反撃開始 B
百春が祭の襲撃の話を聞いたのは今日の四時頃。そこから拠点を移す話が素早くまとまった。近くの港にストックしてある武器類のコンテナや国内の銃器の卸売店に片っ端から声をかけた百春。わずか五時間という早業で百春は全員が愛用する武器や弾丸を揃えきった。百春の経営する会社はまだ世界的には三流だが、武器商人個人としての手腕は一流だった。
「相手は吸血鬼ッス。銀弾用の武器がいります」
「私はパス。あんなちまちました武器は性に合わない」
祭はツェリザカといつものライフルを担いだ。
「だいたい、ステラさんに銀のブレスレットをプレゼントしてくれたド阿呆共は人間なんでしょ」
特注のベストにライフルの弾丸を詰めて、祭はにやりと笑う。鬼らしい邪悪な笑みだった。
「私はそいつらの肉でミンチを作ってやらないと気が収まらない」
「なら、今回は俺が吸血鬼の相手だな」
墨善はそんな祭を傍目に銀弾仕様の銃を手に取った。
銃の砲身内には螺旋状の溝が掘られている。これは、銃が発射される際に弾丸に回転をかけて命中精度を上げるための構造である。これをライフリングと呼ぶ。
このライフルリング、発明されたのは15世紀の終わり頃だ。だが、命中精度があがるにも関わらずこのライフルリングは普及しなかった時期がある。その原因は教会である。ライフル銃の今までとは比較にならない命中精度に怖れをなした教会はライフルリングを悪魔の技として敵視したのだ。
そのために公開された実験がある。
浄化と聖を意味する銀の弾丸と毒と悪魔の金属である鉛の弾丸を用意し、それをライフルリングの彫ってある銃で撃つというものだ。その結果、悪魔の弾丸は見事命中、銀の弾丸は大きく逸れた。そして、教会はこう言ったのだ。『この武器は悪魔の銃だ!』
これは鉛より銀の方が柔らかく、十分な回転がかからなかったというだけのことだ。ただ、それが当時の人にそれがわかるわけもない。そうして、ライフル銃は長らく歴史の陰に埋もれることとなった。
だが、時代が変わり、教会が力を失っても、自然現象そのものは今も変わらない。ライフルリングを掘った銃では銀の弾丸は不規則な回転がかかり、逆に命中精度が落ちる。銀弾仕様の銃とはライフルリングの無い滑腔砲を意味する。
すっからかんな銃口を確認し、墨善は銀の弾丸の入った弾倉を叩き込む。今回使う武器はステアーAUG。ステラと同型の銃だ。モジュールを入れ替えられるステアーAUGは銀弾仕様にするのに砲身と機関部を取り換えるだけでいい。普通の銃を銀弾用にしようとすると、メーカーから受注するという、たいへん面倒なことになるのだ。そういう意味でAUGは対妖怪が想定される地域に出向くにはうってつけである。
命中精度を上げるために長いバレルで砲身を延長し、墨善はスリングでAUGを肩から下げる。さらに学校から持ち出した二丁のグロックも引き続き使用することを決め、ガンベルトに弾倉を差し込む。
「百春、持ってきてくれたか?」
「おう、これやろ」
そして差し出された拳銃。手に取り、構える。
ステラから借りたベレッタとは明らかに違う。自分の手に吸い付くようにグリップが馴染む。サイトをわざわざ合わせるまでもない。その銃はもはや自分の一部だった。
パラ・オードナンス社の「P14‐45」
45ACP弾を14発弾倉に備えるこの銃は、かの有名なコルトガバメントのコピーモデルだ。昔から使い続けてきた銃に今更違和感などなかった。そこに鉛を込めた弾倉を叩き込み、コッキングして安全装置をかける。
肩からさげたホルスターにそいつを差し込めば準備完了だ。
「鉛の銃はそれだけッスか?」
「もともと銃撃戦は苦手なんだよ。死ぬまで肉体で暴れるさ。それに、お前もいるしな」
墨善は佐助の胸をトンと叩く。
「援護は任せるからな」
「うッス、任せてください」
佐助は自分の背中に抱えていた黒いライフルケースを軽く叩いた。
「肉弾戦なら鬼の右に出る者はいないと思うけど?」
祭が墨善の隣に並んで、コンバットブーツを手に取った。
「そんな鬼と日々喧嘩紛いのことやってんだ。そこらの人間に負けるかよ」
無駄口を叩きながら、墨善も無駄の無い手つきでコンバットブーツやタクティカルベストを着込む。
「ああそっか、墨善も人間だったっけ」
「お前な」
「時々忘れてまうな」
「墨善馴染みすぎッスからね」
「お前らな・・・」
ジャケットにありったけの弾倉を差し込み、全ての準備が整った。
「ほな、行くか?」
全員の準備が整い、百春がそう言った。
四人が自然と円になり、墨善が拳を突きだす。
「行こうぜ『二度と得られない経験を積み重ねていける人生こそ最高』だ。いい夜にしよう」
四人の突き出した拳が重なった。
日常に背を向け、向かうのは血と硝煙にまみれた戦場。後は、ただぶっ放す。
『ついたぞ』
牛車に揺られ、到着したのは建設途中のペナントビルだった。大きな荷物を担いだ影が二人分外に飛び出す。彼らの姿はすぐに夜の影の中に消えていった。
