感が働き一気に意識が覚醒してゆく。
そして──薄暗い闇の中に見慣れてはいるが、自分の部屋には居る筈の無い者が其処に居る事に気付く。
自分に寄り添う様にして、ぴったりと身体をくっ付け寝息を立てている。
直に触れ合う素肌が僅かに寝汗で湿り気を帯びるが、不快感は懐きはしない。
相手が男なら不快だが。
伝わる温もりが、安らぎを与えてくれる。
──と考えて、気付く。
互いに一糸纏わぬ状態で、同衾しているのだと。
他の誰でも無い、仲謀と。
瞬間的に生じる状態異常。
停止・混乱・動揺を経て、思考は漸く記憶を辿る。
そして、答えに辿り着く。
鮮明に思い出される昨夜の一連の出来事。
恥ずかしさも有るのだが、それ以上に満ちる幸福感に自然と口元が若気る。
それも仕方が無い事だ。
何しろ仲謀の様な──否、蓮華の様な物凄い美少女を抱く事が出来たのだ。
それも相思相愛の上で。
これで若気無い男は、余程器が別格なのか。
或いは“女慣れ”しているという事だと思う。
ただ、その一方では冷静に「あ〜…遣っちまった…」という感じの他人事の様に考えている自分が居る。
別に後悔はしていない。
酒に酔った勢いでもなく、きちんと合意した上だから批難される事も無い。
しかし、一線を越えた事で自身の今後の身の振り方は概ね決まったと言える。
(…“呉ルート”か〜…)
別に嫌ではない。
孫呉の中に嫌いなキャラは居ないし、嫌いになる様なキャラも居ない。
…まあ、キャラとしては、という前提の話だが。
けど、呉ルートとなると、どうしてもストーリー的に忌避感が強くなる。
それも当然の事だろう。
原作中、最も主要キャラが死ぬルートなのだから。
ある意味、一番現実的だがゲーム的には重い内容。
魏ルートは救われないが、終わりを感じさせない分、“その先”を想像させる。
だが、呉ルートの未来には“御都合的展開(奇跡)”が有るとは思えない。
だから、ある意味では最も難易度の高い人生ルート。
まあ、御都合展開ばかりな蜀ルートよりは精神負担は少ないかもしれないが。
振り返れば夢の様な現実。
見詰めれば幻の様な現実。
過去は確かであり、未来は不確かであり、進む道には幾多の困難が待ち受ける。
それでも、歩む事を選ぶ。
気負ってしまいそうになり小さく息を吐いて、思考を無理矢理に破棄する。
「考え過ぎると駄目だ」と注意したのは自分だ。
考えないのも駄目だが。
その辺りの加減は難しく、微妙だったりする。
明確な線引きは出来無いし定義出来無いからだ。
個人個人に因るからな。
気持ちを切り替えてから、眠っている蓮華を見る。
…思考上とは言え、正式に真名を預けられて意識して使うと……照れ臭い。
妙に擽ったくなる。
俗に言う“初々しい反応”なのかもしれないが。
そんな俺の事は兎も角。
その寝顔はとても穏やかで安心し切っている。
それだけ、蓮華から自分が信頼されているという証と思っていいのだろう。
そう思ったら…何と言うか嬉しくなってくる。
男としての自尊心を満たすみたいな感じだろうか。
愛する──惚れた女から、というのも大きいな。
「…………………っ……」
まだ夜が明けない部屋。
自分の部屋ではなく、今は蓮華の部屋、蓮華の寝台で一切を飾らない有りの侭の彼女と寄り添っている。
彼女の部屋に入った事なら以前にも有った訳だが。
妙に意識してしまう。
「…これがアウェイの洗練という奴なのか…」なんて馬鹿な事を考える程に。
……いや、違うんです。
本当の事を言えば、自分が意識してしまっているのは蓮華の存在なんです。
腕枕はしていないので一応自由には動けますが。
違う意味で動けません。
だってほら、今、俺達って一糸纏わぬ状態なんです。
とても温かいんです。
