第十八章~エピローグ
第十八章 ケルビムの炎の世界
太陽へ向かうための乗り物━━ヴィマーナの内部は広く、いくつかの部屋もあって、なんだか宿屋にでも来たように錯覚する。
「こんなもんが、本当に飛ぶのかよ?」フィリエルの疑問はぼくの疑問でもあり、ロゼの疑問でもあった。
超巨大な梵鐘が浮かぶ理由が、わからない。
魔術で浮かべるとしたら、それはどれほどの力であるのか。
団長によると、魔術とはまったく違う力であるらしいが、だとしたらなおさらすごくはないだろうか。
少なくとも、地上の世界にそんなものはなかった。
「それでは出発いたしますが、外の景色は任意で見れるようにできますので、ご自由に操作していただいてけっこうです」
言ったのは、影人間のトニーさんだ。
どうやら彼が操縦を任されたらしく、ぼくたちと一緒に太陽まで行くことになったようだ。
聖シュタイナー国王が最も信頼を置く部下が、彼だったというわけだ。
「けっこうですはいいけど、操作って言われても━━」ぼくは辺りを見回すが、なにをどうしていいやら、見当がつかない。方々にスイッチの類や、用途のわからない部分が多過ぎてなにひとつわからない。多分、説明されても覚えきれないだろう。
「外の景色を見るには、このスイッチをポチる」
団長が、壁をさわる。
ぼくが壁の模様だとばかり思っていた四角い部分が、スイッチだったようだ。わかるわけがない。
その四角を押した瞬間、壁が透明になった。
先ほどまでいた、格納庫の様子が丸見えだ。
「おわ、透明になった!」フィリエルが驚いて壁だった場所に触れるも、やはりそこには壁があって、体が通過するわけではなかった。あくまでも、外が見えるだけなのだ。
「外から丸見え」ロゼが言う。
「大丈夫よ、こちらからは見えるけど、外からは見えていないから━━この世界のマジックミラー号なのだよ」
団長がなにを言っているのかはわからなかったが、外の作業員たちが無反応な理由が、それでわかった。
得も言われぬ重低音が響く━━距離を取る作業員たち。
ヴィマーナの底部がゆっくりと回転をはじめる。そのように回転するとは思わなかった。
上部のハッチが開き、夕映えの空が見える。不思議な赤色に染められた視界は、どこか現実味に欠ける。
ヴィマーナが浮き上がった。
「まずは東にある大穴へと向かって、そこから一気に宇宙空間まで行くから、おもしろいぞ」団長が言う。「帰りはもしかしたらこちらには戻らないで、大穴の近くで降りることになるかしらね」
先の予定がどうであれ、とりあえず無事に帰らなくては話にならないと思うのだが、果たしてぼくたちは太陽まで行っても平気なものなんだろうか?
なんとなく、一瞬で消滅しそうな予感もして、おそろしい。
ヴィマーナが王宮の上空まで浮上すると、そこから信じられないような出来事が起こった。
ゆっくり水平に移動しはじめたかと思うと、速度は加速してウツロブネのスピードに達し、さらにそこから異常な加速を見せた。
早すぎて、流れる景色がマーブル模様の板みたいに見えたかと思ったら、およそ十数秒後にはまったく見慣れない景色が目の前に広がっていた。
速度を落としたヴィマーナは、再びゆっくりと平行移動していた。
「瞬間移動した」ロゼがやや目を回しながら言った。
ぼくも、あまりの景色に脳の理解が追いつかなかった。なにか、人間が見てはいけない景色を見たような気がしている。
「ここがイグナフィアの大穴の真下。馬車であれば半年近くはかかる距離だったんだけど、この乗り物であればほとんど一瞬で移動できるのだよ。すごかろう?」
すごいなんてものじゃない、異常である。
もはやこれは、人間の領域を超越している出来事だ。
これならば、太陽へ行けるというのにも、納得ができる。
「さて、それではここからがメインイベントだね。宇宙空間までひとっ飛びと行こうじゃないか」
「団長ぅ、オレ、なんかこわいよぉ」
「おーよしよし、大丈夫だよぅフィリエル。わたしがいる限り、あなたを危険な目には合わせないし、絶対に守るからね」
「うわ〜ん、ママ〜ん!」
そんなやり取りの最中、ヴィマーナが鳴動する。これが宇宙へ向かうための準備なのか━━さきほどの移動とはなにかが違う。
そして、ヴィマーナがさらなる浮上を見せる。垂直方向の移動だ。そう思った時には、地上世界の空にいた。
「うわぁ、いつの間に!」ぼくは驚いてしまった。
やはり、移動が速すぎる。
もはや肉眼ではプロセスが見えない。
まさに瞬間移動だ。
★
眼下に透明な球体の惑星があった━━
まわりは黒の世界で、遠くに無数の光がある。
「おおお・・・わたしたちは、あそこにいたのか?」ロゼが見えない壁にべったり張り付いた姿勢で、眼下の惑星を見下ろしている。ぼくとフィリエルも、その隣に並んだ。
