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吸血鬼と9㎜パラべラム  作者: からんBit
8/27

仕事 B

 時間的にまだ早いので繁華街はなんだか妙に静かで、ゴーストタウンに迷い込んだような錯覚を受ける。それでも戦場の夜のような殺伐とした気配はない。やはり平和というのは悪くない。墨善は常々そう思う。狙撃をしやすそうなビルの傍を抜けて、待ち伏せには最適な路地を歩き、たどり着いたのは昨日のペンシルビルである。

「まだ寝てるかな」

ステラは太陽の下に出れない。彼女が生活するのは基本夜なので、この時間だと起きてる可能性は低い。彼女にとっては今の時間は早朝みたいなものだ。階段を下りて、金融会社を通り抜け、表札のかかったドアに手をかけた。

「ステラさ~ん」

「あら、墨善」

思った以上にはっきりした声がした。起きていたらしい。

「まいど」

部屋の中ではシャンデリアの下でステラが銃器を分解していた。彼女の愛銃であるステア―AUGだ。オーストリア製のアサルトライフルで凡庸性が高く、小回りが利くのが特徴だ。

「弁当、おいしかったわ。お礼言っといてね」

「はいよ。で、何してんだ?」

墨善は適当に彼女の傍に腰をおろした。今日の彼女の服装は濃い臙脂色のパーカーと黒のショートパンツである。

「日本に来たからには装備も変えとかないとね。市街地ばっかりだから9mmにしとかないと」

近未来的なデザインが施されたアサルトライフル、ステア―AUG。これは機関部やストックなどの7つのモジュールによって構成されているのが特徴である。機関部や銃身を交換することで様々な弾丸を撃てるこのライフルをステラは愛用していた。

「しかし、相変わらずいろんなもんがあるな」

墨善は彼女の武器が多数保管されている棺桶の中を覗き込む。その瞬間に張り手が後頭部を襲った。

「いってぇぇ」

 振り返ると、ナデシコが遠くから枝を伸ばして張り手をくりだしていた。ナデシコの指の一本が人差し指を左右に振り『甘い甘い』と言ってくる。わけがわからない。そんな墨善にステラが補足をした。

「女性のカバンを勝手に覗き込むものじゃないわよ」

 カバンというか棺桶なのだが、そこにツッコミは入らなかった。

「え?今更そんな間柄でもないだろうに」

「親しき仲にも礼儀あり」

「そりゃそうだけど」

墨善は少し言い渋りながらも頭を下げた。

「ごめんなさい」

「いいのよ、興味あるのは私の銃でしょ?私の私物じゃなくて」

一瞬なんのことを言ってるのかわからなかった。

「まぁ、墨善も高校生だもんね。女性の私物に興味があるのも仕方ないか」

そう言ってステラはこちらに向かってほほ笑む。その様子が家族に笑いかける母親のように見える。そこまで言われてこちらもようやく合点がいった。

「言っておくが、ステラの下着類に対して俺は興味無いぞ」

「あら、本当に?」

再度尋ねられる。しかも、今度は彼女の笑みが妖艶なものに変わっていた。

「・・・ああ」

「今、変な間があったわよ」

そして、彼女はくすぐったそうに小さく笑った。笑顔一つでここまで様々な感情を表現しきる彼女は本当に見ていて飽きない存在である。

「うるせぇな。本当に一ミリも興味なかったらそれはそれで男として問題だろ」

自分が照れているのはわかっていた。だが、それだからといってぶっきらぼうになる口調をどうにかできる程に歳は重ねていなかった。

「確かにそうよね。じゃあ、見てみる?」

「遠慮しておくよ。高くつきそうだもんな」

「残念」

ステラは全く残念そうに見えない笑顔でそう言って、いじっていたAUGを床に置いた。

彼女は棺桶の中からいくつかの銃器を取出して、床に並べだす。

「今、持ってるのはこんなもんかしらね」

拳銃や突撃銃、騎兵銃、狙撃銃から対物ライフル、榴弾砲までありとあらゆる武器がそろっている。自分が拳銃稼業に身を置いているぶん、こういったものに興味はつきない。墨善はとりあえず拳銃を手に取った。銀色の銃身と銃の上部スライドの大きな切り込みが特徴の高性能の拳銃、ベレッタM92Fである。墨善は手早く初期分解を行って細部をチェックする。手入れはしっかりとほどこされており、いつでも発射できる状態であった。

「あ、弾倉に弾入れてくれる?」

「いいよ」

手渡されたのは9mmの弾丸。昔から信頼度の高い9mmパラべラムだ。分解したのと逆の手順を踏んで拳銃を組み立てなおしてから、弾を弾倉の頭に詰め込んでいく。全部で15発の弾丸を詰めて、予備の弾倉にも同様に詰めていく。ステラも整備を再開し、ナデシコも部屋の隅で軽機関銃の整備を始めた。しばらく、金属をいじる音だけが部屋の中に流れていた。墨善は全部で5つの予備弾倉に弾を詰め終わる。それが終わったら、今度は別の銃を手に取った。再び初期分解して組み立て、弾を詰める作業を手伝う。

「で、祭ちゃんとはどうなったの?」

突然、ステラはそんなことを聞いてきた。

「どうもこうもないよ。今まで通り。今日も泣きそうになりながら仕事に行ったよ」

 ステラはその情景がすぐに浮かんだらしく、楽しそうに笑った。

「だから、今日はいないのね」

「引き離すのに苦労したよ」

「そこまでして私と二人っきりになりたかった?」

「ナデシコがいるぞ」

 墨善は手元に意識を注ぐことで、心筋への負担を和らげた。

「それで、彼女からは今まで通り求愛はされ続けているの?」

「・・・まぁな」

『求愛』という言葉に若干違和感を覚えたがそれほど間違ったことは言ってないので聞き流しておいた。

「相変わらずモテモテじゃない」

視界の隅でナデシコも卑猥な仕草をしてくる。

「そんなんじゃねぇ・・・」

少し声が沈んだ墨善だったが、ステラはおかまいなく続ける。

「まだ、断ってるのね」

墨善は返事をしない、沈黙はすなわち肯定である。

「人生は短いんだから、恋はできるときにしといたほうがいいわよ」

彼女は何人もの寿命を看取ってきている。その言葉の裏側にいくつもの人生があるかと思うと、墨善としては複雑な気分だ。

「俺はネズミだよ」

墨善はそう言い、この話は終わりだと言わんばかりに弾倉を床に置いたのだった。

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