表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼と9㎜パラべラム  作者: からんBit
26/27

吸血鬼と9㎜パラベラム

 二階で敵をあらかた片付け、墨善は階段をあがる。

「墨善、五階に太陽が一切当たらない部屋がある。吸血鬼は多分そこだ」

「ありがとよ」

 五階までの道のりは綺麗とはいかなかった。

 あちこちに粉砕された死体が転がり、壁にはべっとりと血が残されていた。佐助や百春の『掃除』はえげつない。いつものこととはいえ墨善は眉をひそめた。景観はどうでもいいが、この臭いはどうにかならないものだろうか?

 ちなみに祭が『掃除』に参加するとこれ以上にえげつない状態になる。

墨善は五階へと続く階段に足を一歩乗せる。そこから先は呑気なことを考えてる余裕は無かった。

「・・・・・・・・」

 痛い程の沈黙が肌を刺す。何かいるということはわかりすぎる程にわかる。百春の機銃が壊しつくし、佐助がピンポイントに頭部を吹き飛ばしたフロア。そこが狩場へと豹変しているのを墨善は感じとった。

 姿勢を低くして、五階のフロアにたどり着く。いきなり体を晒すことはしない。奴の弾丸を一発でも喰らったらこっちはそれで終了だ。ゲームと違って命は一つだ。AUGを握りしめる手に汗が滲む。自分の吐息を沈めつつ全神経を五感に集中する。

「・・・・・・・」

 何分も経っていない。下手をすれば数秒だったかもしれない。なのに、墨善は数時間ここで我慢比べをしたような感覚に襲われていた。

「・・・・・・・」

 墨善が飛び出した。体を小さく丸めながら、低い姿勢で走り出す。そのまま、フロアを駆け抜けて一本の柱の陰に滑り込んだ。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 静かだった。銃撃が無かった。気配は強く感じる。体をべっとりと這いまわるような殺気は間違いなく戦場のそれだ。それだというのに銃撃が無い。嫌な予感しかしなかった。息を整えAUGを構える墨善。その頭上が突然崩れ落ちた。

「くっそ!!」

 悪態をついたが間に合わないものは間に合わない。墨善は瓦礫の破片を大量に浴びるはめになった。転がるように移動し、別の柱の陰に隠れる。

 運悪く大きな破片が頭を直撃し、額から血が流れ落ちる。目にかからないことだけが救いだった。

 また頭上が崩れ落ちる。

「またかっ!」

 駆け出し、別の柱の傍に滑り込む。背後では瓦礫が噴煙を巻き上げていた。

今度は警戒していたお蔭で何とか回避に成功したが、状況が改善されたわけではない。完全にはめられていた。吸血鬼は上の階だ。

柱の陰から出口を伺う。その直後、頭上でヒビが入る音がした。

瞬時に走り出す。向かう先は出口。だが、その目の前に瓦礫が降り注いだ。

「ったく!」

 銃口を上に向けるも、埃と粉塵で射線が定まらない。無駄撃ちするわけにもいかず、墨善は銃を降ろした。相手がどうやってこっちの位置を把握してるかはわからないが、別に不思議でもなんでもない。どうせ相手は正真正銘の吸血鬼だ。影に溶け、羽を生やせるふざけた生き物相手に常識で戦っても意味は無い。

 墨善はまたもや柱の陰に身をひそめた。背中に柱を背負うのは一種の癖のようなものだった。『ネズミ』の習性って奴だ。

「すぅぅぅ・・・はぁぁぁぁ・・・」

 墨善は一度深呼吸をした。ここから、出口までの道のりは一本道とはいかない。それにたとえ逃げ延びたとして吸血鬼なら上の位置は永遠と取られることになる。

腹を括るか。

墨善はAUGを背中に回した。そして、墨善は駆け出した。持ちうる最速のスピードでビルのフロアを駆け回った。このスピードなら頭上を壊されてもかわしきれる。

そんな確信をあざ笑うかのように爆音が鳴り響いた。

巨大な銃声。それが頭上から聞こえてくる。M2の弾丸が天井を貫いて、墨善の背後に突き刺さる。まさに銃弾の雨だ。

「傘・・・持ってくるべきだったかな」

 負け惜しみのように呟いた直後、墨善は直角に走るコースを変えた。そのコンマ数秒の後ろを銃弾がギロチンの刃のように走り抜けた。

「かけっこだ!付いてこいよ!」

墨善は走り回る。鋭角に曲がり、時にステップを切り、Uターンのような切り替えしも見せ、惑わすようにスラロームで駆け抜ける。それを荒々しく追いかける銃弾の雨。銃弾に捉えられた間違いなく体が吹き飛ぶ。背筋を凍りつかせるような緊張感を感じながら墨善は走る。

「・・・逃げられたらいいんだがな・・・」

 出口から出たところで仕切り直すだけ。だったらここで決着をつける。

 墨善はその時を待っていた。

 墨善は五階のフロアの全域を駆けまわる。それを追うようにM2の巨大な弾丸が穴を穿っていく。

「ハハハハハッハアッハアハハアハハハハアア!逃げろ逃げろ!」

 砕かれた天井から狂気の笑い声が聞こえる。

 トリガーハッピー様々だ。

 遊んでやがるのか?

