老荘って?
おこんばんはです。豊臣亨です。
さて、老荘思想家のおっさん、と名乗ってこういった場をお借りしたわけですが、そもそも老荘思想とはなんじゃい、と言うことで、今回は老荘思想をかなり簡潔に、老荘思想家のおっさんは語りたい。
実際、世にでている様々な老荘系の書を読んでもぼやっとした説明に終始して明確にこう、と言っている書は少ないような気もしますね。もちろん、商売として本を出版している以上、老荘を学ぶ利点や価値を最初に語るのが当然なわけですが、とはいえ老荘とは? という基本的な疑問にこう、と答えている書はそう見受けられない。
とはいえ、老荘思想とは何ぞや? という疑問に、すでに大昔にわかりやすいひとつの答えがでています。
それが、
『為我論』
これは楊朱という人の唱えた学説です。または、『為我説』『為我主義』というもの。
楊朱という人は大昔のチャイナの春秋戦国時代のお人。字は子居。なのですが、あまり世にでた人ではないらしく、自著も残ってもいない。「荘子」「列子」などの老荘系の書にわずかに学説をとどめるのみ。いかにも無為自然な老荘らしいお人ということもできます。
『為我論』とは、我を為す、我が為にすると書いてあります。
そういわれると、利己主義と同じものかな? と思ってしまいますが、利己主義とは似て非なるものでありまして、
利己主義の『利』とはつまり、現世利益のことであります。
出世したい、権力、権威がほしい、金持ちになりたい、うまいもんを鱈腹食いたい、上等な異性にめぐり合いたい、もっというと、頭がよくなりたい、優れた肉体や身体能力がほしい、上等な異性をひきつける魅力がほしい、様々な事柄において有利に己の位置をせしめたい。
これらが現世における利益ですね。
そうしたものを得て、己さえよければよい、てめえさえよければそれでいい、という考え方が利己主義、なわけですが、為我主義とは現世利益とは真逆な方向に指向する点に特徴があります。
ではそれは一体なんじゃろか、というわけで、
その道の最高権威、安岡正篤先生にお伺いいたしましょう。書は『現代活学講和選集3 孟子』 PHP文庫 p93から、
「孔・老の流れを汲む、例えば楊朱というような人によって代表される一派「楊家」の方は、「人間はこうなけりゃならん」「どうしちゃいかん」というようなことを言うて、それでいい気になって、自分たちの実は野心、虚栄心、いろいろなものを満たしておるなんて、とんでもないという思想です。
もっと自然に任せておけば、独りでに片付く。天のなすに任せればいい、余計な人間の仕業が一番の間違いであると言って聞かない。
天を忘れ、天に違うて、人間が勝手なことをすると、これは嘘になる、偽りになる。人間の技というものは、すべて嘘である。技術、技巧などというものは、すべて嘘であり、偽である。人間臭い、余計なことをせん方がいい。
一切を自然に任すがいい。自然の森、叢を見ればよくわかる。草や木は、何も他の草木のことに干渉なんかしないじゃないか。自分は自分でそれぞれ健やかに伸びていって、それが相集まって、瑞々しい叢にもなれば森にもなる。そうして美しい調和の世界ができておる。これが造化である、これが自然である。
人間もまた他人のことで余計なことを考えて、余計なお節介をやかない方がいい。すべてが己自身を問題にし、己自身を為めればいい。これを「為我主義」と言うのであります。我を為めるのであります。
人に干渉なんかしないで、人間は誰でも己が己を省みて、己が己を為めておれば、それで立派な自分を作ればいい。そうすれば、集まった人間が立派な世の中を作るのである。他人の世話をやいている間に、自分を何とかしろ。「これはこうすれば結構だから、これを手伝え」とか、「寄付しろ」とか、そんなことは一切ご免蒙ると、これまた徹底した考え方でありました。
「お前がお前の頭の毛一本、脛の毛一本出せば、それが役に立つんだ」
と言われても、その毛一本も俺は出さんと言って聞かない。徹底的個人主義と言っていいかも知れません。
