第五十五話 ドワーフの街
「はー、もう疲れたよぉ。そろそろ休憩にしない?」
「なに言ってるんだ。ついさっき昼飯食ったばかりだろ」
パドがボケ老人のような戯言をほざく。
「だって、ずっと登っているんだよ。足が痛いよ」
「そりゃ山道だからな」
「パド文句ばっかり言わない!」
「遅いよ~。そんなんじゃ、いつまでたっても着かないよ~」
軽快に山道を駆け上がって行く、盾。一見すると不思議な光景だ。チカが身の丈よりも大きな盾を背負っているからだ。
「ほら! あんな小さい女の子だって頑張ってるのに、だらしないわよ!」
「比較する相手が違うと思う……」
確かに、チカはああ見えてレベルがかなり高いからな。前衛の盾役だし。
「ああ……。なんでこんなことしているんだろう。学園サボっていいのかな」
「なに言ってるのよ。教官が問題なっていってたじゃない」
「寧ろ、それは大チャンスだ! 絶対に行ってこい! 暫く帰って来なくてもいいぞ!、とさえ言ってたな」
俺たちにとってチャンスなのか。教官にとってチャンスなのかは明言しなかった。スキップして教室を出ていく教官の姿から考えるに、おそらく後者だろうな。
「でもこのクエストは本当においしいわよ。成功すれば卒業試験科目の単位を取得したことになるのよ。私達まだ二年生なのに!」
「それもこれもカイ兄のおかげ~」
戦闘系クラスの卒業にはある単位の取得が必須であった。それは冒険者ギルドからの依頼を達成することだ。依頼にはその難度に応じてFから始まり、E、D、Cと上がって行く。卒業するにはDランク以上の討伐依頼を達成しなくてはならない決まりだ。
「でも、これ討伐依頼じゃないんだけどな」
「これは特別よ。討伐とかそういうレベルの問題じゃないわ」
「そうだよ~。難度Sだよ。チーまだ信じられない」
「ミランダ教官でさえBランクの依頼が最高だって言ってたわよ。しかもその時は五人組でパーティを組んでいたっていうし」
「たしかにギルド職員も驚いていたな」
「口をあんぐりと開けて固まっていたわよ。なんでたかが武具の修復でSランクなんだって」
「Sランクの依頼自体、十年ぶりっていってたね」
まあ、聖剣で神剣だからな。公に出来る案件じゃないから依頼書には家宝の武具としか書かれていなかったが。Sランク指定は公爵の強い要望、指名依頼、そして――。
「しかも、報酬に公爵家の領地の三分の一を譲渡と記載されているんだから、絶句して当たり前よ」
そう、破格ともいえる達成報酬の所為だ。ただ、微妙に値切られていたな。まあ、三分の一でもかなりの領地だけどね。だって王家直轄領よりもドゥンケ公爵所有の領地の方が大きいんだもの。そりゃ、誰でも知っていたわけだ。俺は知らんかったけど。正直、貴族とかどうでもいいし。
同伴するパーティは十組まで許可すると書かれていた。卒業試験はパートナーとこなさないといけないのでパドは必須だ。ただ人が多くても面倒臭いだけなので、アルタとチカだけを連れて行くことにしたのだ。依頼を達成すれば、もれなく四人とも今後は卒業試験科目の心配をすることはなくなる。
「しかし思った以上に遠かったな」
俺はケツを擦りながらため息をつく。鉱山の麓に来るまで乗り合い馬車で三日かかった。サスペンションという発明が地球で何故必要だったのか。身をもって体験したよ。まじで何度か発狂しそうになった。竜化して空を飛んでいこうかと思ったほどだ。
山の麓で場所を降りて一晩野宿。日の出とともに登山をはじめ、すでに七時間ほど経とうとしていた。ちなみにこの山の名はピエール。以前、チカを指さして部員の言った言葉。「動かざるごとピエールのごとし」のピエールって人の名前じゃなかったのね。
「あ、なんか門のようなものが見えて来た!」
「さすがに立派ね」
「すごぉぉい!」
直径数メートルの太さの二本の石柱。それが切り立った山腹に立てられていた。いや違うな。岩石を削りだして柱としたのか。精緻な文様の描かれた様は太古の世界遺産のようにも見える。こういうのを見るとやっぱり異世界は凄いと感心する。
「ようこそドワーフの都、ピエドラッドへ」
柱のたもとに門番が二人いた。そのうちの一人が声をかけてきた。背は低いがずんぐりとしていた。要するにこれぞドワーフという外見だ。
「しかし、子供達だけで何しにドワーフの都へ?」
もう一人の門番が訝し気に訊いて来た。
「オッサン、俺たちはナノルーフに――」
「オレはまだ十八歳だ!?」
「あ、いや。それは済まなかった……」
だってさ、髭もぼうぼうで小太りだし。どうみても中年オヤジにしか見えないよ。
「それで、ナノルーフに用があって来たんだけど」
「生憎、お前らのような小僧がほいほいと会えるようなお方ではない」
「そうだ。我々でさえ十年に一度、ご尊顔を拝することができるかどうかなのだ」
二人の門番は大きく首を振る。あれ、もしかして偉い人だった? コールマンからはネガティブ情報しか聞いていなかった。だから頑固だけど腕の確かな職人程度にしか思っていなかった。でも別世界のコールマンが知っている位なんだから、かなりの存在なはずだよな。
「うーん、でもさ。これを直せるのは彼しかいないって聞いたんだけど」
俺は依頼品を無限収納から取り出す。
「これは――。なんて神々しい柄だ! これはまさか聖剣なのか」
凄いね。俺には#柄__つか__#だけ見ても大層な代物には感じないけど。刀身がないと神剣特有の魔力も発しないしね。
