反撃開始 C
それを聞き取った祭が正面から、墨善は裏手からビルに侵入した。
下の階に生き残っている人間がいるとは思えないが、念の為に確認していく。背後をとられたらたまらない。
人気の消えたビルの一階。墨善は拳銃を右手、ナイフを左手に持って移動する。電気系統は生かしてあるので、ライトは必要ない。
頭に叩き込んである図面と目の前の現実を見比べながら、決められたポイントを制圧していく。
このビルの移動手段は中央の通常階段と外側付近の非常階段の二つ。墨善は非常階段を担当する。
一階の制圧を確認した墨善は非常階段に足をかけた。その時、頭上からの激しい足音を聞こえてきた。階段の隙間から上を見上げると、傭兵会社と思われる面々が次々と降りてきている。まだ、墨善に気が付いていないようだ。ここから考えられる選択肢は二つ、待ち伏せか奇襲かだ。
墨善は後者を取った。奴らが降りてくる時間が面倒だったのだ。墨善はできるだけ音をたてないように階段の隙間から愛用の拳銃、「P14‐45」を向ける。階段からの隙間でも、角度がよければ頭部に命中する。針の穴を通すような作業だが、使いなれたこの銃ならそれも可能だった。
パン、パンと子気味の良い音銃声が聞こえ、上の方から悲鳴が聞こえる。何事かと下を覗き込んできた頭を狙って更に発砲。これだから素人を殺すのは楽でいい。以前見た映画で『女子供を殺す時に何か感じるか?』という質問に主人公はこう答えた『銃の反動だけだ』あれには痺れた。素人だろうが女子供だろうが敵である以上容赦はしない。墨善は残弾を打ち切り、弾倉を交換。怒りにまかせて降りてくる素人共の足音を聞きながら二階にあがり、扉の陰に隠れる。ここから先は『待ち伏せ』の時間だ。
遠くで銃声を聞いた祭は「ハズレか」と呟いて階段をあがる。
祭があがっているのはこのビルの通常階段。中心部が吹き抜けになっている螺旋状の階段だ。こちらは一階毎に立ち止って警戒するなんてまどろっこしいことはしていない。祭の体が戦闘を求めて昂ぶっているのだ。そんな面倒なことをやっていられる精神状態ではない。
だが、そんな祭の気合を空回りさせるように中央階段には敵の姿はまるでなかった。敵は全て非常階段に向かったのだろうか。
何の気もなしに階段をあがる。
突如、その手すりが吹き飛んだ。
「うわっと!」
祭は驚いて壁側に身を寄せた。爆音のような銃声と共に手すりが次々と粉砕されていく。程なくして銃撃はやんだ。
ビルに広がる静寂。祭は眉をひそめた。静かすぎる。人が行動しているならもう少しなんらかの音が聞こえてきそうなものだ。
その答えはすぐに出た。微かなモーター音がしたのだ。
「高倉って奴の機銃フルコースってわけか」
ここから先、死角無く機銃が設置されていると考えていいだろう。
「面白れぇ」
地雷原ならぬ機銃原というわけだ。
祭はライフルに初弾を送り込み、階段を駆け上がった。途端、祭の動きを察知した機銃が銃撃を開始。銃声と火花でその方向を見つけ、祭はツェリザカを撃ちぬいた。激しい金属音がして機銃が倒れる。ツェリザカの威力なら機銃の足を狙うまでもなく銃そのものを破壊できる。
「どうせ一丁じゃねぇんだろ?」
このまま螺旋状の階段を上るのは愚策だろう。祭は吹き抜けから一階上の階段へとよじ登ろうと身を乗り出した。
「やべっ!」
その時に見たのは最上階から下に向けられている銃座の光だった。慌てて身を引く。手すりどころか階段の一部までが粉々になった。
「ははははっ、嬢ちゃん。近道はいかんぞ!最近の子供はすぐに裏技を使いたがる」
「そいつは偏見だぜ、おっさん!」
祭は上階に向かって吠えた。敵は最上階。機銃は山ほどあるんだろう。
「踊ってやるよ!」
祭は階段の一部を自らの手でヒビを入れ、割った。そうして十分な厚さと大きさを持つコンクリを用意する。簡易の盾だ。そのコンクリに指をめり込ませて固定する。開いた手でツェリザカを握りしめ、祭は再び階段を駆け上がった。
度重なる銃撃をコンクリの壁で受け止める。一発の弾丸が命中するごとに指から肩にかけて重い衝撃が走る。だが、祭は十分に笑っていた。鬼としての怪力を持つ彼女にとってこの程度の衝撃は苦でもない。複数の機銃の多重奏。反対の階段から、上階から、時には部屋の中から飛んでくる弾丸を盾で防ぐ。
「もうちょい・・・」
最上階まであと二階。設置されていた機銃を殴って停止させつつ、祭は飛ぶように階段を駆けあがった。既にコンクリには二百発は下らない弾丸が刺さっている。最上階までもう少しだ。階段は最後の一本。
「あの野郎・・・」
コンクリの陰から見た最上階には大口径の銃座が二丁も設置されていた。吸血鬼の使っていたM2を銃座型に改良したものだろう。爆音を轟かせて射撃が開始される。このコンクリでは防ぎきれない。そう判断した祭は盾を銃座目がけて投げつけた。わずかな間だが時間が稼げる。その時間が生死を分けた。
祭は二歩分階段をあがり、部屋側の壁に腕を突っ込んだ。
「おりゃぁぁぁああああぁぁ」
気合の掛け声と共に腕を引き抜く。その腕についてきたのは巨大な柱だった。それはこのビルに6本ある最大の支柱。身の丈程の円柱型のコンクリを振り回し、体の前に構える。
再び銃弾が刺さる。だが、今回の安心感は桁違いだ。二丁の銃弾の衝撃を押し返し、祭はさらに前に突っ込んだ。砕けていくコンクリの破片。散っていく粉塵。その中で祭の目は獣のように輝いていた。
戦いこそが鬼の本能だと言いたげに。
祭は最上階にまで足をかけた。柱を振り回して銃座を破壊する。その衝撃で柱も砕けてしまったが、ここまで来たら必要ない。
「祭さん、聞こえてますか!こっちからは敵の姿は確認できません。西側の部屋に回ってください」
「あいよ」
やはりそうか。ここまでやれる人間がわざわざ狙撃の射線に出るわけがない。
祭はツェリザカに弾丸を込める。背中のライフルを油断なく構え、中に入って行った。
祭は部屋の中に複数の足音を捉えた。人間の足音だ。
「まだ残ってたのか」
足音では敵の位置は把握できない。その時、祭の目に留まったのは今しがた破壊した銃座だった。祭は歯を見せて笑った。