確かにそれは、団長が話した通りの惑星の姿だった━━透明な膜に覆われた中に、広大な大地が横たわっている。
まっ平らで、板のような大地が。
そして、その大地はよく見ると確かに二層になっていて、地底世界の存在がはっきりとわかった。
さらに世界の両端は長大な滝になっていて、球体の下半分は水で満たされていた。二層目の地底世界が水没していない理由はわからないが、あるいは壁になっているのかもしれない。海が世界の下半分で循環している、驚きの光景だった。
『これより長時間のアルビレオ・ドライブに入ります━━しばらく景色は見られなくなりますので、ご了承ください』
艦内放送のようなものか、四方から聞こえたトニーさんの声がそう言った。
「アルビなんとかって、なんですか?」団長に尋ねる。
「アルビレオ・ドライブはヴィマーナの開発者とでもいうべき、アルビレオって人の名前がついたワープ航法のことで、つまりはさっきの瞬間移動状態がしばらく続きますよってことね━━太陽、遠いから」
なるほど━━よくわからないぞ。
要するに、壁を透明にしてても仕方ないってことか。
宇宙空間を見るのが楽しかったので、それはかなり残念なお知らせだった。でもまあ、観光で来たわけでもないし、太陽を目指すには仕方のないことなのだろう。
それほどの彼方へと、ぼくたちは向かおうとしているのだ。
★
長時間という話だったが、過ぎてみればほんの3〜4時間程度でしかなかった。
今、ぼくたちの目の前には太陽があった━━おそらく。
炎と言うには眩しすぎて、マグマと言うには明るすぎる。空間を走る白と黒の雷のようなものが絶えない。音はないが、隔壁に防がれているだけかもしれない。外部の景色は、まるで地獄を現出させたかのような、混沌の極みにある。
「ヴィマーナの中にいるからこそ、直視することができるけれど、そうでなければきみたちの目は蒸発してるでしょうね」団長がおそろしいことを言う。「まあ、外に出た瞬間に消滅すると思うけど」
「ひいいいい」フィリエルが震えだす。さっきはやさしいことを言っていた団長なのに、わざわざ脅かしている。
団長の意外と天然な一面が、まれにではあるけれど、見れることがある。貴重な場面だった。いや、わざとやってるのかな?
団長もあれで、いたずらっぽいことをする人なのだ。
ともあれ目の前には、どうやら太陽があった。
近すぎるのと、とにかく明るくて光のバイアスと黒色のノイズと間断ないフラッシュ現象とでなにがなにやらわからない。とにかく、ヤバそうなものが眼前にあるという状況だ。
「ついに来たわね、この世界の太陽のもとに」
「で、どうするんですか団長?まさか破壊━━」
「しないわよ〜、そんなこと。これから、太陽の内部に向かいます」
破壊も、やればできるような言い方で、団長は否定した。が、太陽の内部に入る?そんなの、自殺行為ではないのか。
と、目の前の、光の世界の中を四角錘状の超巨大な物体が横切って行った。かなり遠くを横切ったはずだが、目測でも相当な大きさがあったように見える。地上世界で見た邪悪なピラミッドを思い出した。
「団長、今のなに?」フィリエルが言う。
「この世界のエノク・シティね。あの中は巨大な町になっていて、多くの人々が暮らしているの。そして、この遠く離れた場所から、自分たちの仲間である、あなたたちの世界を見守っている」
そんなバカな。こんなところで人間が生きられるとは。いや、そもそもなんのために、こんな場所にいるんだ。
とても理解が及ばない。
「元々、あの平面な世界から逃げ出してきた人達だから、それを申し訳なく思って、今の役割を自らに課したのでしょうね」
太陽の表面近くに、人の住む町浮遊しているなど、とても信じられることではない。しかし実際に見てしまった以上は認めるしかないだろう。
『では、太陽の内部へと向かいます』
トニーさんのアナウンスが聞こえた。
★
ほとんど景色とも言えない炎と光の中に、ヴィマーナは沈んでゆく━━もはや死を覚悟してもいいような世界であるが、ヴィマーナの内部に影響はなかった。熱も音も、外の空間にあるものは完璧に遮断されているようである。
太陽の中を進む。
おそらく、進んでいるはずだ━━
進行方向も、右も左もわからない状況下では、そう信じるより他になかった。
どれくらい経ったころだろうか、変化は突如として訪れた。
炎と光がぱったりと途絶えて、薄暗い空間に変化した。
ほとんどなにも見えない━━果ても底もなく、ただなにもない空間に浮いているだけ。
突然失われた明るさに、ぼくたちは戸惑った。
「なんだここ、なんもねー」フィリエルの視力をもってしても、確認できるものは何もなかった。
