迎撃
牛車が去った後、血みどろの図書室と化した床から這いあがる者がいた。弾丸を腹に食らったせいで、いくつかのパーツに別れていた吸血鬼がようやく回復したのだった。
「おや、服が台無しだな。吸血鬼」
「・・・人間」
「高宮甚助だ。名前ぐらい覚えろ」
周囲で腕や足を千切られ、うめく男たちを無視してやってきたその男は脇に機銃を抱え、もう片方の手で三脚を持っていた。高宮を無視し吸血鬼は服に空いた穴を確認した。体が四散し銃を持てなくなった段階で吸血鬼のテンションはひと段落ついていた。
「逃げられたようだな」
「・・・そのようですね」
吸血鬼は気の無い返事をして自分の服の内側から通信機を取り出す。こっちは運よく銃弾の被害をまぬがれていた。
数回のコールの後、吸血鬼は出た相手に報告をする。
「私以外は・・・高宮を除いて全滅しました」
「お、もう名前覚えてくれたのか」
吸血鬼は高宮を一睨みして続ける。
「奴らの位置は・・・そうですか・・・あれを向かわせましたか・・・あと、服が一着だめになりました。別途経費で請求したいのですが・・・ふむ、いいでしょう」
吸血鬼は携帯を切り、背中から羽を生やす。
「おいおい、あんたがそれで帰ったら俺はどうすればいい」
「歩けばいいのでは?」
「固いこと言うなよ、背中にでも乗っけて・・・わかった、それはしなくていいから銃口を降ろせ」
「後で回収部隊が来るそうです」
「それまで、俺は何してればいい?」
「校内に設置していた機銃でも回収していればいいでしょう」
「おいおい、何十丁仕掛けたと思って・・・って、ああ・・・いっちまいやがった」
高宮は夜空に消えていく背中を見ながら、ぼそりと呟いた。
「つれないね・・・」
そして手元の端末に目を落とした。そこには学校の地図と、機銃を仕掛けた位置が明確に記されていた。
「・・・しかし標的の吸血鬼、学校の構造に詳しかったな」
あのガキ共が戦場の基本に忠実に動けば簡単に穴だらけにできた。だが、彼らは距離や物陰を熟知した上で移動していた。だから仕留めそこねたようだ。
「人生は・・・ままならない」
高宮は葉巻をくわえて火をつけた。
高速に乗りこみ急速に学校から離れていく牛車。時速100キロまで出せるこの妖怪牛車に揺られ、墨善はようやく一息ついた。だが、それもつかの間だ。
「ステラ。いったい何を喰らった?」
彼女の叫び声は枯れ果て、肩を掴む腕にも力が入らなくなっている。肩に一発くらっただけにしてはあまりにも痛みが激しい。
「ステラ、しっかりしろ!」
今はとにかく状況を知りたい。多少乱暴な手を使ってでも、ステラの意識を叩き起こす。
「ステラ!」
「すみ・・・よし・・・」
「ステラ、いったい何を喰らったんだ」
「たぶん・・・」
ステラが力なく、傷口を摩る。
「銀弾よ・・・」
「なっ!!」
『墨善!祭!新手だ』
その時、オボロが声を張り上げた。
『ふざけたもんが出てきたぞ!』
墨善は意識を外に向ける。その耳に確かにプロペラ音が聞こえてきていた。
「おいおいおいおい!」
ここが日本なのかどうか、激しく問いただしたい気分だ。墨善が天井を開き、外で確認したのは戦闘ヘリ。しかも、墨善にはなんとなく見覚えがあった。それもそのはず、使用されていた戦闘ヘリはMH-60・ペイヴホーク。かの有名なブラックホークを改良した戦闘ヘリ。民間にも出回っている品物だ。墨善も何度か荷物の受け渡しで見たことがある。それに襲われる日か来るとは思ってもみなかったが。
「なんなんだ今日は。厄日なのか?」
「暦では大安だよ」
笑えない冗談だ。普通の戦闘ヘリのようにミサイルやランチャー兵器は装備していないようだが、その側面には7,62mmの弾丸を撃ちだすミニガンが備え付けられている。おそらく、この牛車に備え付けられているGAUと同じシリーズのミニガンだ。防弾仕様のこの牛車でも数秒でスクラップに変えられる。
「祭、武器はねぇのか!?」
ステラのことは後回しにせざるおえない。このままじゃ、こちらは肉片も残りゃしない。
