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異世界 de ソウルコレクター  作者: 白昭
プロローグ
1/62

はじまり

「なんだよ。今日は一段と喧しいな」


 俺は通勤のため、自宅から駅に向かう途中だった。通勤時間はなんと二時間半。郊外から都心へと日々多くの時間を割いて通っている。


「糞っ、都心でもないのに今日は何でこんなに煩いんだ!」


 俺は耳を塞ぎながら下を俯いて歩く。朝も早い所為か道端にはほとんど歩いている人はいない。そして路上には車もほとんど見かけない。田舎町特有の閑散とした早朝の光景だ。


 俺は病気だった。


 子供の頃から声が聞こえたのだ。当たり前と言わないで欲しい。そこに誰もいないのに聞こえるのだ。クスクスとした笑い声。時にはさめざめとした泣き声。多種多様な声なのだ。特に耳元で怒鳴るのだけは勘弁願いたかった。そしてそれらはまともな文章を形成することは決してなかった。なので、ただただ鬱陶しい。


 そんな息子を親が心配するのは当然で、始めは脳神経外科に連れていかれた。検査結果は特段の異常なし。次に心療内科、その後も色々な病院の診療科を訪れた。が、結局は皆同じ。原因不明ですという回答しか得られなかったのだ。


 親は口を酸っぱくして俺に言った。周囲の人には絶対にこのことを漏らしてはいけない。さもないと酷い虐めに遭うと。確かにそれは正しかった。でも、両親は俺のイジメよりも世間体を心配していたのではないか。今ではそう思っている。


 学校でも変人扱いされた。生徒だけでなく先生からも。


 でもこれは仕方ないと思う。授業中に突然耳元で大声を上げられたらどうなるか。びっくりして席から立ち上がってしまうのは避けられない。逆に周囲から自分の名前を呼ばれても反応できないこともあった。耳元で煩く騒がれた時は何も聞こえなくなるからだ。


 秘密を漏らすわけにもいかなかったから完全に頭のネジが緩い人だと思われていた。いや、人に話していたらもっと扱いが酷くなっただろう。そんなこんなで学生時代は残念ながらまともな友人など一人もできなかった。


 社会人になった俺は都心のオフィスで働いている。


 電話の音が鳴りやむことがなく、部屋も狭く非常に喧しい職場だった。でもこれが良かった。あまりに煩いので変な声も気にならない。さらに言うととにかく忙しすぎて誰も他人を気に掛ける余裕がなかったのだ。なので俺の奇行も目立たない。何より、あまりのブラックな労働条件に発狂する社員もいた。俺が少しくらい叫んでも、ああまたか、で片付けられるのだ。


 でも住居は田舎の閑散とした場所に構えた。なぜか都心では変な声の数が多かったのだ。そんな所では寝る事すらままならない。なので職場は都会、生活は田舎と区別した。結果として通勤時間が凄いことになってしまった。まあ、もう慣れたけどね。


「いい加減、静かにしろよ! 何だっていうんだ!」


 何十、いや何百にもわたる大合唱が鼓膜を圧迫する。悲鳴とも警告ともいえるような叫びだ。こんな酷いのは生まれて初めてだった。


 流石に我慢できずに顔を上げる。ちょうど駅近くの公園のそれが目に入った。広場の中央で天高く聳える巨木。この町のシンボル。国の天然記念物扱いされているブナの木だ。樹齢は千年を超えているとさえ言われている。この辺りは標高もさほど高くない。なので周辺にはブナの木は一本も生えていない。その巨大さもあいまって非常に人目を惹くのだ。神木と崇めている人もいるとかいないとか。


「なんか、あそこから声が聞こえているような気が……」


 不審に思って公園内へと足を踏み入れた。少しくらい寄り道する時間は未だ十分にあるのだ。


「やはりそうだ」


 巨木に近づくにつれてボリュームが大きくなっていく。耳を塞いでいるのに鼓膜が張り裂けそうだ。


「ん、何だ。急に声が止んだぞ」


 急に静寂に包まれた公園……。


 しかし、それは束の間だった。タイヤを鳴らす音が耳をついたのだ。


「おいおい、まじかよ……」


 公園の柵が宙を舞っていた。吹き飛ばしたのは十トンほどの大型トラック。向かう先はブナの巨木。運転席が目に入った。ハンドルに人が突っ伏している。居眠り運転なのか何かの病気なのかはわからない。ただ言えるのは完全に意識はないということだ。


 知らぬ間に体が勝手に走りだしていた。トラックよりも先に巨木へと辿り着く。後ろを振り返ると、トラックが一直線にこちらに向かっていた。このままではぶつかる――。


「護らないと!」


 何故そう思ったかはよくわからない。そしてこんな無謀なことをする理由もわからない。


 俺はいま、ブナの大樹の前で両手を広げて仁王立ちしている。

 目の前にもの凄い勢いで脅威が迫りくる。膝がガクガクと震えた。それでも俺は逃げようとしない。


 そして俺はトラックに轢かれた。


 信じられないことに、トラックは俺と衝突してその進路を変えたようだ。視界の端に公園の外へと飛び出していくのが見えた。その後どうなったかは知らない。


 俺は宙を舞う。


 奇妙なことに痛みは感じなかった。でも死は確信していた。走馬燈のように過去の出来事が――。


 何も思い浮かばないな。


 ふとブナの巨木が視界に入った。樹皮も葉も紅く煌めいていた。ああ綺麗だ。


 あれ? なんか木の周りに妖精のようなものが沢山見えるな。みんな笑顔だ。俺が死んで嬉しいからじゃないよな。護ってくれてありがとう。そう感謝してくれているんだよな。最期くらいそう思いたい。


 ブナの巨木から何かが飛び出してきた。宝石のように赤く光輝く小さな欠片だ。それはゆっくりと俺の体へと吸い込まれていった。全身が紅い光に包まれる。


 ああ、なんか暖かくて気持ちいいな。


 そして俺は意識を手放す。それがこの世界での俺の最期だった――。


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