「激ヤバ空間」
ロゼはなぜかフィリエルの背中にくっついている。
「ここが太陽の内部よ。太陽にも地殻があって、実は炎の世界というのは表面だけのもので、内部には大地があるの」
そう言われても、ぼくの目には大地が見えない。
おそらくフィリエルにも見えてはいないはずだ。
「広すぎて、人間の視界では全貌が見えないわね━━前方に黒っぽい壁が見えない?あれは、この空間でお仕事をしている超弩級の生命体なのよ」
言われても、そのような生物は確認できない。いや、よく見ると確かに前方の黒い空間が、ゆらゆらと動いているようにも感じるが━━あれが生物の一部だとしたら、その全体の大きさはちょっとした惑星レベルのサイズなのではないだろうか。あまりにも大きすぎて、人間には認識すら難しいものに違いない。
ようやくぼくたちの目にも地面が見えて、ヴィマーナが着陸する。あたりは黒い粒子が浮遊する空間で、空は黒く大地も荒涼としているものの、暗闇でもなく、視界は広い。
ただ、辺りにはなにもなかったが。
「さて、それでは話をつけに行きましょうか」
団長が言って、それまでいた部屋を出る。ぼくたちも手招きされたので、それにつづく。
メインスペースには、すでにトニーさんの姿があった。
「わたしはここで待ちますので、あとはお願いいたします」
「任せておいて。わたしなら、話がつけられるから」自信の団長がそう告げる。
「ぼくたちも、行って大丈夫なんですか」一応その確認はしておく。なんなら留守番でも、ぼくは一向にかまわない。
「もちろんだとも、みんなで行きましょう。いい経験にもなるでしょうし」
というわけで、留守番はなくなってしまった。
★
ヴィマーナを降りて、大地に立つ━━見たこともない黒い地面と、墨汁を流したような空がとても気持ち悪い。「空気はあるから大丈夫」と団長は言ったが、息が詰まりそうだった。
「なんでオレたちこんなところにいるんだ?なんなんだよ、ここ」
まるで見しらぬ世界にワープしたみたいなことをフィリエルは言ったが、おおよそそれと似たような状況なので、間違いとも言えない。
人が来るはずもない、見知らぬ世界。
「ケルビムを倒すために来た」
ロゼの眼光が鋭い。戦闘の準備はできているといった様子だ。
「中から破壊してやる、とか、そーいうのじゃないからね。あくまでも話し合いによる解決をするのだよ。わたしは極力、戦争はしない」
まあ、団長が戦争をしているところを見たことはないけど、戦闘ならば何度もある。
いずれにしろ、無敵なことに変わりはないと思うけど。
たとえ世界を敵に回しても、きっと一人で勝ってしまうのだろうという予感がする。
団長ならば、おそらくはそれが可能だ。
熱も音もない、未知の大地を歩く。
眼前の暗黒は、近づくにつれてその正体がはっきりとしてくる。
それは、あまりにも巨大な岩の壁であった。
人間のサイズではその全貌は計り知れないが、自然の山なのか、あるいは人工物なのか、とにかくほとんど岩の壁としか認識できない行き止まりがあった。
その一部分に、なぜか小さな扉が嵌め込まれている━━それだけが、唯一はっきりとわかる物体であり、人間のサイズに適応したものだった。
「扉がある」
しかし、なにか恐怖でも感じたのか、近づこうとはしないロゼ。ぼくも、なんとなく足が止まってしまう。
団長が扉の前に立った。
「ここが目的の場所で、この中に会うべき『人物』がいる」
確かに今、団長は「人物」と言った。まさか、こんな場所に人間が暮らしているとでと言うのか?そんなバカな、信じられない。
「それじゃあ、入りましょうか」
団長が扉を開く━━カギがかかっていない。誰も訪れる者がないから、必要ないということなのだろうか。
その内部は、驚くほど綺麗な空間だった。
★
白く輝く廊下は傷一つなくて、ぼくたちの姿を映し出している。
ロゼのスカートの中身が丸見えだった。
「はっ!」気づいたロゼがスカートを押さえるけれど、それでもまだ見えている。
ぼくは目をそらしたけど、もちろんすでに手遅れである。
「もやし、パンツ見るな」
「げっ、タケシのやつ下ばっか見てやがると思ったら、そーゆーことだったのか!」
蹴り飛ばされる。床に頭部を打ちつけたぼくは死にかけたが、かろうじてライフは残っていた。
「こら、こんなところに来てまでケンカしないの」
確かに団長の言う通りだ。なんでこんな場所まで来て、蹴り飛ばされなきゃならないんだ。しかもパンツが見えたのはぼくのせいじゃない。
少し歩くと、廊下は行き止まりになった。突き当たりにドアがある。
プレートには、こんな言葉があった━━『ノックしてね』とは、実に人間くさい。
こんなわけのわからない場所に、いったい誰がいるというのだ。