月をバックに佇む工事現場。一応、外観は出来ているようで八階建のコンクリの塔は見た目だけならバブルで潰れたビルだ。まだ事務所もテナントも入っていないのでそう見えるのだろう。本来ならこれから新しい一歩を踏み出す人たちの為の城なのだ。
「そんな場所をこれから曰くつき物件に変えるわけなんだから、少し同情するな」
祭はそう言いながら、牛車の中でツェリザカに弾丸を込めた。その話を無線越しに聞いていた墨善から声が入る。
『どんな場所にも需要ってのはあるさ。案外五月雨会が買い取るかもよ?』
雑音の無いクリアな声の向こう側では何かを設置する音がしていた。
『それありそうッスね。格安そうだし』と、更に無線を通して佐助が言った。
「うーん、なら私が先に買い取っておくか」
百春の声は祭の隣から聞こえた。彼女もまた牛車の中だ。
「ももちゃん、それは終わってから考えようか」
そして、再び無線が開く。
『どうでもいいけどな、準備終わったぞ』
その言葉を聞き、百春は準備に取り掛かった。
百春が持ち出してきたのは五台のタブレット式操作端末。そこにはそれぞれ違った角度からペナントビルが映し出されていた。百春はそれらに視線をやりながら別の機器にも手を伸ばした。無線の傍受をする機械、ビル内に設置された警備会社の監視カメラの画像、ペナントビルの図面が表示されたタブレット。百春はその全てを『同時』に見ながら手を動かした。
百春の腕、首、肩、足、掌、その他肌が露出している場所全てに目玉が浮き上がっていた。それらは意思を持って画像の中の動きを追い、機器の調子をチェックしていた。
彼女は『百目鬼』。百の目を全身に持つ妖怪だ。
彼女は指で画面をなぞり、カメラの動きを確認した。
「OK、全部異常なし。いつでも行けるで」
百春は無線に向かってそう言った。
『こっちも配置についてる』
『俺もいつでもいけますよ』
墨善と佐助の返事があり、百春も邪悪な笑みを浮かべた。全身の目玉が五台のタブレットを凝視していた。
祭も牛車から降り、その陰に身を隠す。いつでも走りだせる状態だ。
「花火の合図は佐助に任せたで」
『了解ッス』
先制攻撃はド派手にいくのが我ら下宿生の流儀だ。それが、報復ならなおさらである。
「さぁて・・・始めるとしますか」
佐助がいたのはそのビルから400メートル程離れたビルの屋上だった。伏せ撃ちの姿勢で構える銃はM14‐SOPMOD。古き良き狙撃銃M14。その機関部を使いつつ最新のパーツでとことんカスタムした現役のM14ライフルである。佐助の愛銃であるライフルには7.62mmの弾丸が20発装填されていた。
佐助はボルトを引き、ダネルの薬室に初弾を装填。佐助は16倍のスコープを覗き込んだ。400メートルも離れるとスコープ越しでは顔の判別の不可能だ。身体と頭。それが判別できる程度だ。しかも、今は夜。スコープの先では動きを捉えることも困難だった。
佐助は小さく笑った。
「イージーすぎますね」
狙いをつける佐助の瞳。彼の黒い瞳が白目を侵食するように広がっていく。眼窩にはめ込まれた眼球が黒一色に染まる。その瞳は完全な夜闇だろうと深い霧だろうと遠くまで見通すことができる。佐助の背がうごめくように揺れていた。彼の背には黒い羽が生えている。
彼は『烏天狗』。狙撃専門の『殺し屋』妖怪だ。
黒くなった佐助の眼球が三階の窓ガラスに人影をとらえた。
その口元に小さな赤い光が見える。
どうやら、一服中らしい。
「わるいッスね・・・」
墨善は引き金に指をかけてそう呟いた。
「祈る時間はあげられないみたいッス」
激しい銃声が鳴り響く。割れた窓ガラスの向こう側で人の頭が炸裂した。佐助の弾丸は強装徹甲弾の弾頭を使用している。窓ガラスが防弾仕様に変えられていることを想定しての弾丸だったが、どうやら必要無かったらしい。弾丸は障子紙でも突き破ったかのように軽々と窓ガラスを貫通し、対象の頭部を吹き飛ばした。佐助は更に窓際に寄っていた人影に向かって弾丸を叩きこんでいった。
「GO!GO!」
佐助が無線で叫ぶ。それと同時に百春が急速に指を動かした。それに同調するように五つの方向から爆音が鳴り響く。百春が見つめるタブレットの画像にも激しい光が入り込む。
百春が操っているのはただのカメラではない。そのカメラに連動させて機関銃を動かす遠隔式の無人銃架だ。
五台を的確な操作で動かし、ビルの一階から四階までに集中砲火を叩き込む。ビルの窓があっという間に粉みじんに変わり、人間の血肉が飛び散っていく。
何ごとかと五階より上の人間が窓際によれば佐助の構えるM14の砲火が飛んでいく。バカな野次馬やとにかく反撃しようと銃を持ち出してきた雑魚の頭を爆発させる佐助。その下では百春の操る機銃が文字通り血の雨を降らせていた。
地獄の絵よりももっと壮絶な状況だった。少なくとも、あの絵の人間達は苦しんでるだけで死にはしていない。それが目の前では人の体が砕け散り、血とも体液ともとれぬ液体が床を濡らしていく。
ビルを一掃したと百春は判断し、無線に向かって叫んだ。
「掃除は終わりや!行け!」
それを聞き取った祭が正面から、墨善は裏手からビルに侵入した。