 それとも、狂ってやがるのか?

 墨善は逃げ回りながら銃弾の軌跡を追っていた。どんな銃でも、発射場所が動かなければ必ず死角ができる。墨善は荒くなる呼吸を繰り返しながらそれを見定める。

「そこかぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!アアッハッハッハッハッハアアッハ!」

 吸血鬼が動く。銃弾が墨善の背後を追う。

「やべっ・・・」

 追いつかれる。

 墨善は咄嗟に瓦礫に足をかけて飛んだ。

空中で体を捻り、柱に着地。そのまま柱を蹴り飛ばして強引に方向転換をした。墨善のわずか数センチ先を無数の弾丸が飛び抜けていく。

命を拾った感動。その時体に溢れたのは生きていることへの充足感だった。

 着地してまた駆け出す。

「くっくっくっ!」

 墨善は喉の奥で笑った。

 死を目前にして生を感じる。なんとも皮肉な話じゃないか。こういう時、墨善は祭が仕事を楽しむ気持ちを大いに理解するのだ。

 だが、こんなのを何回も味わうつもりはない。

「さぁて・・・はぁっ、はぁっ・・・」

 息があがる。全力で走り続けられるのももう限界が近い。

 墨善は銃の機動から大まかに吸血鬼の位置を捉えていた。だが、上の階にいる吸血鬼を相手にこちらは貫通力の低い弾丸しか無い。向こうのように弾丸を貫通させて狙い撃つわけにもいかなかった。だから墨善は『ネズミ』のように逃げ回るしかない。

 劣勢も劣勢。状況は『悪い』意外の何物でも無かった。

「だがっ・・・まだだ・・・」

 まだ走る。死から逃れる為に墨善は走る。敵を殺すチャンスを伺う為に走る。

「ハハハハハッハアッハアハハアハハハハアア!」

吸血鬼の笑いが耳に触る。まるで死神の笑い声だった。

 だが、墨善は諦めてはいなかった。

 待っていた。

 その時を。

 そして、その瞬間は訪れる。

「へっ!!」

 墨善は懐に仕込んでいたパイナップル型の手榴弾を取り出し、安全ピンを引き抜いた。

 時限信管式の手榴弾だ。墨善はレバーを親指で外した。

 投げ込む先は当然、崩れた天井だ。

 吸血鬼がいるであろう場所をめがけ、墨善は手榴弾を放り込んだ。更にもう一発ピンを引き抜いた。爆炎も爆風も吹き飛んだ破片さえも吸血鬼に効きはしない。

 だが、こいつは特別性だ。

銀の破片がたっぷり詰まった手榴弾。

たっぷり味わいやがれ

 銃弾の爆音を遮ってもう一つの爆音が轟く。

 悲鳴も呻き声も聞こえない。だが、銃弾が止まったのが最高の合図だった。

 墨善は獲物を定めたチーターのように一直線に駆け出した。いや、一目散に逃げ出す『ネズミ』のようと形容すべきだろうか。

トップスピードまで加速した墨善。背後に銃弾の残滓を置いてきぼりにして床を蹴って飛び上がった。

 墨善のジャンプ。体が重力に引っ張られて減速する前に墨善は柱を蹴った。三角とびの要領で勢いをつけ、更に飛ぶ。目指したのは天井に開けられた大穴だ。墨善の手が天井にかかる。ジャンプの勢いのまま墨善は自分の体を引き上げた。何の道具も使わずに上の階に到達した墨善は床に着地する前に空中でAUGを構えた。

最大限まで伸ばした銃のバレル。どんなにバレルを伸ばそうと普通の銃よりは命中精度の落ちる銀弾。これで百発百中の命中率を叩きだせるのはステラぐらいだ。凡人の墨善はできるだけ近距離で撃つ必要がある。墨善が走り回っていたのは吸血鬼をここまで誘導するためだった。

「・・・会いたかったぜ」

 お互いの表情がはっきり見える距離。体を銀の破片で切り裂かれたのか、あちこちが血に汚れている吸血鬼。だが、まだ生きていた。そうでなければ困る。

墨善は空中でAUGのサイトを吸血鬼に合わせた。サイト越しに見える吸血鬼の驚愕した表情。

最高だった。

墨善の手の中からAUGが火を噴く。表面を鋼鉄でコーティングされた銀製のフルメタルジャケット。9mmパラべラムを基にした弾丸が吸血鬼の体に次々と突き刺さる。痙攣するように震える吸血鬼を見ながら、墨善は着地した。30発の弾丸を撃ちつくし、AUGを背後に回すと同時に二丁のグロックを抜き放つ。サイトを覗き込んだ先の吸血鬼。M2は大きな銃だ。そいつを盾のように構えればまだ希望もあったろうに。

だが、体のあちこちに治らない風穴を開けられてもなお吸血鬼はM2の銃口をこちらに向けようとしていた。

「遅いんだよ」

 墨善のグロックが火を噴く。一丁で40発、二丁で80発という火力は強力だ。9mmパラべラムの銀弾が一瞬でばらまかれる。再び体中を痙攣させて吸血鬼が後退する。このわずか数秒の間に100発を越える銀弾を叩き込まれた吸血鬼。どんな妖怪でも立っていることは不可能だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