団長は律儀に三回ノックをすると、しばし待った。
「は〜い」と、中から声がする。
人間の声だ━━おそらく、女性の。
返事があったということで、団長がドアを開けて中へと入る。ぼくたちもそれに続いた。
部屋の中は室温こそちょうどよく快適だったが、床には雑多な物が散乱していて、とても居心地がいいとは言えない。
足の踏み場もなくなりそうなほど、一面に物が散らかっている。
その奥で椅子に座ったままの女性が、こちらを見て微笑んでいた。
「へえ、こんなところに来るなんて、あなたたちすごいですねぇ。わたくしはベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパ、ここを任された天使です」
かろうじて覚えきれたという奇跡が起きたが、ベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパと名乗るその女性は、自らを天使だと言った。
背に翼はない。どころか、どこにでもいる普通の女性にしか見えない。
「ベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさん、わたしたちはあなたに、お願いがあって来たのです」団長が切り出した。「おそらくは予定されていたことなのでしょうけれど、このところ、太陽からの放射熱がとても強くなってきている。このままでは『世界』の自然環境が破壊され、人々が根絶やしになってしまう」
じっと話を聞いているベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさんは、それでも無表情だった。
「そうですね、そう思って出力を上げているところなんですよ。お上のほうからも、だいたいそろそろ、そんな時期なのではと言われていたのでして、大まかにですけど、頃合いではと判断したんですよ」
判断━━それは、世界を滅ぼす判断を下したということなのか。
「世界には必ず終わりがある━━それが今だと、そういうことですね?」と、団長。
「そうです。わたしたち天使が判断をまかされているということは、その世界には刻限があるということですからね。だいたいの判断で、頃合いを見て終わらせるのが、わたしたちの役目でもあるのです」
相変わらずの無表情で、ベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさんは告げる。
そんな勝手に、世界は無くなるものなのか?そこに暮らす人々の命が、奪われてしまうのか。ぼくはとてもじゃないけど、納得できない。天使だろうが神だろうが、そんなのは間違っていると言いたい。なんだったら、殴りかかったっていい。神への反逆だろうがなんだろうが、地獄行き上等でやってやろうではないか、と思う。
「タケシの気持ちはわかる。わたしたち、人間の立場からすれば当然の感情だし、誰もがそう思うだろう」団長が言う。「でも、それを超越した場所に、この人たちはいるし、世界の終わりも避けられない」
なんで━━言おうとしたけど、言葉は出ない。
「そうです━━でも」ベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさんが口を開く。
「ええ、この時期であるのは、あくまでもあなたの『大まかな判断』ですね」
団長は腕組みした姿勢で、じっとベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさんを見つめたまま喋る。
「はい、その通りです」
「ならば━━世界の終わりを少しだけ先延ばしすることも、可能ですよね?ずばり、そのことをお願いしに来たのです」
それが、核心なのだろう。
避けられない終わりの時を、引き延ばす。
ただし━━いずれは必ず終わる。そのことに変わりはないのに。
ぼくは納得できない。結局世界は終わるなら、こんなことに、なんの意味があるというんだ。団長はいったい、どんな考えをして、そんな結論に至ったのだろう。
説明してほしかった。
「およそ千年、先延ばしできますね?」
団長は腕組みしたまま、そう告げた。眼差しは厳しいようにも、そうでないようにも見える。言い方こそ強くはないが、確固とした意志が感じられる。否はない、そんな気配があった。
「ええ、まあ、大丈夫ですけど?」ベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさんは、あっさりと肯定した。
そう、あまりにもあっさりと。
