スカーレットの独白
わたしの存在はイレギュラーだ。わたしと云う存在はこの世界にとっても別の世界にとっても等しくイレギュラーなのだ。宇宙はひとつではないし世界も無数に存在する。けれど、わたしの居場所はどこにもない。どこにでもあって、どこにもない。元々居た世界などはとうの昔に消えてしまったし、その宇宙も、今はもうない。様々な奇跡と無数の偶然と、あるいはなるべくして今のような存在になったのかもしれず、しかしその真実はいまだわからないまま。流れるように流されるように今この時までやって来た。思えば遠くまで来たと人並みの感想を抱くこともできる。でもわたしの場合は人並みの遠くとは言えず、その距離はもはや自分自身計り知れないものがある。生まれは普通の人間だった。そう、生まれこそ人並みの普通のものではあったんだ。最初だけ。最初の世界の終わりまでは、わたしとて普通の人間だったはずだ。仙人に関わっていたという事実を除けばだが。そもそもそんなものに関わっていた時点で普通じゃないという話かもだけれど、まあ、それも含めて普通の女ではあったと、ここでは言っておこうと思うのだよ。ともあれあの「仙人」のおじいちゃんとの関わりと、教えられたすべての知識や経験がなければ今に繋がることもなかったわけで。どころか世界と一緒にみんなと一緒に消滅していたに違いないんだが。いずれにせよ生きたからと言ってそちらが正解だとも思えず死んだからと言ってそちらが間違いだということもなく。どちらにせよなるようにしかならなくて、なるようになった結果が今なのだから。死んだとして、世界と一緒に死んで肉体を失ったとしても存在が消えるわけじゃなく存在していた存在がなかったことにはならないわけで、天国や地獄と云ったわかりやすい世界じゃないけれど、生前に生者が予想するような世界はないけれど、それに近しいものは確かにあるし、実際それを天国だと言ってもあるいは正解であり真実なのだが、とにかくそのような死後の魂が集まる場所というものがある。そしてそこにはわたしの父や母やかつての宇宙のかつての世界の仲間たちがみんないると言えるわけで、わたしだけがそこにはいないという話なんだけど。たとえば一緒に死んでいたらわたしもそこにいたのだろうし、つまりはただそれだけの違いに過ぎないと言えば過ぎないのだ。かつての世界でもそれなりにいろいろなことがあったしいろいろな経験をさせてもらった。まともな人間としたら唯一人生を生きた世界だとも言えるのかな。あれが、あの時の自分が最初の自分が最初からまともだったと仮定しての話だがまともだったのかなわたしは。生まれながらに人とは違う能力があったということを差し引けばだが差し引けるわけもないか。そんなだったから「神隠し」にもあったわけで、それが発端となって仙人のおじいちゃんにも出会ったわけで。結局名前までは教えてくれなかったから最後まで師匠としか呼ばなかったあのおじいちゃんの顔も今ははるかな昔の出来事かと思うとやはり遠くまで来たのだなと思うしかないじゃないか。そしてわたしは歳をとらないので永遠の24歳という世界中の同性を敵に回すしかないような特徴があるんだけど、それはそれとしてどーでもいいと言えばどーでもいいことじゃない。特にこれといって特したこともないわけだし、自覚がないだけかもしれないけど、やはり別にどうということもないし。けれどそのどうということもないことでずっと生きていられるわけで、その点やはりお得なのかな。そう思わないとばちがあたるとか、それはなしだよ。好きでやってるわけじゃない。望んでなったわけじゃないんだから。で、どうしてその年齢で止まっているかというとそれはずばり最初の宇宙の最初の世界でわたしが「終わり」を経験した時の年齢がそこだったというわけだね。死んではいないけれど、24歳で終わりを迎えたからというのが理由にある。世界は死んで、その宇宙も消滅した。けれどわたしだけが生き残って、生きていたのかどうなのか、とにかく存在を消すことなく残った唯一の者としてその宇宙からはじき出されて、旅に出た、というのがすべてのはじまりプロローグというわけなのです。以後は様々な世界を見ることになるわけだけれどまずはもうひとつの終わりを迎える世界への旅が最初の出来事だったかな。最初の世界をはじき出されたあとの最初の出来事。あの世界はすでに一度終わっていてさらなる終わりに瀕していた。ことわりが捻れてすべてが歪んだような世界で人の思念がよくないカタチを形成していた場所に幾人かの生き残りがいた。彼らのうちの二人だけが最終的に次の扉を開いたわけだが、わたしはその一連の出来事をただ遠くから傍観していた。助けようとか、なにか手出しをしようとはまったく考えることはなかったな、あの時のわたしはね。崩れかけたスタジアムの中で彼らの仲間がマンティコアに食べられている時でさえ、動かなかったのだから、見殺しと言えば、そうなのだ。でもあの世界で誰かを助けたとして、それがなにか意味のあることとは思えなかったんだ。張り巡らされた呪殺のトラップで次々と死んでゆく人々を見ても、その考えは変わらなかった。