第五十六話 神殺し
「おいおい、どこまで潜るんだ」
「もう乗ってから十分は経ったよね」
「チカは暇だよ~」
閉鎖された密室。俺たちはいま魔道エレベータの中にいる。
「もしかして地下深くに潜ってないか」
「当たり前でしょ」
アルタが腰をトントンと叩きながら答える。
「いや、お婆ちゃんそうじゃない」
「誰がお婆ちゃんよ!?」
「あ、すまん。ここは高い鉱山だったよな」
「ええそうよ」
「麓の大地よりも地下深くにまで潜っていないか? って意味だ」
「確かにそうね」
地下五十階くらいまでは外の様子も垣間見えていた。その時の降下速度からすると地球世界でいう高層ビルに設置された高速エレベータ並みの速度だった。あの鼓膜が圧迫される感じの奴だ。俺、あれ苦手だったんだよね。仮に分速五百メートルとすると、すでに五千メートルメートルは下っていることになる。
この鉱山の標高は二千メートル程度だろう。ということは、最低でも三千メートル近くは地下に潜っていることになる。とてつもない話だ。
「ナノルーフって一体何者なんだろうな」
「凄い献上品の数だったよね」
「もう少し考えて準備しろといいたかったがな」
区長邸の門まで行くと出迎えが待っていた。ギルドから連絡がいっていたらしい。馬鹿でかい庭園へと案内された。庭園といっても植物も水もない。様々な光沢の鉱石や、加工した彫刻、さらには各種宝石を散りばめて作った庭だ。日本庭園の枯山水を色彩豊かにゴージャスしたらこうなったという感じだ。正直、派手すぎて落ち着かない庭だった。
庭の中央に設置された魔道エレベータ。その前にずらりと勢ぞろいしたドワーフと山のような貢ぎ物。ほとんどが酒だった。僅かに食料もあったが、どうみても酒の肴だった。
俺がナノルーフに会うという知らせが一瞬で拡散したらしい、区長をはじめとして自治区のお偉いさんが集まっていたのだ。くれぐれもナノルーフ様に宜しくと。そして、年に一度でいいから自治区にまで上がって来て頂きたい。そう伝えてくれとお願いされた。お前らが自分で言えよと思ったが、どうやら会ってもくれないらしい。どんだけヒッキーなんだよ。
貢ぎ物を積んだらエレベータが一杯で俺らは入れなかった。お前の荷物が大きすぎるからだとか、お前の方が量が多いとか互いに罵りあっていた。馬鹿らしいだろ? だから無限収納に入れてさっさとエレベータに乗ってボタンを押したのだ。
ドワーフの阿保さ加減を思い出していたら、チーンという音が鳴った。どうやら最下層に着いたようだ。
「お待ちしておりました。地上の者より聞き及んでおります」
扉が開くと髭で覆われたドワーフが待っていた。いや、みんなヒゲもじゃだけどね。
「お前がナノルーフか?」
「いえ、滅相もございません。私はここの工事主です」
「工事? 採掘じゃなくてか?」
「ええ、ここの岩石は高圧に圧縮されることで特別な鉱石と化しております。これが非常に硬いのです。普通のドワーフでは砕くことすら叶いません。我々はナノルーフ様が掘り進めたのに合わせてこの魔道エレベーターを延伸しているのです」
「ふーん。まあいいや。で、肝心の奴はどこに?」
「この階段を三十分ほど降った先におります」
「え!? まだ降りるのか」
「申し訳ありません。エレベーターの工事が追いついていないのです」
「もう、歩いてばっかりじゃないか。僕もうやだよー」
「そうか? 俺は行きよりも帰りの方がずっと地獄だと思うけどな」
急勾配の螺旋状の階段が下へと伸びている。その先の床は見えず、暗闇だった。はあ、どんだけ深いんだよ。
「ぼ、僕ここで待っていてもいいかな……」
「パド、あなたパートナーなんだから駄目よ」
「うわ~! 階段たくさん! ぐるぐるたのし~!」
すでに駆け下り始めたチカ。うーん、小学校低学年のノリだな。まあ、可愛いから許すけど。
「ちょっと揺らさないでよ! 手すりもないんだから!」