おそらく、ドイツの徹底した個人主義者マックス・シュティルナーなんていうやつが楊朱でも知ったら、狂喜して、「人類の歴史に俺と同じやつがおった」なんて感激したかもしれません。徹底的個人主義の一派でした。「為我主義」でわれを為める主義に徹したのであります」
という塩梅。
えらそうなことを言って虚栄心を満たしておるわたしからするとぎくり、なわけですが、為我論の根幹は、いかに己で己を為めるか、こそが主眼なわけですね。
自由、という言葉があります。
漢字で、自らに由る、と書いてあるわけですが、これも『為我論』とほぼ同じことでありまして、自分の中にある主題、命題にそって生きる、由って生きる、それが自由。
簡単に言っちゃってますが、本当に自由に生きる、というのはこれはかなり至難な業でありまして、人間は外物に支配されます。
出世だ、地位だ、権威だ、名誉だ、金銭だ、人間関係だ、しがらみだ、様々なものに人間は心を動かされ、心をとらわれて、支配されて、今日も生きている。ここから荘厳自由な自らの心の新天地を樹立する、なんて並大抵のことではありません。
本当に人として生まれて生きて、何をするのがいいのか、何をしなければいけないのか、自分の中にある絶対的な命令、そういうことを知命とか立命とかいいますが、これは措いておいて、外物ではない、本当に自分が欲するもの、求めるもの、それに従って生きる、それに突き動かされて生きる、それが自由、自らに由る、ことになるわけです。
己を支配せんと重圧をかけてくる世の事物に、敢然と立ち上がり、己の、自分の完全なる自由の心の新天地を樹立する。
では、自由、己をよくする、我を為める事の最高の境地、もっとも素晴らしい到達点とは何か、
それは畢竟、
悟りを開く、徳を修める、ということになります。
古来、本当に優れた人、偉大なるお方というのは、やがてこの道にいたるわけですね。
『為我論』によって理解できる老荘思想の、本来的、本質的目的、究極的目的が自由、己で己を為めるということになり、その最終的な目標が悟りを開く、徳を修める、ということになるわけです。
そういう意味においては出家僧とほとんど同じですね。宗教色のない僧侶、と言い換えてもそこまで言い間違いではないでしょう。
では、本質的目的、老荘思想家が目指す本質とはどういったものか、これは『老子』から拾ってみましょう。
第八章 「上善は水の如し。水はよく万物を利してしかも争わず、衆人の悪む所におる。ゆえに道にちかし」
最上の徳は水のようなものだ。水は万物を癒して自分の手柄としない。ただただ人の嫌がる一番低いところにいる。だから本質的存在なのである。
第十章 「営魄に載りて一を抱きて、能く離るること無からんか」
我が肉体に宿りし、根源たる、混沌たる本質、一、その本質から離れないで生きたいものだ。
第十八章 「故に大道廃れて焉ち仁義あり。智慧出でて、焉ち大為あり。六親和せずして、焉ち孝慈あり。邦家昏乱して、焉ち貞臣あり」
大いなる道、本当の理法、絶対の法則、因果応報、こういったものが人々の心から消えてなくなってしまって、どうして仁義という倫理がおこりえようか。本当の正しい智慧の光をもって、悪、偽りを照らしてしまえば、どうして嘘偽りがはびころうか。一族、肉親から本当の和がなくなってしまって、どうして親孝行や慈愛の情が湧き起ころうか。
ここらでよかろうかい。
はっきり言ってしまえば「上善は水の如し」で老荘思想の本質を伺うことができる気はします。
万物を助け、救い、導き、教え、しかし、己は手柄とせず、自慢せず、誇らず驕らず、いつもしずかに笑ってゐる。
『為我主義』とは違うように思われるかもですが、徹底的個人主義であってもそこに慈悲の心まで失っているというわけではないのです。慈悲の心、有徳の心があるからこそ、自分を使って何とかなるのならばよい。自分から一切の犠牲をも甘受しないか、できるかは個々人の考えの違い、であります。
さらに突っ込んで考えてみますと、こうして人間が生きる本質、
何で生きておるのか、
何で人として生きておるのか、
そもそも何で人間という存在がでてきたのか、
世界とはなんだ、生き物とはなんだ、進化とはなんだ、