「こっちも慌てて駆け付けたんだ。重火器はオボロのミニガン一丁だけ」
オボロがどうやってミニガンを操作しているのかは墨善はよく知らない。だが今はそれを聞き出す必要は無い。問題はここをどうするかだ。
「あっちもあっちで大変だったからな!」
「だからって・・・」
ペイヴホークはまだ後方だ。だが、追いつかれるのは時間の問題。並走されたら穴だらけにされる。
「重火器は無いけど」
そんな焦る墨善をあざ笑うように祭はもったいつけて言った。
「これなら持ってきた。お土産だ」
百春は前のすだれを持ち上げて巨大なバックを両手で取出した。巨大も巨大、墨善程度の体格ならなんとか中に入れそうなほどのバックだ。しかも、そのバックが床に落ちた衝撃で車体が激しく揺れた。たいした重量だ。そんな武器、墨善には想像もつかない。墨善はそんな巨大な武器など使い慣れていないのだ。だが、今は贅沢を言っている余裕は無い。とにかく今は受け取った武器で対応するしかない。
墨善はチャックを開き、中を覗き見た。
「・・・クソが・・・」
「どう?中身は?」
「ああ、ゴキゲンだぜ」
墨善は解体されているその武器を組み立てる。バレルを繋ぎ、引き金を設置し、ボルトを差し込み、弾丸を詰め込む。そして、完成したのは全長が墨善の身長を遥かに超える程の代物だった。
無骨で巨大なライフル。
広大な草原で視界の届く限り全てを射程に収めることを念頭に開発された大口径ライフル。ダネル―NTW。吸血鬼の使っていたM2の口径は12,7mm。それに対しダネルは20mmという対空機関砲の弾丸を使用している。細いコンクリの柱なら跡形も無く粉砕する。防弾仕様の車やガラスなんかも紙切れ同然としてしまう威力だ。世界最強とまでは言わないが、極めてそこに近いところにあるライフルだった。
墨善が扱える銃器の中で最大の攻撃力を誇る武器。半ば輸送用であるペイヴホーク。その程度の戦闘ヘリの装甲なら、やりあえる。
「オボロ、確実に仕留める。ハンドル切るなよ」
『了解だ。我にハンドルは無いがな・・・って言いとこだが、ちょっとまずいぜ。車が二台。後方からだ』
華麗なドリフトを披露しながら高速でカーブを曲がるオボロ。はためくすだれの隙間から黒塗りのセダンが二台見えた。
「祭、やれるか?」
「誰に言ってるの?」
不敵に笑う祭。墨善は落ち着いて弾倉をダネルに叩き込んだ。
車は祭に任せた。だったら俺がやるべきことは一つだった。
ここからしばらくは直線、向こうが仕掛けるなら今だろう。
そして、好条件はこっちも一緒だ。
墨善はオボロの天井を開け、ダネルをオボロに乗せるようにして固定した。
「スコープは調整してないぞ」
「知ってるよ」
だから墨善はスコープを付けていない。だいたい、この程度の距離で視野の狭いスコープはむしろ邪魔になる。ダネルにはピープサイトと呼ばれる基本的な照準器の一種が入っていた。前後にある二つの照準器を一直線になるように覗き込んで狙いを定める照準器だ。ピープサイトは普通のライフルにも使用されていて、墨善にも使い慣れている。
それでも細かい調整ができてないので狙いは荒いだろう。
まぁ、関係無い。
爆音のような音が聞こえ、大通りの直線にペイヴホークが姿を見せた。
「どでけぇ的だ。そうは外さねぇよ」
低い声で墨善は呟く。
これほど頼りになる言葉もそうはない。
祭は頭上のヘリを完全に無視して、後ろのすだれを全開にした
『うぉい!祭!撃たれんぞ!!』
「あぁ?寝ぼけてんのかオボロ!この私を撃てるのはなぁ!」
オボロが悲鳴のような声で叫ぶ。だが、祭は気にしない。
後方から迫ってきた車は祭が攻撃を仕掛けてくると思ったのか、オボロのレーンから外れて左右に散った。
祭は構えた。
やや前屈みの前傾姿勢。肩を広げ、両の手を自由に。腰に下げた二丁の拳銃。
気分は西部劇のガンマンだ。
後方から迫る黒塗りの車。祭が攻撃してこないと踏んだのか、前部座席の人間が動き出した。
「・・・・・・・・」
いくら鬼とはいえ、銃で撃たれたら穴があく。ナイフで血管を傷つけられたら止血しなきゃならない。日本刀で腕を斬られれば当然被害甚大だ。鬼も死ぬ。当たり前だ。
