もっと近付く
僕たちは幼なじみから恋人同士になった。
だけど。
「悠のそれ一口ちょうだい」
「あ。え?!う、うん…。別にいいけど…」
きっと僕の彼女はよくわかっていない。
「悠?どうしたの?」
僕は幼なじみじゃなくて、彼氏だということに。
「何でもないよ」
ニコリと笑顔を向ける僕に、彼女のりっちゃんも笑顔で返す。
「私のも食べる?」
いちいちドキドキしてるのは僕だけなのだろうか?
どうしたら、りっちゃんはもっと僕を彼氏の扱いにしてくれるのだろうか。
もう少し近付きたいって思ってしまうのは、大好きだからって思うのは僕だけなの?
「寄り道したのにもう着いちゃったね」
幼なじみの僕たちはマンションが同じ。
デートというほどのものでもないが、帰りにアイスを買って食べながら帰って来たのだ。
恋人同士になってから一緒に帰るようになって、過ごす時間は圧倒的に増えたけれど…。
「今日ママがパートで遅くなるからウチに寄って帰らない?」
「え?!」
りっちゃんはどんな意味で僕を家に招いているかなんて…。
「い、いいよ。おばさんの留守中になんか悪いし…」
僕はりっちゃんから目を反らした。
「えー!留守中だから悠に来てほしいのに!」
「………」
「…悠?どうした?」
そういうこと、彼氏の僕に言ってるのか、幼なじみの僕に言ってるのか、りっちゃんは全然わかっていない。
「ねーえ。ウチに来てよ」
りっちゃんは悪気なく上目遣いで僕の腕を掴んでそんなことを言う。
「じゃ、じゃあ少しだけ…」
そんなの断れるわけない。
「おいしいポップコーンあるの。一緒に食べよう」
「…そうだね」
りっちゃんが可愛いし、好きだし、僕はどうしたらいい?
「適当に座ってて?今お菓子持ってくるから」
自分の部屋に案内してくれたりっちゃんは満面の笑みでキッチンに向かって行った。
「はぁ…」
ただの幼なじみのときはそんなことなかったのに。
りっちゃんの部屋で1人で待っているとりっちゃんと携帯電話が鳴った。
見るつもりもなかったけれど、画面から着信相手の名前がチラリと見えてしまった。
「あ…」
それはりっちゃんと同じクラスの男の子だった。
りっちゃんは僕と違って異性の友達も多い。
僕が知らないだけで恋愛経験だってあるに決まってる。
そんなことを考えて地味に落ち込んでいると、急に目に疲れを感じ、僕は自分の眼鏡を外した。
そんなときりっちゃんは部屋から戻ってきた。
僕は慌てて眼鏡をかけ直し、りっちゃんに笑顔を作る。
「なんか電話きてたみたいだよ」
りっちゃんは持っていたポップコーンを机に置いて携帯電話を見た。
僕はそんな姿を笑顔を崩さないよう何となく目で追う。
りっちゃんは確認すると携帯電話をポンッとベッドの上に放り投げた。
「かけ直さなくて大丈夫?」
「三島だし。あとでいいよ」
三島くんとも仲が良いのかと僕は更にへこむ。
「このポップコーンね、いろんな味があって…」
そう言いながらりっちゃんは僕の隣に腰を下ろした。
その瞬間ものすごい胸が高鳴ったことをりっちゃんは気付いてはいないだろう。
「これがキャラメル味ね」
そう言って僕の手にポップコーンを乗せてくる。
「どう?おいしい?」
「おいしいよ」
僕の感想に嬉しくなったのか、今度は違う味を手に取り僕の口に放り込んできた。
「……!!」
僕は驚きと恥ずかしさで、さすがに笑顔を作ることも出来なくなってとっさにりっちゃんの腕を掴んで下を向いてしまう。
「お、おいしいよ…ありがとう…」
僕はりっちゃんの細い腕を掴んだ力を弱めようとしたときだ。
「あ!悠待って!」
りっちゃんはもう一方の空いた手で僕の眼鏡を外した。
「眼鏡になんかゴミついてるよ?」
急に視界がボヤけた僕は、掴んでいた腕を離し、そんなりっちゃんの姿をじーっと見ていた。
「はい。ごみ取れたよ」
そう言いながらりっちゃんが眼鏡をかけ直してくれたとき、僕は自分とりっちゃんとの距離感に驚きが隠しきれなかった。
「ご、ごめん…」
少しずつりっちゃんと距離を取る僕の姿にりっちゃんはクスっと小さく笑った。
「悠は可愛いね」
その言葉が引っ掛かった僕は少しだけ大きな声で、だけど少しずつ気弱になりながらりっちゃんに言った。
「可愛いとか…!う、嬉しく…ないよ…」
僕はりっちゃんの彼氏。
「りっちゃんからしたら頼りないかもしれないけど、その、一応…彼氏…だし…」
彼氏。自分で言って恥ずかしくなってしまった。
「あ!何かごめんね?急に…」
だから隠すように笑ってりっちゃんに言った。
だけど、りっちゃんは?
「…うん。だから言ったの。私の彼氏は可愛いなって」
「…え?」
りっちゃんは恥ずかしそうに下を向いていた。
「りっちゃん?」
その顔を覗きこもうとしたとき、りっちゃんは急に顔を上げた。
「ポップコーン食べよう!!」
一瞬ビクっとしたけれど、りっちゃんが普通に笑っているから僕も普通に…。
だけど違う。
さっきの距離感より、りっちゃんは僕から少しだけ離れた場所に座っていた。
「あ、チョコ味が一番おすすめなの!」
明らかに僕と目を合わせようとしない姿に僕は自然と口許が緩む。
そう。僕はりっちゃんの彼氏なんだ。
「…りっちゃん」
少しでも近付きたいって思うのは好きなら普通のことだと思うから。
「…キス…してもいい?」
僕の言葉にりっちゃんはドキッとしたのか明らかに様子が違う。
部屋には二人だけ。
しんと静まり返る部屋には時計の秒針の音。
そして…。
「そんなこと何で聞くの…?」
僕たちの心臓の音。
「だって、私たち恋人同士…だし…」
そう言いながらも僕と目を合わせようとはしない。
だったら。
「じゃあ…するよ?」
りっちゃんは俯いていた顔を少しずつ、ゆっくりと上げてじっと僕を見つめた。
そんな姿が可愛すぎて、どうにかなりそう。
「あ。悠…」
りっちゃんは僕の眼鏡をゆっくりと外す。
「…悠。大好きだよ」
りっちゃんはそう言って僕にキスをした。
その大胆な行動に今度は僕のほうが追い付かなくて、ドキドキしてしまう。
「りっちゃん…」
りっちゃんも恥ずかしくなったのか僕の制服を掴んでいた手が緩んでいく。
「ポップコーンの味する」
そう言ってクスクスと笑うりっちゃんを見て、僕は…。
「……!」
今度は自分からもう一度りっちゃんにキスをした。
「…本当だ。ポップコーンの味…するね」
気が付くとまた二人の距離は近くなって手を伸ばせばすぐにでも手が届く距離にいる。
「何か…ドキドキする」
近付けば近付く程伝わるドキドキに、もう、どうしようもなく好きになっていく。
大好きって言ってもまだ足りないくらい。
今よりもっと、もっと。
近付いてもいいですか。
最後まで読んで頂きありがとうございます!!
前に書いた『その秘密。私だけ』のその後です。
ですが読まなくてもわかる内容かと思います。
だけどあわせて読んで頂けたら本当に嬉しいです!!