そういった考えを、昔の人はだからこそ、現代人より素朴な自然な純粋な生活にあったからこそ、真剣に、まじめに、切実に考究されたわけですね。そのひとつの結論が、思いっきりぶっとばして結論だけを急ぎますと、
神や仏になる。
ということであった。
古来、人は天、自分たちが上に頂く天にこそ、神や仏と同義の、尊い、絶対的な意思や本質がそこにある、と考えていた。
だから、天の命令は絶対であるから、天命。天命に従って生きんと欲したわけです。
ちなみに、天の意思を受け継ぐ存在であるから、皇帝や天皇陛下を、天の子、天子、と尊称したわけですね。
天に本質があり、神や仏になる、のが目的であるから、老荘思想と仏教思想はその目標が通底しているわけですね。
「上善は水の如し」と、神や仏になる、はその本質的意味、目的、目標においてほぼ同じことであることがわかるかと思います。
そして、また面白い文章があるのですが、老荘思想家は本質を愛するがゆえに、本質を抱いて離れないようにするがために、そこから派生した、本質からそれた、はずれた物事を嫌うのであります。それが、
第二十章 「学を絶てば憂いなし。唯と阿とその相い去ること幾何ぞ。善と悪と相去ること何若。人の畏るる所は、また以って畏れざるべからず」
学問によって派生する、固着した常識、拘泥したルール、無味乾燥たる慣習を捨て去ればよい。丁寧に、はい、と挨拶するのと、ああ! と無礼にふるまうのと、本質的にどれほどの差があろうか。人々は、これは善、これは悪、と判断しているが、それが絶対に正しいと、誰が保障できるだろうか。とはいえ、人々が恐れはばかる事柄に関しては、わたしも恐れはばかるわけだが……。
物事は、それがどれほど正しくとも素晴らしくても、時代を経ると人の手を渡ると、どうしても本質からそれ、本質を覆い隠してルールや慣例が大手を振ってでかい面をしはじめます。
例えば、「野に遺賢なからしむ」ことを目的とした科挙制度はやがてただの暗記合戦となりはて、ただ暗記ができればよい、頭さえよければ人徳など関係のないものになりはてました。
また、財務省、外務省、文部科学省、行政機関になぜ、省の字が当てはめられているかといいますと、本来的には、『省』の字はかえりみ、はぶく、という意味の通り、国民には到底できかねるが、優秀なる役人が国民になりかわって天下国家のために無駄をかえりみ、はぶく、ことを目的として行政機関というのは出来上がったものなのですが、それがどうなったかは語るまでもない。
老荘思想は、こういった、名目や謳い文句だけは立派で正義面して、その実本質からそれまくった物事を嫌うわけです。
その好個の礼を、とある人物に見つけることができる気がします。
それは、一休宗純禅師。
実に破天荒な人生を生きられたそうですね。時の天皇陛下の勅命によって住職になるほど世から信頼を得て、民間の人気も絶大だった、大悟徹底された有徳の高僧でもあったのですが、男色もやったし、肉食や妻帯までやったそうで、結構な破戒僧なわけですね。
仏教の戒律という、厳格なルール、掟を破っているにもかかわらず、大悟徹底された高僧である。
ということが非常に重要なポイントで、神や仏になる、という本質的目的の前に、
肉を食ったらどうして悟りを開けないのか。
妻帯したらどうして仏になれないのか。
という、本質からそれた、固着したルール、拘泥した掟に対して真っ向から反対されているわけです。
ここにも、『為我論』や自由、とつながっていることに気がつくのであります。
己を支配、拘束してくる世のきまりごと、慣例、ルール、そういった本当の自由を阻害してくる事柄に対して、いかに己で己を為めることがかなうか。
一休宗純禅師は、そういった物事に真っ向から反対しつつも、それでも世から、人々から非難、排斥されることなく、それどころか絶大なる信頼を得ておられたそうですから、ものすごく稀有な例でしょうね。一休さんの人柄が、相当よかったのでしょう。あやかりたいものであります。
老荘思想は一休さんと同じく、本質を求めるのに、そこにある無用なものはあくまで無用、と軽視するわけですね。とはいえここでも見逃せないのが、
「人の畏るる所は、また以って畏れざるべからず」
人々が恐れはばかるところまで踏み込んでよいわけではない、ということ。