なによりまず自分のいた世界がなくなってしまったという大前提があったから、当時のわたしはただの傍観者でしかなかった。どこまでいっても、どこにいてもただそこにいるだけだった。結果から言うとその世界で生き残った二人の男女は次の世界の扉を開いてそこに飛び込んだわけなのだが、わたしもそれに同行した。見つからないようにそっと隠れてうしろから。あるいは上空から。たとえば真横から。姿を消すこともできたので気づかれることなくついて行った。終わる世界のパチンコ店の扉からトロッコに乗って海の上を走り空を飛ぶクジラや回転する虹を見ながら突き進んで最後は滝へと落下する。そしてその先はもう次の世界であり、別の時空間へと繋がっていた。穴から飛び出した二人とわたしはそのまま落下して行くのだが周りには逆さまのビルがあってなんだろうかと上を確認すればそこには地面がある。つまり地面から空に向かって落ちているのかと錯覚するも、そうではなく。途中雲を突き抜けた直後さらに下方に大地が広がるのを確認して、さきほどの場所が逆さまになった地面と建物群であったのだということがわかった。なぜ高空に逆さまの大地があるのかは理由がわからないが、そういった場所なのだと理解するしかない。さらに落下する途中では二人のうちのひとり、女の子のほうがさわれる雲の上に着地するのだがその雲はあらゆる世界を行き来して様子をうかがう、あるいは監視しているもので操縦者が乗っていた。彼が言うには最初から与えられていた仕事であり雲を操縦するためだけに存在するのだろうと自己分析していたのを覚えている。彼自身自分がなにものであるのかわかってはいなかったのだ。もう一方の地面に向かった少年のことは気がかりだったけれどわたしはその少女とともに雲の操縦者とともにあらゆる世界を見て回ろうと考えた。姿を現したわたしに女の子は驚いたもののすぐにうちとけた。マリナ。音でしか記憶していないがそれが彼女の名前だった。わたしとマリナはそれからいろいろな世界を雲に乗って旅をした。雲に乗っているわたしたちを外からは確認できずしかし雲からは特殊な拡大鏡の装置によって眼下の世界がはっきりと見えた。鋼鉄の獣が侵略する世界では人々の血が世界を染めていたがダクト工場の社員によって突破口が開かれたのだったっけ。鋼鉄の獣の身体は硬くいかなる攻撃も通用しないと思われていたのだがある種の合成金属だけがなぜかその身体をゼリーのように切り裂けることが発見された。合板で鋼鉄の獣を倒した男は英雄になり、その世界の歴史に名を残していた。次の世界はどことなく元いた世界に近かったけれどやはり異質で、全体として異界のような雰囲気を孕んでいた。湿地というわけではないが水浸しになった場所が多いところでは水中から伸びた巨大な鳥居の上にある台地で裸の天女が躍り狂っていたのには驚いたっけか。そしてまったく意味がわからなかったし、さすがに、あんな変なものはなかった。なにか意味があったのだとしても、さすがにわたしにも推測できなかったよあれは。さらにその次の世界はかなり異質も異質で、ホテルのような構造物の中だけが世界のすべてという世界で雲からの観測には特別な透視の装置を常に働かせる必要があった。背の高い椅子の背もたれ部分にアイアン・メイデンよろしく人を傷つけるためのトラップが組み込まれているものが一つの部屋から突然出てきて、廊下を歩く人々を殺害していくというソリッドシチュエーションホラーみたいなことが起きていた。N6398EIの部屋から悲鳴が聞こえたので飛び出してみたら椅子に食べられていた、みたいな状況を目にして慌てた人々ががむしゃらに走り、底の抜けた床から落下して命を落としたり、とにかく無茶苦茶な世界で無茶な世界観だったなと云う感じだった。なぜ、どのようにして形成された世界なのかはわからずとも、そこが異常であることだけははっきりとわかる。そんな世界ばかりを見てきた。大蛇、あるいは龍のようなかたちの水柱が暴れまわり、銀色の巨人が直立する世界では、人々はそれらの存在に気づかれないように生きる必要があった。もし見つかれば、命はなかったのだ。暗い洞穴に潜み、物陰から物陰へと動く人達。それはまるで日陰を移動する虫のようで、実際人間がその程度の存在でしかなかった。他にも酷い世界は山ほどあって、意味や理由を考えることすらばからしくなることもしばしあった。そんなことを繰り返すうちに、無限とも思えた膨大な時間が経過して、時は過ぎ、しかしわたしは歳をとらず、マリナだけが老いていき、やがて彼女は亡くなった。その時のことはなにも言うまい。ただ、その出来事からこっち、なにかが変わったことだけは間違いない。わたしは「雲」に別れを告げて、更なる世界を渡り歩き、様々な終わりを見届けながら今に至った。そしてとある宇宙にやってきた段階で、その宇宙から出られなくなってしまったことに気がついた。そこは特殊な宇宙で、今までのように抜け出すことができなかった。これには本当に驚いた。わたしという存在が通過できないなんて、どうなっているんだと本気で思ったけれど、まあ、それも仕方ない。