物凄く柔らかいんです。
最高に良い匂いなんです。
前世で女性経験は有ったが感覚が、感動が違った。
いや、別に前世の女性達に対しては本気じゃなかったという様な事は無い。
ただ、意識が違う。
日々を一生懸命に生きる。
言葉にすれば同じなのだが内容的には大きく異なる。
前世よりも生きるだけでも大変な今生の中で、本当に愛する相手と結ばれる。
それが何れだけ大変か。
何れだけ幸福な事か。
実際に生きる者でなくては理解し難い事だとは思うが本当に違っている。
だから──ではないが。
空気を全く読めない愚息が朝から元気を出している。
いや本当に、折角の穏和な雰囲気を台無しにする位に愚直なんです。
もし、声を出せ喋れるなら馬鹿な事を喚き騒いでいる事だろうな、うん。
(…しかし、否定出来無い事もまた事実である…)
どう、何を言おうとも。
事実は変わらない。
暫くすれば、意識が逸れて鎮まりそうなのだが。
正直な話、無理です。
夏場という事も有り布団は腰の辺りまでしか掛けずに上半身は空気に晒される。
それで風邪を引かない様に本能が保温効果を補おうと俺に密着している訳で。
その為に体温が、感触が、刺激してくるんです。
この状態で自制心が働き、鎮静化出来るのならば俺は仙人に成れると思う。
それ位に大変だ。
だって、男だから。
人は目標を追い求め未知に挑み続ける。
それが不可能だとされても軈て可能へと成す。
それが人類の歴史だ。
「何故、山に登るのか」と登山家に訊けば、恐らくは「其処に山が在るから」と返る答えを期待する筈。
実際には、どんな答えかは判らないだろうが。
──では、私は問おう。
其処に立派な双巨峰が在るとするならば、紳士諸君は何もせずに眺めるのか?!。
中には「それが紳士だ!」と言う者も居るだろう。
だが、もし其処に挑む事を許されていたとしても!、諸君は挑まないか?!。
否っ!、断じて否だっ!!。
眺めるだけで満足か?!。
私は諸君に言いたい!。
自らの肉体を酷使して挑み頂を制してこそ果たされる歓喜が有るのだとっ!。
無謀な挑戦が正しい事ては私も言いはしない。
時には退く事も勇気だ。
だが、先送りにして折角の好機を挑む事無く捨てる。
そんな事が赦されるか?。
否、赦される筈が無い。
唯一度かもしれないのだ。
なればこそ、挑むのだ。
例え、それが死出に向かう険しき獄道だとしても。
人として、男として。
我が身に宿す業火を鎮める事は出来無いのだから。
(──いざ、実食っ!!)
──いや、違う違う。
食べる訳ではな──いとは言い切れないが。
……うん、言えないね。
ある意味、食べる訳だし。
…………いやいや、待て、ステイ、お座りだ、俺。
気持ちは判る。
痛い程に、よく判る。
だが、幾ら何でも…なぁ。
“親しき仲にも礼儀有り”と言うではないか。
其方、その様な簡単な事も忘れたのかえ?。
──いや、誰だよ、お前。
一度、目蓋を閉じる。
静かに深呼吸して気持ちと思考を落ち着ける。
そして、改めて目蓋を開け──静かに上下をしている双巨峰に魅入られる。
…………うん、無理です。
原作中だと“小さい方だ”という位置付けでしたが、十分過ぎると思います。
──と言うか、蓮華以上の方々って本物の怪物級って事なんですね。
興味は有るけど……うん、全ては女体の神秘だな。
「………すぅ……ぅ…ん…………っん………晶?…」
──なんて考えている間に少しだけ身を捩った蓮華が此方等を向いて、ゆっくり目蓋を開いた。
寝惚けている無防備な姿も可愛いのだが、横になって両腕に挟まれた事により、行き場を無くして膨らんだ様に為った双巨峰が視線を奪ってしまったのは決して俺の所為ではない。
“女としての自信”とは一体何なのだろうか。