数年や数十年ではない、千年という年月を先延ばしすることが、そんな簡単な話でいいのだろうか?ぼくは納得できない。いや、この世界の終わりが先延ばしされる件については、まあ、いいだろう。だが、それをこんな感じで決めることには、腹立ちさえ覚えるんだ。
ナメてやがるのではないか?と思う。
「ならば千年、先延ばしにしてください。必要であれば『神』に話を通しますが、その点は問題ありませんね?」
「はい、大丈夫ですね。わたしの一存で可能なことです。ただし、千年後、世界は終わりますのでご理解ください」
まったく表情を変えないまま、話は終わったとばかりにディスプレイ等が並ぶ前方へと向き直ったベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさん。
なにやら操作をしているが、まさかそれが世界の終わりに関わる内容だとは、ぼくは考えてなかった。
「出力は減少しました。『世界』の、およそ二百年前の気候が続くでしょう。これは先九百年ほど続き、そののち先ほどまでの出力に上昇するとともに、世界は終わりに向かいます」
うしろを振り向きもせず、ベラボッコバッキャボーン・ビブルベンツィバッハジョディヌンパさんは言った。
「マジかよ。オレたちの世界、終わるのが先になったのか?え?でも、千年後には終わるんだろ?じゃあ結局終わるんじゃ・・・でもオレ、そんなに生きてないよな?」
フィリエルは混乱の極致に達したようで、独り言を呟いていた。
「大丈夫よフィリエル。すべてはなるようになるし、あなたの世界は良い方に転がる」
無責任な言葉のようでもあるが、なぜか、団長が言うと妙な説得力を感じてしまう。
良い方に転がる━━果たして本当にそうなるのかどうかは、ぼくの知るところではないが、そうなるような予感はあった。
★
ヴィマーナの元に戻ったぼくたちを、トニーさんが迎える。
なにか、とんでもない戦いが待ち受けているのかと思っていたのだが、過ぎてみれば人の家を訪ねてちょっとお話をした程度のことだった。たったそれだけのことで、ロゼの使命は果たされて、世界も救われたのだなんて、とてもバカげた話ではないだろうか。
「どうでしたか?」トニーさんが、何気ない感じで尋ねる。
「ええ、無事に話はつきました。世界の終わりが千年先に延びましたので、そのことをシュタイナー国王にお伝えいただければと思います」
「それは━━」
「ええ、わたしたちは王国へは戻らずに、聖域の『岬』で降りようと思います。ああ、でもフィリエルとロゼは残りますから、二人に伝言を託してもいいですね」
「いえ、それはわたしが報告しますので問題ありませんが━━岬ということは、この世界を抜け出すのですか?」
トニーさんはなにかを知っているようだった。場所のことも、団長の考えもわかっている、という様子である。
「あなたになら理解できるでしょうが、この閉じられた宇宙の出口になり得る場所が、あそこしかない。しかも、次元が最も不安定になっている今のタイミングでしか、扉を開くことがかなわない。わたしたち━━わたしは、この時を待っていたのです」
それは、はじめて聞く事実だった。
団長はずっと、それを目的としていたのだ。
たとえば妖精の国があったような「この宇宙の中の別の世界」ではない、「この宇宙の外の、別の宇宙」へ向かおうとしている。
そういうことなのだろう━━ぼくの頭では、それ以上の認識はできそうになかったので、そう理解しておくことにする。
黙って話を聞いたままだったニーナさんと、すっかり置いていかれてアホ面のフィリエルと、無表情のロゼがヴィマーナに乗り込み、ぼくと団長もそれにつづく。
太陽の中の景色は、生涯忘れることができないだろう━━そんな世界から、ヴィマーナが飛び立つ。
別れの時は近い。
最終章 ゲート・ゼロ
アルビレオ・ドライブの最中は景色が気持ち悪い流体のように見える。
そう見えていると錯覚しているだけで、その実なにも見えてはいないとしても不思議はない。どんなに優れた動体視力があろうと、人間の目に追える速さでも、脳が認識できる速さでもないのだから。
またして、いつの間にか━━はるか後方に太陽の姿はあって、球体の中の平面世界のほうが近い距離にまで到達していた。
瞬間移動。いや、ワープ航法か。
どっちでもいい。どちらにしても、超スピードで距離が縮まるという、わけのわからない技術だ。
そんなヴィマーナは世界の一点を正確に目指して、今度はゆっくりと━━それでも相当な速さだったが━━景色を認識できるスピードで進んでいく。
球体の中へと戻ると、大気が存在し、下方に雲が現れる。
それを抜けて、ヴィマーナは大地を目指す。
降り立った地上の大地は、まさに岬と呼ぶべき場所で、すぐそこに海面が見える、陸の端だった。