うつ伏せのパド。頭を階上に向け四つん這いの格好だ。そろりそろりと足を踏み出していく。
「何やっているんだよ。そんな進み方だと一日経っても着かないぞ」
俺はパドを立たせて背中を押しながら歩く。
「ちょ! 押さないでってば! 落ちる、落ちるってば!」
気の遠くなるほど階段を下りた先に底があった。そして、そこからさらに歩くこと約二十分。
「ほんと煩せーな」
「私、頭が痛くなってきたわ」
「僕は足が痛い。もう帰りたい……」
甲高い耳障りな音が断続的に洞窟内に反響していた。それが先に進むにつれて少しずつ大きくなっていく。耳を抑えても耐えられなくなった頃、坑道の行き止まりが見えた。
「お前がナノルーフか?」
突き当りの壁に向かって黄金のツルハシを振り下ろす男の背中。丸太のように太い腕。ずんぐりとした体。シルエットは確かにドワーフのようだが、体格が二倍はあった。
「おい、聞いているのか?」
ドワーフは振り向かない。黙々とツルハシを振り下ろしていた。壁に当たる度に衝撃波と轟音が鳴り響く。アルタが俺に近づき耳打ちしてきた。
「ねえ! 聞こていないんじゃないの!」
ああそうか。こんな騒音のなかじゃ確かに掻き消されるよな。仕方ない。俺は左の軸足で大地を踏む締め、右足を鋭く振り抜いた。
「ホ、ホギャァァアア!?」
「ちょっとカイト! あなた何してるの!」
「静かになっただろ?」
「うん! カイ兄のお陰でもう耳が痛くないよ~」
「チカ! 貴方、いつのまにカイトに毒されているの! 初対面の人を蹴るなんてありえないわ」
「ドワーフだからいいだろ」
「んなわけあるか! ドワーフ全てを敵に回す気か!」
アルタの口調が下品になっていた。
「それより、壁にめり込んだあの人を助けなくて大丈夫なの?」
「ホォォオオオオ!」
あ、壁から這い出てきた。そしてこちらを振り返る。鬼の形相だった。
「誰じゃああ!? 儂の尻を蹴った輩は! 死にたいのか!?」
「あ、ごめん。俺だけど」
「ホァッ!? ご、御主人様!?」
「いや、赤の他人だし。あ、もしかしてパドの知り合い?」
「えええっ!? ぼ、ぼくじゃないよ!」
「ホホホウ! カイト様でございますな!」
「いや人違いだ。俺の名前はカイトであってカイトサマではない」
「往生際悪いわね。なによ、知り合いだったの?」
「だから知らんって」
「ホホホウ! ずっとお待ちしておりましたぞ!」
だから人の話を聞けよ。お前みたいなむさ苦しい知り合いなどいない。
「ああ、そういえばこれは土産だ」
俺は酒の入った甕を投げ渡す。
「ホホホウ!? なんと芳醇な香り! さすがは我が主。再会を祝してまずは杯を掲げようということですな」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「ホホホウ! これをお持ちになってくだされ」
いつのまにか手に金色のゴブレットを持たされていた。思ったより軽いなこれ。
「そ、そ、そ、それ……。もしかしてオリハルコンじゃ――」
パドが目を見開いていた。どうやら伝説級の素材のようだ。そんな大層なものでコップなんて作るんじゃねーよ。ていうか酒をなみなみと注ぎすぎだろ。こういうのは盃でちょろっと飲むものじゃねーのか。
「ホホホゥウ! 再会を祝して!」
同意できないので俺はゴブレットを掲げなかった。そしたら無理やりゴブレットをぶつけて来やがった。危うく零れる所だったじゃないか。仕方ねーな。少しだけ口にするか。
お、旨いなコレ。喉が焼けるような強さだ。しかし、アルコール臭いただの蒸留酒とは違った。樽で寝かせたような風味とコクがある。色も透明ではなく熟成したウィスキーような琥珀色だ。
「ホガッ!? ホガァァアアアア!」
「ドワーフって美味くて感動すると喉を抑えて呻くのか?」
「そんなこと聞いたことないよ」
「私には苦しんでいるようにしか見えないわよ」