安定した秩序や平和は守るべき、維持されるべきもので、老荘思想それじたいは決してアナーキー、無政府状態や、てめえさえよければそれでよい、という無法者ではなく、むしろ秩序や平和は大歓迎なわけであります。
とはいえ、そういった塩梅、どこまでがよく、どこからが禁忌、なのかは大変難しいところでありますが、そういった線引きのひとつを孔子様にお尋ねしましょう。
孔子様の教え、思想は孟子と合わせて孔孟思想、と言われますね。
どうにも、老荘思想は孔孟思想のアンチテーゼ、みたいに解釈する人が見受けられますが、それこそ迂愚のそしりは免れないでしょうね。孔孟も、老荘も、中に入れば結局同じことであります。同工異曲なのであります。さきほど安岡先生の書でも「孔・老の流れを汲む」とありますように、孔孟、老荘にそれほど大きな違いはないわけですね。
衛霊公第十五 「子貢問うて日わく、一言にして以って終身行うべきもの有りや。子日わく、それ恕か。己の欲せざる所を人に施すこと勿れ」
子貢さんが質問されました。己の人生、これだけを行っていればよい、そんな一言はありますか? と。
孔子様はこう答えられました。それは、恕、思いやりです。自分がされたら嫌だな、そう思うのならば他人にはしないことです。
これですね。
「己の欲せざる所を人に施すこと勿れ」
自分がされたら嫌なことは他人にはしない方がよい。
確かにその通りで、人の世はそれすら出来ない、しないのが実情ですが。
そうやって、自分で嫌だな、と思わないことを行えばよい、と判断できる。
「人の畏るる所は、また以って畏れざるべからず」
も、自分で嫌だな、と思うところと、人々が恐れはばかるところのすり合わせ、となるわけですね。とはいえ実際生きておればなかなか大変で、そういった物事は失敗して、手痛い目にあって、苦労して、己の身をもって学んでゆくほかはない。
そのための学問は大いにすべきでありまして、「学を絶てば憂いなし」の学問とは根幹的に別物である、と理解しておくとよいでしょう。無学な者には、人間として進化したい、という向上心、向学心すらないでしょうからね。
さてそうなりますと、老荘思想とは救世の思想なのか、遁世の思想なのか、という疑問も沸き起ころうかと思います。
己の身を保つ、我を為めようと思えば必然、僧侶のごとくお山に入って俗塵を避けたくなるものですからね。俗界にあればどうしても様々な出来事にぶちあたり、悩み、未熟な己に迷惑(この場合の迷惑は迷い、惑うということ)してしまうことも多多々々ありますから。
しかし「上善は水の如し」で己を使って世を救いたい、世を救わねばならない、という神や仏の持す慈悲の心ももたねばならない。慈悲の心もない者に本当の人間としての進化などあろうはずもないからです。
孔子様は自分の生まれ育った魯の国で成功されたにも関わらず、権力闘争に敗れ出奔し、他国を放浪して仕官先を求められました。自身の信じてやまない学問を、救世のために活かしてくれる国を求めたのです。しかし、春秋戦国という血で血を洗う弱肉強食の時代では孔子様の学説は迂愚、とみなされ結局、どこにも仕官かなわず老齢になって自国に戻られました。
その孔子様が放浪している最中、とある隠者、隠居して畑仕事をする老荘思想的人物と出会います。
ちと長いですがこれは安岡正篤先生の書「朝の論語」 明徳出版社 p202からみてみましょう。
微子第十八 「長沮、桀溺、藕して耕す。孔子これを過ぎ、子路をして津を問わしむ。長沮曰わく、かの輿を執 る者は、誰とかなす。子路曰わく、孔丘となすと。曰わく、これ魯の孔丘か。対えて曰わく、是なりと。曰わく「是ならば津を知らんと」桀溺に問う。桀溺曰わく、子は誰とか為す。曰わく、仲由となすと。曰わく、是れ魯の孔丘の徒かと。対えて曰わく、然り。曰わく「滔滔たる者、天下皆な是れなり。しかして誰と以にかこれを易えん。かつ而その人を辟くるの士に従わんよりは、豈世を辟くるの士に従うに若かんや」耰して輟まず。子路ゆきて以って告ぐ。夫子憮然として曰わく、鳥獣は与に群を同じくすべからず。吾その人の徒と与にするに非ずして誰と与にかせん。天下道あらば、丘は与に易えざるなりと」