フロントガラス越しに車の助手席の人間がサブマシンガンを持ち出して窓を開けるのが見えた。
「・・・・・・・・」
ゆっくりと長く息を吐く。肺の中の空気を6割ほど吐き出し、8割まで吸い込む。
サイドガラスが開き、動きやすそうな服にタクティカルベストを着込んだ上半身が姿を見せた。
ほぼ同時に、こちらの攻撃を警戒して蛇行運転をしていた車の左右の動きが止まる。
銃が構えられる。祭に照準が合う。
祭の心臓が跳ねた。
次の祭の行動は人間の目が追うことのできる限界の速度で行われた。瞬時に祭の右手は腰の銃に伸び、左手は弾丸を叩く撃鉄に添えられる。
銃を引き抜き、腰骨にあてて固定。トリガーを引き絞るより速く祭の左手が撃鉄を弾いた。
弾丸の中の火薬が爆発する。
右指はトリガーを引き絞ったまま、左指がもう一度撃鉄を弾いた。
二発目の弾丸が刹那の時間の間に放たれる。
西部劇に代表されるリボルバー拳銃の早撃ち技。ファニングだ。
二発の弾丸は真っ直ぐ走っていた二台の車の運転席に突き刺さる。ツェリザカの弾丸は防弾仕様のフロントガラスなど無かったかのようにガラスを粉砕する。
強烈な銃声の後、運転席に座っていた男の上半身は吹き飛んでいた。
コントロールを失う車。
「おらぁ!駄賃だよ!」
その車に祭はツェリザカの弾丸を右に一発、左に二発ぶちこむ。狙いはどうでもいい。文字通り『駄賃』である。
高速で走っていた車はその勢いのままスピンし、衝突、そして炎上する。
急速に遠ざかっていくそれを見ながら祭はツェリザカの銃口を口元にもっていった。銃口からあがる硝煙の煙。
祭はガンマンよろしくその煙を吹き消した。この間、わずか数秒。
「私を撃てんのは墨善だけだよ」
「ありがたいねぇ」
炎上する車の煙を突き抜けてヘリが迫る。黒助はダネルのボルトを引き、薬室に弾丸を送り込んだ。
引き金に指を掛け、サイトを一直線に合わせる。
疲れたな。
不意に墨善はそう感じた。ステラの家で襲撃され、学校で襲撃されて。吸血鬼に追われ、銃弾の雨をかいくぐって。それでもまだ終わらない。
墨善は息を一度全部吐き出してから、もう一度吸い込む。そして、肺の中の空気を二割程吐き出して止める。腕が震える、足ががくつく。それでも、サイトは揺れることは無かった。暗闇に浮かぶ巨大な機影。墨善はサイトの先にその戦闘ヘリの頭を捉えた。
激しい銃声が夜闇を切り裂いて鳴り響く。MP5とは比較にならない程に重い衝撃が肩を襲う。反動で吹き飛ばされそうになる体を全身の筋肉を酷使して止めた。
一発撃っただけで墨善にかかった負担は半端じゃない。それだけの価値のある一撃なのだ。墨善の視界の先でヘリの横っ面を弾丸が掠めていく。ヘリが動揺したように揺れる。
畳みかける。
墨善はボルトを引いて、新たな弾丸を薬室に送り込む。再び銃声。肩が砕けそうだった。ヘリの操縦席が血に染まる。傾いた戦闘ヘリ。ヘリの頭から穴までが一直線に並ぶ。
「デッドエンドだ、クソッタレが」
ボルトを引く。引き金を引き絞る。弾丸がヘリを貫いてどこか彼方へと消えていく。炎上、落下。ヘリの最期だ。背骨を完全に粉砕されたヘリが回転しながら落下していく。墨善は念のためにダネルの弾倉を交換。オボロの後方に狙いを定める。
そのサイト越しにヘリが地面に叩きつけられて燃え上がった。
墨善は息を吐き出した。戦闘の連続で気を抜いたら意識が持って行かれそうだった。本当に疲れた。墨善はダネルを抱えて車の中に戻る。
「終わったな」
「楽勝だっての」
祭と拳をぶつけて、ダネルを床に置いた。
「で、オボロ。これはどこ向かってんだ?」
『定子が昔使ってたアパートだ。あまりいいところでは無いぞ』
「せいぜい期待しとくとするさ」
「闇医者も来てるって話だ。とにかく、話はそれからにしよう」
「ああ。わかった」
墨善はステラの処置を祭に任せて、その場にへたりこんだ。
「ステラさん、聞こえてます?」
「あ、ああ・・・」
だが、その処置をする祭もなんだか疲れているように墨善には見えた。