「それでもあの方に会えるかどうかはわからん。だが、そういう理由なら通っていいぞ」
「ありがと~! 格好いいドワーフのお兄ちゃん!」
「なんのなんの。嬢ちゃん、ちょうどいい。このチケットをやろう」
「これなに~?」
「これを使えば街なかの色々な店でサービスを受けることができるぞ」
「やった~!」
上機嫌な門番がチケットを山ほどチカに渡していた。この#娘__こ__#、いつのまに世辞がうまくなったのだろう。
坑道は大人三人ほどが並んで歩くことができる程度の幅だ。ライトは必要なかった。壁のあちこちで鉱石が輝いているからだ。それはいいんだけど。
「こ、腰が痛い……」
「アルタ背が高いからこういうとき大変だねっ! 私は平気だよ~」
そう、いかんせん高さが低いのだ。おそらくドワーフの身長に合わせているからだろう。来訪者の事を一切考えていない。ドワーフらしい設計といえばそれまでだが。
「屈んだ姿勢でもう一時間は歩いているわよ。まだ着かないの? このままじゃ、着いた時には腰が曲がっちゃうわ」
「街についても天井が高くなるとは限らないぞ」
「嫌なこと言わないでよ……」
「お、奥の方が明るい。そろそろじゃないか」
百メートルほど進むと、坑道が急に開けた。
「うお……。す、すげえな」
どうやら、この坑道は比較的高い丘へと繋がっていたようだ。
「これ、ほんとに山の中なの?」
「まるで要塞のような街だね!」
鉱山の中をドーム状にくりぬいた空間。天井の高さは百メートルを優に超える。太陽はないのになぜか明るい。不思議になって上を見あげると眩しかった。水晶のような鉱石が天井一面に広がり、キラキラと輝いていたのだ。
そして見下した先は機械都市。立ち並ぶ建物はどれも特殊鉱石で出来ているようだ。そこかしこで蒸気があがっていた。金属を打ちつけるような甲高い音が断続的に響く。
「これがドワーフ自治区か」
どこの国にも所属しない街。武器や防具、魔道具などを売って生計を立てている。歴史を紐解くと幾たびか隣接する都市から攻め込まれたようだ。いずれも強靭な武器と防具、そして鋼のような肉体がそれを退けたらしい。何より迷路状の狭い坑道での戦いを余儀なくされるのだ。圧倒的にドワーフに地の利があった。
「さて、ナノルーフがいるのはこの街よりも下だったよな。どこからどうやっていけばいいんだろう?」
「冒険者ギルドに行って聞いてみましょうよ」
「ドワーフ自治区にもあるんだ?」
「基本、ギルドは人が集まる場所であればどこにでもあるわ。人が集まればニーズが生まれるから」
「なるほど。確かに冒険者ギルドは討伐だけじゃないもんな」
「街の人からは何でも屋とかいわれてるよー」
アルタの助言に従って冒険者ギルドを探した。学園都市よりは街の規模は小さいので比較的すんなりと見つかると思っていた。しかし、道行く人に聞いても、もっと向こうだ、もっと手前だ、となかなか辿り着くことができなかった。
「なんで何度も同じ道を往復しているんだ……」
「カイト、もしかしてここじゃない?」
「え……。この小さなあばら屋がか? これ空き家じゃないのか?」
「あ、パドの言う通りかも。そこの扉に立てかけてある看板を見て」
朽ち果てそうなボロボロの木の板。そこに『冒険者ギルド ピエドラッド支部』と書いてあった。俺は恐る恐る入口のドアを開ける。良かった。とりあえず崩れなかった。あ、確かに受付と書いてあるテーブルがあった。
「すみませーん」
「酒が……」
「すみませーん」
「……酒に……」
「おい、起きろこの野郎!」
「がはっ!? なっ、お前はいきなり何をするんだ!?」
頭を押さえながら俺を睨むドワーフのオッサン。あまりに人が来ないせいなのだろう。完全に爆睡中だった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「貴重な業務時睡眠を邪魔するな! 酒盛り中に眠くなって、うたた寝したらどうしてくれるんだ! 朝日の迎え酒が飲めないじゃねーか!」
「こいつ何いってやがる」
「さあ?」
「そもそもここって朝日昇るのかしら?」
「ちっ、眠りを妨げるほど重要な要件なんだろうな」
いやいやいや、冒険者の応対をするのが貴方の仕事でしょ。
「あるドワーフを探しているんだ」
「あん? 人探しだと? そういえば随分と種族が入り乱れているようだな。しかも子供か。ベッカの学生か? とりあえず名乗れや」
「俺の名はカイト。ここに来た要件は、なかなかお目通りは叶わないようだが――」
「区長邸の庭に地下に降りる坑道がある。そこの門番にこれを渡せばいい」
許可証のような銀のカードを渡された。精緻な文様が刻まれている。
「俺、まだ何もいってないんだけど……」
「カイトという者が訪れたら、無条件にナノルーフ様の所にお通しせよとの達しが出ているからな」
「え? 誰から」
「ナノルーフ様ご本人からだ」
「ああ、そうなの?」
「儂も信じられん。お前のような子供だったとはな。あのお方が人と会うのは三年ぶりだ。粗相のないようにな」
「ああ、わかった……」
なんか俺のいない所で勝手に話を進めないで欲しい。そもそも差し入れしないと駄目なほど偏屈だったんじゃないんかい。スイスイ会えるなら酒いらんかったんじゃ? コールマンの言う事って微妙に信用ならないんだよなあ。