その宇宙の中でやはり終わる世界を見届けて、偶然にも一人の男の子と邂逅して、その魂を別の世界へ移すことになったわけだが、ここからがおもしろかった。この宇宙にやって来る以前に別の宇宙にあるロシアの地で拾った女の子も成長し、その世界を一度一緒に旅をした時とも違うワクワクが存在した。ここでは魔術師となったわたしは世界と関わりを持ちそれなりの居場所を手にするわけだが、やはりそこも本来の居場所ではなく、もちろん安住の地というわけじゃない。それを心得た上で少年の肉体を再構築し、甦らせた。これはもはや神の所業と言えるが、わたしはそんなものになった覚えはないし、はっきり違うと否定できる。そしてわたしはその宇宙から抜け出すために、その世界の少女を二人、仲間に加えた。この世界の住人である彼女らの魔力が不可欠だということもあったが、それ以上に運命のようなものを感じていた。実際、そのうち一人の少女が抱えた問題は、その世界の終わりに直接関係する事柄だった。なので、わたしは協力してもらいながらも、その世界を救うことに決めたのだ。あるいは延命に過ぎないのかもしれない。しかし、少なくとも彼女たちが生きる間には、終わりを迎えてほしくはなかった。どの世界も、宇宙も、いずれは必ず収束するように終わりを迎える。しかし、その時期をずらすことなら、わたしにもできた。それが良いことか悪いことかは、関係ない。わたしは神ではなく人間なのだから、たとえ間違っていたとしても、それはよくある人間が犯す間違いのひとつに他ならない。自分がどこへ向かうのか、将来どのように変化していくのかしないのかわからないが、今は、そうしようと思うんだ。なによりもまず、わたしは彼女たちを気に入っているし、今は、家族のようなものだと思っている。別れの時は近いが、近くても、遠くても、心の距離は変わらない━━。
「おや?なんだか完結の匂いがするぞ?」
「その通りです、お姉さま。どうやら、作品が終わりを迎えたようです」
「あ、やっぱりそうなの?な━んか、誰にも読まれてなかった感じだけど、終わっても終わんなくても、まったく影響ないんだから、別に終わらす必要なかったんじゃない?まだ、あっちの世界で楽しみたかったよ」
「そうですか━━でも、誰も読んでいなかったわけではありませんよ?」
「そうかしら?どーせ、作者本人と身内くらいなものではないの?そもそも、宣伝だってしていないみたいだし、他のSNSだって、やっていないそうだから」
「それは確かに、そうなのですが。少数ながら読んでくださった方は、いらっしゃいます。その方たちに向けて、なにかメッセージを」
「え?急だね・・・ええと、わたしたちが出演した『スカーレットの魔術師』をお読みいただき、ありがとうございました。ちなみにわたしは読んでいませんが、誤字脱字など見つけましたら『所詮は素人、こんなもんだろwww』と思って目を瞑っていただけると、助かります。ええ、作者がプロではないことを、わたしたちはわかっています。どうせならもっと高等な文章の中で活躍したかった気持ちもありますが、仕方ありません。鈴木智一とかいう男に偶然見つかってしまったからには、ね。見つかった、というだけでは勘違いされそうだから、一応説明しておくと、彼が偶然この、わたしたちの物語を創作した━━ということを指しています。他の方が創作していれば、その人が作者になっていた。それだけの話です。この鈴木智一という男は、もちろんこれはペンネームであって、本名は鈴木━━」
「お姉さま!それは、いけません!」
「わ、ビックリした!ニーナの大声、ひさしぶりに聞いたよ」
「本名は、本人が隠していらっしゃいますので、ここで言ってはいけません」
「ああ、確かに、そうよね。なんか普通に言っちゃっていい気がしてたわ。なんか、生まれながらの底辺というか、下っ端というか、そんなアレじゃない?鈴木智一って。だから、つい、ね」
「お姉さま、割と酷いことをおっしゃいますね」
「ほんとだ。わたし、こんな悪かったっけ?」
「いいえ、なにか、物語が終わった影響かもしれませんね」
「悪影響だわー」
「それか、やはり、作者さまの影響ですね」
「おのれ鈴木智一。たいした頭もないくせに世界を創造しおってからに!しかもあろうことか、わたしたちのセリフを意のままに操っているな!」
「それはまあ、作者ですから」
「いや、そんな理屈は通用しないよ。わたしにはね!いいだろう、一度も会ったことがなかったから、ちょうどいい機会だ」
「お姉さま、まさか?」
「うん。ちょこっと、鈴木智一のところに挨拶に行ってくるよ。大丈夫、ちょっと説教したらすぐに戻ってくるから」
「でも、そんなことをしてもよろしいのでしょうか?作品の、作者の前に現れるなんて」
「さあね。まあ、問題ないでしょ。どーせ誰も読んじゃいないのだし、変化が起きても問題ないわよ。それじゃ、ちょっと行ってくるね!」
「あっ、お姉さま━━」
そして今、わたし━━鈴木智一の目の前には、スカーレットが立っている。




