反撃開始 D
銃座をひっつかみ、部屋の中に投げ込む。複数の銃声がした。敵の意識がそっちに行った直後、祭は部屋の中に飛び込んだ。ツェリザカを抜き放ち、発砲。全弾撃ちきり、三人を肉片に変える。弾切れと同時にライフルを片手で構えて、撃ちぬく。その瞬間、目の前の人間が粉に変わった。
祭の持つライフルは『人食いハンニバル』の名を冠する『ハンニバル モデル ライフル』
使用する弾丸は地上最大の肉食獣であるティラノサウルスを一撃で仕留めることを目指して作られた特大の弾丸『.557 T-Rex』今、地球上で最も威力のあると言われている最強の携帯可能な銃だ。その威力は鯨をも一撃で仕留め、軽戦車にすら正面から喧嘩をふっかけられる。多少の防弾機能などこの銃の前では無いに等しい。
この銃の欠点といえば二つ。
その弾丸の威力の為に銃の機構を単純化する必要があり、装填数が一発。連射ができない。一発撃つごとに薬莢を手作業で排出、懐から弾を取り出して詰め込むという作業をやらなければならない。そして、もう一つはその威力故の反動の大きさだ。威力が世界一ということはその反動の大きさも世界一ということ。当然、命中率だって悲惨なものだ。元々この銃は実戦で投入されることを前提になどしていない。使われるのは人間よりはるかに巨大で危険な動物を狩る為のアフリカンハンター達の為の銃だ。
こんな銃、戦場で使うことなどできはしない。人間なら無理だ。
だから、祭が使っているのだ。
祭は流れるような所作で弾を排出、再装填、そしてもう一発発砲。人の形をした水袋が破裂し、消えた。
「おやおやおや・・・」
祭は声に向けて銃を構えた。それと同時に彼女の体にレーザーポインターの光が当たった。部屋には既に複数の機銃が設置されていた。
「おい、銃を降ろせ。変なところに当たる」
柱しかないただっぴろいフロア。その奥に一人の男がいた。祭には見覚えがあった。間違いない、高倉甚助だ。
「吸血鬼もいい仕事をしたな。俺にこっちを回してくれるなんてな。飯でもおごってやるか」
濁った眼と引き締まった体。見るからに軍人といった様子の男だ。今、目の前で仲間が殺されたと言うのに平然と笑っていた。祭がこの世で三番目に嫌いな人種だ。
「それにしても、お前さんなかなか可愛いな。50万ドルのお値段はだてじゃねぇってわけだ。やっぱ写真やデータでは表せない美しさが現実にはあるな。まぁ、俺には関係のねぇ話だけど」
人の気配は無い。柱の陰から狙う機銃の口径がここから確認できた。だが、この位置からは全てを確認することができない。せめて、視線をずらせれば。
「おっと、動かないでくれ」
祭の体が止まる。
「弾丸が顔に当たったらことだ」
動きを読まれた。そのことに祭の体は固まってしまう。今まで数々の修羅場をくぐってきた祭だ。そんなにわかりやすい動きを見せた覚えは無い。祭は眉をしかめた。
「お前さんの首から下を吹き飛ばして持っていってもいいんだが、それじゃあ足元を見られる。これからお前さんを専門の場所に連れてって綺麗な剥製にしてもらうんだ。だから、余計な動きはしないでくれよ」
男は銃でも突き付けるかのように、右手の小さな端末を突きだした。
「この指のボタンを離せば、おめぇさんの体は今にも粉みじんだ。そうならないのはただ単なる金の問題。これが命の問題になれば、それもやぶさかじゃないからな」
「にしては、随分と平然としてるな。目の前で部下が粉になったのに」
「あぁ?あんなんただの使い捨てだ。ここに置いてたのだって、お前の動きをある程度牽制するためだからな。まぁ、全員妖怪だったしいいじゃないか?ああ、そうかお前も妖怪だったっけ。かわいそうに、首を狙って殺されても世界も国も法律もおまえを救っちゃくれねぇな」
いやしい笑顔だ。死ねばいいのに。祭は黙ったまま心の中で呟いた。
「大人しくしろよ?せっかく美しい顔してるんだ。そいつを血まみれにしたくないだろう?」
祭は動かない。どうでもいいが、墨善以外の男からそんなことを言われても『ピクリ』ともきやしなかった。
「武装解除だ。銃を捨てろ」
男はもう一度端末を突きだしてくる。選択肢はなさそうだ。祭は右手のツェリザカと左手のハンニバルを床に落とす。派手な音がして、銃器が床に落ちる。
「さあ、そのまま手をあげて」
両手をあげる。
「一つ、言っときたいことがある」
祭は英語でそう言った。男の表情が変わる。通じるらしい。
「あたしな・・・洋画ってけっこう好きなんだ」