虜にした男の数?。
燃え上がった恋の数?。
称えた美句の数?。
身に付ける宝石の数?。
費やした金の数?。
其れ等も決して間違った事ではないのでしょう。
人各々に、己が価値観等に基づいて異なるのだから。
しかし、私には否。
その何れも当て填まらない事だったりする。
では、それは一体何か。
私の答えは──愛する人に求められる数、よ。
ええ、色惚けと言われても一向に構わないわ。
愛する人──晶に求められ肌を重ねる度に思うもの。
自分には女としての魅力が有るから求められる。
それは万人に対して向けた自信ではないけれど。
私にとって女としての自信という物は晶に対してのみ意味を為せば良い。
だって、他の男性になんて興味が無いもの。
だから、それで十分なの。
彼は私に夢中だって。
それが判るから。
そして──私も晶に夢中。
求め合い、交じり合う程に深く深く、強く強く。
渇く事無く、溢れ続ける。
貪欲に、強欲に、限り無く欲心は尽き果てず。
更に更に…と。
満ちては餓えて。
飽きる事無く溢れる。
「…その…大丈夫か?…」
「…ええ、一応平気よ…」
心配そうに、私の瞳を覗き込みながら訊ねる晶。
“一応”と付けてしまった辺りに少しだけ自分自身に対しての呆れが有った事は晶には内緒ね。
だって──ついつい本心が溢れそうになったから。
「もっと…」ってね。
昨夜、あんなにも求め合い疲れていた筈なのに。
起きてみたら、妙に身体が軽くて調子が良かった。
心地好い倦怠感は有っても面倒だとは感じないし。
何より熱く燃えるみたいな晶の欲心に当てられたのか私も物凄く熱く為った。
熱に魘されるのではなく、熱に蕩けさせられる様に。
私達は朝日が射し込むまで互いに求め続けた。
昨日までは持て余していた想いは満たされて。
けれど、新たな欲求が湧き私達を翻弄する。
だけど、戯れる様に踊れば意外と楽しく思えて。
また一つ、私は成長したと実感する事が出来るの。
“変化”という物は実に様々な事を指して用いられ特定の事象に対して断定は出来無かったりする。
そういう意味で言うならば変化の本質を表していると言えない事もないだろう。
この世は常に変化を続け、変化によって成される。
変化は一つの真理である。
蓮華と並び、話しながら歩いていると擦れ違う度に皆さんから“良い笑顔”を向けられるのですが。
「何故だ?」と思っていた自分を殴って遣りたい。
当然と言えば当然だけど、この時代に防音壁だなんて有りませんからね。
大声を出せば聞こえます。
それでも俺の部屋よりかは蓮華の部屋の方が屋敷では奥に位置する為、聞こえる可能性は低くなる。
だが、0には為らない。
抑、主に呼ばれた時に直ぐ対応出来る様に夜番となる侍女の方々は待機する。
蓮華(主)の部屋の近くに。
勿論、彼女達の口は固いし流布する様な事も無い。
ただ、彼女達は女性だ。
そして女性という生き物は概ね噂話や色恋沙汰の話は大好物だったりする。
そんな彼女達が、此処数日様子の可笑しかった俺達の事に気付かない訳が無く。
また昨夜、俺が蓮華の所に“行ったきり”である事は彼女達にバレバレで。
恐らくは、今後の対応上の申し送り的な話が彼女達の間で行われていたなら。
警備関係にも話が行ってる可能性は否めない。
「意外と平気みたいだな」
「慣れじゃないかしら?」
「…実は恥ずかしいから、考えるの止めたとか?」
「…………」
そう訊くと平然としていた蓮華に無言で叩かれた。
ああ、図星だったか。
まあ、普段強がってる分、素顔の蓮華が乙女なんだと俺は知っているからな。
だから驚きはしない。
ただ、その反応の可愛さに俺の心が大ダメージを受け瀕死に為り掛けているが。
仕方が無いよな。