後方を深い森に囲まれていて、そこだけが拓けて、海にせりだしたようになっている場所だった。
「ここが、その場所なのですね?」
言ったのは、トニーさんだ。
どうやらすぐには立ち去らずに、最後まで見送るみたいなことを話していた。
ぼくと、団長と、ニーナさんを。
そう━━「この世界の住人ではない三人」だけを。
「そうです、ここが特異点。閉じられた宇宙の扉を開ける、唯一の場所。そもそも聖域とされるイグナフィアのこの場所は、地上世界と地下世界のエネルギーが交差する力場なのです。そこに加えて、今はこの宇宙のエネルギーが揺らいでいて、次元が不安定になっている。本当に、今しかないの」
そう説明する団長の左右にはフィリエルとロゼが腕に絡み付いてひっついたまま、離れようとしない。
それも仕方ない。
なにしろ、別れはすぐそこに迫っている。
今ばかりは、ぼくも二人をバカにするような気持ちは少しも湧かなかった。
それどころか、悲しい気持ちさえある。
いろいろあったけれど、一緒に旅した仲間だし、家族みたいなものだった。
それが、もう会えなくなるかもしれない。そう思うと、悲しくもなる。
「ううわあああ、本当に、行っちゃうのママ〜ん」フィリエルが突然感極まって泣き出す。
やっぱりママとか言ってやがった。前言撤回じゃないけど、ぼくはさっそくバカにしてしまう。
「うん。別れはツラいけれど、仕方ないよ。元々わたしたちは、この世界の人間ではないからね。でも━━いたずらに二人を誘ったわけでもない。これだけは言っておこう。キミたち二人にとって、絶対にプラスになると思ったし、なにより二人のことが本当に大好きだったから、仲間に誘った。そのことは事実だよ。他の誰でもない、フィリエルとロゼだからこそ、楽しくやれた」
「うう〜」
ロゼも、必死で涙を堪えようとしたみたいだけれど、その試みは失敗した。
ぼろぼろと流れる涙は、もはや止めるすべのない現象だった。
「大丈夫、わたしがいなくなっても、関係性がなくなるわけじゃない。絆が消えるわけじゃない。近くても、遠くても、心の距離は変わらないのだから」
泣きじゃくる二人の肩を抱いて、包み込むようにする団長。
「あなたたちなら大丈夫。これからしっかり、自分の世界を自分の足で歩いて行けるから」
そう言った団長の目にも、うっすらと涙の輝きがあったように見えたのは、ぼくの気のせいではないだろう。
「団長ぉ、オレ、やっぱり別れたくないよぉ〜」
これ以上に情けない声などこの世に存在しない、とでもいうような声でフィリエルがしがみつく。
そんなフィリエルに、団長は写真を渡す。ロゼにも。
「思い出いっぱい、写真の中に閉じ込めた」
そんな写真を、ぼくも見せてもらう。思っていたより、いつのまにやら撮影していたようで、枚数は結構あった。
そして最大の驚きは、その多くの場面に団長がいなかったはずである、という事実だ。
いったい、どこから、どうやって撮影していたんだろう。
あえて尋ねずに、それは団長の「大魔術師」としての力量だと思っておくことにした。
さらに、それらの写真だけではなく、身につけていた装飾品やらなにやらを、それぞれに渡していく団長。
最後には、手紙まで取り出した。
「はい、わたしからのお手紙。今見ちゃダメだよ。帰ってすぐに見てもダメだよ。自分の人生の中で、今がその時じゃ!と思った時に開いてみてね。正直、ちょっと恥ずかしいからね、すぐに読まれるのは━━頼むよ、二人とも」
ロゼは黙ってこくりと頷いて、大事そうに手紙をしまう。
フィリエルも、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら頷いて、手紙を天高く掲げた。
「うん、オレ、いつか、大人になってから読むよ!」と、宣言してから、手紙をしまった。
「ではそろそろだ━━二人とも、別れの時が来たようだ。頼んだよ、最期のお見送り」
ぼくと、ニーナさんと、団長が岬の先端に立つ。
これからなにがはじまるのか、ぼくはしらない。おそらくは、ニーナさんも。
フィリエルとロゼは、団長から話を聞いているのではないか、と思った。
なぜなら、「扉」を開くためには、彼女たちの協力が必要不可欠だと言うのだから。おそらくは、旅のはじまり━━最初のころすでに、ある程度の説明はされているのではないか。
あの頃━━団長が個別にそれぞれと話をした時にでも、きっと言われているのだろう。
「ニーナぁ、タケシぃ、今までありがとぉぉぉ」まだ名残惜しいフィリエルは、ずっといつまでも泣いたまま、意外なことにぼくとの別れさえ悲しんでくれている。