祭は武器が無いことで警戒が緩んでいるのを確認して、視線を滑らせた。自分に当たるレーザーポインターは5つ。随分と多い。
「『ダイ・ハード』みたいなアクションも好きだし。『ボルケーノ』とか『デイ・アフタートゥモロー』みたいな災害パニックものも好き。『マーシー』は最高に泣けたし『ハングオーバー』は笑いまくった」
これだけの一斉射撃をくらったら、確かに首以外は粉みじんになりそうだ。
「『極大射程』はクールだった。『タキシード』も結構楽しめた。『ラッシュアワー』のシリーズは二作目が一番好き。でもね・・・」
祭はこの先は日本語で言った。
「あたしが一番好きなのは西部劇。イースト・ウッドが大好きなんだよ」
今度は男が眉をひそめた。祭は左腰の銃を引き抜いた。
「なっ!」
腰のあたりに銃をあてたままの射撃姿勢。あまりの速さに男の体が反応できない。一発の銃声。正確に放たれたツェリザカの弾丸が男の右腕を付け根から吹き飛ばした。
床に落ちるまでは指は動かない。
機銃は全部で五丁。祭は視界の左側から順に機銃を撃ちぬいた。ツェリザカの弾丸の威力なら一発で十分だ。腰だめで残り四発を撃ちぬく。
残りの機銃は一丁。
そこでツェリザカの弾丸が切れる。祭は足元のハンニバルを蹴りあげながら踊るように体をそらす。その動きを機銃が追いかけてきた。
カツンと音がした。端末から弛緩した指が離れる。
機銃が動き出す。祭は動きながらハンニバルの薬室内の弾を排出、柱の陰に倒れ込んだ。頭上で機銃の連射を受けて柱が砕ける。
銃声と大量の空薬莢が落ちる音。戦場の合唱は嫌いじゃない。ベストから一発の弾丸を抜き、装填。柱が霧散する前に祭は飛び出した。レーザーポインターが祭を追う。
「いい反応だね。機械にしとくにゃ惜しいよ」
発射される弾丸は祭の背後を確実に追跡する。
「でも、所詮機械だ」
祭のレーザーポインターの光が消えた。別の柱の死角に入ったのだ。
「墨善はこうじゃいかない」
祭はライフルを構える。柱を挟んで機銃と祭が一直線に並んだ。祭は銃撃を受けている柱に狙いを定めた。
「今日はついてたかい?ベイビー?」
発射された弾丸は半分ほどの厚みになっていた柱を突き破り、後方の機銃に命中する。
機械に穴が開き、三脚がその威力に耐えきれずに横倒しになる。弾丸を供給していたベルトが外れて、発射が止まる。
「これで終曲だ」
だが、幕引きにはまだ早い。祭はツェリザカをホルスターにしまい、ハンニバルの弾を排出。カラン、と空薬莢が音をたてて床に転がった。静かになったフロアを歩く祭。コンバットブーツの固い足音が確かに周囲に響き渡る。祭は捨てたままだったツェリザカを拾う。ツェリザカに弾丸を一発装填して、フロアを歩く。その先には、右腕を失った男が倒れていた。
「で?あたしの顔がなんだって?」
返事は無い、腕を吹き飛ばされた衝撃で気を失っていたのだ。このまま放置しても5分もつか怪しい。
「まぁいいや、どうせ興味も無いし」
ただ、まだ死んでなかったことには神に感謝だ。普段は信じてもいない神に向けて祭は十字を切る。
「神様、せめてもうしばらくそっちに引っ張らないでください。あの世に地獄があるかどうかわからないので、いましばしこいつを私の手で・・・」
祭は笑う。復讐を蜜やワインに例える人間はいる。祭にしてみれば復讐や報復はもう少し違った味だ。塩気と苦み。海の味だ。それは懐かしくもある味だった。祭は男の右ひざを撃ちぬく。
「ぐぁあああああ!」
膝から下がもげ落ち、あまりの痛みに男の意識が戻った。祭は満足げに頷く。
「あんた、ゲリラ戦が得意なんだってな?じゃあ、拷問の経験は?」
「ああぁ、あああああ!」
「泣き叫んでも一緒さ」
祭は銃をホルスターにしまう。ステラさんと墨善という私がこの世界で最も愛する二人を襲ったんだ。簡単には死なせない。
「た、たし・・・たすけ・・・」
「傭兵のくせに命に執着すんのかい?情けない」
祭は高倉の顎をつま先で蹴り上げた。
「私はねこの世に嫌いな輩が二種類いる」
祭は涙か鼻水かわからないものでぐちゃぐちゃになった男の頭を踏みつける。
「一つは、仲間の命をなんとも思っていない輩」
祭はぐりぐりと踏みつける。
「もう一つは妖怪と人間を差別している奴ら」
祭は脚を一度上げた。その下から醜い豚面が現れた。
「あんたは珍しく、両方満たしてた。私は『鬼』だからね。多分、地獄で拷問するのは私の役目なの」
祭はその足を高く振り上げる。
「それじゃあ、また会おうぜ」
祭は男の頭を踏み砕いた。
「地獄でな」