「お腹がパンパンに膨れ上がってる~」
「元からじゃねーか?」
「カイ兄、今度は口から泡を噴き出したよ~。うわ~、なにこの臭い~」
「でもドワーフって酒に滅法強いんじゃ?」
「そうだね。土産の品も全部酒だったもん」
ゴツンという鈍い音がした。白目を剥いて後ろに倒れたのだ。
「カイト! まさかあんた毒でも飲ませたの!?」
「失敬な! 同じもの飲んでるし。ゴブレットに毒を入れるにも、そもそもソレを持ってきたのも、酒を注いだのもこいつだぞ」
「あらっ、なんか飲んでもいないのに私まで酔ってきたわ」
「ねえ、チカが……」
兎耳が床に伸びていた。おお、アニメみたいに顔を赤くして目を回している。
「は、早くその甕に栓をして! それが原因よ!」
「わかった……。って、パドは何をしてるんだ!」
甕の先端に口をあて、腰に手を当てゴクゴクと飲んでいた。銭湯で瓶詰めの牛乳を飲むシーンのようだ。最近みかけないけど。
「ぷはぁー。やっぱ風呂上りにはこれだよね!」
「風呂はいってねーし!?」
「そうだよね。温泉に浸かりながら飲むものだよね」
「未成年飲酒ダメ絶対」
「あああっ――」
俺はパドから甕を取り上げ栓をする。
「なあ、アルタ。チカとこいつを介抱してやってくれ」
「わかった。癒しの魔法がアルコールに効くのかしら」
「アルコールも過剰摂取は明らかな毒だ。なので解毒魔法でいけるだろ」
『彼の者の毒を浄化したまえデトックス!』
チカとドワーフが淡い光に包まれた。
「ホ、ホゥゥウ……」
仰向けのナノルーフが苦し気に呻き、手を上に伸ばす。なんだ、水でも欲しいのか?
「酒が、酒が我が体から抜けていってしまう……」
アルコールで死ねるなら本望って奴だな。完全な中毒者だ。
「まったく人騒がせなドワーフだ」
「ホホホウ!? 何を仰いますか! まさか『神殺し』の酒を飲まされるとは思っていませんでしたぞ!?」
「『ドワーフ殺し』じゃなくて?」
「あんなもの生ぬるい。あれはアルコール度数がたったの98%ですぞ」
「いや十分高いだろ。あと2%で100%じゃないか」
「ホホホウ! 『神殺し』はアルコール度数がその十倍。980%ですぞ!」
「は? そんなの無理じゃね?」
「魔力で封じ込められているのです。それが体内に入った瞬間に一気に解放されるのです」
うわー、なんか普通に考えて気化するよね。体積数千倍になってはじけるじゃねーか。なんて危険な酒だ。そうか、俺とパドは例の『超絶酒豪』スキルのお蔭で飲んでも問題なかったのか。あのスキルを得てなかったら俺は一瞬で風船になり、今頃ははじけていたな。
「コールマンの野郎……」
「ホホホウ!? まさか、またあの性悪精霊の仕業ですか……」
「カイト、それって別世界の人?」
「ああ、向こうの世界のうちの屋敷の執事だ」
色々と面倒なので、パドたちには俺が別世界から来たことを説明した。普通なら到底信じられないことだと思う。だが、すんなり受け入れていたな。まあ、カイトだし。とか妙に納得されていた。もうこの扱いには慣れたから反論はしなかったよ。
「ご挨拶が遅くなりました。改めまして、わたくしめはナノルーフですじゃ。ドワーフのデミゴット。主様の眷属でございます」
まー、ここまでの流れから、そう来ると予想してたけどね。とりあえず、この世界へのパイプが出来たということで良しとするか。
要するにだ。ダンジョンに潜って酒を取って来るというあのイベント。あれは全くもって必要なかったってことだ。とんだ回り道をさせられたものだ。
さらにいうなれば、コールマンの野郎は始めからここに眷属がいることを知っていたのだ。それなのに素知らぬフリをずっとしていやがった。絶対に仕返ししてやるからな。そう心に深く刻み込んだ。
「それはそうと、ここに来たのは理由があるんだ」
俺はここに来た目的の品を無限収納から取り出す。




