第一話 『ボツ①』
ボツネタです。ハッピー好きなのにネガティブな心境反映率99.8%
菊池鳳華の魂は、六道輪廻を彷徨うが、しかし彼女の魂は、満足していた。
『悔いは無い。私は、楽しみながら生を生きた。生き切った。20数年という期間だったけど、やりたい事も一杯あったけど、仕方ない。トラックの運転手さんにしても、私を殺したかった訳じゃないだろう。不慮の事故だ。誰を恨む必要も無い。
『ああ、やっと分かった。死とは、生とはつまり、同じなんだ。生も死も、全てはひとつ。悲しむ事も、嘆く事も無い。
『色んな場所が見える。苦しそう、虚しそう、痛そう、辛そう……あ、私の居た場所だ』
地獄、餓鬼、畜生、修羅の世界を経て、彼女の魂は、人間道を通る。魂には時間という概念も、空間という概念も無いため、ひとつの世界を廻る時間を定義するなら、一瞬であり永劫と答えるほか無い。彼女はその上辺を巡る。自分に適した場所が決められるまで、何度も何度も。
『私は、こんな素晴らしい世界で生きていたんだ。美しいって、こんな感じなのかな。
『あれは、私のお葬式かな。私は天涯孤独だし、社長が開いてくれたのかな?
『嬉しいな。社長、私の為にわざわざ色んな人に声を掛けてくれたんだ。
『あれ、社長、泣いてるの? やだ、泣かないで社長。私はここにいる。それに、私はもう居ないんだよ。社長は社長なんだから、前を向いて生きていかなくちゃ。しっかりして』
優しくそう言うが、伝わらない。伝えられない。届かない。
困ったように彼女が笑うと、体が引き上げられるような感覚を覚えた。それがどういう事か、魂は知っている。
『ああ、私は輪廻から外れるんだ。さようなら、社長。貴方への恩は、いつまでも私の中に』
誰もいない式場の片隅で、赤子の様に泣きじゃくる社長の頭を撫で、素通りした自分の指をみる。もう、触れない。しかし、終わりではないのだ。死とは別れ、けれど、そうじゃない。
菊池鳳華の魂が、引き上げる力に従い背を向けたその時、泣いていた男は息を整え、嗚咽以外の声を初めて発した。
「――鳳華、俺は、俺は秘書になったお前に、これを渡すつもりだった」
そういって出されたのは、小さな指輪だった。
「お前は、何でも無いような顔で『愛している』と言った。俺はひねくれているから、そんなお前の気持ちに、気づかない振りをしてきた。
「馬鹿だよな。お前、最初から分かってたろ? 俺もお前のことが好きだって。ダサい俺を、それでも笑って待っててくれたんだろう? なら、もう少しだけ待っててくれても良かったんじゃないか?
「今なら言える。俺は、お前が好きだ。好きだ。好きだ。大好きだ。愛してる。愛してる。これからも、これまでも、お前が好きだ。好きだ。好きだ、からさぁ……」
弱々しくなっていく男の言葉に、そこから伝わる魂の脈動に、魂は、菊池鳳華は、引き上げる力に抗う。それは、あり得ない事だ。肉体を離れた魂は、再び次の道へと至るまで、外部の影響は受けない。内側のみで全てが完成しているはずなのだ。だから、引き上げる力の大元に、隙が出来た。
「――戻って来てくれよ、鳳華」
目が醒める思いだ。思いだろう。思いだった。
菊池鳳華の魂は、再び人間道へと、自らの意志で戻ろうと足掻く。もがく。暴れ回る。
『死にたくない! 死んでなんか居られない! 私は! 私は社長のそんな顔なんて見たくない! させない!』
無駄な足掻きの筈だった。悪足掻きの筈だった。これはよくある事。地獄に行きたがらない魂なんてものは何処にでもある。
しかし、解脱を拒絶する魂なんてものは無いはずだ。どれだけ幸運な人生を歩んでも、苦痛な人生を歩んでも、剥き出しになった魂は、生からの解放を願う。
幸せも苦しみも、喜びも悲しみも、全ては魂を疲弊させるからだ。
菊池鳳華を動かすのは、独善的な愛。自分の理想を押し付けた、利己的な愛。他者の付け込む隙の無い、排他的な愛だ。
彼女は、魂にまで刻みつけていた。己の愛を。
それは、狂気よりも深く歪んだものだ。
親の愛よりも強く、嫉妬よりも冥く、傲慢よりも愚劣な。
だから、それはもしかすると、必然だったのだろう。
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這いずるように侵入してきた鎖が、菊池鳳華を輪廻の輪から引き摺り抜いた。