そんなフィリエルのアホ面を見ていると、ぼくまで悲しくなってくる。今まで散々、ひどいことを言われたり、ひどい目に会わされたりしてきたけれど、それでも確かに仲間だったし、一度できた思いでは、もう二度と消えることもないだろう。
ぼくが忘れても、世界が憶えている。世界が忘れても、必ずどこかに残されている。
この絆はけして消えない。そう、確信できる。
潤んだ目をしていたであろうぼくに、突然、フィリエルが抱きついてきて唇を奪われた。それはなんの脈絡もなく、あまりに急な出来事だったので、一瞬、なにが起きたかわからなかった。え?と思った時には、フィリエルの体は離れていた。
「や、やりおった・・・・・・」ロゼがあっけにとられたような表情で、口をぱくぱくしている。
当のフィリエルはもうぼくの方すら向いていなくて、用は済んだとばかりに、魔術を発動するべく集中をはじめた。なので、ぼくとしても今の出来事をどうとらえるべきかわからず、自分の唇に手を当てることしかできなかった。
「今のは、ちょっと、驚いたな」
団長も、フィリエルの思いもよらない行動を予測することはできていなかったようだ。
「最後ですもの、気持ちはわかります」
ニーナさんが、微笑ましいものを見たというような顔で、誰にともなく呟く。
「ロゼはいいのかい?」
「マスター、わたしは・・・やらん」
団長に言われたものの、言われてからフィリエルと同じことをするなんて、とても耐えられないだろう。ぼくとしても、不意を突かれたのならまだしも、わかっててするとなると、恥ずかしい気持ちのほうが強い。
ともあれただのキスだし、いつでもオーケーなのだがロゼはそっぽを向いてしまった。こうなると、むしろ残念に思えるのだから、ぼくもたいがいである。
「それじゃあ、はじめるよ?」
すでに発動体勢に入っているフィリエルが言った。
同時に、ロゼがかかげた両手に、物凄い速度で冷気の魔力が集まっていく。
「全開の全開、最大の力で━━でも、フィリエルと同じくらいに、合わせる」
言いながら、ロゼとフィリエルが目配せする。
「オレは加減なんてできないから━━団長に教えてもらった通りにやるだけだ!」
そんなフィリエルの手首や体には、魔力を増幅させるためのアイテムが仕込まれていた。その上で、持てる力を最大限に発揮することで、ようやくロゼと同等の、強大な魔力を生むことができる。
片や氷魔のロゼは、生まれながらの先天的な才覚によって、いとも簡単に大魔術師をも凌駕する冷気の魔力を生むことができる。
扉を開くには、その両者の魔力を対等にする必要があった。
どちらが強くても、弱くても、失敗する可能性があったのだ。
「わたしが貯めてきた魔力で、まずは足掛かりをつくる━━」
言って、団長が小さな水晶のようなものを、岬の上から、海の方向へと投じた。
海の上、岬の先端の空間で、それが炸裂する。破片はなかったが、光と風が溢れ出て、空間を歪ませる。
「これだけの魔力を使っても『この世界の人間ではない』というだけの理由で、別宇宙へのアクセスができない。わずかに、針の先ほどの穴を開けるのが精一杯。あれでは、わたしたちが通り抜けることなんてできない」
空間が渦を巻いていたが、まだ、それでは不足のようだ。
「あとは、フィリエルとロゼに頼るしかない。この世界の住人の、この世界の魔術に」
フィリエルの頭のうえに、小さな太陽のような火球が形成されていた。
おそろしいほどの魔力が集約した、炎の塊。
その下で苦しそうに顔を歪めたフィリエルの顔には、汗がしたたっている。
「うおおおおー!よっしゃ、行くぞぉみんなぁーっ!ロゼぇ、準備いいかぁーっ!」
「いつでもおっけ!バッチこい!」
いよいよだ。
ぼくはまばたきも忘れて、その光景を目に焼き付けようと必死だった。
「ニーナ、タケシ、準備はいい?」
「はい、お姉様」
「ぼくも、大丈夫です」
忘れはしない、この光景を。そして、仲間だった彼女たちを。
「ぶち開け、扉ぁぁぁぁぁぁっ!」
フィリエルが両手をぶん回すと、巨大な炎の塊が空間の歪む渦の中心に向かって、飛んでいく。
「超絶冷え冷えファイナル寒いやつ!」
ロゼが両手を振り下ろす。
極限の冷気を内包した魔力の領域が、フィリエルの火球と並行して、渦へと向かう。
熱と寒さが、同じように、同じくらい強く、ぼくの肌には感じられた。
とてつもない熱量と、とてつもない冷気。
その二つが、渦の中心に向かい、そして━━到達と同時に重なるようにして、見たことのない爆発現象を引き起こした。
外側にではなく、内側に向けて爆発したように、ぼくには思えた。実際になにが起きたのかはわからない。だが、そう表現することしかできなかった。
爆風は、ほとんどなかった。
なのに、想像を絶するような大爆発が、そこだけで発生していた。
光と蒸気がすぐにおさまり、そのあとには、真っ暗な穴。