長沮、桀溺、長桀の二字を考えると身丈の大きな人物を考えられる。沮の字を考えると沮喪という字があり、逃避主義、懐疑派であろう。溺の字で溺れる、ですから一種の快楽主義、個人主義者、厭人家、であろう、と。二人の身なりのおおきな遁世者が並んで畑仕事をしていた。そこを孔子様が通りかかられて、子路を使いさせて津、川の渡し場の場所を尋ねさせた。
長沮が問うた「あの馬車におるのは誰か」
子路「あれは孔丘です」
長沮「ははーん、あれがうわさの魯の孔丘か。それなら渡しを知っておる筈だ」
これは随分な皮肉であります。人々を彼の岸に導いてやろう、人を渡してやろうというのが彼の主義ではないのか。人を渡してやろうという奴が自分で渡しを聞く奴があるか。まったく皮肉な男であります。どうも取り付く島がない。
子路も気転がきかぬ男で、今度は桀溺の方に問うた。
桀溺「君は誰か?」
子路「私は仲由です」
桀溺「そうか、魯の孔丘の門下か。ふーん。お前達が渡ろうという河流が滔滔たるように、天下の流れはどうにもならぬ。この時代の風潮は誰がどうしようとしても、どうにもならぬ。あれもだめ、これもだめと、俗流を避けて回る人物に従うより、思い切って世を避ける、こんな現実の俗世間に見切りをつけて、真実に生きようという人物に従うほうがよいぞ」
いっこう取り合わず耰して輟まず、土ならしをして種を蒔き続けた、手を止めずに仕事を続けた。
子路はすっかり困ってしまいまして、馬車に戻って孔子様に告げた。
夫子憮然として、この憮然はよく形容しております。如何にも情けない、分かってくれないという淋しさの形に表れた姿であります。孔子様憮然として曰く、
「人間は、鳥や獣と一緒には暮らせない。結局人間は人間仲間と暮らすほかはない。わしは人間を相手にしないで、何を相手にすることができよう。世の中に道があるなら、世の中にちゃんと筋道が立っておるなら、わしはどうしようというものでもない、悠々自適もしよう」
これですね。
「天下道あらば、丘は与に易えざるなりと」
天下に正しい人としての生き方があるのなら、人々が政治や情勢に困ることなく明るく、笑って生きられる日々が続いているのならば、どうしてそれを無理やり変更させる必要があろうか。
世が間違っておるから、人々が苛政に困窮しておるから、わたしはそれを救うべく、おしてこうして世界を巡っているのだ。
この情熱ですね。
どうしようもない世の中だからこそ、
着実に破滅へ向かっている情勢だからこそ、
これを救わねば、これを導かねば、と情熱に燃える。心が叫んで仕方がないわけですね。
この情熱、慈悲の心のないものに、本当の人間としての進化などありえないのであります。
そこに孔孟思想も老荘思想も関係ない。
人ならば、鳥や獣と暮らすより、人とともにあることを喜ぶのであります。
世を捨て、世に見切りをつけて、冷笑をうかべ、他者を軽蔑して日を送るのがはたして人として正しいありようでしょうか。神や仏にならんと欲する者のありようでしょうか。
冷笑を顔に張り付かせ、人を見下し、したり顔で世を批評する。
いかにも老荘思想的にはみえますが、真の老荘思想は、決してこんな遁世人間にはなりえないのであります。
もう少しいいますと、本当の教えというものは、それがどんな方向性の教えであれ、
血の通った、誠のある、きちんとした人間を作り上げるものなのであります。
その教えに触れたら、魂が生きてくる、心が脈動を始める。感動する、胸が熱くなる。心が震える。
直下に、ただちに、己が反応するのが、本当の学問なのです。
学校で教えている、魂の死んだ教科書で教えるのが、魂の死んだ教師で、受ける子供たちもすでに魂が死んでいる、ようでは誰も救われない。
このような時代だからこそ、人として生まれ、人として生きる己を為める、我を為める、
『為我論』に意味や価値があるのであります。時代を超えた普遍的価値があるのであります。
学問をすることの面白さ、楽しさ、意義深さ、が少しは伝えられたのならば幸いであります。
こんなところで、老荘思想というものを簡潔ではありますが語りえたと思いますのでここらで終わります。
日々学問。