縦横二メートルあるかないかくらいの、完全なる黒の空間が出現していた。まるで、そこだけ世界が削り取られたかのように。
「行くよ、扉はすぐに閉じる!」
それ以上、観察する暇はなかった。
団長に手を取られたぼくとニーナさんが、引っ張られて岬の先端から飛翔する。
別れの言葉を言う余裕も、なかった。
黒い穴が目前に迫る。
「もやし━━」
「みんな、さよ━━」
暗黒に飛び込む直前に声が届いたけれど、最後まで聞くことはできなかった━━。
エピローグ
(人が人である限り人の世は変わらず、善も悪も変わることはない。誰にでもある光と闇の、その比重をどちらに置くのか、それが問題だ)
(生まれたことに意味などはないし、生きていることにもまた、意味はない。だが、偶然ではなく、必然ではある。きみがそこにいる理由はないが、いるべくして、そこにいる)
(善人と悪人との魂は、同じ場所には行けない。だから、なにをしてもいい、ということにはならない。すべての行いは、最後の最後に、精算される)
(どうせ死んだら終わりだ━━そんな考えで悪事を働く人間は、本当の意味で、先のことを考えてはいない。徳を積むべきだ。生きていることに意味を持たせようとするならば、答えはそこにしかない)
(肉体を失った先に、ぼくたちの、本当の戦いが待っている)
(転生━━生まれ変わりの物語が流行しているという流れも、すでに、終わりの時が近づいていることを示唆している)
(無意識に、全体の意識は気づいている━━もうすぐ、世界は終わる。だが、それで終わりではない。すべてがなくなるわけじゃない。まだ、その先があるはずだ)
(そのために、今も、ぼくたちは戦っている)
★
それは、一冊の小説だった。
「これが、ぼくの世界の終わりに、ぼくが喋ったセリフなんですか?」
かっこいいんだか、悪いんだか。
自覚がないのでなんとも言えなかったが、自分のセリフだとしたら、恥ずかしい。
「セリフというよりかは、その時に考えていた内容だね」
本のタイトルは「終わる世界と少年」とある。著者は、団長だった。
今はもう、団長ではないけれど。
どうも、ぼくの世界が終わるまでの話を、記録に残すという理由で小説のかたちにしたらしい。記録に残るかもしれないが、ぼくの記憶には残っていないので、懐かしさは皆無で、ただただ創作話として楽しませてもらった。
はっきり言って、小説の主人公がぼくと同一人物だとは、とても思えなかった。
まず、性格からして、今とは違う。
熱血少年みたいなキャラだった。今は逆に、冷血少年という感じなのに。いや、そこまでひどくはないか。
初雪が降ったその日に、ぼくたちの新しい生活がスタートした。
新しい世界での、新しい朝が。
二階建ての建物は、一階が喫茶店になっていて、そこを、ぼくは任されることになった。もちろん、最初から仕事がうまくいったわけもなく、当初はニーナさんの助力が不可欠だった。
なんとかこなせるようになってくると、一人で切り盛りすることも、多くなった。アルバイトも、数人を雇った。
そして、建物の二階部分は事務所兼ホームで、三人の寝床はそちらにあった。ニーナさんたちは、その事務所のほうで働いている。
そんな感じで「この世界での普通の生活」を送っている。
ぼくのしっている世界ではなかったから、いろいろと覚えなくちゃいけないことは多かったが、それも、時間が解決してくれた。
店の扉を開けて、外に出る。
雪が降っていた。予報では、大雪になることもあるとか━━。
まだ早朝なので、人通りはまったくなかった。なので、ぼくはその「宝物」を箱から取り出す。
この世界で手に入れた小箱に、この世界のものではない代物が、大切にしまわれている。
かつての仲間、ロゼと、フィリエルの━━パンティが。
ぼくがこっそり盗んできた、最後の最後の「お土産」だった。
なにか持って行きたい━━その一心から、ほとんど無意識に入手していたものだった。
それを、誰にしられることもなく、今も大切に保管している。
そして、この「宝物」には意外な効果があった。こうして、屋外に持ち出して外気にさらすと、時空間の歪みでも生まれるのか、空から魚が降ってくるのだ。
今も、さっそく雪に混じって新鮮な魚が数匹、ぼたぼたと地面に落下する。
当然、その時点で傷むのだけれど、どうせ、自分で食べるのだから気にはならない。
喫茶店をやっているくせに、自分の朝食の材料がなにもなかったし、焼き魚が食べたかったのでこの方法をとった。
もう、こんなことには使わないし、あとは大事にしまっておこうと、心に誓う。
地面に転がる魚を拾って、店に戻った。
壁には、かつての世界で撮影した、ぼくたちの写真が飾られている。




